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円盤戦

「決戦のリングに導かれて強者たちが集うッ!!」


 マイクを握った司会者が、その場に集った客たちへと言葉を発する。

 彼が立つ場所は、薄暗い室内で強く照らされた円盤状のリングであり、そここそが今回のイベントの要と言っても過言ではない。

 リングを囲む者たちは、いずれもファイターという存在に対して情熱を持ったファンたちと言えるだろう。


「今回バトルを行うのは、いずれも名の通ったファイター揃い!! いざ刮目して魅せられてしまうが良し!!」


 熱狂が高まっていく会場で、円盤戦の火蓋が切られようとしていた。

 屋外の夜空とは正反対に高まっていくボルテージ。

 客席に座る者もいれば、物販コーナーや展示コーナーで騒ぐ者もいるようだ。

 

「いよいよ……!! いやぁ楽しみだな!!」


「あっちの展示コーナー見たかっ。あのサインって、間違いなく活躍初期のものだろっ。やばい!!」


「撮影は一応許可されているけど……個人の使用の範囲内か……いやまあ、ジャスミンちゃんの写真撮れるなら全然OK……ではあるか……」


 それぞれの想いが、声となって交錯する会場の様子。壁に貼られたファイターの巨大ポスターの中には、ジャスミンのものもある。

 クライス達も参加する格闘イベント、その当日のことであった。

 観客たちは、待ちきれない様子でさわがしく声を上げ、今回行われる試合の内容を語り合う。

 その声には、未来への期待と熱狂があふれていた。


●■▲


■一方その頃■


「はぁああ」


■クライスは、盛大にため息を吐いていた■

■既に疲れている引きこもり■


「なによそのため息! これから本番なのに!」


「だからだ。なんか俺だけ場違い感がなぁ」


「まあそれは……そうね。あんたすごく注目されているわよ」


「うわっ」


■場所は選手控室■

■ベンチに座るクライスを、周囲にいる選手たちがチラ見していた■


「誰だあいつ? 見たことない野郎だな」


「いやそれ以前に……」


 クライスが見る限りその選手たちの中には、雑誌やテレビで見たことのある顔もあった。

 彼らの肉体は研ぎ澄まされていて、見ている者に威圧感を与える刃のごとく。

 まさしくファイターという表現が相応しい、武闘派たちであった。拳のみで戦う競技・円盤戦なのだから、当たり前といえば当たり前。


(なお、クライスさんは)


 その中に混ざった異物のごとき、ひょろひょろで色白な引きこもりオーラにあふれた上半身を晒す人物。

 ボクサーパンツを着用しているが、月にスッポン×2な有様。

 さらにさらに注目を浴びる要因があった。


「なにこのマスク」


「似合ってないわね。雄々しさが圧倒的にミスマッチ!」


「だよな」


 いつもの運動スーツ姿のジャスミンに、勢いよく突っ込まれた。

 そこらの100ペルショップで買ってきたかのような、微妙に安っぽさが漂うライオンのマスク。

 なにやらこれを被って戦ってほしいという主催側の要望により、クライスはしぶしぶ着用したのであった。

 だが正体を隠すことも可能なため、彼にとってもメリットはあるといえた。


「これなら遠慮なくやれる」


「なるべく名を広げないようにね~。普通逆じゃない?」


「お前には分からんよ」 


 功名心もそれなりにあるジャスミンに、クライスのせこせことした生き方はイマイチ理解できないようだ。

 前の混沌戦でもやたらと手回しをして、なるべく目立たないようにしてきたが、儀攻戦での活躍を完璧に隠すことは出来なかったようだ。

 最強の盾二人を倒した謎の侵攻者!

 などという噂が広まって、ゴシップ記事にもなっていた。

 幸いにも、スローラ村にその人物がいるという情報までは広まっていないようだ。


(……情報を隠すように言っておいたしな)


 漆黒のナイトに対して、儀攻戦の結果をなるべく広げないように相談したクライス。

 彼の話によれば、守護の会はクライスの戦績を世間に広めたりはしないらしい。

 最強の盾のブランドが、地に落ちるのを防ぐためだとか。無名の新人侵攻者に敗北はアウトのようだ。

 漆黒のナイトとしても、協力してほしい相手の要望はなるべく聞く構えであった。


「あの儀攻戦は苦い結果だったな」


「いきなり何よ。最強の盾との戦闘のこと? たしかに負けたのは悔しいけれど……」


「ああ。悔しい……あいつも」


 クライスはこの場にいない人物を思い浮かべた。

 いつも熱血熱血うるさかった、イヤシノ地区のイベントで知り合った友人。

 儀攻戦において真っ先に敗れ去った彼は、いまだにそのショックから立ち直れていない

 日課であるやたらとうるさい朝のランニングすら放棄し、今は家に引きこもっていると言う。

 

(やれやれ、俺とキャラが被ってどうする)


 ゴウトの落ち込みっぷりに対して、何をすれば良いのかもクライスは分からず。

 自分自身もそういうタイプだからこそ分かる、そっとしておいて欲しいという気持ちの過り。

 下手に介入するのが悪手になるのではないかと思い、なんの行動も起こせない。

 ジャスミンとかは会いに行っているらしいが、自分はそんな気になれなかった。

 

(やはり今回のイベントに不参加か)


■控室の中にゴウトの姿はない■

■イベントに誘われたという話はあったが、断ったようだ■

■寂しい気持ちになったり、ならなかったり■


(アイツの性格なら、喜んで参加する筈)


 ファイター同士のバトルイベント。しかも名のあるファイターばかりを集めたとなれば、高い壁を好むゴウトが興味を示さないはずもなく。

 それを拒否するほどの心の傷ならば、クライスにできることがあるのだろうか。


「……」


「……なに辛気臭い顔してんのよ? ゴウトのことなら、その内ひょっこり復活するわよ」


「見えないだろ顔」


「雰囲気で分かるのよね。すごい湿っぽいわよアンタ」


「なんだそれ」


 ジャスミンの言っていることが理解できないクライスは、深く考えるのをやめにした。

 近くに設置されたテーブル上に置いてある、水差しを使うため、ベンチから立ち上がってそこに近づく。

 すると、それを邪魔するかのように巨体の影が立ち塞がった。


「水! 水‼」


「……」


■クライスと同じようにマスクを被った大男■

■しかし彼はタイガーだ■


(トラのマスク……まさか)


 クライスの見てきたファイターの情報の中に、目の前の男に合致するものがあった模様。

 大男は、背後の視線など気にせずに水差しを豪快に掴んだ。

 

「!!」


■勢いよく砕ける水差し■

■中の水がぶちまけられる■


(いや——固まっている)


■水はぶちまけられるのではなく、机に突き刺さった■

■液体から固体への変化。氷のナイフへの変貌■

■周囲の視線が集まる■


「うおッ、やっちまったぁ!!」


「……」


「こりゃあどうしたもんか……部屋の外にスタッフいたな!」


 タイガーのマスクを被った大男は、勢いよく部屋の出入り口へと向かう。

 大量の汗を流した暑苦しい大男が消えた後には、冷え切った水の欠片がクライスの目前にある。

 水差しすらも同様に冷却されていた。


「なんだアイツ……」


「あら、知らないのクライス。テレビにも何度か出てる有名人よ。円盤戦の王者候補の一角」


「へえ」


 大した関心のなさそうなクライスは、そういえばそんなこともあったなと記憶の片隅にあったタンスを開いた。

 華々しいリングの上で、美人なお姉さんにトロフィーを受け取る大男……名前は……忘れてしまったようだ。

 とりあえず、巨乳の美人さんだけは覚えていた。

 

(記憶の引き出し完了。名前は分からん)


■意味のない記憶検索!■


「【ベント・ハワード】。ビッグマウスが多くてアンチがそれなりにいるけど、実力は確かよ!」


「……」


「今のあたしでも勝てるかどうか……!! 燃えてきたっ。よーし!」


 スタッフと一緒に、壊した水差しの片づけを行っている姿を見ると、そこまで悪いようには見えない人物。

 めちゃくちゃ頭を下げている様子は、気弱そうな感じすらあるが……?

 さきほどの破壊現象は気になるが、警戒するような者ではないと判断したクライス。


「わわわ! すいませんそこどいて——!!」


「は?」


■慌てた女性の声にクライスが振り向くと■

■見覚えのある顔が間近に迫っていた■


「どわッ」

「あわわ!?」


■激突して重なる二人の体■


「……」

「……」


 クライスは、何やら柔らかい感触を唇に感じた。

 眼前には黄金に輝く瞳が存在して、目がバッチリと合ってしまう。

 つまりそれは口の位置も見事に重なっているという証明であり、ようするに。

 マスクを貫通してキス状態。


(やったぜ)


 混乱の中で一瞬だけそう思ったクライスであったが、すぐに冷静さを取り戻して女性の様子をうかがう。

 黒い長髪の美少女は放心したまま数秒固まって、やがて状況を理解して急速に赤面・唇を急速に離す。

 そしてそのまま涙目になって、めそめそと泣き出してしまった。

 周囲の視線がクライスに突き刺さる。

 謎の罪悪感に襲われる。


「クライス」


「な、なんでしょうか」


「言うことはある? ちゃんと言えるわよね?」


「いや、その、不可抗力ではないかと……」


■下手に、言い訳しようとしたのが悪かった■

■ジャスミンの雷が鳴り響く■


(新たな乱れ発生)


 悪辣王と関係ないトラブルだって、当然あるのだった。

 クライスは正座しながら理不尽だと思う。

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