美しきファイター!
「なにか困った事があったら、何でも言ってなぁ。これから同じ村の仲間だからなぁ」
優しい瞳に獰猛な牙の組み合わせで恐怖させながら、サメ男さんは家の中に入っていった。
困ったことなら、今まさに発生してますよ。
「クライス様が私の家にっ……そんな、まさかっ、夢みたいっ……! どうしようっ」
あたふたしたサーシャちゃんの様子を見て、この娘もしかしてと思った。
さっきまで張り切ってたのは空元気だったのか。自分から言い出したのに。
「わ、私も片付けてきますっ! 少々お待ちをっ! すいませんっ!」
「あっ、うん。ゆっくりでいいよ」
長くかかりそうだ。根拠はあまりないがそう思った。
実際かかった。陰ってきたな外。
「もう大丈夫ですっ! ばっちりっ! きれい過ぎてっ、すべるかもしれませんっ! ツルツルです!」
「?」
「……っ」
十数分後。出てきたサーシャちゃんが言った後に、赤面した。
もしかしてギャグのつもりだったのか?
ちょっと反応できなかったな。
「ははは」
「!!」
遅れて反応すると、更にサーシャちゃんの顔が赤くなった。逆効果だ。
彼女には悪いが可愛いと思ってしまった。
「――ではどうぞ。私の家に」
仕切り直して真面目な声で。つられて俺の緊張も戻ってきた。心臓痛い。
ドアを開ける彼女に続いて、俺は聖なる領域へと導かれた。
(サーシャちゃんの家)
スイッチを入れ、玄関が照らされる。
開けた先には、前方・右・左に三つのドアが見える。階段も前に。
俺は足元にあるマットで靴(診療所で貰った)を脱ぎ、そばにある棚型の靴箱に入れた。
「こっちが居間です! お茶っ! 入れますねーっ!」
「ああ」
かちかちの動きで俺を案内する彼女。なんか転びそうだ。
そんなに緊張しなくていいのにな。
固い動きで、前方の扉が開かれた。
「居間に到着ですっ。どうでしょうかっ。救世主様!」
「どうって言われても……片付いてるな」
「ど、どうぞご自由にっ! くつろいでくださいっ、ねっ!」
あかりが点いた室内。
俺にとって普通の居間だ。
いい匂いがするが……部屋のスミに置かれた花のにおいかな。うん。
部屋の中心に長いテーブルがあり、台所やソファー・タンス・小さい本棚もある。強いて言うなら、かざりのぬいぐるみがちょっと多いかな?とか、あとは……。
(テーブルの上に置いてある本)
ふとそれに目が行った。
テーブルに近づき、それの表紙を見る。
「――【スコップの救世主】」
サーシャちゃんがとなりでしずかに言った。
両目をつむり、神妙な表情。
「伝説の中にある一つを元にして作られた書物、です」
「へえ」
「元の伝説より、分かりやすく・娯楽性を増してあるんですよ」
「好きなのか? この本」
問うまでもないことだった。
これまでの彼女の言動を考えれば、火を見るより明らか。
「――大好きです。子供の頃からずっと、私の中で一番の救世主ですから」
×××
「過去から今まで、現れ続けたという勇士……」
■既に場は血に濡れていた■
「種類は様々で……一種につき席は一つだけ」
■圧倒的な力によって町は壊され■
「つまり、今ここでお前を仕留めても……いずれ新たな者が出現すると」
■荒れ果てた通りで、炎の中命乞いする勇士■
「……でも、お前はそこに倒れている男が好きだったのよね?」
■目の前の女性に問う、銀髪の怪物■
■女勇士は肯定した■
「なら・【混ぜ混ぜ】しない・と」
■彼女は返答を間違えた・ので■
■ここでその命を散らした■
■平穏の裏にある、その結末■
●■▲
「島の南に位置するこの村には、たまに外の人がくるんですよ。救世主様みたいに」
「はは、俺みたいな到着法は中々ないだろうけど」
「それはそれで良いんですっ! 救世主の証っ! 伝説の通りですからっ」
長テーブルに着いて、夜の談話をたのしむ俺達。目の前にあるティーカップからの、いい香りが鼻を満たす。紅茶、種類はダージリンっぽいな! などと知ったかぶってみる。
なんにしても美味い! サーシャちゃんが淹れた紅茶ならなおさらだ。
(夢のような一時だ――いやされる)
久しく味わっていなかったこの感覚、満たされていくような気がする心。
やはり彼女と話していると心が落ち着くな。
柔和な笑顔・耳に優しい声・おだやかな物腰などなど、魅力を上げれば切りがない。
(もう細かいことは忘れて、いやされるかな)
……なんてわけには行かない。
いつまでもこの家でお世話になるわけには行かないのだし(男の事情的意味でも)、なるべく早くどうにかしなくてはっ。
(聞いた話によると、この島から早く出る方法は3つ)
まず一つ目は、島の【工場地帯】で船を作ってもらうよう頼むこと。
(様々な物品を扱うそこで船を造り、島を脱出……)
問題は、船があってもそれを使って航海する技術が俺にないことだ。
誰かに助力を頼む必要があるが。
(二つ目は、この島に渡ってきた外国人の船を借りること)
今まで島に移り住んできた住民・時々、海外の物品を売る為に来る商人。
彼等の力を借りて島脱出……まさかこの島自体に船が一隻もないとはっ。
(最後の一つは島に眠る、秘宝を手に入れる事)
このホンワカ島には複数の秘宝が眠っているとされ、その中には不思議な力を持つ物もあると言っていた。
(まあ、最後は置いておいて)
1と2は普通に行けそうだ。
今日は村の状況に翻弄されてまともに行動できなかったが、明日からガンガン動くか……いやめんどうくさい。明後日からがんばる。
そもそも島出なくてもよくない?
この村に住むか。
「島から出発するまでの間! 私がきっちりサポートしますから! お任せを!」
「頼もしいな。ぜひとも頼む……うん」
サーシャちゃんになんて言おう。
なんかすごい島から出ること前提だけど、なあなあで島に残る流れにもっていくことは可能だろうか?
一年経ったらわすれてくれないかな。
(他の村人ともなかよく……コミュニケーションめんどうくさい)
今日で全部の村人に会えたわけじゃない。
中には合わない村人もいるかもしれないし、あんまり積極的に関わろうとは思えないな。
人と深く関わるということは、それなりのリスクがあるものだから。
(色々と不安な所もあるが、とにかく前に進むしかない……めんどうくさい)
紅茶を鼻に近づけ、その香りを存分に味わう。
今は休息の時。心身を休めて、機会を待とうか。眠くなってきたし。
寝る、もう寝る。
「それじゃあ、今日はこれ飲んだら――」
?
チャイム音? だれかがインターフォンを鳴らしたのか。
客、にしてはちょっと遅いというかっ。
(うるっせぇえええええっ!?)
連打しまくってやがるっ! なんてマナーの悪いっ。とんでもなく耳障りだ!
こういう騒がしさは大嫌いなんだがっ!?
「誰だよっ。一体」
「もしかして。【ジャスミン】かなっ」
「ジャスミン? 友達か?」
そんな名前を説明の中で聞いたような。
「はい。――待ってて、今開けるから!」
サーシャちゃんが急いで立ち上がり、居間から退室した。
俺も玄関に向かうべきか。不安だしな。
椅子を引き、立ち上がる。
「しかし友人なのか、なんなのか」
こんなに連打――あっ、止まった。
代わりに玄関の方で声が聞こえる。はっきりは聞こえないが、言い争っている様子だ。
「分かってるのよサーシャ! 外国の男を住まわせているんでしょう!」
「そうだけどっ。心配はないのっ! ジャスミン!」
「根拠は何っ」
「救世主様!」
「AHO!」
どうやら俺が原因で揉めている模様。
それならば、出て行って何とかすべきか。
(会話の中でジャスミンと聞こえた。親しげだ)
ならば、仲のいい知り合いなんだろう。
そこまで面倒なことにはならないと信じたい。
信じたいが、嫌な予感がする。
(面倒なことになりそうだ)
慎重に居間から出て、玄関の様子を少し離れて伺った。
家の出入口のドアの前には、サーシャちゃんとピンクの髪の女性が。
身長はサーシャちゃんより低いぐらい。肩より少し下ぐらいの長髪だ。
(見た目は割と普通だが)
ショートパンツ姿の女性は俺に気付くと、すごく睨んできた。
こわい。初対面の筈なのにっ。
「あんたが救世主を語る不審者ねっ! 許せないっ! 何を企んでるのっ!」
「はっ?」
「とぼけないでっ!サーシャが可愛くて良い娘だからって、簡単に手出し出来ると思わないでよ! 汚らわしいっ! ケダモノ! 変態!」
近づいて来て罵倒連打。
散々な言われ様である。
「救世主様になんてことを!」
「こいつが救世主!? 肝心のスコップはどこよ!」
「スコップは村長が預かるって言って……」
俺が何をしたというのか。こんな敵意を剥き出しにされる覚えはない。
「何か勘違いしてないか? 君」
「してない!……割と整った顔してるけどっ、心の内ではどす黒い欲望を秘めているに違いないんだから!」
「はあっ!?」
「どうせサーシャのこと見て興奮してるんでしょう! 思春期状態なんでしょう!?」
「そ、それはっ」
正直言って否定できない。サーシャちゃんが、思わず見惚れてしまうほど可愛すぎるのは事実だしな。
有頂天になってたのは認めるがっ。
「それはそれ。これはこれ。俺は至って無実だ」
「ケダモノは皆そう言う! ――そこまで言うなら、証明してもらおうじゃないの!」
そう言うとジャスミン、というらしい女性はドアまで戻り、振り返って俺に言う。
めちゃくちゃ気迫のある表情だ……。
「着いてきなさい! 見極めるわ!」
どうにも落ち着かないジャスミンのペースに乗せられ、俺は家の外に出た。
サーシャちゃんはおろおろしながら付いてきてる。
なんでこんなことに。
(月が綺麗だ。満月だ)
空を見上げながら、家の近くの草むらに足を踏み入れる。
短い雑草の群れなので、動きやすい場所。
「――で、ここに来て何をするって?」
「……」
無言で背中を向けたジャスミンは、俺の言葉に応えない。
サーシャちゃんは不安気に彼女を見ている。
(色々あって疲れているんだが)
欠伸が出そうな気怠さを抑え、俺は彼女の動きを待つ。
まったく面倒事が次々とっ。
「何もないなら、帰――」
土弾け・視界を埋めるは桃の髪。
え。
「るぅっ!?」
「――命◆砕く◆右腕」
衝撃が走った様な。
と思ったら、両足が地面を削っていた。
「うおおっ!?」
衝撃によって後退させられた!?
なんとか踏み止まり、俺は前の彼女に目を遣る。
【耳】が生えたジャスミンは右の掌を向けていた。
(今のはっ。というか、いつの間に接近した? 視覚系のマジックかっ!?)
「あら! 本当に救世主なのかしら! あたしの【魔導】にびびっているようねっ。救世主お得意の魔導具がなければ、なにも出来ないのかしら!」
マドウ?って言ったのか? トリックのタネはそれか。
すでに何回もファンタジー光景見てるんで、おどろきはそんなない。
「本物ならっ! 対処してみなさいよっ!」
「お、おいぃ」
制止の言葉も間に合わず、再びジャスミンは加速する。ように見える。
しかしこいつの動き、速さ以上にッ。
「止めて! ジャスミン!」
「駄目よ! あたしは信用しない!」
「そんなっ。逃げてくださいクライスさま! ジャスミンはファイターとして活躍しています! めちゃくちゃ強いです!」
サーシャちゃんの言葉も聞かず、突進してきたジャスミン。
さらに速いっ! どんなトリックだっ。
しかもファイターって……あの電撃女と同じ人種かよっ。
(くそっ! この状況はなんだ!?)
外に出たかと思えば、いきなりトリック猫耳少女に襲われるって!
混沌状態だっ!?
「くらいなさい!」
「おおわっ!?」
突進をかわしたが、体勢を崩し尻餅を着く。
……やはりこいつの攻撃。受けなくてもわかるほどに、【重さ】を感じる。
もしかすると、あのエレジーとかいうやつに匹敵する可能性すらあるほどに。
「その反応、まさか魔導を知らないの?」
「そんなくわしく知るかよっ」
「……魔導は、この世界に満ちるエネルギー・【銀光】を加工して生み出されたモノ」
「は?」
俺は両手の力を使い、少しでも彼女から離れようとじりじり動く。
「回復に特化した【癒しの言】、肉体操作系の【武人の言】、炎や風を支配する【現象の言】……種類は様々だけれど、どれも便利な力。それを知らない筈はないわよね。呼称が違う地域で育ったとか――かしら」
無様に逃げようとする俺を、厳しく睨みつけるジャスミン。
「フン! なによ! 情けない!」
「これ以上は駄目! なにやってるのーっ」
サーシャちゃんが背後からジャスミンの肩を押さえる。
その間に立ち上がり、様子を伺いながら後退。
(なんでバトル展開になってんだっ)
そんな予兆なんてなかった筈なのに。少なくともジャスミンが訪れるまではっ。
この女が元凶だ。
(チクショウ。まったくっ)
ああ。くそ、糞、クソ、クソッタレがっ。
なんでいっつも・俺の周りには・どうしてこんなにもっ。
つきないハプニング・望んでもいない試練・平穏を阻害するアレコレ――【乱れ】ってやつはっ。
「あっ!?」
願いの手を振り解いて・狙い澄ましたように。
「次! 行くわよ! ――さっきは防御魔導で防いだみたいだけどっ」
俺の方に向かってきやがるんだ――。
【マサルゥッ!!】
「――うんざりなんだよッッ!! 勝手にやってろよッッ!!」
怒りをぶつけるように、地に右足を叩き付けた。
「――?」
まず轟音が鳴った。地震のような振動。
次に地面が砕けた。割れている。
俺はなにをした? この地面の罅割れはなんだ?
「な、なによッ!! これッ!?」
驚愕の声は、さっきの振動で尻餅を着いた少女。
(チャンス――)
思った俺は駆け出す。
◆ステータスを確認してください◆
そんな声が聞こえ、俺は無意識にそれを見た。
文字と数字の並びだ。ゲームのアレみたい。
(そんなことより)
目の前の乱れを排除するのが先だ。
「――まだやるか」
両手を封じた。
地面に押さえ付けたジャスミンの目をしっかり見て、俺は言う。抑制の為に少し睨むように。
彼女の赤い瞳が驚きで染まっている。
「……や」
そのまま数秒経ち。
彼女の口が開かれた。
「――いやあああああああああああああッ!! いやらしいことされるゥッ!! 助けて誰かっ! サーシャァ!! サメ男君!! みんなァッ!!」
「えええええええええッ!?」
彼女はいきなり泣き出し、村中に響くかのような大声を発した。
はたから見たら完全にOUTな光景である。
(どう対処すれば良いのぉっ。これェッ!?)