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現象の拳

「……」


■少し周りがさわがしい場所で、彼はその視線を一点に向けていた■

■自身の財布の中身を確認し、まあ余裕かと心中でつぶやく■


「……やっぱり、いいよな」


■そっと、その姿を手に取った■


●■▲


「西コーナー!! 最も星に近い男!! 大口叩くが必ず実行!! 実力は確実!! ベント・ハワード!!」

 

 マイクによって膨張された声が試合場に響く。

 リング上には、司会の他に二つの影。

 もうすぐ、クライスの第一回戦が始まろうとしていた。


「……まじか」


 クライスは、対面に立つ己の対戦相手を見て苦渋の呟きを漏らした。

 何故なら、不敵に立つその男こそ今回のイベントの優勝候補の一人。

 2mを超える身長は、ある程度離れた場所から見ても威圧感抜群で、まともに打ち合ったら一発でKOされてしまう危険性が過る。


「おお、覆面同士の戦いとはッ」


「なかなか面白いっ。しかしあちらの試合も見てみたい……!! 惜しいッ」 


 リングを囲む観客たちはベントの試合ということもあって、これから始まる試合に期待値をどんどんと上げていた。

 一部の者達は隣の試合場で行われている試合(大画面で様子を確認できる)に気を取られていて、そっちに移動しようかと思っているようだ。

 なぜならあちらは、スターライト・ファイターの試合なのだから。


「ポーラッ。おお美しき天上の星よ!」


「しかしベントの戦いも捨てがたい。ジレンマとはこのことかっ。はぁ、贅沢なっ」


 隣の会場に移動する者もいれば、この場に留まる者もいる。

 会戦の時はすぐそこに迫っていて、イベント最大級の戦いになることは間違いなし。

 リングに立つクライスとは正反対に、会場内の熱は上昇していく。


(うわぁ、苦手だこういうの)


 観客達に注目されまくっているクライスは、自分の胃がきりきりと痛むのを感じた。

 超有名ファイターと戦う相手となれば注目はされるものだが、さらにそれが謎のファイターというのなら、注目度は爆上がりということになる。

 あの選手は誰だ?

 まさか奴か?

 いやいやもしやあいつでは?

 発生する疑念は話題を生み、話題が注目を生む。


(のぉおおっ。やめろ緊張する)


 混沌戦は様々な選手がいた上に、直接観客に注目されることはなかったのでましだったが、今の状況はまずい。

 直接的な視線が突き刺さるので、段違いの緊張感。

 ずしずしと背中に圧しかかるプレッシャーに、体が重くなる。

 それは試合にも影響することだろう。


「どうした? ずいぶんと顔色が悪いぜ、謎の覆面男クライスさんよォ」


「……」


 対する相手はまるで緊張感がなさそうな様子。

 にやにや笑いで緊張中の自分を見る相手に、クライスのイライラゲージは少し上昇した。お前も覆面だろうが!!とか、ツッコミたくなる。

 しかし、さすがはスターライト・ファイターに近い男。

 観客のアンチ意見も熱烈期待も同様に受け流し、試合に必要な心だけを残して立っている。


「それじゃあ輝く星にはなれないぜ? ベストなモチベーションを保つのも、一流の証だ」


「(余計なお世話だ)」


 心の中で悪態を吐くクライス。

 だが、ベントの言うことは一理なくもなかった。

 どれだけの力があろうと、それを引き出す精神がなくては意味もなし。

 そんなことは、悪辣王との戦闘で嫌というほどに思い知らされている。


(……少し鍛えるか)


 ここで己のなまった精神を叩き直していくべきかと、ちょっぴり思っただけの決意。

 怠けた心がいきなり変貌するわけもなく、まあほどほどに頑張るかという程度のものだが。

 両拳をしっかりと握って開く。

 眼前の敵を睨んで、彼なりの闘気を発した。


(能力値……が)


 クライスの感じるベントの能力は、そこまで高くはない。まあ所詮は勘レベルだが。

 最強の盾と交戦したクライスにとって、この程度の能力値の相手など、苦戦なしで倒せるレベルである。

 だからといって油断できる相手でもない。

 武人の言特化タイプであるのなら、感じる能力値などまるで役に立たないのだから。


(だがこっちだって)


 能力値勝負ならば、クライスだって負けてはいない。

 速力だけならば能力超過しているということは、まずそれなら負けはしないこと。

 相手の拳をとにかく避けまくって、一瞬の隙を見つけて拳打を超速で放つ。

 頭の中で思い描いた戦法を反芻する。


(……よし、楽勝)


■怠惰スキルのストックはそれなり■

■もちろん、100%を出す気はないが■


「それでは、マスクファイター同士の拳と拳のぶつかり合い、存分に魅せてもらいましょう!!」


「……」


「へ、さっさとゴングを鳴らしやがれ!!」


■クライスとベントは準備OK■

■前者は、少し怪しいが■


 司会はにやりと笑い開始前の息を吸う。

 観客たちは少しも目を逸らすまいと、リング上の戦士たちを見ている。やはり多くの視線を集めているのはベントだ。

 クライスにとっては、嬉しいことであるが。

 出来れば相手が油断してくれると、さらに嬉しいのだが。


「――存分に潰し合え!! 己の拳に魂乗せて!! いざ!!」


■とどろく開戦の合図!■


「おらっしゃああああッ!!」


■一瞬で、クライスの眼前へ位置取りしたベント■

■その拳が唸り――■


「よっと」


■クライスはそれを回避した■

■割と軽い表情だ■


「ほうッ!! あんたァ!! 速いな!!」


「それほどでも」


 回避した動きを見たベントは、驚きと満面の笑みを見せる。

 それだけでクライスが充分に過ぎる強者であること分かり、一気に侮りの感情を捨てた。

 体を動かす火に大量の薪をくべて、彼は咆哮する。

 これほどの強者が無名のはずはなしと、勢いよく問いかけた。


「なにもんだァ!! このすっとこどっこいがアァ!! 舐めてて悪かったァ!! 強いじゃねェかぁ!!」


「……」


 何回も聞かれている気がする己の正体。

 みんなそんなに自分の正体が気になるのかと、うんざり顔でベントの拳をいなした。

 それなりに重い拳だが、悪辣王に比べればなんということもない。

 だが、なんというか……?

 

(そうだ、奴は)


■天敵のことを思い浮かべて■

■クライスの体が凍った■


「!?」


 気持ちの問題ではなく本当に凍った。

 拳を逸らしたクライスのグローブが凍りつき、それが剥き出しの腕にまで侵食する。

 肌を通って心臓に突き刺さるような冷気の刃に、身震いしてとっさに身を後退させた。

 その迅速な動きに、ベントはさすがとにやり笑い。


「正解だぜェ。その判断はァ!! だが、氷結対策なしだなァッ!!」


 速力で勝るクライスの後退は凄まじく、されどその動きにはぎこちなさが存在した。

 敵の使う未知の魔導に思考は混乱し、腕の違和感が全体にまで広がっていく。

 ベントはその隙を逃さずに、己の拳を勢いよくクライスに放ち続ける。


「その反応はなんだァ!? オレの【氷結】魔導がそんなに珍しいかァ!?」


「ぐっ」


 ベントの拳が頬をかすめる。

 それだけで、クライスの顔に刺すような冷気が走った。

 まともに当たったらどうなるかは、想像したくない。

 身体能力では勝っているが、冷気の壁を前にうかつに動けず、立ちすくんでしまうのだった。


(こいつはジャスミンとは違う)


 クライスの一番身近なファイターがジャスミンだったせいか、勘違いをしていたようだ。

 武人の言以外にも、近接戦の質を高める方法はあった。

 今、自身に襲いかかる獰猛なファイターが使っている戦法こそまさにそれだ。


(使っているのは……えーっと、多分、現象の言。自然現象を操作する魔導っ)


 現象の言は炎を出したり、電撃を放ったり、風を起こしたりなどの現象を引き起こす魔導。

 この魔導は、最も広範囲攻撃に優れていると言われ、強力な使い手ともなれば戦争のエースとして活躍できるポテンシャルを秘めている。

 ある国では、現象の言を使える優秀な魔導師を厚待遇で軍に迎えることがあるとか。

 スローラ神社でやってる授業で、寝そうになりながら聞いた情報だ。

 

(圧倒的な対集団戦魔導)


 クライスが戦ったロビーも、すべてを焼き尽くす業火を広範囲に広げて、敵を殲滅するのが可能だった。

 だからこそなのか、まさか拳の殴り合い以外が禁止されているはずの円盤戦で、現象の言を使用する者がいると思えなかったのは。

 

「円盤戦は確かに拳以外は使用禁止!! だがなァ!!」


「ッ」


「拳に付属する魔導なら、武器として利用してもOKなのさァ!! 素人がァ!!」


「(ばれた)」


 ベントの使う魔導・氷結。

 本来ならば冷気の塊を飛ばして相手を氷漬けにする技だが、彼が使うそれは少しばかり性質が違っていた。

 広範囲攻撃として活用できるはずのそれを、拳の周囲に超微量化させて発生させる。

 そして、敵が氷結の結界に触れた瞬間に効果が発動する。


「ハハハァ!! 多少能力値で劣る程度なら、問題ないのさァ!!」


 氷の結界で敵の動きを阻害して、戦闘を行う。

 それがベントの基本戦法であり。


「さらにさらにィ!! 駄目押しだァ!!」


■ベントは不思議な構えを見せる■


(……これはッ)


■クライスの脳裏に過ったのは■

■悪辣王が使っていた体技■

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