戦斧の勇士
「……朝」
黄緑色のカーテン。の隙間から漏れる光を見て、それが分かった。
頭が少し痛いが、早く起きないとな。
……服がぶかぶかする?
まあいいか。
「ふっ、なんだか心が軽いぜ……」
こんなにも爽やかな気持ちになったのは、いつ以来だろう?
漆黒の組織に長年いることで、まるで心休まる時がなかった気がする。
それがいまはこのとおり。頭がかるい、思考がさえわたる。
重い鎖がすべてはずれ、理想郷へとたどりついたかの如し。
「最初はどうなることかと思ったが……」
わけの分からない状況になって、混乱しまくっていた……しかし今は違う!
「ここは異世界。夢にまで見た理想郷っ」
そう俺は、辛い現実からはなれて、アニメ・漫画で大人気な異世界に来れたんだっ。
それを考えるともう幸福の絶頂。
すでにあっちへ帰ることなど思考の彼方に消えさった。
ここでのんびりした暮らしを送るっていうのが、最高の人生設計だよなぁ。
「何をうじうじ悩んでいたんだ」
喜ぶべきことじゃないか! これは!
そうなんせ、俺には可愛いヒロインの。
「サーシャたん……」
「――本性を現したわね。変態」
……何故に君がここにいるんだ? ジャスミンちゃん。体育座りで部屋の隅にいるとか……。
そして震えている。悪いが正直ちょっと可愛い……。小動物的な。
「今、妙な発音したわよね! 気色悪い! それに、何か【姿】変わってるし!!」
そんなに睨まないでくれっ。
というか確かに、この異世界にきてから身長が縮んでいく……というより若返っている? 少年ぐらいにまで?
「やれやれ。なあ君……俺のようなナイスガイを捕まえて、その言い草はないだろう……」
ベッドから下りて、ジャスミンに接近する俺。
なんか異世界にきたよろこびで、テンションがおかしくなってるな。すこしふざけてみたりしてしまう。
「誰がナイスガイよっ!? ていうか近付くなぁっ!」
「おっと。すまんすまん。ははは」
そういえば彼女は男性恐怖症的な何かだったな。
俺としたことがうっかり。
すこし距離を離すか。
「まあさ……仲良くやっていこう。同じ村の仲間じゃないか」
「はーっ!?」
涙目になってこちらを見るジャスミンが、目を丸くした。
なにかおかしなこと言ったかな。
もうすでに定住する気まんまんなんだよなぁ。
「あんた……なにを言ってるのっ」
「え? だって、俺はこれからここに住むんだから」
「そ、そんな……」
絶望の表情で見ないで。傷つく。
残るのなんて当たり前だ。だってクソみたいな世界から転移出来たんだから。
「これからよろしく。ジャスミンちゃん」
「いやああああぁァッ!!」
●■▲
「……泣かないの。よしよし」
「ぐすぐす。悪夢よ悪夢……」
居間で食事の席に着いた俺は、対面で行われている百合っぽい光景に満足しながら、フォークで目玉焼きをつく。
その感触すらも心地いい。こんなことすら至福の時間に変わるほど、いまの俺は満たされまくっている。
「ふふふ……最高の朝だ」
夢にまで見たような気がする、美少女二人との朝食。
まさしく主人公の特権だ。
もう現実世界なんて忘却の彼方……。こここそが俺の真のホームだったということかぁ。やったぜ。
「♪~素敵な朝~♪ここは異世界さ~♪」
思わず鼻歌を歌いながら、窓から零れる光を眺める。
ジャスミンが不審者を見るような目を向けるが、気にしない。
「俺を祝福するかのようだ……な」
新しい朝の始まりだ――。
「それでは救世――じゃなくてクライスさま、行きましょうか!」
「え?」
「やっぱり冒険ですよね! クライスさまなら!!」
いやな予感も始まった。
やめてくれ。このまま二度寝させて。
●■▲
青空の下、俺は淡い青色のシャツを着て、サーシャちゃんと共に草原を歩む。
……家に帰りたい。サーシャちゃんとゆったりすごしたい。
「【儀式場】?」
「はい! 気付かなくてすいません! クライスさま!」
止めてくれと言ったのに、まだ様づけするサーシャちゃんの説明タイム。
儀式場……なんか聞いたような聞かなかったような。
「【勇士】の一人である貴方は、それを目的にこの島に来たのでしょう? そうですよねっ」
「あ、え、それは……っ」
言葉に詰まってしまうが、彼女のキラキラした瞳を見ているとどうにも……。
とにかく、へたなことは言わないようにしよう。
「ああうん、そうなんだ!」
「やっぱり! 流石です!」
「ははは……ところで儀式場って……あの、あの儀式場だよねー?」
よく知らないくせに、そんな風を装うのは恥ずかしい。
なんて小さい男なんだ俺はっ。
……とは思ったりもするものの、彼女の前ですこし背伸びしたい気持ちが強い。
「ええ! あの儀式場です!」
「やっぱり~。知ってる~……ところで、ちょっと復習しておきたいな~……なんて」
「復習……? ですか?」
「そう。勉強。これ勤勉」
「さすがです勇士さま!! いつでも学ぶ姿勢をくずさないんですね!!」
■また変に評価が上がってしまった……■
■それはそれでプレッシャーあるんだよなぁ■
「――儀式場とは、守護者に守られた神聖なる場所のこと」
「ふむふむ」
巧みに情報を聞き出した俺は、メモを取りながら真剣に聞く。
ふ、我ながらなんてスマートなんだ。
現実世界でもわりと堅実なほうだったからな。
「真面目で素敵です! クライス様! この程度のことなんて熟知しているはずなのに!」
「うんうん。さ、続きを早く」
「は、はい! ……儀式場には、ある【勇士】の力を開放する神秘が存在するとされています」
……【勇士】っていうのは。
(悪辣王を打倒し、世界を救うと言われる存在……伝説に謳われる戦士達ね。RPGでいうところの勇者が何人もいる感じか?)
どうやら俺はその一人らしいが……ホンマかいな。
勇士は特殊な力を持っているというし、仮にそうだったとしてもデメリットはあまりない……のか?
……いや、結構あるか?
「偶然この島に来たのではなく……目的はそれだったんですね! 凄い! 抜け目ない!」
「あ、ああ。その通り」
そんなのさっぱり知らなかったよ!
そんなに尊敬のまなざしで見ないで!
「そういうことなら! 道案内出来ると思います! よーし!」
「……あ、ありがとう」
少し強引な彼女の勢いに押されて、俺は村の北の草原を歩いていた。
周囲に生えた花の香りがとてもいい。いやしだ……なんだが。
(手入れされた地面……その先に……)
遠くまで続く一本道の先には、とても大きな山が見える。
村から十キロ以上はなれた……ワーク山というらしい。
まさか登山しろとかいうんじゃないのか? まさか?
「あそこにあるのか?」
「ええ! とっても素敵な場所なんですよ」
「ふーん……」
遠そうだし、疲れそうで、げんなりするな!
しかも背中には……。
「スコップ……おもい」
紐で括り付けたスコップを背負っている……なんでこんなことに。
こんなものを持ってデートなんていやすぎる。いやデートではないけど。ただの願望だけどっ。
そして、サーシャちゃんは背中にリュックを背負っている。
「強力な力を持った道具……魔導具は勇士に付き物ですよね。特に勇士がもつそれは、唯一無二のモノですし……」
「……」
よく分からんが、これは持っておいた方が良いらしい。
魔導具っていうのは、たしかRPGの魔法アイテム的ななにかだったか……燃える武器とか闇魔法の鎧とか、そういう類だろうな。
(言葉の重ね合わせで不思議な力を発揮する魔導に、魔導具……ファンタジーだな)
「……」
てりつける太陽が苦労を足していく。そんな中、ちらりと地面に目をむける。
流れる汗によって、始業時間ぎりぎりに必死こいて出社し、なんとか間にあった時のことを思い出す。まあ、結局ぎりぎり上司のアウトゾーンに入る時間だったので、普通に怒られたんだが。間にあったんだからいいだろ、と正直思った。
「……めんどくさ」
サーシャちゃんに聞こえないよう、ぽつりと言った本音。
それはなんだか、いままでの苦労が濃縮されているように感じた。
「あれ、だれか前からきますね……」
「……本当だ。男だな」
俺達の進路に現れた、がたいの良い男の影。
ワーク山の登山者か?
いや……、あの見た目はちがうな。
(背中にめっちゃでかい武器が……)
金色の鎧を纏っていて、背負っているのは銀色に輝く斧。金と銀のコントラストがむだにギラギラしていて、目に悪い。
直感で分かった。こいつはまちがいなく仲良くなれない。
「よう! そこのさえないヤツ!」
なれなれしく話しかけてきたのは、背が高くて茶髪の軽薄そうなヤロウだった。
……思ったとおりの雰囲気だ。
「……なに?」
「なにじゃない。まったく無愛想なやつだなぁ。わざわざ話しかけてやったっていうのに!」
こいつは苦手なタイプだ。
直感でそう思ったのが当たっていて、まったくうれしくない。
さっさとスルーして先にいきたいんだが?
「オレはジンっていうんだが……君たちももしかして、この先のワーク山に行くのか?」
「そうですけど……なにか?」
俺は味気なく対応する。
この距離を保つのが大事だ。こういうタイプは、遠慮なくこっちのパーソナルスペースに不法侵入してくるんだよなぁ。
コミュ障的な対応だが、こういう人種にはこれでいい。
「あーだめだめ! 君たちみたいな雑……げふんげふん! 非力さじゃあ危険だぜ? これは忠告だ! ちょっとした親切心からの教えってやつだな」
「……」
「むむむ……クライス様に向かって……」
こいつはさわやかな好青年を気取っているが、内心他人を見下しまくっているやつだ。
確信したっ。完全に確信したっ。
やはり俺の陰キャセンサーにまちがいはなく。
「……アンタはどうなんだよ。平気なのか?」
「……ぷっ」
「!」
なに笑ってんだこのやろう。
わざとらしく口元押さえんなよ、イラつくわ。
ぶんなぐりたい顔とはこのことか?
「ぷ、ぷぷぷ! お前! 誰に向かって言ってんだよぉ! オレは【勇士】だぞー!」
「ええ!?」
サーシャちゃんが驚きの声を上げる。
え、こんなやつが勇士? まじか?
「ま、まさか! その背中の斧……」
「気付いたか――そうオレは」
「【戦斧の勇士】!」
阿呆らしいどや顔を披露しながら、ジンは斧を勢いよく引き抜いた。
「ギャアアア!!」
地響きと共に地面が壊れる。
「あ!? も、モンスター!?」
奇声を上げる大きなムカデは、地中からいきなり姿を現し。
「フン。ザコが!」
戦斧の勇士は、背後の脅威に対し即座に対応し、その体を切り裂いた。
(やつの【ステータス】が見える……)
攻撃力:800・防御力:700・速力:600……だと?
「ま、ざっとこんなところだ! 勇士の……いやオレの力、わかってもらえたかな?」
俺はただ呆然と、その光景を見ていた。
目前での戦いは、この世界におけるLEVELを決定づけるものでもあったから。
「【戦斧の勇士】の攻撃力はこんなもんじゃないが……見せるまでもないか! ふはは!」
やたらと格好つけた動きで、ジンは斧をもどす。
なにもかもカメラ目線な挙動で、逆にカッコわるい印象すら受けてしまうな。
どれだけ目立ちたいんだこいつは。
「それじゃあな! 危ないからさっさと帰れよ! ワーク山なんかに行くんじゃないぞ?」
■一応の気遣いの言葉らしきものを残し、ジンは山の方へ去っていった■
「行っちゃいましたね……すごい人でした……まさか勇士の一人に会うなんて。きっと【町】の方から来たんでしょうけど」
「……」
「戦斧の勇士……あの人の目的も、もしかして」
勇士の背中を見ながら、俺はただ驚愕している。
(なんだよ。あのステータスはっ)
■俺のステータス・攻撃力:1500・防御力:2000・速力――■
(低すぎるだろ!? あいつの能力値っ)
あいつはあんな低いステータスで得意気になっていたのかというのと、倒したモンスターの魂?が頭上に漫画で見るような輪っかをつけて、空にのぼっていったのが印象的だった。
おそらくやつは俺の操作して抑えたステータスを見て、勝ち誇ってやがったんだろう。
「……私たちも行きましょう。クライス様」
「不機嫌そうだけど……?」
「貴方のことをバカにするのは許せません……それに、伝説の【戦斧の勇士】は好戦的で嫌いなんです! はい!」
しかめっ面で先を歩いていくサーシャちゃん。消滅したムカデもどきがいた穴をさけ、その先に。
「……」
その姿に俺は。
「――片付けるか」
足元の石ころを拾い、それを背後に振り返って投げつけた。
石は見事に標的へと命中する。
凄まじい勢いで飛んでいった破壊の矢は、二百メートル程度先にいる、さっきより大きなムカデをつらぬいたのだ。
「こんなもんかぁ」
さっきから地中に潜み、背後で俺達を狙っていたのは、きちんと警戒していたから分かっている。
あの勇士はまるで気づいていなかったようだが。
「わわ! 何の音ですかー!? ひええ!?」
小さいクレーターが出来るほどの轟音をまき散らしたため、サーシャちゃんが混乱してこっちをむいた。
ごめん。すこしおどろかせてしまったか。
子犬のようにふるえている。
「な、なんかはげしい土煙が……!?? な、なんですかぁ!? なにがッ???」
「ああ。魔導を使ったんだよ。ワーク山にもモンスターが出るって言うし、ためし撃ちだ」
「く、クライスさまの魔導……!?」
「そうだ。ごめん」
本当はただ石ころを投げつけただけだが、これなら魔導なしでもいけそうだ。
……しかし、たしかあの【儀攻戦】でボールを投げるさいには――。
(不思議な力を発揮できる【魔導】の素質は、あんまりなさそうだな……俺)
だけど。
(安心してくれ。君が望む強い勇士の姿には……どうやら届きそうだ)
いまだ子犬のようにふるえている少女に誓うように、つよく想う。
それはそれとしてサーシャちゃんかわいいっ。