竜骨生物群集編⑤ 竜骨生物群集
洞窟を抜けると、そこには雄大な草原が広がっていた。
あたりには温かい風が吹き抜けていて、透き通るような青空から、太陽の日差しが麗かな草原に降り注いでいる。
生えた木々はまばらに散らばっているが、それぞれが赤、白、黄色と全く別の木の実を垂らしていて、それがこの空間の幻想性を高めていた。
どこからともなく鳥の鳴き声と、獣の唸り声が聞こえてきた。
これが本当に標高5000mの山に存在する光景なのか……?
いや、違う。
恐らく、ここもまだ洞窟の中なんだ。
空間が歪み、異常な広さとなっているだけで、洞窟から出てきたわけではない。
それはダンジョンが有する特徴ではあるのだけれど、竜によって生み出されたこの場所が、天変地異のようなあの空間と、同じ異常さを持っているというのは恐ろしい話だった。
『ダンジョンは極々稀にランダムで生まれるものですが、竜は己の意思で、独力で生み出してますからね。とんでもない存在ですよ』
自分自身がとんでもない存在であるシロフィーにとんでもないと表現されると、竜の異常さが際立って感じられる。
その竜の死体はまだ、視界には見当たらないけれど。
「そろそろ番人が来るゾ」
コミーコスさんの言葉通りに、茂みから微かな音を立てて現れたのは狼の様な黒い獣だった。
一匹ではない。
むしろ、最低でも十匹いるだろうか。
彼らのその漆黒の肌には鉱石のようなものがくっついていて、日の光を反射していた。
キラキラとして綺麗だけれど、あの石には僕は見覚えがある。
あれは、魔石だ。
世界の恒常性を下げて、魔法を使いやすくする性質がある。
つまり、魔獣もあれによって独自の魔法を操るのかもしれない。
「あの肌についているのは魔石。竜の生み出した空間で暮らすうちに、魔力が蓄積され生えてきたと思われる。前に、その魔力で火を操る魔獣を見たことがある」
「竜の周囲で暮らすことで、そんなことが起きるんですか」
魔獣は魔法によって変異した存在であり、また魔法を操る存在でもあるということらしい。
何をしてくるか分からないのが魔法の特徴なので、僕は警戒を強めた。
「ダンジョンも生物を変異させる働きがあるけれど、ここはより顕著。理由はダンジョンは広がり続ける性質を持つけど、竜の死体にはそれがないからだと思われる。この分だと、竜の死体のすぐ側はもっとヤバイはず。興奮する」
テレサ様は鼻息を荒くしていた。
冒険大好きっ子すぎて可愛い限りだけれど、これから先のことを思うとなかなか楽観していられないものがある、
そう、ダンジョンは制御下にない場合、無限に広がりつづける性質があって、それは宇宙に似ている。
しかし、竜周辺にはそういった要素はないらしい。
広げることに魔力を割かないため、漂う魔力の密度がより濃いと言えるのだろう。
そして、恐らく、竜の死体の本当にすぐ近くは、きっととんでもない魔力で溢れているはずだ。
想像するだに恐ろしい。
「主なら平気だと思うが、もう囲まれてしまったから、そろそろ襲いかかってくるぞ」
テレサ様が話している内に、魔獣たちが様子見を終えて、周囲に広がり、一斉に襲いかかる準備を整えている。
魔獣になっても獣は獣、集団で襲う術は持っているらしい。
「今から後退りでもすれば襲ってこないガ、どうすル?」
コミーコスさんはそう言って心配してくれているが、問題はない。
非常識により色々とご迷惑をおかけした我々(主に僕)だが、戦闘力だけは自信がある!
「大丈夫です! こう見えても、強いんですよ私!」
「メイドなのにカ?」
「メイドだからです!」
力強く宣言した僕は、魔獣たちに向かって前進して見せ。
魔獣たちはトゲのようなものをその身から飛ばして攻撃して来た……本当に予想がつかない攻撃方法だな!
無数のトゲは、僕を囲うように向かってきているが、しかし、それしきのことで怯えるメイドではない。
僕はそのトゲを一つ一つ、丁寧に摘み取り、地面に刺していく。
『メイド技術その五十九〝採取〟です!』
本来、薬草などを摘み取るためだけの技らしいが、こうして高速で行えば戦闘にも転用できる。
というか、実はメイド技術の大半は一応は全部メイドとしての技なので、戦闘に使っているのは大体転用であるらしい。
いや、武芸百般とかメイド光線とか関節技はどうやってメイドの日常生活で使うのか謎だけども!
「全部で108つでした!」
地面に並べ終えたトゲを誇らしげに数えてみせると、コミーコスさんがドン引きして僕から距離を取っていた。
「化け物カ?」
「メイドです!」
「地上のメイドはそんな感じなのカ……勉強不足だったナ」
コミーコスさんは納得したように頷いて見せるが、とんでもない誤解を与えてしまった気がする。
しかし、いやこんなのは僕だけで……とは言い難い面も最近はある。
そこにいるベム子も超人的で魔王の部下をやっていたが、同時にメイドをやっているし、魔界人で扉魔法の使い手のエルパカも今はメイドだ。
もっと言うと顔に穴の空いているルイーゼもメイドだし、その他、表になかなか出てこないメイドたちも割と怪物なのである。
もしかすると、オセロ屋敷限定でメイドがヤバいことになりつつあるのでは?
普通の……普通の人材も欲しい!
切に願う僕だった。
「流石だな主。魔獣たちが恐れをなして逃げていったぞ」
「うちのメイド、ホラー」
「それは褒め言葉であってます?」
トゲを全て回収された魔獣たちは、その意味不明な行動に恐怖したのか、尻尾を巻いて逃げていく。
生きるホラーになってしまった……。
まあ、無用な戦闘を避けられたのは、良いことなんだけども。
「竜の死体ハ、この草原の中心にあル。すまないが、私はあまり近寄れなイ」
「あれ、そうなんですか?」
「危険すぎるからナ。だガ、遠くから見張っているかラ、おかしなことはするなヨ」
そう言うと、コミーコスさんは僕らから離れて行動を始める。
その目はギラギラとしていて、見過ごさないというか気概に満ち溢れていた。
「主よ。私はコミーコスの護衛をする……という建前でどこかで隙を作るから、そのタイミングで死肉を奪ってくれ」
「ベム子って、ほんと暗躍得意だね……」
ベム子は抜け目なくコミーコスさんについて行った。
彼女、びっくりするくらいこういう行為が似合うな。
こうして、竜の死体本体……即ち竜骨生物群集には、僕とテレサ様の二人で行くことになった。
どこまでも続くような草原を二人で進んでいく。
綺麗な光景だった。本当に、とても。
「これが竜の最期に見たかった光景だと思うと、感動しますね」
「うん、竜はどこで生まれるかは分かっていないけれど、この草原が竜の出生の地だと思うと、好奇心が湧く。いずれ、この光景を元に竜の生まれを明らかにしたい」
「探検家ですねぇ」
流石、テレサ様は探究心に満ち溢れていた。
前にテレサ様は知ることで想像力が高まると話してたけれど、それは確かなのかもしれない。
竜を知ることで、竜への想像がどんどん膨らんでいく。
どんなふうに生きて来たのか、何処で生まれたのか、何故死んだのか。
そうやって思考を働かせること、それがきっと、楽しいんだ。
「手を繋いで進むべき」
「えっ、ま、まあ危険ですし、そっちの方がいいですか」
僕はテレサ様に従って、その小さな手を繋ぐ。
テレサ様は大変に嬉しそうだった。
こうして見るぶんには、本当に子供なのだけれど、その実、天才少女で魔術師で冒険家で研究家なのだから、頭が下がる。
しばし、テレサ様と仲良く草原を歩いた。
魔獣たちは余程最初の印象が恐怖だったのか、誰も襲っては来なかった。
そうして、問題の場所へと僕らは辿り着く。
「クロ、見えてきた。あれが竜骨生物群集」
繋ぐ手で、テレサ様は前方を差した。
それは異常な光景だった。
風光明媚な空間の中心にあったそれは歪んで、枯れ果てた地だった。
草木が禿げて剥き出しになった地面はひび割れ、その周囲には魔獣が地を這い、魔虫が空を跋扈している。
周囲には腐乱した死体がゴミのように転がっていて、その環境の過酷さを思わせた。
そして、その中心にあるのが、竜の骨だった。
その巨大な骨には所々に死肉がぶら下がっており、溢れ出る腐臭と共に、魔力も溢れているのか、周囲の空間を歪ませている。
これが、竜骨生物群集……。
「禍々しくて大変良い。新鮮じゃない良い肉が取れそう」
「普通、新鮮な肉を求めるべきなんですがね……」
無邪気に喜ぶテレサ様は僕の手を握りしめたままに、ブンブンと振るが、僕は非常に気が重い。
これからあの空間に突っ込んでいかなければならないからだ。
しかも、同時に死肉も盗み出さなければいけないわけで、我ながらなかなかハードな任務だ。
そして、虫……苦手なんだよね。
『最後のが本音では? 男なのに何をみみっちいこと気にしてるんですか』
シロフィーがしらっとした表情で僕を見つめる。
だって、虫は明らかに人間をビビらせる見た目してるじゃん!
子供の頃は平気だったのに、なんでか成長するにつれて、虫がどんどん苦手になっていった僕である。
今は触るだけで悲鳴を上げる自信がある。
はぁ、でも、やらないわけにはいかないだろうしなぁ。
これもメイドのお仕事だ。
本当にメイドのお仕事かな?
僕はちょっと冷静になって自分にツッコミを入れる。
どう考えてもメイドの仕事ではない!
僕の思考も、人生も、狂ってきているな……。
思えば、ここに来るまで長いようで短いようで、やっぱり長い日々があった。
僕の人生が狂ったのは、一体いつ、どの瞬間だったのだろうか。
それは、素敵な狂い方かも知れないけれど。
次回メイド三Kの職場へ!




