両手に:毒
「とりあえず、【故障】のせいで試合内容は見れませんでしたけど、そろそろ時間ですので」
「あ、はい」
スピーカーから聞こえてくる、体験センタースタッフの声。
この儀攻戦体験にも制限時間はあるので、さっさと出てこいコールを受けてしまったわけだ。
わざわざ機械を使わないと言葉を伝えられない辺りは、儀式場の縮小版という感じだなと、クライスは思いながら出入口へと向かう。
■出入口の扉を開けて■
■体験センターのロビー■
「……ふう」
ロビーのタイル床に足を踏み入れたクライスのため息一つ。窓を見ると既に夕焼け模様。
まるで大仕事を終えた後のリーマンの如く、疲れ切った表情で彼はセンター入口の自動ドアへと向かう。
ジャスミンは呆れ気味にそれに続く。
「なにを大袈裟に疲労オーラ出してんのよ。情けない」
「俺は一度のターンで、HPの半分ぐらい消費するんだ」
「普通に試合するより消費してんじゃないわよっ。……心配になるわね」
両肩が重そうな感じでとぼとぼと歩くクライスは、行動の度にHPが減っていくと豪語した。
しかし実際彼は疲れやすいというか、なんでもないことでも疲労が溜まりやすいようだ。
ジャスミンは、まったく理解できないという顔。
その顔を見たクライスは、こっちも理解できないと言う。
「お前みたいに……やたらと行動的でやる気あるわけじゃない。むしろ疑問だ、元気すぎる」
「あんたのHPが低すぎるの。ちゃんと寝てる? 夜寝る前に覚醒ライトとか見てない?」
「睡眠はむしろ人よりも取っている。だが頭重い、どうなってんの」
「……ふぅん。今度あたし特製の栄養ドリンクでもあげる?」
「いらない。それ、前読んでた漫画に影響されたやつだろ」
「別にいいでしょう! 漫画の実用性を舐めないでッ!!」
いつもいつもだるそうにしているとは思ったが、ここまでとはとジャスミンは思案。覇気の宿らない目を持つ男は、伊達ではなかったようだ。
何か安眠グッズでも渡すべきだろうかと、ガチで悩み始めた彼女を置いて、クライスは自動ドアを開き――。
「おやおや、雇い主さまでは~?」
「なぬっ」
右方からかけられた声に顔を向けると、そこには見覚えのある守護者が。
ワーク山の儀式場を守護する色香の盾、クライスの邪な想いを華麗にスルーする、したたか少女ロリン・ネイドス。華やかなドレス姿が印象的だ。
彼女は、イタズラっ子な笑みを浮かべながらクライスに近づく。
「体験センターでジャスミンさんと秘密の特訓……! これはスクープですよっ」
「なにいってんの」
「ねっとりとお楽しみだったんでしょう。分かりますとも。みなまで言うなってっ。もうー思春期!」
「なんだこいつ」
からかうような口調でロリンは言う。
ジャスミンとは違う方向のトラブルメーカーであるロリっ子に、既に疲れ切っているクライスは、まともに相手をする余裕もないためスルー推奨行動。
もう彼は家に帰ってだらけるMODEに入った。
「お、おかしなことを言ってるんじゃないわよっ。変な噂を立てたら承知しないからね! こらっ」
「おっとぉ、噂の渦中のファイターさんの登場ですか。どうでしたか雇い主さまとの濃密な時間は?」
「ロリン、頭をぐりぐりされたいみたいね~?」
「ひゃっ!?」
鬼の形相で迫りくるジャスミンに、さすがのロリンも逃亡。
あっさりと捕まってしまい制裁を受けるいたずらっ子を見ながら、なんだか微笑ましい光景に口元を綻ばせるクライス。
彼女たち二人の関係に険悪な雰囲気はなく、まるで仲のいい姉妹のようにも見える。何度か交流の機会もあったからだろう。
同じチームで戦ったことで、その絆はさらに強まっているようだ。
「ふっ」
■ニヒルな感じで鼻を鳴らしたクライスは■
■静かに屋外へと消えた■
「ストップ! ストップ! やめて!」
「反省したかしら、してないわよね」
「ただ少し親睦を深めようとジョークをですねっ。……なんせこの村に引っ越しますので!!」
「!」
ジャスミンの両拳で頭をグリグリされているロリンは、涙目になりながら新しい村人になると告げた。
それも、もうすぐに。
彼女の話によれば、前から村で建設されていた大きな館は自身の家だという。
手ごろな土地を探していたところ、不動産会社にこの村を紹介されたとロリンは言った。
「ふふふ、まさか雇い主さまがいる村だなんて、これは運命の何とやらでは? ……まあ土地が安いって理由なんですけど! お手頃!」
「そんな理由かいっ。この村別に目ぼしいものもないけど……。あたしは好きよ」
「わたしもですよー。……今からみんなと交流できるのが楽しみです!」
■新しい村の生活に心躍らせるロリン■
■その笑みは、未だに底知れない■
●■▲
「……」
■クライスは、サポート通信の画面を開く■
■周囲に人はいない草むらで■
「なんの用だ」
「いや、少年がファイターのイベントに参加すると聞いてな。少しアドバイスをとね」
「?」
画面の向こうにいるのは漆黒のナイト。
定期的に連絡を取るために連絡先を交換し合ったので、クライスの方から通信を行うことが可能。
頼もしい力を持った彼と繋がりを持てるのは、乱れに警戒するクライスとしても好都合。
最強の狩猟者である漆黒ナイトの実力は、儀攻戦を通してよく知っているので信用もできる。
悪辣王から救われた恩もあるので、個人的にも拒否する理由はなかった。
「円盤戦だったな競技は。今回の戦い……【守り】に徹して機をうかがうべきだ」
「……」
「攻める機会はあるはず。辛抱強く待っていればな……手数で勝負する」
「そうか」
■通信で伝えられる言葉は、別の意味を含んでいる■
(——警戒して事に当たれってことか。つまりは乱れ関係)
漆黒のナイトの言葉を理解したクライスは、小さく舌打ちをした。
今回のイベントに少しだけでも悪辣王の影がちらつくことで、急速に冷めていく彼の心境。
どこに潜んでいるかも分からない奴らに警戒するのは、心が削られる。
まあ、あくまで用心はしておけ程度であって、そこまで心配する必要はないのだろうが。
(そのために、安寧の太陽も俺たちを守ってくれているが)
どこまで信用できるものか?
そもそも脅威は島全体に及ぶのだから、この村に割ける戦力にだって当然限りはあるだろう。
敵の戦力も未知数である以上、最悪の未来を想像してしまうことは避けられない。
(くそがッ)
■心中を埋める息苦しさ■
■悪辣王の一味が、目障りでたまらない■
(なんでなんだ。いつもいつもッ)
■己の平穏を脅かす要因が、気になって仕方ない■
■あの男の笑みが頭に浮かんで離れず■
「……ッ!」
強い歯ぎしりの音が響く。
平穏を壊す悪辣の王は、今頃どこかでほくそ笑んでいるのだろうかと彼は思う。
ぎしぎしと聞こえる乱れの音が、脳内をかき乱していく。
この異世界に来てまで、こんな音は聞きたくなかった。せっかく——。
「……ぐッ」
「どうした少年、顔色が……」
「……いや、なんでもない」
立ち眩みのような症状を起こしたクライス。
漆黒のナイトは気遣いの言葉をかけるが、心配ないと精神を覆う暗雲を無理矢理払った。
憂いる表情はそのままにナイトは話を続ける。
「まあ、なんにしても健闘を祈っているよ。今回のイベントの主催者は知人でもあるからな、信用できる人物だ」
「……」
「何かあれば頼れば良い。きっと力になってくれるはずだ」
「わかった」
■サポート通信の画面が消え■
■夕暮れの草むらでクライスはたたずむ■
「……帰るか」
悪辣王の影があるからといって、必ずそれが関わってくるとは限らない。
そんなことで気を病むなどバカバカしいと気持ちを切り替え、現実から目を逸らすように夕飯のことでも考える。
きっと考え過ぎだ。
またあの乱れと相対する必要などない。
心の中で繰り返す言葉は空しく響く。
「……くそ」
小さく舌打ちをして、クライスは帰路に着いた……。
■そんな彼を遠くから見ている影が一つ■
「ほうほう、なにやらきな臭いですなぁ」
人気のない砂利道に立つ影。
あご髭を触りながら、サングラスをかけたその男はクライスのことを観察していた。
彼は一応この村の住民ではある。
しかし、それだけではない別の顔も持っているのだった。
「――ということですが、どうしやすかね首領」
「オイラとしちゃあ、その野郎は間違いなく就職者Gに関係してんなァって予想するぜ」
■サポート通信の画面を開く、ある盗賊団の一員である彼■
■画面の向こうにいるのは、自身のリーダーである大男■
「ふーむ、しかし割と警戒が強いんですぜ。さらって情報を吐かせようにも、上手くいくかどうか」
「というかソルジャー共も村の警戒しまくってんだろ? その中で事を為すのは無理だ。止せ」
「へい、そうしますわ」
「……就職者Gの情報を求めて村を探るはいいが、なんたってこんな警備が厳重なんだか」
まさか自分たちの動きに気づかれたかと、首領である男は訝しんだ。
だが、その可能性はあり得ないと考え直して、彼は子分である男に冷静に指示を出した。
「ドーマ。引き続きそいつを重点的に探れ」
「OK。【バリスタ】の名に懸けて、任務を遂行しましょうともさ」
■夕闇を覆っていく夜のカーテン■
■それに紛れるようにして、ドーマはその場を去った■
「……」
■そんな彼の姿を、しっかりと捉える眼が潜む■
■その人物は盗賊たちの会話を反芻しながら、笑みを浮かべた■
●■▲
「こら! なに勝手に帰っているのよ!!」
「うわっ」
「あたしを置いていくなんていい度胸ね!! 逃がさないわよ!」
「にげてない」
帰宅途中に、少し怒っている風のジャスミンに捕まってしまうクライス。
左腕をしっかりホールドされ、抱き着かれるような形になってしまう。そこで彼は疑問を感じたが、それ以上に密着されて色々やばかった。
右腕を使って彼女を引きはがそうとする。
「おお! 見つけましたよ! 勝手に帰らないでください。せっかくですから、今日はお邪魔しますね! うおー! お世話になるー!」
「うおっ」
「ふフ、しっかり掴みました。……何か悩みでもあったら聞きますよ。ないなら別に」
「いや、悩みというか。家に凸る気か?」
「うわー。拒否する気ですか! あんまりだろー! それはー! このー!」
「おいっ。力強めるなっ。近いっ」
右腕もいきなり来たロリンに封じられ、クライスの両腕は美女二人に抱き締められているような状態。
確信的なのかどうなのか、ロリンはやたらと強い力で体を押し付けてくる。
にやりという擬音聞こえてきそうな笑みを見るに、完全にわざとだとクライス確信。
「はぁ~」
「あ、わがまま言いませんけど夕食は鍋でお願いします。いいですよね鍋!」
「……はぁ」
「ため息! 嫌なら、BBQでもばっちこい!」
■諦めて、この状態で帰宅することにした彼■
■しかし、美女二人に密着されたような天国……ある意味地獄■
■匂いとか感触とか、色々が理性を破壊しようと襲い来る■
「やっぱ疲れる」
■ナマケモノは、さらにインドア精神を強化していくのだった……■




