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無職の力

「クライス様……」

 

 霧の勇士と無職の勇士の相対を、複雑な想いで見ているサーシャ。

 彼女が圧倒的に応援しているのは無職の勇士だ。


「これは……どうなるかしら?」

 

 ジャスミンも緊張した面持ち。


「ほほほ! ゴン三郎! そんな弱いのに手こずるなよ!」


「むむっ!」

 

 どこかから聞こえて来た声に顔をしかめるサーシャは、また歯を鳴らした。

 ぎりぎりぎりと聞こえてきて、ジャスミンが顔をしかめていく。


「お前には多額の支援をしてやってるんだからな! この大会でも優勝してもらわねば!」

 

 彼女を煽っている声の正体は、どうやら霧の勇士のスポンサーのような存在らしい。


「お前がテレビのスター! 大衆からの拍手喝采を受ける存在! 更にそうなる日は近いぞ!ほほほ!!」

 

 髭を生やして偉そうな座り方をしている、太った犬のような中年男性。

 サーシャたちの後方に彼はいた。


「……あの人、何かの番組で見たことあるような。えーっと、バトル系の……」


「ぎりぎりぎり……ッ」


「サーシャッ!? ちょっとこわい!」


■観客席はそんな様子で……■


「さあさあさあ!どうなりますかね!どうなりますかね!」


「拙者の見立てでは、ゴン三郎選手の圧倒と見せかけて……かなりいい勝負する予感!! ああいうのが漫画とかだと凄かったりするんだよ!」


「はいはい、分かってますよー。すごい観察眼ですねー。漫画オタクはほどほどにー」


「聞いといて何なのッ!? 拙者なにかしたか!? 幼馴染だからって調子に乗るなでござる!」

 

 まるで漫才のような解説と実況を繰り広げる放送。


■これから始まる一戦に期待する観客達■

 

「無理だって!お前ゴン三郎のこと知らないのか」


「なんだよ?」


「あいつは他の地区で行われている属性持ち……つまり就職者ルーキーのバトル大会で何回も好成績を残している猛者だぞ! 奴の鎧は全身を覆い、あらゆる不意打ちに対応してみせるんだ! 死角なき鎧の使用者にして、期待の大型ルーキー! それがあのゴン三郎なのさ! さ!!」


「だれに説明してんの?」


■どの観客も霧の勇士の勝ちを確信している■


「経験……実績……どちらもゴン三郎の方が上だ」


「そうだろうが……オレは賭けてみたくなったのさ。あいつの燃え滾るような瞳に。あいつはきっと、夢を持って、人生に情熱を宿し、どこまでも突き進む熱血野郎だ!」


「何ペル?」


「10」


「トイレ行っとくか……結果が決まった勝負はつまらん」


■ただ一人の少女をのぞいて、だれもマサルの勝ちを確信していない■


「ミリアムの戦いまで暇だな……」

「ザコ相手じゃ見ごたえないしなぁ」

「本当それ」


「つーか、クライスってやつまぐれで生き残っただけじゃん」

「そうそう、五人が勝手に自滅した」

「大したことないだろ」


「お! 無職の勇士(笑)君もリタイアか」

「はは! まだ決まってないだろー。どっちもよぉ」

「そうだった、いっけね! ハハハ!」


「頑張ってくれー! オレは応援してるぞー! せめて善戦!」

「少しは盛り上げてくれよな」

「あー可哀そうに!」


■森エリア・対峙する勇士■


「ほう……っ」

 

 びきびきとこめかみが動き、ゴン三郎は刀に手を遣る。


「速攻で終わらせてやる……踏破◆踏破◆疾風!!」


(オレの全力・一気にぶつけてやるぜ!)


 動き出した刃は、既に必殺の領域。


(踏破を二つ使用した、超速の突撃!!)

 

 疾風を引き摺る速力は、【疾風】の言葉によって強化されたものだ。

 更にその疾風を、【踏破】の言葉によって強化している。


(速いな、口だけじゃないか)


 その様子を見たマサルの表情は、崩れず。


(まあ、それだけじゃ)


(だけじゃない――ぜ?)


 にやりと歪む、霧の勇士の口元。


(オレの仕込みは、まだ終わらない)

 

 ゴン三郎は、更に一枚上手だった。


(オレの魔導具――【疾風迅雷のゴン一郎】)


 手を添えた刀は、未だに抜き放たれず。


(これは、居合の場合に限って特殊な効果を発揮する)

 

■それは正に・絶対必殺■


(居合を放った瞬間・【全ての言葉】を瞬間強化する!! 時間は短いが、それだけに効果は絶大!!)

 

 これこそが彼の定番必殺パターン。


「これはゴン三郎選手の十八番ですね!」


「いやいや、バレバレの切り札とかスマートじゃないでござるなー。拙者ならもっとなー」


「はいはい」


■誰もが疑わない■


(さらに!!)

 

 ゴン三郎の肉体から、霧のようなものが噴出した。


(オレの勇士スキル! 【霧の鎧】!!)

 

 彼が得意とするスキルの一つである、その鎧の効果は。


(完全なる防御! ダメージの無効化!! これによって、居合の際に出来る【隙】をカバー!!)

 

 反則的とも言えるそれは、人属性である戦士に許されたスキルだ。


(純粋な戦闘においては優秀な戦士属性! 負ける要素はない!!)


■誰もが疑わない、霧の勇士の勝利を■


「くらええええええいィッ!!」

 

 気合いの叫びが響き、凄まじい一刀が放たれた。


「――」


 マサルの脳裏に、少女の泣きそうな顔が浮かんだ。


(踏み込んだな? そこに――)


 周囲の木の葉が舞い、轟音が・鳴った。


「――?」

 

 無音が彼の世界を支配する。

 右頬を殴られた痛みがある。

 鎧を砕かれた感触も同様に。


(あ? ああ? あああ?)

 

 そして始まるカウントダウン。

 敗北への秒読み。


(そんな、オレが、こんなザコに)

 

 チクタクチクタク。

 針は無情にゴン三郎を巻き込み、回転する。


(負け――)


 敗北の・鐘が鳴る。


「無様に堕ちろ――」




「ぐ、はっ!??」

 

 どさりと地に落ちる巨体。

 背中から落下した彼はぴくりとも動かず。


「……フン」

 

 マサルは見向きもせずに歩き出し、ゴン三郎を通り過ぎ、その場から離れる。


「……」

 

 煙のようなものを発して、消滅していくゴン三郎の肉体。

 それは決定的な敗北を意味していて、その波紋は遅れて観客に伝わってくる。


「え? は?」


「なにが……起きた?」


「消滅した……ゴン三郎がやられた。のか」

 

 森エリアで起きた戦い、その結末を上手く飲み込めない観客達。

 モニターに釘付けになる彼等の視線。

 しかし時は経ち。

 一気に熱狂の波はやってきた。


「……うおおっ」


「おおおおおおおおお!! すっげぇ! あのゴン三郎がっ!!」


「ルーキーにやられた!? まじで!?」


「誰だゾウ! あいつは!」

 

 沸き起こりまくる熱狂は、たちまち魔導によって【作られた】場を埋め尽くしていく。


「ノーマークだ! 一体彼は!?」


「もしかして有名な就職者なのか!!」

 

 当然その熱の行き先は、ゴン三郎を下したマサルに向けられ。


「選手名クライス……!」


「やっぱり聞いたこともないぞ……!」

 

 突如現れた無名のルーキーが、大会の優勝候補を下すという、盛り上がるに足る異常事態。


「てか、ゴン三郎がやられたところ見えたか?」


「全然! クライス選手がすれ違ったようにしか……」


「鎧はどうしたんだよ! 無敵じゃないのか!?」


■歓声を聞きながら、マサルは……■


(ああああッ。やっちまった。くそっ)

 

 心の中で膝を折り、頭を抱えた。


(まさか一発で倒れるとは。不覚)

 

 予想以上の力が入ってしまい、優勝候補を瞬殺してしまったマサル。


(あいつが弱すぎるんだ。きっと)


 必死にどうしてこうなったと考える。


(……あの時、間違いなく攻撃力が)

 

 そうあの時、あまりに隙だらけの敵を前にしてマサルは。


■攻撃力「三千」超えの一撃を叩き込んだ■


(霧の鎧は2000以上で壊れる……やり過ぎだ……たしか平凡な就職者の限界点が、2000未満だから……ああダメだ)

 

 あまりに過剰な一撃を、忌々しい乱れに向けて放ってしまったのだ。


(真正面から打ち砕いた為、誤魔化しはきかない!)

 

 これで完全に、クライスは大物ルーキーということになってしまう。


(……なんてこった。だが)

 

 けれどと、あることを思い浮かべるマサル。

 そう。ある少女の顔はと。


「おおお! なんだよ強いじゃんアイツ!」


「バカにして悪かったな……これから応援しよう!」


「ファンになりそうだ! かっこいい!」


「ありえない! イカサマだー!」


■歓声は様々■

■しかし、マサルが会場を沸かせているのはまちがいない■


「なんという大番狂わせ! あのゴン三郎選手が!? 一撃! ですか!?」


「ええ! 拙者に振る!? そうでござるなー……なー。一撃だった……ような気が」


「素直に言えや。なんにせよ! これは凄い就職者が出てきました!」


 ナマケモノの彼に対する認識は変わった。


「……」

 

 それで無職の勇士に対する評価が変わるわけではない。

 しかし、サーシャは心が満たされていくのを感じている。


「ふふ……」

 

 彼女は嬉しそうに笑い。


「そうです! そうなんです! クライス様は凄いんです! どうですか! 見ましたか! 最強――」

「はいストップ。それ以上はだめ」

 

 興奮気味のサーシャの口を押えるジャスミン。


「秘密でしょうが? それは」


「……ごめん。でも」

 

 周囲で起こるざわめきは、彼女にとってとても心地よい音色にも聞こえたのだ。


「……」


【お前本気でそれ言ってんのかよ!】


【あんなのが好きとか……頭おかしいな!!】


【ははは!! 無職の勇士!? ――笑わせるッ!!】


◆破り捨てられた一枚の絵◆

◆サーシャにとっての苦い記憶◆

◆そんな彼女が幸せそうに笑っている◆


「――ああ」


◆マサルはその姿を思い浮かべ◆


(ああ彼女の笑顔がそこにあるのなら)


◆悪くはないかとも彼は思うのだ◆

◆彼女はきっと・信じているのだから◆


●■▲


「す、すごすぎる人だ!」


「あんなへなちょこ勇士と一緒にしたらアカンで! これは!」




「ぎりぎりぎり」


「サーシャ!? おちついて!!」

 

 笑顔と共に歯ぎしり開始。

 それはそれとして、サーシャは無職の勇士への侮辱許せぬ厄介ファン。

 すさまじい負のオーラを発しながら、マサルの試合を見守る彼女なのであった。

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