その名残に応じて
「ベント選手のこの構えはッッ!? もしやッ!!」
■脳裏に刻まれてしまった、脅威の傷■
■ぞわっと背筋が凍った■
(この動きの、流れは)
■クライスは、両目でしっかりと捉えた■
■彼の王が使いし・その狂器を■
■名を【王の体技】■
「ははッはァ!!」
■クライスの対応は早く■
■放たれる拳を前に、全力で後退した■
■しかし——■
「!?」
観客や司会が息を呑む。
それほどまでに鬼気迫る両者の攻防が、一瞬の内に展開され、結果が出る。
ベントの使用した動きを見て、勘付いた者も中にはいたが、何も言葉を発せずに固まっていた。
「……ぐ、お」
苦悶のあえぎが聞こえた。
それを漏らしたのは攻撃を回避した側のクライスで、右手を使って腹を押さえている。
彼の腹は、氷結の魔導によって凍りついている。
すなわち回避は不可能だったということで、攻防の結果は……。
「なァんだ? そりゃあァ!? どういうこった!」
■ベントの納得がいかない声■
■怒りすら感じるものだ■
「あんたァ、一体どうやって今の攻撃を回避したァ!?」
「……」
ベントの一撃は、試合を決着させるには至らなかった。
クライスは王の体技と思われる攻撃をがむしゃらに避けて、なんとか多少の氷結のみでしのげたようだ。
完全に当たっていれば、体の中心を砕かれていたと確信できる一撃を。
(不可思議な拳……。今のは単純に鋭い一撃じゃないッ)
苦悶と焦燥の表情は、悪辣王を思い出してしまったからこそか。
ベントの放った拳は、クライスの速力をもってしても回避困難な性質を有していた。
自分でも、完全にヒットしなかったことが奇跡と思える。
事前に、ジャスミンとの円盤戦の練習で、相手の拳を回避することに慣れていたおかげもあるのだろう。
(くそ……。頭がぐらつく。めんどうな相手)
ダメージとは無関係にクライスは視界が揺れていた。戦闘不能と見なされても敗北はまぬがれない。
足元が崩れたかのように、グラグラとした感覚が全身を走り抜けて、重心が壊れかけてしまう。
なんとか視界の中にいるベントをにらみ、両拳をがっちりと構えた。
「野郎ゥ、大した速力じゃねェかヨ。おいぃ!!」
「そいつはどうも」
「ほめてねぇよ!! タコ!!」
■ベントは激昂して再度の突撃を行う■
■それに対してクライスは■
「――悪いが終わりだ」
■きわめて全力に近いスピードで■
■ベントの懐に潜り込んだ■
「なッ!? にッ!」
■さすがのベントも目を見開く■
(弱点は分かった。体技の発動前動作)
ベントの使う、王の体技のような技。
それにはわずかな特殊な動きが存在して、その動きを行わなければ十全に効果を発揮しない。
魔導でもスキルでもないがゆえに、動きを抑止されると一気に崩れる。
それを見抜いたクライスは、超速の走りでわずかな予備動作に割り込み、体技自体を封印することを選択した。
「おッ!!?」
さらに速度を増したクライスの動きに驚いて、ベントは一瞬固まる。
その隙を逃さずに放たれたボディブローが、彼に直撃した。
肉体に突き刺さったグローブの、アイテムスキルが同時に発動する。
(衝撃を与えて、効果発揮するスキル)
■スリップグローブの効果■
■衝撃を与えた際に、相手にチャージを行うことが出来る■
(そして、チャージをした相手に通常のぶっ飛ばし効果を発揮することで)
■相手選手にチャージした量に応じて■
■強烈な、吹き飛ばし効果を発揮する■
(三回叩き込んだ。吹き飛べ)
■一瞬の三連撃■
■ほとばしる雷光が、試合を終わらせようと唸りを上げた■
「ごはァ!?」
驚きの表情と共に、飛ばされる相手選手。
空気が弾けるような勢いを伴い、そのまま場外へと。
2連チャージ分の吹き飛ばしは、彼の強靭な肉体すら無視し、円盤外へと強制的に誘う。
これを解除する方法はあるが、試合中にそれをやれば反則負けとなるのだ。
ベントの敗北は確定した。
「くそがァァア!!」
■彼の背後にあるのは、リングを覆う半透明の防壁■
■一直線にそこへと向かう■
「ぐぁアッ!?」
怒りの咆哮と同時、円盤外に叩きつけられた。
悔しさのあまり絶叫する彼の両目は充血し、しかし自身の敗北はしっかりと受け止めていた。
遅れて観客にも動揺が広がっていく。
星に近い男を打ち負かした謎の覆面男は、その場の全員の注目を一身に受けた。
「謎の覆面ファイターッ!! ——世界を治める白銀のナイト!! ベントを撃破ーッ!!」
「(本当になんだその名前)」
司会が高らかに言った偽名に眉を顰めるクライスは、漆黒のナイトの仕業であることを一瞬で見抜いた。おそらく、知人だとかいう主催者に口添えしたのだろう。
どうやら、漆黒のナイトのネーミングは彼の故郷では普通らしいが、それを自分に押し付けるのは止めて欲しいと思う。
「うおおお、世界を治める白銀のナイト!! 白銀のナイト!!」
「すごいっ。なんという戦いだ!! 本当に彼は無名なのか!?」
「正体は一体!? ……くそっ、彼のスカウトは勘弁してくれという話だったなっ。惜しいっ」
「無名選手に負けるとは……。がっかりな結果だな」
「いやぁ……両者とも、素晴らしい動きだった……。見に来て良かったよ」
■観客たちの声は強く、ベントとクライス両方を称える者が多いようだ■
■中には、クライスの正体を探ろうとする者もいるようだが?■
(自宅守護神だ)
■いますぐに、この場から逃げ出したい気持ちになるクライス■
■汗流れる■
(くそ、結局こうなるのか)
少しだけ、スリップグローブの効果を試したいと思ったのが間違い。結果的に全力に近い力を出してしまい、注目は避けられなかった。
幸い、この会場にはメディア関係者がいないということなので、謎のファイターのことが急速に広まることはないだろう。
(多分)
■サポートマンにも、色々また頼むことになるかもしれない■
■心の中で申し訳ない気持ちになり、今度なにかで埋め合わせしようかと思い……めんどうなのでやめた■
●■▲
「……」
クライスは、控室に繋がる廊下をとぼとぼと歩きながら、これからのことについて考えていた。
より細かく言うのならギャラの話だ。
このイベントに参加するだけで、既にそれなりの金額がクライスの銀行口座に振り込まれている。
それだけでも十分と言えば十分なのだが、さらにギャラが発生する可能性はあった。
(優勝。または優秀な成績を残すとさらにギャラアップ)
優秀な成績を残すという条件については、主催者のランスによる判断なため、曖昧な感じはある。
しかし優勝については充分に目指せる範囲なので、彼を誘惑の魔手が襲った。
「どうする、か」
別にここで満足してもいいと言えばいいのだが、それならばなぜ自分は勝ったのかという話になってしまう。
なってしまうが、その理由については既に分かっていた。
原因はジャスミンだ。
【あたしと戦う時に手を抜いたら承知しないわよっ。分かった!?】
■真っ直ぐにそう言った少女■
■それもまた、まぶしいものではあったか■
(戦いたがっていた)
ここで諦めたら、ジャスミンが残念に思うかもしれない。
その程度の理由で、クライスはもう少し頑張ってみようかと思っていた。
いや本当に少しだけなのであるが。
彼女に振り回されることは多く、それに疲れてもいるかもしれない。なのになぜか、その光から目を逸らすことができない・したくない。
「どうするか」
足元に視線を落としながら歩くクライスの前に、威圧感を感じる人影が立ちふさがる。
顔を上げると、見えたのは虎の覆面を被った大男。
さきほど戦ったベントが、腕を組みながら堂々と立っていた。
「……」
「……」
無言でにらみ合う二人。
立ち塞がる威圧感は強い。
クライスはベントが殴りかかってくることを想定して、両の拳を気力0で構えた。
ベントは動かずに、ただクライスをじっと見ている。
(くるか)
そして、ついにベントの右腕が動き。
「――連絡先を交換しようぜ」
「……はぁ?」
ベントがクライスに向けた掌の上には、サポート通信の番号が書かれた小紙片があった。
よく見ると、彼の口元は親し気に笑っていた。
クライスは、いきなりのフレンドリーな対応にわけもわからずに動揺してしまう。
一体なんの思惑があって、こんなことをしたのか分からない。もう怖いレベル。
「なぁに、一度リング上で戦った強者には、敬意を向けるのがオレの筋さァ」
「……」
「あんたの動き……すごかったぜェ。その強さの秘密を知りたいっていうのもあるなァ」
ベントの視線から感じる尊敬の念に嘘はなく、本当にクライスと親しくなりたいと思っているようだ。
それを感じた彼は、おそるおそるベントの差し出した紙を受け取った。どうやら自身の名前を知っているよう(ポーラとの会話を盗み聞きされた?)なので、下手に拒否してバラされても困るという気持ちもある。
まだ混乱中だが、目の前のベントに対する警戒心は薄くなり、お返しに自身の番号を教える。
「へへ、まさかこれほどの奴がいるとはなァ。世界は広いぜェ。本当になにもんだァ」
「下手に詮索しないでくれ」
「……了解だァ。名前も秘密ってことだなァ。クライス!!」
「言ってる」
ベントはクライスに背を向けて、廊下の向こうへと歩いていった
その途中で友に向けた激励を送る。
「優勝しろよクライス。オレも応援してるぜェ!」
大声で名前を叫ぶなよと、クライスは思った。
また妙な友人が増えてしまったのかと、彼は少しだけため息を吐く。妙にエネルギーにあふれた奴が多いのは、気のせいなのか?
だがまあ、そんなに悪い気はしないナマケモノなのだった。
「……かもな」
■ぽつりとつぶやいた言葉■
■それは、誰に向けたものなのか■
「……」
■心の中で大きく輝く、サーシャとは別の【光】を一瞬だけ感じた■




