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新たなフィールド

 周囲に渦巻く、赤と青の光。


「――!」


(来た。来た。来た)

 

 俺を究極の怠惰へと導くであろう、最高の力が。

 今まさに! 俺の中から解放されようとしている。


(毎日、働かずにポテチ食べ放題。寝ても覚めても怠惰・怠惰)

 

 それは正に理想郷。

 俺の夢! 悲願! 究極点!


「こいっ。マイ・プリーズ・怠惰ァッ」


 両手を天へと伸ばし、理想の光を一身に受け。


「おあああああッ」

 

 今までの苦難・苦労・苦心が頭に過り、消えていく。


(ああ)

 

どっと疲れた風になり、肩が精神的な重しによって潰されそうになる。


(今だけ)

 

 踏ん張ろうと思った。


(その先の怠惰の為)


 全身全霊で叫んだ――。


 極光が・炸裂した。


■もしも……■

■もし、あのモンスター相手に……いや、異世界にきてからの敵すべてに。もっと苦戦していたらどうなった?■

■ああ、うっとうしい■



 ――めんどうだ。そのすべてが。



「……」

 

 ……どうやら解放完了したようだ。

 光が消え、充実感が残る。


「……クライス様! 大丈夫ですか!?」


「くっ! 仕留めそこなったわ!」

 

 二人の仲間……まあ仲間が、こっちに駆け寄ってきた。

 俺は顔を押さえながら、腹の底から声を出す。


「ククク……ハハハ」


「……なっ!? なに!?」


 驚きの声を上げて急停止する二人。

 俺はかまわず笑いつづける。


「ハハハハ」


「ちょっと!? 何がどうしたのよっ!? ぶ、不気味!」

 

 完全に引いているな……。

 無理もないか……完全に悪役の笑い方だ……クク。

 しかし、この全能感をどう形にするべきかと……。


「なに、少し深淵を覗いた者の余韻に浸っているだけさ……」


「なに格好つけてんのよ。気持ち悪っ」


「クライス様! 入院しましょう!!」


 そこまで言わなくても良いじゃんっ。

 ……ちょっとしたジョークでもあったが、どうやら二人には高度すぎたかな?


「ま、まあとにかく……俺は辿り着いちまったようだぜ……」


「!!」


「ま、まさか本当にっ」


「ああ。踏み入れちまったよ。究極の大地へッ」

 

 どうやらこの儀式場は、無職の勇士の力を目覚めさせるものだったようだ。

 さっきからびんびんと、どうしようもないほどのパワー感じる。やばいなこれは。

 

(ステータスオープン。カモン)


【ステータス画面を確認すれば、直ぐに変化が分かる筈です!】


(うひょおおおお。確認・迅速・確実にッ)

 

 変化。変化は。


(……あれ?)

 

 なんにも変化がないぞ?

 ステータス画面は面白すぎて何回も見てしまったのだが、記憶と違う部分が存在しない。


(なんで?)

 

 ……いや、一つだけあったっ。


(俺の名前の横に……小さな丸が……)

 

「光っている……」

 

 丸の下部分がちょっとだけ光を放っているが……。


(まさかこの丸……ゲージか?)

 

 この丸に光が満ちた時、真の力が解放される……なんてのが、ゲームの定番っぽくはあるが。


「……そんな面倒な……」 

 

 つまり他にも儀式場があるってこと?

 初耳ですぞ……。


「サーシャちゃん」


「はい、ありますよ!」


「そうなのッ??? もしかして一つじゃダメなのかーッ」

 

 ばかな!? それじゃあ、ほぼ確定じゃないか……。

 そんなめんどうそうな展開……ごめんこうむるぞ……ッッ。


「このホンワカ島は、【25の地区】に分かれているんです!」


「なんだとぉ……」


「私たちの村があるのは、南のイヤシノ地区なんですよ! すいませんっ。説明が遅れてっ」


「へーはー……」

 

 なんだか肩透かしを食らってしまったせいで、気の抜けた返事しか出来ないな……。

 そんなに広い島に点在する儀式場複数を巡って、大勇士を目指せと?


「ふざけんなーッ。俺は帰って寝るぞーッ」


「クライス様! そんなっ!」


「いやじゃい。疲れるわい。休みたいんじゃこっちは。有休を取らせてもらうッ」


「そうしなさい! ゆっくり休むのよ! 隙だらけで寝ているが良いわ!」

 

 俺にしがみついて止めようとするサーシャちゃん。

 くそっ、はなれろっ。

 いや、はなれなくてもいいかっ。

 むしろこのままで最高では?

 最高だなうん。


「も、もう少しだけ頑張ってみましょうっ。……今度は私も力になります!」


「は、はなせっ。いや、そのままでいいっ」


「どっちよ?」

 

 こっちを見上げる彼女の懇願に、揺らぎそうになる……。

 うおおおおお。俺のサーシャッ。


「くっおっ。とにかく一旦帰還する。GOッ」


「クライス様ー!」


●■▲


■マサルは見落としていた■

 平穏乱す波紋は、静かに、周囲に広がっていく。


「……あの光は!!」

 

 山の上空で眩く光る、赤と青の乱舞。

 螺旋を描くように天を貫く大きな槍。


「くくく……儀式場が制覇されたようだな……」


「あそこは最弱の場所……」


「儀式場の恥さらしよ……!」


「ちょっと邪魔だよ。なに突っ立てんだ、あんたら」


 活気の光で満たされた場所。きらびやかな建物などが多く存在する地。

 ワーク山の北東にある遊興の町【ゼニゼニタウン】で、多くの就職者がワーク山から放出される光を見た。

 現在はある事情で人が多いため、目撃した者も多い。


「うおー! 他の儀式場はおれが貰うぞー! ……いや、その前に【大会】で優勝するぞー!!」


「落ち着きなさいよ。ばか」

 

■ライバルに先を越された事実に、彼等は奮起する■


●■▲


「【無職の勇士様】……どこに……あいたい……!!」

 

 フードを被った、全身を黒いローブで覆った少女が路地裏を歩いている。

 表通りはさわがしく、ゼニゼニタウンという町をなによりも表す喧騒はとまらない。

 少女の履いている靴はかなり古ぼけた風で、砂汚れが付着していた。

 

「おお!そこのべっぴんさん!俺らと遊ばねー?」


「おれたちが気持ちよく遊んでやるZE!」


 彼女の前後を塞ぐように現れた男三人。

 どうやら彼女の後をつけ、人気のないところに行くのを待っていたようだ。

 その瞳には、肉食獣の如き光が宿っているように見える。


「……」


「へへ、何か言えよ。良い店に連れてってやるぜぇ」


「そうだぜー! 巨乳ちゃん!!」


■男三人が、徐々に距離を詰めていく■


「……ふぅ」


「?」


「おい、何を――」


■瞬間、男の視界から彼女は姿を消し■


「……ぐほっ」

 

■路地裏に響くは、二人の倒れる音■

■男達は、何が起きたか分からないまま戦闘不能■


「……悪は……滅ぶべし……」


■事を行った少女は通りに出て、何食わぬ顔で人ごみの中に溶けていった■


(ただの勧誘なのに……がくっ)


■男達は、ふつうのマッサージ店の勧誘だった■

■まぎらわしすぎるのである■


「大会に……でるかもしれ……ません。なら……わたくしは……」


●■▲


「あんな場所に儀式場が……?」

 

 光の柱を見た中には同じ【勇士】もいる。

 ゼニゼニタウンで始まろうとしている大会が、様々な強者をあつめていた。


「確かめたいが……イベント優先だ! へへ! 腕が鳴るぜ! なあ、兄弟よ!!」


「ははは、たのしむ期待はできねぇがなあ!!」


■彼らのボルテージは、どんどんとあがっていく■

■やがて、その中に無職の勇士もまざることになるだろう■


「新しい儀式場ですか……これはこれは……」

 

 三角屋根に座って天の変化を見届けた【守護者】の一人は、にやりと笑う。

 彼の勘が、新しいビジネスチャンスの到来を予感していた。


「ふふふ……新しいビジネスの予感! だな! だな!」


■金か名声か?■

■求めるものはそれぞれ違えど、心に秘めた意欲はどれもおおきい■

■それらの中で、ひときわ大きく燃えさかる炎が在った■


「――」


■灼熱を纏いし銀髪の麗人は、目を鋭く細める■

■光の柱は彼女も見た■

■その心中には、とても荒々しい想いがうずまいている……■


「やあミリアム、儀攻戦の準備はできたかな?」


■そんな彼女に話しかけた男■

■赤髪の彼は、同じプロチームに所属する少女に柔和な笑みを向ける■

 

●■▲


「……ああ~いやされるぅ~」


「く、くすぐったいです! 勇士様……もっと優しくして……」


(もふもふもふもふ)

 

 現在、俺は自宅(仮)・居間に戻って至福の時を過ごしている。

 視界いっぱいにひろがる光景は、この世の極楽か?


(もう加減はしない!)

 

 サーシャちゃんの尻尾に顔を埋めて、思う存分もっふもっふや!

 うほーっ。たまらないっ。

 これはもはや理想郷といっても過言じゃないような気がする。する。


(いい匂いっ。やわらかいっ。あったけぇ。ご褒美を頼んでみたら、なんやかんやで最高の展開っ)


「やっ……ちょっと……」

 

 顔を赤らめている風の声を出すサーシャちゃんだが、男マサル。容赦する気はまるでない。

 俺はとことんこの道をつらぬくっ。

 なぜならそれが信念だからっ。


「もふもふもふう」


「ああ……あ」

 

「この変態が……ゆ、ゆるさない……っ」


「ふっ」

 

 なにやら負け犬が歯ぎしりを鳴らしているようだが、もはや貴様にはどうにもできまい……。

 これ以上じゃまをされてなるものかよっ。


(あと30分)

 

■ラスト・スパートオオオオオオッッ!!■


「―――はは……もう悔いはない……俺は……神だ……。GODッ」


「ハァ……ハァ……激しすぎます……!!」

 

 カーペットに寝転がり、天井から釣り下がった三つの球による照明を眺める。

 なんだか既視感のある視界だ。


(わりと近代的な異世界だなぁ……)


 少なくとも中世風ではない……サーシャちゃんの話によると、この島は25の地区に分かれていて、国という体系は取っていないようだ。


(25地区をそれぞれ収める、地区長)

 

 そこから更に【大王】と呼ばれる四人が上にいて、この島を統治しているのだとか。

 ま、かかわることはおそらくないかな。そんな大それたことをする気はないし。


(近代的……。……そっちの方が良いか……もしかして、漫画やアニメとかあったり……?)

 

 この部屋にテレビはないが……可能性はあるよなっ。


(ますます帰る意味がなくなる……俺一生ここに住む……)


■どうせ、待つ人もいないんだし■


「……」

 

 窓を見ると、外は少し薄暗くなっている。


「ああぁ……もうつかれたぁ……よ」

 

 近くのサーシャちゃんは何ともエロい表情で、汗を浮かべて横になっている。……やった。

 なんてかわいい天使なのだろうか彼女は。

 これほどの尊い存在が他にいるだろうかっ。


「!」


「あ、チャイムが……」

 

 ピンポーンと耳に響く、来客の音。


「誰だ? ……ジャスミン頼むぜ」

 

 部屋の隅で体育座りのジャスミンに言う。


「呼び捨てッ!?」


「暗殺者にちゃん付けする気はない」


■そんなこんなでジャスミンと言いあい■

 

「で、結局俺が対応すると……」

 

 サーシャちゃんも疲れているようなので、自分が出ることにした。

 ジャスミンは俺を警戒しているので、要求は断固拒否された……。なんてうたがい深い女だぁ。


「はい……どちら様で……?」

 

 居間に設置された受話器を取って、俺は対応を―—―。


「――特別な石鹸買わない? あんた」

 

 男の声。


「……」


「今なら500ペルなんだけど……さ。めっちゃ効果あるんよ、若返るよ、めっちゃ」


「いらないです」


「じゃあ、このマスカラとか……遊興の都じゃ大人気なんだが」


「いりません」


「ちっ、しけてんなぁ」

 

 ……ぶんなぐりてぇ。

 

「はいはい、どいてください」


「おっとすまん。つい昔の癖で……」


「?」

 

 今度は凛とした女性の声。


「すいません。うちの者が失礼を」


「い、いえ……用件は?」

 



「儀式場に関することです――我々は、【守護の会】と言います」

 

●■▲


【ふと気づいたら。面倒ごとはそこにあった】


【避けたと思ったのに・後ろからぶつかってきやがる】


【心底、うっとうしい】


 上半身に鎧をまとった青髪(サイドテール)の美女が、テーブルの向かいに着く。

 名は、ゲルダというらしい。

 なんかラノベにでてくる女騎士みたいだな。


(隣にはサーシャちゃん、良い匂い……くんくんくんくん)

 

 対面の彼女は大人の女性といった風で、スレンダーな魅力が鎧の下から溢れ出している。

 ……なるほど。その手の勧誘というわけか?

 ふ、狙いがみえみえじゃないか。


「んっふ、石鹸ぐらいなら買いますよ~」


「うわっ、なに気色悪い声だしてるのよ! けだもの!!」


「ジャスミンうるさい」

 

 うるさい外野はほっておいて……。

 輝きの石を売ったことで、5万ペル(ペルは、この島におけるお金の単位)をゲットした。

 石鹸程度なら余裕で買えちゃうぜっ。まあ、誘惑されたわけではないけどね。

 これはその、いままでやってこなかったことにチャレンジとかいうそういうアレだ。


「いえ石鹸とかではなく……儀式場を持った場合には守護者が必要になるんです」


「守護者……」


「はい。その守護者とチームを組んで、儀式場を守っていくこととなりますね」

 

 守護者は神聖なる儀式場を守る存在だとか、なんだとか。

 守護の会は、その守護者が所属する組織で……セールス系じゃないんか。まあ、とにかく色々な説明の為に訪れたらしい。


(俺が儀式場を使ったことで、持ち主認定されてしまったらしい。なんてめんどうな連鎖。人生はこういうとこある)


「守護者の維持にはお金を払っていただきます」


「え、嘘」


「ひと月6万ペルになりますね。はい」

 

 金を取るのかよ。

 そこは高尚な使命がどうとかで、無料奉仕だろうがっ。

 なんてことだ……異世界でも金か……なげかわしいっ。金がすべてじゃないだろうっ。金のことを考えるなっ。こっちは5万しかないんだふざけるなこうなったらまたアノ石を売って……。


「お断りします」


「そうは行きません。その場合、儀式場は我々【守護の会】が譲り受けることになりますので」


「はぁ?」

 

 金を払えなければ、お前の成果は無駄になるぜ宣言。

 完全に上からの圧倒的な理不尽な要求。くそ。

 それを否定すると、これが昔からの決まりですからとかいってくるな。この雰囲気。


「そんなこと出来んの?」


「【上書き】は可能ですよ。はい」


(こまったな……払えないぞ……)

 

 俺の手持ちは五万ペルのみで(特別上等な石でも、この程度)、それ以外の金のあてはない。

 サーシャちゃんに出してもらうわけには行かないし……手放すしかないか。あんなにめんどうな想いをしたのに。

 それに……。


「じゃあ……儀式場を……」


「払います!!」

 

 なに!?


「払いますから!! 儀式場は渡しません!!」

 

 隣の彼女の、必死な懇願。

 その瞳に映るのは拒絶の意思。

 少し気圧されてしまう勢いだ……。


「……」

 

 そんなにいやなのか……君は。

 まあ、好きな勇士のさらなら飛躍がみたい……という考えはわかる。けど。


(俺は……)

 

 どうにも面倒な想いが、心の中に生まれた。


(おいおい、まじかよ……勘弁してくれ)


■それから数分が経過し■


「……この口座にお振り込みを。何か疑問などがある場合も、ゼニゼニタウンにある守護の会・支部までお越しください」


「……はい」

 

 話はひとまず終わり、儀式場は維持することになった。

 つかれた。めんどうくさい。なんでせっかく休めると思ったのに……はぁ。


「……」

 

 ゲルダさんは席を立ち、居間から去る。

 サーシャちゃんは見送りの為に付いていった。


「……はぁぁ」

 

 なんで止めなかったんだ俺は……面倒事が一つ減って万々歳じゃないか……。

 それなのに。

 勇士として強くなるような、かなりめんどうな道をえらんでしまった。


「あんな顔をされたらなぁ……」

 

 断れないよな。

 彼女の想いを尊重したかった。


「――フ」


「!」


(壁を背に立つこの男は……)

 

 あまりに影が薄いんで忘れていた、ゲルダさんの付き添いのひげ男。

 しつこいセールスマン。


「……」


「お前……」


「なんですかっ」

 

 このおっさん……なんて鋭い視線だ。


「石鹸とマスカラをセット販売で」


「いらない」


 最後に舌打ちを残して去っていきやがったオッサン。


(二度と来るなッ)


●■▲

 

「……それはともかくとして、守護者か」

 

 テーブルの上に置かれた、黒く、分厚い一冊のファイル。

 守護の会から無償提供された品で、これを見て雇う守護者を選別する。


「【守護者】のリスト……」

 

 訪問者達から渡されたそれは、守護者の種類について説明されているものだった。

 かなりこと細かく書かれている。よむのめんどうだ。

 まあ適当でいいか。


(ほうほう、なになに)

 

 守護者達の名と顔・ステータスなどの情報が載っている。

 飛びぬけて強力なステータスを持つ集団、【最強の盾】。

 モンスター相手の防衛が得意な、【狩猟の盾】。


(美女だらけのグループ、【色香の盾】)


「……ほう」

 

 黒髪ポニーテール・セクシーお姉さん・他種族ロリッ子……。


「全体は? 体全体の写真は?」

 

 顔だけじゃ判断できないだろうがっ。くそ! 守護の会に苦情飛ばしてやろうかっ。


「おお……この娘……中々」

 

 じっくりと彼女たちの姿を……じゃなくてステータスを吟味していく。


「ふふふ」


「……恐ろしい汚物」


「……」


 何か耳に入ってきたようだが、俺は気にせず鑑賞……ではなく、検討を続ける。

 なにを勘ちがいしているジャスミン。

 これはただのメンバーさがし、適当にやっていいものではないから、まじめにやっている。ただそれだけ。


「なんて恐ろしい視線……っ。何をする気なのかしら……っ」


「……」


「きっと難癖付けてあんなことや、こんなことを……」

「駄目よ。駄目、そんな非道を見逃すようなこと、あってはいけないの……」

「……あたしに出来るかしら」

「いえ、やらないと!」


「……あ、あああああ。なんなんだお前はぁっ」


「ッ!?」


「さっきからブツブツと。失礼なことをっ」


 流石のマサルさんもこれには激怒不可避。

 猛抗議しなくてはいけないだろう。

 体育座りで部屋の隅に縮こまっている、短パン失礼女の下へ。


「な、なによー!」


「なによじゃない。陰口なら聞こえないところでやれよぉ(会社員時代を思い出しちゃうだろうが)」


 ずんずんと歩み寄り、強気な態度で行く。

 こういうやつはナメられないよう、押せ押せでいかないとだめだっ。


「少し可愛いからって。調子に乗るなよっ。温厚なクライスさんも限度ありっ」


「ち、近付かないで! 魔導を使うわよ! それと、あんたのどこが温厚よ!! 単に無気力なだけでしょうがぁ!」


 とか言いながら、殴りかかって来るジャスミン。

 

「うおいっ」

 

 俺は咄嗟に退く。

 なんとか回避できた。

 ……やっぱりこの女、実力は本物だな。ファイターとして活動しているという話だが、あの儀攻戦で強力なアタッカーとして活躍できそうだ。


(道をきりひらく一発の砲弾――敵選手の盾を砕く・俺にはない突破力、か)


 ま、それはそれとして。


「く! 外したわね!」


 短気すぎるだろ。この女。頬を拳が掠めたぞ。


「あんたなんかにサーシャをやられる訳には行かないわ! 今度は全力で!! ……破壊の◆波◆怒涛◆放出◆踏破◆踏破!!」


「これはっ」

 

 ジャスミンの周囲に荒れ狂う、凄まじい魔導力。

 けっこうヤバい感じがする。


「はははは!! 見せてあげるわよ!! あたしの真の力を!!」

 

 高笑いを上げながら、彼女はその力を解き放つ。

 よせ。お前、それはっ。


「ふふふ!! 六つの【言葉】を重ねた大技、とくと見よ!!」


「やめろ。お前っ」


 この女。人の家を滅茶苦茶にする気かよ。

 サーシャちゃんに怒られるぞ。

 ていうか、俺もこれから住む予定なんだっ。困るっ。マイホームこわされるとか、ごめんだっ。


「許しを請うても時遅し!! 悪を滅する一撃を食らいなさい!!」

 

 あああああ、あほぉ。場所を考えろよ。あほぉ。

 想像以上に滅茶苦茶だ。この野郎。

 脳みそ筋肉100%かよっ。


「ふおおおおお!!」

 

 ふおおおじゃないっ。

 ちょっとかわいいと思ってしまったのがくやしいっ。


(こうなったらっ)

 

 撃たれる前に止めるしかない。


(魔導を止めるにはどうしたらっ)

 

 気絶させるのが最適解かっ。

 そうと決まれば即座に接近。


「ふんっ」

 

 一気に間合いを詰める俺。

 ジャスミンはあわてた様子で、無防備な姿をさらしている。


「わっわわっ。溜めるの終わってないのにっ。卑怯よっ!! 卑怯者ー!!」

 

 卑怯も糞もあるかぁ。お前に言われたくないわぁ。

 さて、とりあえず両手を押さえるか?

 後ろ手に拘束して、無力化したあとにサーシャちゃんに引き渡そう。


「ひぃ!! 寄らないでッ!!」


「おうぅっ」

 

 まばゆい光が俺の視界を覆って――。


「……っ」

 

 ちかちかする視界の中、めちゃくちゃに荒れた居間を視界に収めた。


「なんちゅうことを……」

 

「なんであんた無事なのよっ」

 

 床に尻もちを着いて信じられないような目を向ける破壊人。


(Tシャツの腹部分が少し破れたな……。OVERな演出のわりには、そんなにたいした威力じゃなかった……じゃましたから威力半減したか?)

 

 怪我はないが、この服はサーシャちゃんのものだ。

 穴が空いた壁も、へし折れた机も、裂けたクッションも……。


「――ジャスミン」

 

 ならば、これは因果応報か。

 ゴゴゴゴという擬音が聞こえてきそうな少女が、姿をあらわした。

 温厚な彼女のまま、すさまじい熱気をはなっている。


「……さ、サーシャ……」

 

 凄まじい圧力を放つ家の主が、戻ってきたのだ。

 もう俺にはとめられないだろう……。

 さらばだジャスミン。


「説明、してくれるよね?」


「はい。ごめんなさい」

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