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後門の闇

■選手控え室にて、赤いぴっちりスーツを着た少女泣く■

■元凶はナマケモノ■


「いえ、ぐす。気にしないでください、ぐす。ぐす」


「……」


 気にするわ!!

 そう言いたくなるほどに落ち込んでいるファイター少女・ポーラを見て、クライスの胸は締めつけられた。

 二人は並んでベンチに座っている。


「私って昔からドジで……ぐす。こんなことになるなんてっ」


「いやまあ、俺も……避けられなかったし」


 以前に会った時に、知り合っていたのは幸か不幸か。

 相性が悪くない二人なのでそれほどこじれることはなく、なんとかトラブルは収まりそうな雰囲気がある。

 しかし、ジャスミンのジト目はクライスを突き刺す。


「な、なんだよ」


「ちゃんと反省しているのかしら、と思ったのよ」


「してるって。というか……」


 今回の件に関しては、特に自身の非はないとクライス。

 突発的なトラブルに巻き込まれただけで、彼自身にはどうにも対処できない問題である。

 それを根性で回避しろと言われたら、何も言えなくなるが。

 しかし、彼女の泣いてる姿を見ると罪悪感が湧くのも事実! クライス困惑!


「気にしないでくださいジャスミンさん。ファーストキスでしたけど……初めてでした……はい……」


(だから気になるわァッ)


 悲しみの底から這い上がれそうにないポーラに、クライスはどうすればいいのか混乱中。

 ジャスミンの視線がナイフのごとき鋭さを見せて、彼の心をめった刺しにするのであった。

 基本的にコミュ障な男に、一体何を望んでいるのかと胃を痛くする。


「……本当ごめん」


「クライスさんは悪くないですよっ。私がドジなんですッ」


「……」


 そう言われると、逆に罪悪感も増すというものだ。

 というか、さっきから周囲のファイター男たちに殺気を向けられていて、別方向の胃痛も発生していた。

 ポーラはその美貌と実力と性格から、かなりファンが多い選手である。

 そんな彼女の唇を奪ったとなれば、面倒なことになるのは明らか。


(なんでこうなるの……)


 悪辣王の一味など関係なしに、憂鬱な気分のクライス。

 ラッキースケベの代償が重すぎて、まるで喜べないのであった。ポーラがどことなくサーシャに近い空気をまとっているのもあって、本当に悪いことをした気分だ。

 望む平穏から離れていく現実の世知辛さに、彼は一筋の涙を流す。


「わわ、クライスさんどうしましたっ」


「いや、なんでもッ」


「……ッ!!」


 きっと自分などと口づけしたことがショックで、クライスは涙してしまったのだろう。

 そんな思いが頭をよぎったポーラは、さらに悲しみの底に沈む。

 辛気臭いオーラを発しまくる二人に、ジャスミンは少し引き気味になってしまうのであった。

 なので。


「ぽ、ポーラさんも招待されていたんですねっ。会えてうれしいですっ」


「いえいえ……私など……ドジで致命的なミスを犯してしまう人間ですし。ですし」


「うう……」


 なんとか場の雰囲気を壊すために、ジャスミンは動いた。

 見事に逆効果で、ポーラは己の肩書きと比較しての情けない失敗に、さらに落ち込んでしまった。

 基本的に、失敗を引きずるタイプなのかもしれない。


「うう……子供の頃からそうなんです。すいませんっ。すいませんっ」


「……」


 二人並んでうなだれる最強クラスの就職者たちに、ジャスミンはお手上げのポーズを行った。

 クライスとポーラのどちらも陰キャであるがゆえなのか、ネガティブオーラが相乗効果を生み出して、まるで控室全体を覆っていくような気配さえある。

 周りの選手たちも、露骨に二人を避けて各々の時間を過ごしていた。

 一応真面目な優等生タイプのジャスミンは、真面目に悩んでいる。


「まあほら、もうすぐイベントだし気持ちを切り替えていこうっ。ね! 試合してたら、思い切りの良さで落ち込んだ気持ち吹っ飛ぶわよ!!」


「ぐす、ええそうですねッ。ええ……」


「鞭打つなよ……。おそろしい女っ」


 陽キャのジャスミンが、陰気なオーラを切り裂いた。

 それに対する陰キャコンビの反応は、正反対のものであったが。

 とにかくポーラは表情を引き締めて、ようやくスターライト・ファイターらしい強者の顔つきを取り戻した(10分の2ほど)。


「……それにしても、前に会ったクライスさんがファイターだったなんて」


「いや、別にファイターではない。無職」


「え? このイベントに参加するのに?」


「単にジャスミンの推薦で参加させてもらっただけだ。……謎の選手としてな」


「いやアンタ、一応ファイターでしょうが。認めたくないけど!」

 

 周囲に聞かれないように、小声で話をしている二人。

 クライスの正体は一応秘密なので、ポーラは特別としても他の者に知られるわけにはいかない。

 おそらく主催者側は、変則的な番狂わせ要員としてクライスに期待しているのだろうと、クライス自身とジャスミンは考えていた。

 そのまま顔を出しても、単なるルーキーで終わってしまうので、あえて顔を隠すことであいつかもしれないこいつかもしれないと思わせる。

 しかしその策には致命的な欠陥があった。


「ひょろいよなぁ」


「ひょろいわよねぇ」


■隠しきれないひょろさ■

■アスリートとは思えない■

■一応、チームに所属しているので運動する機会はある。が。周りと比べると、やはり見劣りしてしまう■


「これじゃあ該当する選手もいないだろ」


「よね……有名選手は全員、肉体的な美があるものだし」


「いえ、中には例外もいますよ? スターライトファイターにも二人ほどクライスさんタイプの体系の方がいますし」


 ポーラの話によれば、最高峰のファイターにクライス的な外見がいるとかなんとか。

 その言葉でジャスミンも思い出したのか、納得いったという風に相槌を打った。

 ならば一応は正体に関する問題は解決するのかと、クライスは少し安心する。


「余計なことを喋らないようにって言われているし、その二人のどちらかだと思わせたいってことだな」


「確かに、【あの二人】ならあんたのバトルスタイルに通じるところがあるわね」


「まあ、そこまで事細かに言われてはいないし、ばれたらばれたで構わないってこと。面倒だし」


 主催者側としても、クライスにそこまで期待はしていないのだろう。

 結局は穴埋め要員としての参加であり、そっちの方が彼としても気楽で助かるというもの。

 ファイター好きの主催者として、ジャスミンが推薦するほどの無名の存在の実力を見ておきたいと言うのもあるのやもと思う。

 ジャスミンから聞いた情報によれば、その主催者はファイターの新人発掘を行っているとか。


(俺を円盤戦のファイターに勧誘とか?)


■前の試合で、漆黒のナイトに勧誘されたことを思い出す■

■実際、クライスの実力はトップクラスではある■


「おいおーい! 女をはべらせてやがんなァ! ひょろがり!」


■バカそうな男の声が聞こえてきたが、彼はスルー■


(一応、今回のイベントに参加するにあたってファイターライセンスは、なんとかゴミ部屋から救出したが……その労力に見合う報酬ほしいぞー)


 ファイターの証(協会に属している)であるファイターライセンス。

 イベントの参加条件はファイターであることなので、面倒くさがりながらもライセンス発掘を行った。

 手続きすら苦痛に感じる典型的な社会不適合者なりに、頑張ったのであった。

 本当にがんばった。よくやった。そう自画自賛。


(現在の職業……か)


■チンピラの声が聞こえた気がした■


「おいおい! ここはモヤシ野郎が来るような場所じゃ——」


■しかし聞こえなくなったので、気のせいだろう■


 提出する用紙の欄に、現在の職業を記入する部分があったことを思い出す。

 とりあえず、【守護者】と書いておいた職業詐称クライス君。

 なぜか、儀攻戦のプロを名乗るのをためらってしまった。自分でもよく分からない。

 

(自宅の守護神だ。間違っていないっ)


 それはそれとして、後で問題になったりしないか不安になってきてしまう。自宅の守護者とかふざけてんのかと言われても、TALK MASTERですら弁明は不可能だろう。

 やはり、無駄に格好つけるのは止めておくべきだったかと思う。

 ソルジャーに逮捕されたりしないだろうかとソワソワ。


「なにソワソワしてるのよ。いまさらになって緊張してきた?」


「未知への恐怖」


「?」


■大会とは関係ないところで緊張する、自宅守護神■

■早くもHOME帰還を神に願う■

■そういえば……この世界の【神】の話も、いくつか聞いたことがあった■


「今回のイベントはトーナメント方式。ポーラさんと戦うこともあるってことよねっ」


「あはは、お手柔らかにお願いしますね……。こんなドジなんて相手にならないかも……ですけど……はぁ」


「な、何言ってるんですかっ。それはこっちの台詞ですよっ……だけど、当然勝つつもりです!!」


「フフ……素敵な闘志ですね」


 ファイター女性同士の会話がはかどる女子組。ポーラがサーシャと近い雰囲気を持っているからなのか、二人の相性は悪くないように見える。

 クライスはさっきのハプニングの傷も癒え、控室をぼけっとしながら見回していた。

 試合前に既に火花をぶつけ合う選手たち・目をつぶって静かに精神集中を行う筋肉隆々な男性・別室のトレーニングルームから出て来た汗だくの大男。

 様々な選手たちがそれぞれの時間を過ごしている。


■そして■

■クライスの周囲には、ケンカを売ってきたチンピラっぽい男たちの屍■

■クライスに殴りかかろうとしたり、ポーラにちょっかいをかけようとしたり……だったが、全員がジャスミンの手によって制裁を受けた■


「だるい」


■無職の勇士はいつも通り■

■来たる試合を憂鬱に思うのであった■


●■▲


「ハーディン様。そろそろ出発のお時間です」


「ほうほう、そうか。ぐはは!」


 豪奢な部屋で写真を鑑賞していた小太りの男が、その重い腰を上げてソファーから立ち上がった。

 いつもの趣味は長いと半日は経過するため、ついつい時間を忘れていかんとハーディンは思う。

 見ていた写真を大事そうに懐にしまい、にやけた顔で部屋のドアへと足を向ける。


「ポーラ……! 待っていてくれ……ぐはははふふふ!!」


■不気味に笑う男は■

■これから会う彼女に、邪悪な想いを抱くのであった■


「ぐふふははははは、ごふふふっふはハハははぐふふはははは——ッ!!」


■発せられる声は禍々しく、空気を漆黒に染めていく■

■彼の瞳は現在と過去・二つの至宝に向けてギラギラと輝いていた■

■まずは現在・これから向かう先に在る宝を自身の所有物にすべく、特級の乱れは床を鳴らして突き進む■


「【奴】の思惑……。なんにせよ、参加することは決まっていルゥッ! 宝を手にした後に・我が闇を響かせるとしようぅうううゥウッッ。ぐほほハッ」


■彼が向かうは、ファイター達が集う決戦場■

■ハーディンが到着したその時は——■

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