伝説のメイド現る編② 伝説メイドシロフィーさん
『いや、その子は無口なので、お喋りとかできません。文字通り、口がありませんからねー!』
ちょっと寒いことを言いながら、彼女は現れた。
どこから現れたかって?
僕の着ているメイド服から、ぬるりと、メイド服を着た美少女が出現したのだ。
『メイド服からメイド服が出てきて無限ループかーい!って思いました?』
「いや、全く思ってないけど。えっ、何?」
もうなんかノリが軽すぎて、素で返してしまう。
白髪ロングで端正な顔のメイドさんは、頭の飾り(確かホワイトブリムというんだったか)を少し整えると、僕に向き直る。
『失礼!申し遅れました!私、この屋敷でメイド長などをやってましたシロフィーという者です。以後お見知り置きを!あなたはクロフィーってことでよろしいですか?』
「何もよくないよ誰それ……あの、自己紹介よりも今この状況について教えてくれない?」
もう、何が何やらで混乱しっぱなしなのだこっちは。
まだ穴メイドさんもそこにいるし、周囲も肉っぽいままなんだぞ!気が狂うわ!
『ああ、肉っぽいのは戻しましょうか。ルイーゼ』
それが彼女の名前なのか、ルイーゼとよばれた穴メイドさんは、シロフィーの言葉に頷く。
すると、肉の通路は瞬きをする間に元の古ぼけた屋敷へと姿を戻した。
『ルイーゼはドジっ子であざとくて、割とイラッとする時もあるのですが、とても真面目な良い子でしてね。屋敷を守ろうと必死なんです。やれやれ、給料も払われないのに、ご苦労なことですよね』
シロフィーは先ほどまで恐怖の象徴だった穴メイドさんを、とてつもなく雑に扱ってみせる。
恐怖と対極の存在だなこの人。
「給料が払われる悪霊っていうのも嫌だけどね……」
恐る恐る相槌を打ってみると、シロフィーの口はえらい勢いで動き出した。
『何をおっしゃいますか、クロフィー。死んでも化け物になって扱き使われるなんて、労働者の末路ですよ全く。彼女みたいなのがいるから、労働者は働けど働けど、いつまでも楽にならないんですよ。上が悪いのは間違いありませんがね、上に従い続ける下もいかんのですよ。やれやれ、やめろと言っているんですがねぇ、私は』
はー、やれやれと大袈裟に首を振る彼女の姿は、驚くほどこの場に似つかわしくなく、なんというかまともですらある。
いや、言動はずっとおかしいのだけど。
「君は随分、理性的なんだね」
シロフィーは大きな胸を張る。
『勿論!私はそんじょそこらのメイドとは違いますからね。かつて、伝説と呼ばれたメイド。それがシロフィーさんです!そしてそしてなんと、今はあなたの着ているメイド服に取り憑いているのです!』
「ああやっぱりそういう感じなんだ……」
『もっと驚いてくださいよー!』
そうは言われても、メイド服から抜け出た時点で、普通は察しがついてしまう。
『あっ、気味が悪いからって脱いじゃ駄目ですよ。そんなことしたら、即ルイーゼにドゥップドゥップさせますから』
「それもなんとなく分かって……ドゥップドゥップ?させます?え、何それ怖い」
『もー!説明して欲しいって言ったのはクロフィーですよ!もっと、説明しがいのある反応をください』
ぷんぷん怒ってる姿が愛らしいメイドさんであるが、言ってることは理不尽すぎるし、なんかもう、面白いなこの子。
結構好きだ。
「それはごめん……あとクロフィーではないよ」
僕はもっと平凡な名前だ。
シロフィーは分かったように頷いて見せるが、多分何も分かっていない。
『クロフィーのために超絶噛み砕いて説明してあげますと、この屋敷はなんやかんやあって襲撃にあって、なんやかんやあって異界化して、なんやかんやあって私も口出しできない状況になってしまったのです』
「すごいなんやかんやしてる」
いくらなんでも噛み砕きすぎなのでは?
しかしまあ、彼女たちの境遇には実際のところ、さほど興味がないので、これくらいで丁度良いのかもしれない。
今、気になっているのは、自分の進退の行く先と、謎のメイド服を着てしまった自分の身体の無事である。
そんな僕をよそにシロフィーは話を続ける。
『メイド服のままだと、もう何もできないので、ルイーゼとか好き勝手やってたんですが、あなたが着たことで、ようやく表に出てこれる様になったわけです。いやー助かりました』
助かったのはこちらの方なのだけれど、相互利益になったのなら、それはとても良かった。
どうやらメイド服を着たのは僕の一世一代のファインプレーだったらしい。
「喜んでもらえるなら、僕もメイド服を着たかいがあったよ」
『いや、あの、メイド服を突然着るという行動そのものには私引いてますからね』
「それはごめん……」
幽霊にキモがられてしまった。
『それ生前に私が着ていたやつなんで、真剣にちょっと不気味だなって思いましたよ』
「ほんとごめん……」
お下がりだったのか……。
もう温もりとかないだろうけど、なぜか温かみを急に感じ始める僕だった。
『まあ、あなたの様な変態無くしては私の復活も無いわけですから、仕方のないことなのですけどね』
いつの間にか、完全に僕が変態という体で話が進んでしまっている。
否定できる格好ではないので、耐えるしかないのがつらいところだ。
「じゃあ、あの、僕そろそろ外に出たいんだけど、いいかな?」
屋敷から出て、穴メイドのルイーゼから離れさえすれば、メイド服を脱いでも危険性はない。変態の汚名も一緒に脱げようと言うものだ。
しかしシロフィーの反応は冷たかった。
『えっ、あははー!いや、駄目に決まってるじゃないですか馬鹿ですか』
横から黙って見ていたルイーゼが僕の腕を掴むと、首を横に振った。どうやら、逃げようとして、回り込まれてしまった状態らしい。
『無料で命を助けてあげるほど、私はお人好しじゃありません。メイドの奉公とは、常に対価が支払われるべきなのです』
どうやらシロフィーはかなりメイドという仕事に誇りを持っているらしい。
だからこそ、ただ働きという行為は仕事を馬鹿にしていると考えているのだろう。
立派な志だ。
ほぼ脅しをかけているこの状況でなければだが。
「ごめんお金とか、全く持ってなくて」
『ええ、それは分かっています。ですので、お金でも物でもなく、体で支払っていただきましょう』
体だとぉ⁉︎
これはまさか、ついにきたか異世界らしくエッチな展開が!
なんかこう、エッチなことすると魔力が増幅するとか、そういう感じなんだろ⁉︎
知ってるんだからな!
『あのすいません。取り憑いているせいか、あなたの考えていること割と分かるんですが、そんな都合の良い設定はありませんから』
信じられないほどの、冷たい視線を向けられてしまった。
「馬鹿な……」
『馬鹿なのはあなたです……いいですか、あなたに求めるのは勿論肉体労働です。それも、誇り高い労働です!』
シロフィーは胸を張り、メイド服に手を添える。
彼女の胸はとても豊満である。
幽霊であるのが惜しい。
『あなたが馬鹿であることはもう分かりましたから、こちらも容赦なくいかせていただきます。あなたには、メイドをやってもらいます』
「メイド?僕、家事何もできないんだけど」
『それは大変嘆かわしいことですが、安心してください。私を着ているかぎり、あなたは私の技術を受け継ぐことができます』
メイド服にそんな力があったとは……。
『私の心残りはただ一つ、メイドとして最後まで仕事を真っ当できなかったことです。それを、あなたを通して叶えたいと思っています。ここまでお分かり?』
「お分かり」
『そして、もう一度最強最良のメイドとして名を残したいのです。メイドと言えど名誉欲はあるものです。お分かり?』
「お分かり」
『あわよくば、幼女のご主人様とイチャイチャしたいのです!お分かり⁉︎』
「分からない。何も」
何を言っているんだこのメイドさんは……仕えるなら、豊満なバストの持ち主……いや、むちむちボディのむち主だろうに。
横でルイーゼがとても可哀想なものを見る目で、僕とシロフィーの方を見つめている。
おかしいな、彼女に目なんてないはずなんだけどな……。