導かれし者たち
広い大地を、一台の大きな魔導車が土煙を上げて行く。
それに乗るはスローラ村の一行。
「わあ、見てください! クライス様!」
「ほー、すごい」
「ちゃんと見てくださいっ。気が抜けてます……っ」
地から響く振動に揺られながら、車内に並ぶ座席の先頭に、サーシャとクライスは並んで座っていた。
サーシャが少し残念そうな声色なので、クライスはしぶしぶ重い腰を上げた。
「どれどれ」
日差しが射し込む窓際のサーシャに言われ、寝ていたクライスはアイマスクをずらし、窓の方に目を遣った。
少しまぶしいが、その先に在る光景に注目する。
「ほー」
彼の視界に映るのは、ガラスの向こうに映し出された大きなトラのようなモンスター。
ちょっと怖いとも思った。
というより、サーシャちゃんも少し表情ビビってない?と思った。
(名前なんだっけ、忘れた)
興味なさげに、彼は再び眠りの体勢。
正直言って、今は妙にだるくて反応が薄い。
サーシャに悪いと思いながらも、眠気に逆らえずにおやすみTIME。
(冒険にロマンなんて感じないぜー)
■彼はリバース睡眠突入■
■これから行くところの影響なのか、本当に頭が重い■
「もう、せっかくの旅なのにっ。そっけないです……。でも、だるいんならしょうがないですね」
クライスの適当な態度に、少しふくれっ面を見せるサーシャ。
それはそれとして、気分が落ち込んでいる彼をそっと見守るのだった。
(サーシャちゃんを見てる方が、全然楽しい)
薄目を開けて、隣に座るサーシャを見るクライス。
彼女がそこにいるだけで落ち着く。
いつも通りに・ただそこに。
(清楚そうな淡い色のロングスカート……似合ってる。これが、サーシャちゃんとの二人旅だったらなあー)
周囲から聞こえる声を意識的にシャットダウンしながら、顔しかめる彼。
「あのモンスターは……とても人懐っこい……です」
「へえ、あんなにギラギラした瞳なのにね……ちょっと戦ってみたいかも! ふふ! 燃えてきた!!」
「なんという野蛮……!! ゴリラ女……!! 引きますわね……」
「アンタには言われたくないわよ!」
クライス達の後方の座席には、ジャスミンとヒナが。
割と相性が良いような、そうでもないような二人のやり取りを、クライスは寝ながら聞く。普通にうるさい。
「おおおお!! 新たな土地とは!! 胸高鳴る!!」
「灼熱の勇士もいるんだったな。どうでも良いが。……はぁ」
車内通路を挟んで左側には、暑苦しい声と少し元気のない声。
ジンとゴウト。村の新入り二人がいる。
「なーんで、お前らまで」
はああと出されるため息は切実に。
ナマケモノは、もう少し穏やかな旅を楽しみたかった。
こいつらと一緒にいると、絶対にさわがしくなるという負の信頼。
「サーシャちゃん」
「……なんですかっ」
少しふくれた風のサーシャを見て、クライスは少し反省しながら言う。
それはそれとしてサーシャちゃんかわいい。
「ゆっくりしようぜ。俺たちは」
「いやです。私は思い切りはしゃぎますっ。もう知りませんからっ」
「ええー」
まさかの裏切り返答に、彼はショックを受けた。
まあそうは言っても、クライスが本当に辛そうな時にはサポートしてくれる彼女なのだが。
これも一種のツンデレか?とか思うクライス。
「フン。ですっ。本当に知りませんから!」
「そんなにすねんなよー」
「すねてませんっ」
(やれやれー、サーシャちゃんは大人しいタイプだけど、割と活発だからなー。同時にビビりでもあるのが難儀だが)
ニヒル気取りでやれやれ感を演出するクライスは、ジャスミンにぶん殴られそうな危うさ。
すごいうざい表情で、再び目を閉じた。
そんな彼を、サーシャはチラチラ見て様子を確かめている。
(大人なのは俺だけか。しっかりせねば)
己の怠慢癖を、最大限前向き解釈して格好つける彼。
周囲の声をなんとかシャットダウンしながら、少しだけ深い眠りにいざなわれていく。
サーシャの視線を感じているが、その意味を理解しているためになんの気兼ねもない。
(なんせこれから行くのは、守りの大剣がある土地――ナゴミノ地区)
数ある儀式場の中でも最大とされる難関に、クライスは向かっていた。
既に、ナマケモノはめんどうくさくなっているが。
●■▲
「おっと、珍しいお客さんだな」
寂れた酒場のドアを静かに開けて入ってきたのは、青いマントを羽織った男性。
どこから見ても普通さがない。
「ご注文はなんだい? 最強の怪物狩り」
カウンター越しに声をかける酒場の店主は、濃い髭をいじくりながら言う。
それに返す言葉は、しぶい響きを含んだものだった。
「しばらく。イチゴ牛乳で」
「変わらないな、お前さんは。世界を支配するシックなナイト」
「間違えないでくれ。わざとだとしても」
■カウンター席に着く漆黒ナイト■
「……それと、一つ訂正だ。最強ではない」
右手でコップを傾けながら、漆黒ナイトはそんなことを口にする。
そこには嘘偽りない否定の感情があり、店主はやれやれと首を振った。
「謙遜かい。オレは好きじゃねぇな」
「事実だよ。俺より上はいる」
「ほほう。名高き【ファンブル・ナイト】達は、そこまでの猛者なのかい」
ネクタイの位置を少し直す店主。
ファンブルナイトという言葉を口にするだけでも、ある程度の緊張感が発生する。
「ああ。自慢の仲間達だよ」
「言うねえ。ライバル意識はないのかい」
「あるが、仲良くしたって問題はあるまいよ」
それにと、漆黒ナイトはコップを静かに置き。
「予感がする。本当のライバルが現れるな」
何かに期待するように振り返った。
「ほう、またお客さん」
ドアがきしむ音と一緒に、客の足音が木の床に響く。
そのテンポは緩慢で、気が抜ける。
「――来たな、待っていた」
入ってきたのは、長袖の黒いTシャツを着ている中背の男。
漆黒ナイトの知り合いなのは明らかで、ある意味それ以上の存在なのだと、漆黒ナイトの表情が語っている。
「……」
訪れた彼は迷いない足取りで、漆黒ナイトへと接近する。
「良い目だ。少年」
視線が交差する両者。
挑戦者と王者。
「それでこそ――」
「ミルク、一杯」
「はいよ」
普通にカウンター席に座り(漆黒ナイトから離れた場所に座る、コミュ障マサル)、注文する挑戦者。
「……」
漆黒ナイトからの視線をスルーして、勢いよくミルクを飲む挑戦者。
「……ごくごくごく」
「……」
「ごちになりました」
■クライスは、そのまま普通に退店した■
■酒場に流れる気まずい空気■
「……」
「まあ、元気出しな」
普通に牛乳飲んで帰った挑戦者の背中を、世界を変える漆黒のナイトは無言で見送った。
間違いなく精神ダメージが入った一件。
●■▲
■卑劣なクライスは、何食わぬ顔で店の外■
「ふー、そこそこの活気」
昼の陽気の中、背筋を伸ばす。
広がる視界には、それなりの大きさの通りを歩く人々がいた。
ゼニゼニタウンほど騒がしくはないが、ほどよい賑わいが広がっている。
(ナゴミノ地区・ユッタリシティ)
既にクライスはナゴミノ地区に到着し、のんびりダラダラ過ごしていた。
彼にしては珍しく、外出する意気が充実している。
(銀行で金は下ろしたし、まーもっとダラダラするかなー)
一緒に来た騒がしいメンバーとは離れ、単独行動中の彼。
(ゼニゼニタウンとは違って、割と静かな場所だな)
町並みを見ながら、少し安堵したような息を吐く。
あの無駄にドンチャンうるさい都市の雰囲気は、やはり彼には合わないものだ。
(事の始まりは、ゼニゼニタウンのくじ引きだったなー)
ある日の出来事。
ここに来るきっかけとなった、ちょっとした幸運。
いや不運?
【おめでとうございます!! 一等! ナゴミノ地区旅行券!!】
【わあ、やりましたよ! クライス様! ……いやでもナゴミノ地区かぁ……】
【へー、すごいなー】
サーシャが当てたそれで、村人たちも誘って旅行中なのであった。
別に、儀式場に挑戦しに来たわけではない。
ただなんとなくでクライスは同行した。
「さーて、どこに向かうかー」
クライスとしては、宿泊ホテルに帰って寝たい気分でもあったが。
「まー、たまには」
気まぐれでブラブラすることを決めた。
(んー、やっぱり気になるのはー)
その視線は、ユッタリシティの中央部に向けられている。
この町に来る前から気になっていた場所だ。
「あそこかな――」
■そこには――とても大きな、銀色の塔が建っていた■
■ゆっくりとした足取りで、彼は中央部に向かう■
●■▲
(サーシャちゃんから聞いた話)
■銀光――それは、魔導の元となる存在であるモノ■
■そして……世界に満ちる、【銀光】を管理している場所がある■
■それこそが目的地だ■
「少し遠そうだな。止めるか」
設定した目標を数秒で諦めそうになりながら、ナマケモノは歩く。
なんとか行く気力を保ちながら、その歩調を止めない。
■さて、行こうか■
「……」
ゆったりと歩きながら、クライスは先ほどの出会いを思い出していた。
(あの男、世界をなんちゃらするシックなナイト)
素で名前を間違えながら、漆黒ナイトの威圧感をしっかりと回想。
(前より、強くなっていた……気がする)
ステータスを持った人物を視認することで見える要素は、設定された外見と名前・能力値。
まあクライスの場合、確認能力が低いので意味がなく、なんとなくで敵の強さを測るしかない。
(基本的に、ステータスは固定されている)
特殊なスキルなどを使わない限り、ステータスを操作するのは不可能。
一気にそれを強化する方法など、アレしか思い浮かばない。
(となると、儀式場によって強化された。さらに強くなった)
その事実は、クライスを焦らせる。
(もたもたしてると余計に面倒になる。か)
何故、そんなことで焦っているのか。
今のままで十分ではないか。
大勇士になる必要なんて。
過る想いは、様々であるけれど。
(サーシャちゃん)
無職の勇士の可能性を、その力が最も輝きを放つ瞬間を夢見るような、少女の瞳。
それが頭をかすめる。
(やめてくれよ。そんな目で見るのは)
彼女の想いに応えたい気持ちが、ふくれ上がっているのを感じる。
同時に、そんな期待は背負えないという弱音が出てきた。
(面倒なのは、ゴメンだ)
無職の勇士は、その先に足を踏み出すのを躊躇っている。
こんな風な重圧を背負い、フィールドを走り抜けるのは、彼には難しい。
悪辣王を倒す無職の勇士などと、そんな肩書きは重荷でしかないのだから。
「――着いたな」
歩く足が止まる。
「……」
見上げる塔は、圧迫されるほどの大きさで。
少しだけだが、息が詰まるような想いを抱いた。
「はいはい並んで並んでー」
だが、他にも目を引くものがある。
その塔を囲む高い柵の前に、テーブルを設置している男がいた。
「おいおい!! 私は逃げないぞー!! はは!!」
「きゃああああ!!」
「握手してください!!」
テーブルの前には女性たちが行列を作っていて、金髪の男はそれを笑顔で対応する。
「おいおい、サイン会だって言ってるのに!」
「きゃああああ!!」
「まいったな、どうも。フッ」
■あまりに騒がしいので、嫌でも注目してしまう■
「なんだ、あれ」
引くほどの熱気にウンザリするクライス。
有名なアイドルか何かか?とか思ったりしたが、別に興味はない。
「無視だ」
構わず、もっと塔に接近しようと足を進め。
「きゃあああああ!!」
「素敵ー!!」
(通れない)
門の前に女性たちが殺到して、クライス君は入ることが出来ない。
それこそまるで、アイドルのコンサートのごとき熱気で、正直後退してしまう。
うかつに触れたら、とんでもないカウンターを食らいそうだ。
「あの……」
「きゃあああ!! 素敵!!」
「守りの大剣の守護者!!」
声をかけようとするが、凄まじい勢いに気圧されてしまう。
「ちょっと、邪魔なん」
「うるさいわね!! 邪魔よ!!」
「どふッ」
勢いよく弾き飛ばされる、基本的にコミュ障クライス。
なんだかすごい敗北感を味わい、心の中で叫ぶ。
(くそがああっ。通れないだろうがぁあっ)
■???■
「……」
■クライスが苦戦している時■
■その後ろ姿を見ている影があった■
■視線を強めて、無職の勇士を注視する■
「――見つけた」
■その人物は、己の期待通りの結果になったことに喜び■
■誰にも悟られぬ・悪辣な笑みを静かに浮かべた■




