第四章
翌日、さっそく美夜さんから連絡があった。
「やっほー。晃君に君が会いたいって言っていた事を伝えたらぜひ一緒に食事に行こうって。私、今日二十時に仕事終わるし、彼もその時間からなら来られるみたいだからその時間に銀座まで出られる?お店は追って連絡するね」
「わかりました、行きます。到着したらまた連絡します」
そう答えすでに十八時を回った頃だったので急いでシャワーを浴びて、軽く髪をセットすると財布とスマートフォンだけをもって家を出た。
銀座に着くまでに美夜さんから店の場所が送られてきた。数の多い出口に少し迷って二十時を少し過ぎた頃に目的の店に到着した。
いかにも高級そうな雰囲気の店で事前に焼肉屋だと聞いていたのに全く煙臭くないことに驚いた。
「吉野で予約していた者の連れです」
と店員さんに伝えると「吉野様の予約は本日承っておりませんが」と返ってきたので、もしやと思い「もしかしたら池田という名前で予約入っているかもしれません」と伝えるとすぐに店員さんは了承して店の奥にある個室席に案内された。
扉をたたき「池田様、お連れ様がお見えです」そう中に伝えると「どうぞ通してください」と返事が返ってくる。
扉を開き中に入るとつい先程、電車広告で栄養ドリンクを持っていた俳優と同じ顔があった。
「ああ、君が美夜さんが言う恵美の事を色々調べているというファンか。名前は井岡翔弥君、だったかな?」
そう尋ねた池田に、
「はい、井岡翔弥です。お初にお目にかかります池田晃さん」
「そうかしこまらなくていいよ。美夜さんはまだ見えないみたいだから先に飲み物でも頼もうか。君は何にする?」
そう言ってメニュー表が手渡される。どのメニューもなかなかの値段で、アルバイターのそれも辞めてしまって全く収入がない翔也にはどれも頼もうという気にならず悩んでいると、
「ああ、お金は気にしなくていいよ。今回は僕が、君に会いたいと思って呼んだのだから僕のおごりでいいよ」
そう言って笑う池田に感謝の言葉を述べ、それならとメニューでもそこまで高くなかったアサヒのスーパードライを頼んだ。池田は気を遣わなくていいのにと笑い、一万円以上の値段が書かれたシャンパーニュを注文する。届いた彼のシャンパーニュと自分のビールとがそのまま自分たちの格の差を表しているように感じた。
「さて、先に本題に移らせてもらおうかな。単刀直入に聞こう。なぜ恵美の事を嗅ぎまわる。何が目的だ?」
池田の目が今までの品定めをするような眼から翔也の内心を見透かすかのように細められる。
「僕は彼女の大ファンでデビュー前からずっと応援していました。彼女は歌うのが本当に好きなのが歌声から伝わってきて、そんな彼女が歌手として絶頂期ともいえる今突然失踪して、ましてや自殺なんてするはずがないと思ったから興味本位で調べ始めました。決してやましい気持ちなどは・・・」
ありません。そう言い切ろうとした翔也の言葉を遮るように池田が言葉を発した。
「それは嘘だな。君が彼女の大ファンだということは美夜さんから聞いているし本当の事だろう。だが、なぜそこまで執着する?ただの好奇心でわざわざ探偵まで使って彼女を調べるか?教えろ。何が目的だ。何が目的で今お前はここにいる」
そう尋ねた池田の目はすでに憎き宿敵を見つけたかのように燃え上がり生半可なことは言えないことを悟る。
「その前に、なぜ探偵の事を」
「簡単なことだ。以前、彼女のマネージャーから連絡があったんだ。『恵美の事を嗅ぎまわっている探偵がいるから注意しろ』と。マネージャー曰く、彼女の家族に関する質問はデビュー直後に記者が質問して恵美が激怒したことでその取材は取りやめになり以降、彼女の家族に関する質問はご法度であり、ましてかなり有名になった今、それはメディア界では暗黙の了解になっているのだそうだ。これで満足かい?」
「なるほど。深く理解しました。正直、これは僕と恵美さんとのプライベートな問題であるので出来ればこれ以上誰かに話したくなかったのですが」
そう言ってスマートフォンを取り出し、彼女とのやり取りを池田に見せる。
「僕は、彼女が初めて人前でライブをしたときの一人目の観客でした。そのことを恵美さんは覚えていて一緒に食事をさせていただく機会があって、その時に連絡先を交換したのです。デビュー以降気後れして全く連絡を取らなかったのですが、彼女が失踪する前日このメッセージが送られてきました。僕はこのメッセージの謎を解きたくて、彼女の事を調べています。僕が今日ここに来た理由。それは一時期、熱愛報道にまで発展したあなたが僕の知らない恵美さんを知っていると思ったからです。僕はこの時の彼女の助けに応えたい。だからここに来ました」
そう言い切ると池田はスマートフォンに映るやり取りをじっと見た後、腕を組んで目をつぶった。「そうか、彼がそうなんだね」とつぶやく。そのつぶやきの真意を確かめる前に池田が頭を下げた。
「すまない。僕は勘違いをしていたらしい。実は以前恵美からある件で相談を受けていてね。君がそれに関っている人物なのではないかと疑っていたんだが、どうやら人違いだったみたいだ」
そう言って池田は「お詫びのしるしだ」とグラスを一つ頼んでそこに彼が飲んでいたシャンパーニュを注ぐ。黄金色に澄み渡り細かい泡が満開の花弁のように咲き誇る。「改めて乾杯」と彼と自分のグラスが「チン」と音を立ててぶつかる。初めて飲んだシャンパーニュの味は炭酸が口の中ではじけ華やかな味がした。おいしいかどうかは、正直よくわからなかった。
「以前恵美から君の話は聞いていたんだ。とは言えその話の男性が君だというのは今知ったことだけどね。彼女、君から全く連絡が来なくなったことを悲しんでいたよ。『彼が初めてこの歌の世界に私を存在させてくれたのに、私の歌が売れていく度に彼との距離がどんどん離れてしまっている気がするの。彼の中にいる私と今の私は全く同じなのに。きっと彼の中で彼自身が私を遠い存在にしてしまったのだわ』ってね」
そうやってシャンパーニュを飲み干す池田の言葉に過去の自分を思い出してその通りだなと思った。
確かに彼女がテレビに出たり賞をとったりどんどん“天才”として突き進んでいく彼女に俺はもう違う世界に行ってしまったのだと思っていた。あの時一緒にファミレスで笑いあった彼女はもうどこにもいないんだろうなと。違った。彼女から離れていったのは俺の方だったのだ。
デビュー前にいつも連絡をするのは自分からだったことを思い出す。昔はやっぱりそこまで自分の事に興味がないのだろうなと思っていたのだが、彼女の事を知ってきた今全く違ったことを思い知った。おそらく彼女は怖かったのだ。自分からメッセージを送って返ってこなくなることが。次々と自分と言う存在を消されてきた彼女は、自分から居場所を求めることができなくなってしまったのだ。
ならば俺がメッセージを送らなくなってしまったことに彼女は彼の方から私を遠ざけていったと思ったのだろう。今更過去に戻ることはできないがたまには「元気?」の一言も送ることもできなかった自分に腹が立った。
「君が彼女の事を調べているのならこのことは知っているかな?実は彼女高校でいじめを受けていたらしい」
その言葉に初めて聞いた情報が含まれていて俺は動くことができなかった。
「どうやら初めて聞いたらしいね。彼女が育ての親から虐待を受けていたことは知っているね?その傷を隠さず、いやおそらく隠しきれなかったのかな。登校する彼女にクラスメイト達は気味悪がったそうだ。その上とても美人だった彼女は女子たちから『同情心を誘っているのか、悲劇のヒロインぶりやがって』といじめられたんだそうだよ。それが次第にエスカレートしていってついにはクラス全員の標的にされてしまった。きっと彼女はそれに耐えられなくなって不登校になったんだろう。そしてギターを教えてくれた恩師に出会ってそこで住み込みで働き始めたのではないかと僕は思っている」
一部事実と違う見解を述べる池田に彼も全てを知っているわけではないと悟る。しかし、『なぜ、彼女にはつらい試練ばかり課されるのでしょうね』そうつぶやいた緒方の言葉が思い出される。本当に彼女には救いを求めることができる場所がなかったのだ。親がいなくなって引き取られた義親たちに虐待を受け、学校ではいじめの標的にされてしまっていた。彼女の周りに救いは無かったのだ。
「おっまたせー。ごめん最後のお客さんが常連さんでついつい長話してしまいました」
そう言って『てへっ』という声が聞こえてきそうな仕草で自分の頭をなでて美夜さんがやってきた。
「いらっしゃい。中々君が来なかったから先に翔弥君との仲を深めていたよ」
と言って爽やかな笑顔を美夜に送る。おお、テレビでよく見るイケメンスマイルだ。と目を点にして見ていると、「なんだい?」と突っ込まれたので、「いや、本物の俳優さんだなーって思って」と返すと「今更‼え、翔弥君ずっと晃君と話していたんじゃないの?」と美夜の言葉に「彼は最初恋敵を見るような目で僕を見ていたからね」と笑う。それはお前だろうが。と内心思ったが口には出さなかった。
池田がシャンパーニュを勧めると「じゃあ一杯だけ」とそれを受け取り店員さんにジントニックを注文する。それに倣って俺もジントニックを注文すると「おっ、君もジントニックにはまったね?」と茶化すように笑って言われたので「ええ、僕の背中を押してくれたお酒なので」と答えた。
美夜がやっと来たので肉が運ばれてきた。どの肉にもきめ細かくサシが入っていて、一目で上質な肉だとわかった。店員さんが焼き方を説明して去っていく。どの肉も口に入れたとたんにジュワッと肉汁が広がり今まで食べた肉は偽物だったのか、と思わせるほど強い肉のうまみを感じた。
お腹いっぱい肉を食べて口直しに届いたミントのシャーベットで口の中をリセットさせる。
「そういえば、池田さん先程、以前恵美さんから相談を受けていたとおっしゃっていましたがその内容を聞いても?」
「そうだな、君なら何かわかるかもしれないしね。実は映画で共演して以降たまに食事に行くことがあった。そのある日に『実は相談したいことがありまして、ある映像が送られてきてそれでが物凄い怖くって』と前置きがあった上で彼女が言うには、恐ろしいことに彼女が着替えをしているのを隠し撮りされた映像と『俺から逃れることはできないんだ』という脅迫文が届いていたらしい」
「え、なにそれ怖い」
「その映像に映っているのは本当に彼女だったんでしょうか?」
美夜があからさまに嫌そうな顔をしてつぶやき、自分が質問する。
「実はその時僕も一瞬同じことを思ったんだ。どちらにせよ恐怖心を感じることに間違いはないが本当に君が映っていたのかとね」
その後にこれが送られてきた。と言って彼はスマートフォンを開くと少しざらついた感じのある映像が映し出された。ロッカーが並んだ部屋が映し出され、そこに入ってきたのは確かにあの恵美だった。
「『どうかこれを見て信じてください』って送られてきてね、警察に行った方がいいといったんだが、『何をされるかわからなくて怖いから行けない』って聞かなくて」
と言ってスマートフォンをしまいながら
「何か犯人につながるヒントが隠されているのかもしれないと思って一応とってあったのだけど君にもさすがにわからなかったか」
と落胆する池田に「わかりません」と答える。
「とにかく彼女に異常な執着心を抱いたファンがいることは確かだ。だから僕は初め、色々恵美について調べている井岡君が怪しいと思ったのだがハズレだったからね。君も気を付けた方がいい。恐らく彼女について色々探っている君にそいつは近づいてくるはずだ。絶対に彼女の情報を漏らしてはいけないよ」
そう池田に念を押された。
池田たちと食事をした翌日の事だった。尾田から『今日涼真クンと細田クン合わせて三人で飲むのだが井岡クンもどうだい?』と連絡が来た。最近飲みに行ってばかりだなと思いつつそれも悪くない、と思い参加の意を示した。
以前尾田の声掛けで開催された緊急集会の会場となったちょっと小洒落た居酒屋にまた集まった。
「やほー!翔弥っち珍しく時間通りじゃん」
と声をかけてきた涼真に以前のバイトは辞めたことを伝えると「そっか。ついにブラックバイトも卒業か」と言って肩を叩いてきたので卒業祝い待っているねと伝える。
「やあ皆、久しぶりだね。今日は集まってくれてありがとう」
と尾田が言って乾杯とビールグラスがぶつかり合う。一気に飲み干してジントニックを注文すると
「なになに翔弥っちジントニックいきなり注文するとか美夜さんみたいじゃん」
と突っ込んできたので、最近ハマったんだと答える。そこに尾田が「そうそう」と
「最近、井岡クンえみりんについて色々調べているみたいじゃないか。美夜クンが言っていたよ。以前えみりんの失踪について議論したときはそこまで興味ないふりをしていたのにどういう風の吹き回しだい?」
と尋ねた。細田さんも「そうなのかい。一体どうして?」と尋ねる。
「個人的に興味が湧いてきまして、歌が大好きだった彼女がどうしていきなり失踪して自殺にまで至ってしまったのか。ファンとしては興味が尽きないじゃないですか」
と、メッセージの事は隠して用意していた答えを返す。
「そうだね。キミたちは一緒にファミレスに行くほど仲が良かったものな」
そう言った尾田の言葉に涼真と細田さんが驚きの表情になる。
「え、なになに翔弥っちってば恵美ちゃんとそんな仲良かったの?」
「そうですぞ。えーみんとそんな仲だったとは井岡氏には裏切られた気分ですな」
二人の抗議に、いや涼真は細田さんに「いやいやそこまでは言ってないけどね」と苦笑いをする。
「いや、確かに一度食事に行く機会はありましたがそれまでです。僕は彼女の一ファンであると思っていますしそれ以上になろうとなんて思っていないです」
そう答えると涼真は「なーんだ」と少しガッカリした表情を見せ細田さんは「当然ですな。抜け駆けなど許せませんぞ」と言っていてもしかしてこの人が盗撮の犯人じゃないだろうな、と冗談半分、でも半分本気で疑う。
「はは、思ったより良いリアクションで楽しかった。ごめんね井岡クン」
と、あっけらかんとする尾田に確信犯だったのか。と本気で恨みがましい目を向ける。
「ごめんごめん、それでどうだったんだい?面白い情報でも見つかったのかい?」
その問いに一瞬話してよいものなのかと考え、やはり彼女の重大なプライバシーに関る内容だからここで話をするのはやめよう。同じように質問にも答えると口々に「ケチ」だの「自分だけ知って得をするとはずるいですぞ」と言う。それに対してそれは自力で探し求めてください。と言うと皆黙り込んだ。その後、男だらけの飲み会で多少無理な飲み方をして騒いでそれなりに酔いが回ってきたころ尾田がそう言えば、と
「井岡クンこの前美夜クンと一緒に熱愛報道があった池田晃と食事に行ったんだろ?」
と切り込んできたので「よくご存じですね」と答えると「美夜クンが楽しそうに話していたからね」と何でもないことのように答える。涼真と細田さんがどんな話をしたのか聞きたがったので盗撮事件についてもしかしたら彼らは何か手掛かりを知っているかもしれない。そうでなくても今後何か情報を集めるとしたら頭数が多いほうが良い筈だ。とぼんやりとした頭で考える。
「実は全く非公開の情報なんだけど、恵美さんに実は脅迫文が届いていたらしい。しかも彼女の着替えの様子を盗撮した映像を添えて。それに恐怖を覚えた恵美さんが池田さんに相談を持ち掛けたらしいよ」
そう話した内容に全員雷に打たれたような顔をした。
「みんなは何か知っていたりする?俺はおそらくこれは熱狂的なファンの仕業なんじゃないかって考えている」
そう言うと尾田が口を開いた。
「まずその盗撮されていたのはえみりん本人で間違いなかったのかい?」
「間違いないよ。この目で確認したから」
そういうとその場にいた全員が「はあ!?」と声を返す。
「なんで、翔弥っちがそれを見ているわけ?恵美さんに会ったの?」
「いや、池田さんが彼女に相談を受けた時にさっきの尾田さんと同じ質問をしてその結果、『これで信用できますか』って送ってきたらしい」
そう答えると尾田さんが「それはおかしいんじゃないか」と言った。
「普通、自分が着替え中に盗撮された動画なんて人に送るかな?しかも相手は男性なわけだし」
「それは、実物を見て信じてもらおうと・・」
「だからその事実が嘘なんじゃないかってボクは言っているんだ!」
そう尾田が怒鳴る。
「ごめん、取り乱した。でも考えてみて欲しい。芸能人の更衣室なんてその辺の一般人が忍び込めると思うかい?絶対警備員に見つかってそこまで辿りつかないだろ」
「というと?」と細田さんが先を促す。
「ボクは断然池田晃が怪しいと考えるね。彼なら更衣室に忍び込んで何か仕掛けるのもたやすいだろうし、それに自分が犯人ならすぐスマートフォンから動画が出てきたことも納得がいくだろう」
そう言い切った尾田に「あの人はそんな悪いことするような人には見えませんでした」と言うと
「君は、今日ここまで電車に乗ってきたとき隣に座っている人が何も犯罪をしていなかったと言えるのかい?人なんて外見だけじゃ内面を判断できないことが多いだろう。ましてやキミは心理学といった人を観察するような学問を専攻にしてきたわけではない。ならなぜ一度話しただけの男がそんなことしないと言い切れるんだい?」
そう尋ねた尾田にすぐに言葉を返すことができなかった。これで自分が昔から池田の友人であったなら「違う」と言った言葉に意味があっただろう。しかし現実は違った。たった一回、初めて会って食事をしただけなのだ。その時間がどれだけ濃密なものであったとしても他人から見れば微々たる時間に過ぎないのだ。それにまた自分自身、実はそうなのではないかとどこかで思っていた。彼を信じすぎていなかったか。彼があったばかりの自分に向けた視線。疑惑・怒り・軽蔑そんな表情を向けていた彼がどうして信頼できるというのだ。考えれば考えるほどアルコールで処理速度の落ちた脳は論理的な回答に結びつかない。あの時向けられた視線に感じた反抗心がメラメラと胸の中に燃え上がってくるのを感じた。
「それにここだけの話なんだが、池田晃は一方的にえみりんに交際を迫っていたらしい。ボクもいろいろ気になって調べていた時期があってね。その時信頼できる筋からそう聞いたんだ。だから、さ。盗撮したのは池田晃でその映像を使って強引に彼女に交際を迫ったのではないかい?」
そう言って一呼吸置いた後の尾田の見解はアルコールの匂いが漂いムワムワとした熱気を一気に吹き飛ばすようなものだった。
「実はえみりんは失踪なんかじゃなく、監禁されているんじゃないのかい。以前見つかった彼女の服は彼女の失踪を自殺に見せかけて民衆の関心を誤魔化すためだったんじゃないのか」
そう言い切った尾田の言葉に誰も言葉を返せず、いや返せるほど確証のある反論を誰も持ち合わせていなかった。
帰り道、まず真っ先に烏間に連絡を入れた。「池田が怪しい」そう言い切った俺に烏間は怪訝そうな声で『その証拠は』と尋ねる。俺は先程まで話した内容を要点だけ伝え、元々池田と会って話した内容は伝えていたため烏間もすんなり状況を理解できた。
『確証はないがしかしそれを否定できる材料がないのも事実、か』
そう烏間が答えたので俺は「池田やその友人が所有している土地や建物を洗ってください。もしかしたら引っかかるかもしれない」そう伝えると『わかった。速攻動く。結果が出るまで絶対に危険な真似はするなよ』そう言い残して電話が切れた。その後、酔った頭で『何かあったら連絡を入れてくれ』と言って教えられた池田のメールアドレスに聞きたいことがあります。できれば電話番号教えてください。と送って眠りについた。
次の日目が覚めると池田からメールの返信が届いていた。届いたのは今日の朝だった。『わかった。何かわかったみたいだから直接電話で聞こう。今日は十七時まで撮影が入っているからその後にしてくれ』そう書いて下に彼の電話番号が記載されていた。
十七時を過ぎ送られてきた番号に電話をかける。三コール目で彼は出た。
『・・・もしもし』
「もしもし、井岡です。電話番号教えていただきありがとうございます」
『ああ、君か。それで?わざわざメールじゃなくて電話で、という事は何か重要なことが分かったのかい?』
そう尋ねた池田に対して、
「ええ。その前に一つ確認したいことがあります。恵美さんは、彼女は生きているんですか?」
そう尋ねると電話の先で息をのんだのが伝わってきた。「答えてください」と言う自分の声が思っていたより険しいことに驚く。
『・・・すまない。俺も君に初めて会った時は正直君の事を疑っていたからね。話そうとは思えなかったんだ』
その答えに俺は確信した。恵美さんは生きているのだと。そして彼に監禁されているであろうことも。
「そうですか。じゃあ恵美さんは生きているんですね。どこにいるんですか」
『すまない、教えられない。彼女との約束なんだ。君にも・・・いや君だからこそ教えられない。彼女はそう言っていた』
そうすまなそうに言葉を紡ぐ彼に苛立ちを隠しきれなかった。
「なぜですか!『たすけて』そう送ってきた彼女がなぜ俺を信用できないんですか!」
『わからねえよ!俺にもそんなこと分かるわけがないだろう。君の事を心から信用していないからじゃないのか!?』
そう言い切った池田に『彼女に信頼されていない』と完全に今までの行動原理を否定された瞬間、自分の中で怒りが振り切った。
「なあ、本当はお前だろ?盗撮したのは。それで以前から交際を迫った恵美さんにしびれを切らして脅迫したんだろ?」
そう問い詰めると
『なっ、何のことだ!いきなり意味の分からないことを言い出すな!いったい何の根拠があって俺が盗撮なんか!そう言っているお前が実は犯人なんじゃないのか!?』
そう答えた池田ともうこれ以上話す気力はなかった。「そうですか。もう結構です。俺が恵美さんを助けますから」そう言って通話を切った。そして烏間に電話をかける。二コールと待たず彼は出た。
「もしもし烏間さん、池田が犯人です。自供はしませんでしたが自分が問い詰めたところ激高した挙句、自分こそ犯人なんじゃないかと責め立てられました。自分はもう彼が犯人としか思えません」
そう一気に喋り切り息苦しくなって息を吸う。
『おい、大丈夫か落ち着け。俺はお前を信用しているからお前を疑ったりはしない。それに言っていた通り池田の友人にラブホテルの経営をしている男がいた。調べたところずっと一つの部屋が貸し切りのままらしい。ラブホテルなんて何日も宿泊するような人普通いないだろう?おそらくそこに山那恵美はいるはずだ』
それを聞いてすぐにその場所を聞いた。言われたホテルのある場所は家からそう遠くない場所にあった。部屋の番号も確認して電話を切る。『今から俺も向かうから絶対に単独行動はするな』そう烏間は強調した。すぐに尾田に連絡を入れる。
軽快なラインの呼び出し音が流れる。しばらくして尾田が通話に出た。
『なんだい井岡クン。何かあったのかい?』
そう尋ねる尾田に池田と電話した時の事、探偵を使って調べたところあるラブホテルの一室に恵美さんがいる可能性が高いことを告げた。尾田は『わかった』とつぶやき、
『僕も行こう。人数は多いほうが有利なはずだ。場所を教えてくれ。・・・・・そう。そこならそんなに時間はかからずつくな。一時間後に待ち合わせよう』
そういって通話は切れた。やっとここまで辿り着いた。彼女の事を知りたいと思ってからここまで辿り着けるとは思っていなかった。これであの時果たせなかった彼女の助けに応えることができる。はやる気持ちを抑えて烏間と尾田に合流するため現地に向かおうとした時、再びスマートフォンの着信が鳴る。画面に烏間哲治の名前が表示されていた。それに出ると烏間は焦っているかのようにこう言った。
『絶対、尾田という男には連絡を入れるなよ‼』
既に事件は動き出していた。そう気づいたときには何もかも手遅れだった。
今年何度目の衝撃だったろうか。自分と烏間の目の前で建物の上の階が激しく燃えていて、それをただ呆然と眺めていた。一体どこで俺は進むべき道を間違えてしまったのだろうか。はしご車によって高所の逃げ遅れた人を救助している。場所が高すぎるためか、なかなか消火は進まなかった。ゴウゴウと燃え広がる炎に緊急車両のサイレンと人々の叫び声が折り重なって一つの音になって翔弥を非難しているように聞こえた。頭の傷が思い出したように痛む。「おまえのせいだ」と“彼”の声が頭に鳴り響いていた。