彼の乱れは太陽しか見ず
「ぐふふふはははは、楽しみだぁああああ」
リムジンのように長い車内で、ワイングラスを傾けながら、ハーディンはイベント会場へと向かっていた。
彼が腰かける座席は、宝石やきらきらした飾りが散りばめられていて、とてもリッチな雰囲気を醸し出している。
仕事が溜まっていたせいで出発が少し遅れてしまったが、推しであるポーラならば早々に敗れる事などあり得ないために、そんなに焦ってはいない。
というよりは優勝確実だと思っている。
「ポーラ、ポーラ、ポーラァ!!」
狂気に染まった瞳で高らかに叫ぶ名は、最愛のファイター。
空いた右手で写真を懐から取り出して、その美しき姿を網膜に焼き付けた。
彼女の写真コレクションは百種類以上あるのだが、その中でもお気に入りの一枚は常に持っていた。
うっとりと、写真に写るファイタースーツ姿のポーラを鑑賞し、自身の顔をゆっくりとそれに近づけていく。
「――たまらんのォ」
愛の儀式を終わらせた彼は窓に目を遣り、夜空に浮かぶ星々を注視した。
星は人の手で届かないもの。
どれだけ手を伸ばしてもかすりもしないだろう。
ならば諦めるしかないのか?
「否ッ!! 否ァッ!!」
誇りをもってハーディンは叫ぶ。
例え手が届かない星があろうと、決して諦める必要はないのだと。
己の秘めた愛に従い、必ず星を手中に収めてみせると叫ぶのだ。
彼は諦めない。
そうだ。
「届かないのなら、引きずり落としてしまえば良いッッ」
高い場所にある星を手が届く範囲まで落とし、届くようにする。
そして、その手に収めた暁には――。
「ぐひょ、ひょひょおおおおおおおッッ!!」
狂気の叫びが車内を埋め尽くす。
この日の準備を欠かさずしてきたのは、全ては望む宝を手に入れる為だ。
あと少しで、ナゴミノ地区で行われる格闘家たちの宴に参加できる。
なにやら、主催者であるランスは自身を参加させたがらない態度だったが、そんなことは構いやしないのだ。
様々なコネを使って主催者を説得したハーディンは、己の席を無理矢理にねじ込んで、愛しのポーラに接近する機会を得た。
会場に潜り込ませた配下によって、試合の組み合わせなどの情報を受け取り、高鳴る期待値を増していく。
わざと遅れたのも、期待値を膨らませるためにすぎない。
「ぐふぐふ、食事に誘おうか。それともそれとも」
頭の中でポーラと接する妄想は欠かさない。
自身に微笑みかける彼女・そっと手を重ねてくる彼女・儂を放してくれない彼女・儂にすべてを委ねてくる愛い愛い彼女。愛いのぉ愛いのぉ愛い愛いのぉ。
儂が彼女が彼女が儂が儂が彼女が彼女が儂が儂が彼女が彼女が儂が儂が彼女が彼女が儂が儂が彼女が彼女が儂が儂が彼女が彼女が儂が。
「織り成すぞォォォオ!! ハッピーハッピーフェスティバルゥッ!!」
ガッツポーズと共に織り成す理想・妄想の完遂を確信する。
ほんの少しも、ポーラに拒絶されるとは思っていない、その一歩通行に過ぎる思考回路は暴走していた。
思い描く妄想とずれた場合は・それでも最終的には変わらない。
必ず己のものにしてみせる。と。
「楽しみだぁああああ。ポーラぁあああああ……」
■目を大きく充血させて・流血するのではないかと思うほどに■
■大量の涎を垂らしながら・待ち切れない想いを体を大きく震わせて発散する■
■発する気配は、まるでこの世界にそぐわない■
「ぐひゅ?」
■いきなり、小太りの体に振動が伝わる■
■なにごとかとハーディンが思った直後■
「ぐひゅひゅ!!?」
■彼の視界が炎で染まった■
●■▲
「――過激だな。いきなり爆殺とは」
夜闇を彩るかのような炎のうねり。
夜の平野で暗躍する複数の影がそれを囲む。
人影たちは、前方にある舗装された道で爆発炎上した魔導車を見て、ターゲットへの攻撃を確認する。
彼らは、乱れに対抗する安寧の太陽に所属する就職者たち。
前々から、悪辣王の一味との関連が疑われていたハーディンを排除する為、特大の爆発魔導を放って魔導車を破壊した。
「これで消滅したとしても、乱れたち専用のぶん捕り箱に魂は回収される……遠慮なくやれる」
「話は回収した後に聞けば良いしな」
ぶん捕り箱と言われる魔導具。
それは魂を回収するものであるが、その中の一種に、乱れの魂に反応して強制回収するものがある。
乱れ専用のぶん捕り箱は、島の各地に設置されて、どこで悪辣王の一味が消滅しても対処できるようになっている。
しかし、本来は乱れであるがゆえに変異死しか起きないので、魂を回収することすらできないはずなのだが、例外がいくつか発生した。
(暗躍する者達の性質……)
乱れであることを何らかの手段で隠している者たちは、倒された場合に変異死が発生しないことが分かっていた。
これは、最近少しだけ行動が活発になった乱れたちを捕縛したことで発覚したことで、とにかく消滅さえさせてしまえば魂を回収できるのだ。
とはいえ、専用のぶん捕り箱も最近までは未完成で、いくつか敵の魂を取り逃した可能性はあったのだが。
(ようやく完成したぶん捕り箱なら、100%乱れを確保可能だ)
ここでハーディンを倒して、異物である魂を回収し、その状態で無力化処理を施して肉体を復活させる。
そうすれば、悪辣王の一派の中でも深い位置に座すると予想されている幹部から、何か重大な情報を得ることも可能かもしれない。
(なんて上手くいけば良いがな。組織としての意味をなしていないのなら、持っているべき情報すら持っていない可能性はある)
魔導具の剣を構えた男性は、燃える魔導車を注視しながらハーディンの動きを警戒する。
間違いなく並の就職者なら消滅させる威力の魔導だが、これで倒したと楽観は無理な話。
旧貴族としてのハーディンに、大した実力があるなどという情報は皆無だが、どんな牙を隠しているか分かったものではない。
スターライト・ファイターや地区長ゴールドすら排除する実力は判明しているため、今回の部隊は精鋭中の精鋭であった。
「……!!」
■死の炎の中で動く影があった■
「はぁ、はぁ。危ないっ。本当に危ないっ」
炎上の中で、息を切らしながら姿を現したのはハーディン。
焼け焦げた藍色のスーツは、上半身の下半分が破け、だらしないお腹がはっきりと見えてしまっている。
肥満腹をたぷたぷと揺らしながら、焦燥の表情で周囲を警戒する。
その両腕には、大事そうに何かが抱きかかえられている。
「ポーラッ!! 無事かッ!?」
■抱えられたそれは一枚の写真■
■意中の女性が映ったものだ■
「儂のことなど心配するなッ。貴様が無事ならそれでいいのだッッ。くゥッ」
写真に向かって話しかけるハーディンは、涙を潤ませながらそれに何度も接吻を行う。
まるで本物の彼女がそこにいるかのような態度は、妄想に囚われた囚人の様。
傍から見れば間違いなく狂人でしかない行動を、彼は大真面目に行っているのだ。
歪めた口が異常なほどの気持ち悪さを放出していて、醜い顔と合わさってそれは嫌悪感を抱かせる映像となっている。
だが、それでこそ……なのだろう。
「おおう。おおうッ。無事で良かったァッ!!」
救われたような表情で涙を流すハーディンは、周囲が見えていない。
なので、迫るそれにも気付くことが出来なかった。
「ごぶぅっ!??」
目玉が飛び出してしまいそうになるほどの衝撃を腹に受けて、ハーディンは後方に大きく吹き飛んだ。
そのまま何度もボールのように地面をバウンドしながら、仰向けに倒れた。
彼を飛ばしたソルジャーの男性は、敵意を強く宿した瞳で起き上がった敵を見据える。運転手として変装していたために、誰よりも早く攻撃を与えた。
「ついに来たか。この時が……ッ」
襟が立派な、黒を基調にしたスーツを着用したソルジャー。彼の名はゼノ。
ソルジャー内での階級はシルバー・第二位。
銀の短髪に青の瞳。
瞳に宿った色は復讐と決意の二重色。
目前の敵を必ず打倒すると、それが告げていた。




