届け物
「おお……なんだか神秘的な……」
■無職の勇士――その果てには、夢のような怠惰が待っているらしい■
「えへへ……よろこんでくれるならうれしいです! はい!」
■一日中ごろごろしていても文句を言われず、ただ静かな時を過ごすことが出来るとか■
「きれいな洞窟だ……」
■その話を聞いて、俺のやる気が上がったのは言うまでもない■
■まあ、0が2になった程度だが■
「【輝きの石】……村では高く売れるんですよ。ここはちょっと有名な産地なんです」
洞窟中で黄色く光るそれに、現在俺は目を奪われていた。
俺たちはワーク山の洞窟にいる。
すこしうす暗い気もするが、進むには問題ないぐらいの明るさはあった。
「おっ」
足元に転がる石を拾い、ズボンの右ポケットに突っ込む。
これこそが、ニート生活の布石となる品かもしれない……石だけに。
「ふふふ……何をするにしても、資金は集めとかないとな」
手触りもとても良く、ポケットの中でそれを弄る。
さて、これをだれに売ろうか。あのおバカ二人か?
交渉とかするのは正直めんどうだな。まあ、あのアホふたりなら余裕で売りつけられそうだ。
「それにしても……戦斧の勇士は、やはり強いですね。……くやしいですけど」
「ああ。この倒れているモンスター達か」
洞窟の地面に多数倒れているのは、キノコのような頭を持った人型モンスター。
どうやら、先刻のナルシスト風な勇士(笑)におそいかかって、返り討ちにされたようだ。意外とあいつやるじゃないか。楽にすすめていい。
「【歩キノコ】……」
「まじでそんな名前なの?」
「まじです。ちなみに等級は【C級】、上から四番目です!」
「へー、さっきの【強そうな】百足っぽいやつは?」
「あれは【B級】! 名前はモグモグです!」
モグモグって……。
力がぬけそうな名前ばかりだな。モンスター。
まあ、おぼえやすそうではある……か?
「でも、C級ならそんなに強くないんじゃ……」
「とんでもない! 【人属性】を持たない大の男を、投げ飛ばせる強さですよ!」
人属性……色々な能力が強化される、特別な状態だったか。その状態の者を【就職者】と呼ぶらしい。
つまり人属性とは……。前に言ってた【造物主】や【戦士】などの職業のことで、それをもっていると特殊な力が付与されるって感じか。本当にRPGみたいだなぁ。
さらに、就職者はステータスが発生する。……しかし、そうなるとおかしいことがひとつ。
(俺も就職者ってことになるが……。ステータス画面の職業欄に【なにもない】)
どういうことだ?
ジンのを見たときは、たしかに職業が表示されていた。前に確認したサーシャちゃんのもそうだ。
……なにもないということは、つまり――。
「しかも、歩キノコは洞窟内だと苦戦する場合が多いんですよ……私の魔導がどこまで通用するかなぁ」
「……」
サーシャちゃんの説明を聞きながら、俺は考えていた。
とにかく、自身に特殊な力が宿っているのはまちがいない。
これをうまく使えれば……夢の【ぐうたら生活】も現実のものにできるかもしれぬのだ。そのための計画を考えていこうとして……めんどうくさくてやめたのだ。
やっぱりめんどうくさい・だるい。
この世界にきてもそれは変わらない。
(……洞窟の奥にいる、儀式場の守護者……それも【自然】のか)
人為的なものではない天然の怪物。
A級モンスターに分類されるらしいそれは、儀式場に挑んだ者達を、悉く葬ってきたらしい……。
つよくてめんどうなモンスター退治、ってことになるのか?
「……」
いやだな。本当に。
なんで異世界にきてまで、わざわざ血生臭いバトル展開に突入しなくてはならないのか。
家でねたい。ごろごろしたい。
もううんざりなんだよそういうの。
「……あいつは……ジンは、そんなに勇士の力を解放したいのか。つよいモンスターと戦ってでも」
「それはそうですよ。そうすれば莫大な能力が手に入りますし……勇士の種類によって、手にはいる能力の違いはありますけど」
「……」
悪辣王を打倒した者には莫大な報酬が与えられるって言うし、そうでなくても強力な力は欲しいものだろう。
「その力を開放しないと、悪辣王っていう……そいつには勝てないの」
「勝てないとは言われてません……。ですが、勝ち目はないだろうというのがだいたいの意見ですね。はい」
「まあ、なるべく強くなってから挑みたいよね。ラスボスには……」
現実はゲームとは違う。ギリギリの戦いを楽しみたいなんてこと、言ってられるか。
負けたら当然、シャレにならない代償を支払うことになるだろう。
「で……伝説によると、この先の儀式場に行けばOK?」
「該当する勇士なら。力の解放条件は、勇士によって違うので!」
「条件か……」
■さっき聞いた、「あの話」と合わせて考えるとやばいかもしれない■
(……方針は決まったが……あいつは……)
得意気に洞窟の奥へと進んで行ったであろう、いけ好かない軽薄野郎。
もうすでに洞窟の主と交戦してるか?
(儀式場は……一回使うと、その使用者以外に恩恵をもたらさない。か)
「急がなくていいのですか……? 勇士様……」
「ああ。構わないよ。ゆっくり行こう」
漁夫の利というやつだ(あんまり伝説を信じてないのもある)。
あいつが必死こいて弱らせた敵を、横から掻っ攫う……なんてのが最高の展開なんだが(ラクできて)。
(さーて、そう上手くは行くかね?)
ただひたすらに一本道が続く洞窟内部を、俺達は進んで行く。
もうすでにつかれてきた。
休みたい・やすみたい・ヤスミタイ。
「……」
遠くで、剣戟のようなものが聞こえた気がした。
●■▲
「――悪辣王様、こちらがお土産でございます」
■その場には漆黒のマグマが煮え立ち、凄まじい高温によって、あらゆるモノが溶けてしまいそうな……異常領域■
「……」
■灼熱の地獄の中でも、涼しい顔をして佇む二人■
「喜んでいただけたら嬉しいです……」
■頬を赤く染める、邪悪の体現のような大きな両翼を生やした、銀の長髪の少女。両手には大きな四角い箱を抱えている■
「……」
ただ無言で己の前に立つ少女を見ている、漆黒のフードで顔を隠した人物。
彼が腰かける椅子は、奇妙なほどに【生物的】な気配を持っている。
「――」
声こそ発しないものの、常にグネグネと動くそれは非常に薄気味悪く、点滅するかのように出現を繰り返す多数の目は、まるでバラバラの視線を向けていた。
なにもかもが乱れ・異常・混沌。
「ど、どうでしょうか……貴方様のご期待に添えるかと……」
少し不安そうに相手の反応を伺う少女は、悪辣王の動作、その全てに注意を払う。
もしかしたら……つぎの瞬間には殺されているかもしれない。
もしそうなったら、ああ・ああ・ああ・ああ――――なんて至福だろう、と。
「――」
悪辣王の右手(赤い包帯に包まれた)が、一つの言葉と共に動いた。
「◆」
いや、言葉すらなく、人差し指を少し動かす。
「あ……」
少女が持つ木箱が浮かび上がり、彼の下へと飛んでいく。
それは魔導にちがいなく・そんなものが無価値に思えるほど、彼自身が秘めた力は強大だった。
「……」
箱を受け取った悪辣王は、その蓋を開けた。
「……」
中に入っているモノを確認する為に動く眼球すら、少女には知ることが出来ない。
「……そうですかっ。喜んでもらって良かったです!」
突然、少女の歓喜の声が上がった。
「です! です! そっちの【目玉】と【舌】は、同一のもので……【耳】は仲間の女勇士の……」
興奮した様子で己の土産を語る彼女は、とても楽しそうだ。
「あまりに抵抗されるので、少し傷ついてしまいましたけど、【パーツ】の組み合わせは中々でしょう?」
とても・とても・とても。
「――楽しかった」
口端から血を垂らしながら、笑う、白眼の女・それは怪物じみた存在。
「……ええ、【彼等】も勇士狩りに勤しんでいるようで」
退廃と灼熱の間にて、人外と人外の会話は続く。
それは、とても日常からはかけ離れた、常人では不快に過ぎる内容だ。
「はい。【魔剣の勇士】は取り逃がしてしまいました……しぶといっ。そして北の氷結領域では、いまだに交戦がつづいています……。東の大陸の勇士はだいたい狩りました、ね。首を■■して■■■します」
まともな会話ではなく、聞いているだけで正気を失いかねない。
つむぐ言葉に躊躇はない。
「……【キルシュ】が向かいました、【例の島】には」
「【無職の勇士】。見つかると良いですね――」
■灼熱の部屋は形を変え、魂まで凍るような凍土領域へと変化した■
■異形の二人は、なんら変わることなく会話をつづける……■
●■▲
「ぶえっくしょん!」
「噂されてますね! 勇士様!」
「まさか悪辣王か? 俺を消そうと……くそ、レベル1の時に消そうとするタイプかよ」
洞窟の中を進むこと10分といったところだが、ようやく儀式場の入口らしき通路が見えてきた。
はぁ。ようやくか。
コスパを考えると最悪だ。本当につかれる。サーシャちゃんという天使がいなければ、とっくに帰っている。
「儀式場って感じだな」
鉄のような扉で塞がれた通路前には、両脇にとても鋭そうな槍が立てられている……。
おいおい。
ずいぶんとつよそうなBOSSが、待ちかまえていそうじゃないか?
……戦いたくない。
「さあ! 行きましょう、クライス様!」
「それは良いけど……なんでそんなに遠いの? サーシャちゃん」
何故か俺の背後・三十メートル程の地点に立っている彼女……。足が震えまくっとるがな。
あきらかにビビっている。
いまにも泣きだしそうな表情だ。
「怖いからに決まっているでしょう! 私、基本的にとても臆病なんです! ぶっちゃけ戦闘に入るとまるで戦えません! 役立たずです!! はい!!」
「ええ~?」
「でも勇士様の道案内をしないと行けないから我慢して……うう、帰りたい……。こわいよぉおお」
何しに来たんだこの娘。
なんですでに死にそうになっているんだ。まだBOSSの姿すら見えていないのに。
「道案内って……わざわざ付いてこなくても、迷うような道じゃないだろ」
「そ、そう言われると……! 不覚……! 不覚……!」
「はあぁ……」
ドジすぎるというか、何というか……。
ステータスを見る限り、結構強いと思ったから同行を許したというのに……。
……でもまあ、彼女のいやし力がなければすでに心折れて帰っていたなぁ。
「……わかったよ。俺が守るから、後ろで安心して見ててくれ」
「うう……申し訳ない……です。うっぷ、吐きそう……!!」
「突入する。中の安全を確保したら、大声で伝えるから。あと、できれば吐かないでっ」
覚悟を決めて、扉の向こうへと飛び出した。
青ざめてたおれそうなサーシャちゃんは心配だが、目的も彼女の願いだ。
ここで引き返すわけにはいかない。めんどうだし。
「――あっ。アンタっ」
扉はきしみを上げながらひらいた。
その先に広がるのは広い空間、とても眩く輝く輝きの石の群れ、そして。
「戦斧の勇士っ」
空間の中心に立った一人の男が、おれにどや顔を向けながら、親指を立てていた。
「先をこされた……」
そのまま奴は宙に浮かび。
「か?」
よく見ると、その頭上には虹色に輝く輪っかがあり。
「え?」
半透明の戦斧の勇士が、洞窟の天井を突き抜け、消えた。
……いまのはなんだ? ジンの魂?
「……」
後に残ったのは、無傷の【猪】のような巨大モンスターのみ。
よくみると、地面に倒れ伏したジン(本体)の体が消滅しかけている。というか消滅した。
「死んでるゥッ」
思わず大声で突っ込んでしまった。
俺の中で勇士の格が大幅に下がる――。
●■▲
「この世界では……行動不能になると煙を発しながら、肉体が完全に消滅する、ね。なるほどー」
■得た知識を復唱し、さっきのなさけなさすぎる勇士の姿から若干逃避する■
■……あの金ぴかの鎧とかだけ残ってるな■
「それはともかく……こいつがA級モンスター……」
体長十メートルはあるだろう怪物。強靭そうな牙。
吐き出す息はおどろおどろしい紫色で、まともに触れてはいけないのだと思わせる。
赤・黒・黄色が混ざり合った毛色は、尋常ではない存在感を増すものになっていた。
(めちゃくちゃ強そう……)
倒せるのかこれ?
そう不安になる理由は、モンスターのステータスが見えないことにある。
(ステータスが見えるようになる魔導もあるらしい、が)
ただし、魔導がまったく使えない風の俺には無理だろうな……。
村人のだれかが使えたりしないだろうか?
それをマスターできれば、結構BATTLEの処理が楽になったりしそうなのにな。
「ブオオオオオッ!!」
「やかましいんだよ」
俺は背中のスコップを引き抜き、かまえた。
こんなものでどうにかなるとは思えないが、勇士のもつ魔導具は特別らしいからな……さて?
「……」
絵面が間抜け過ぎて、うんざりもしてしまうが……。
しっかりとスコップをにぎり、前を見すえる。
「うおお!」
巨体の相手に向かっていく。
心臓が鳴りまくっているが、なんとか一歩を踏み出して。
「ブオオー!!」
「!」
それを迎え撃つとでも言いたげに、突進してくる猪。
その速度はなかなかのものだ。
(特急イノシシ――って言うらしいな)
「まずは一撃っ!」
右手に持った得物を、勢いよく敵の脳天に叩きつけた。
「ぐお!?」
ガギンと響かせ、弾かれるスコップ。
両手がすこしシビれる程度の衝撃。
「固いなッ!?」
さすがは序盤のボス敵ってところかっ。
まるで鉄を叩いたみたいな感覚で、びくともしていない。
「ブオッ!!」
体勢を崩した俺に、容赦なく頭突きを食らわせるイノシシ。
それなりの衝撃が、腹から背中へと突き抜けていく。
「うおっ」
弾き飛ばされて、右後方の石壁に激突した。
……それなりに痛かった、かな。
「ブオオオッ!!」
「……くそ……ッ。なんでスコップっ。もっとこうすごい武器なら……ラクにたおせるのにっ」
石壁に当たった背中・なんともない。
突進を食らった腹・無傷だ。
こいつ、あまり攻撃はたいしたことないようだな。それはそうとして、防御をつらぬくほどの武器がないのだが。
「もっと格好いい武器でも、良いじゃんかよー……はぁ」
【希望の勇士や雷鳴の勇士……他には、勇士最強と謳われる……】
「……」
勇士オタクであるサーシャちゃんから聞いた情報によると、他の勇士はもっと格好いい武器を持っているらしい。
ずるい。
チートだ。
らくちんできるじゃないか。
(剣か槍……いや弓矢でも良いかな……)
絶対に敵に命中する弓矢とか……。
全てを切り裂く剣とか……。
なんかそんな感じのあれば、楽勝で勝てるのになぁ。
「ブオオオ!!」
「やば。もうきた」
妄想している内にやられたらたまったもんじゃない!
俺は華麗にダッシュし、イノシシの突進を右に避けた。
「ブオっ!?」
ばかめ。
石壁にぶつかったっ。
「この隙に……」
俺はスコップを【消し】。
(—――試してやる)
無職の勇士――その真価を。
(集中しろっ、そして手に入れるんだっ。俺の本当の武器をっ)
右手に意識を集中させて、見えない武器をつかもうとする。
(うおおおおお)
【無職の勇士は、複数の魔導具を所持していると言います】
(スコップだけじゃないっ俺の武器はっ)
俺はそれを既に出せるようになっている。
【装備型に分類される魔導具は、持ち主に設定された人の手によって出し入れできます】
(確かに感じるぞ。俺の内にある力っ)
右手から青い輝きが噴出し、その武器が片鱗を見せる。
なんかいま、俺は主人公のような気分だ。
ちょっとかっこういい。
(もう少し……もう少しで)
「ブオオオオオオ!!」
「おおおおおお!!」
こちらに向かってくる敵。
重なる咆哮と共に、俺はそれを出現させた。
「――終わりだ。イノシシ野郎」
両手にしっかりと持ったそれは、赤いフォルムを輝かせている。
(伸びたホースから伝わる、力強い鼓動)
これは正に邪を払う・整理の化身。
「――ノズル噴射!!」
必須家庭道具・邪悪滅殺槍*掃除機から、【胞子】を特急イノシシの顔面に吹きかけた。
(格好つけても、やっぱアレだなっ)
「ブオお!?」
体勢を崩し、のたうち回る特急イノシシ。
「どうだっ。歩キノコから回収した、毒の胞子」
あの珍妙な奴等が使うという厄介な技を利用できないもんかと、掃除機で吸い込んだら、あら不思議っ。
それが必殺の攻撃へと変わった。
やったぜ。
「ぶ、お……」
「ひとたまりもないか……ふ」
どうやらこの毒は特急イノシシに対して効果抜群だったようで、敵は倒れたまま動かない。
状態異常系によわい敵だったのかもしれない。
めんどうくさがらずに、ちゃんと対策を用意しておいてよかった……。
「ふう……面倒かけさせやがって」
これで一件落着……。
戦闘自体はやっぱり好きになれない……疲れるし。騒がしいし。ほんと不毛やで。
バトル漫画のキャラとかって、よく精神がもつよなぁ……。発狂するぞ俺だったら。
「お、さらに奥があるのか」
よく見ると奥の方に穴が空いている。
めんどうくさいが、いってみるか。
せっかくたおした報酬……しょぼかったら、ショックだな……。
●■▲
■マサル……そう、彼はマサル■
■マサルが一歩その穴に近づくと■
「!」
■地面の中から人型の物体が出現した■
「なんだ……?」
前方に立ちふさがるロボット風の物体に、マサルは警戒心を強めた。
それは顔の中心の光る赤い点を彼に向け、錆びついたボディをぎしぎしと動かす。
かなりの年月を感じさせる劣化具合に一瞬油断したマサル。
「うおっ」
しかしロボットの拳が射出されて、自分の方へと飛んできたことで驚いて回避。
ロケットパンチとは中々すごいなと思いながら、無力化のために動き出す。
ロボットの頭を破壊するために速度を上げて突撃した。
「ぐッ!?」
■前方にバリアのようなものが発生し■
■マサルの突進は弾かれる■
「おいおい……」
マサルは苦笑いのような顔で少し後退して仕切り直した。
バリアはロボットの残った掌から発生していて、一見隙がなさそうに見える。
そう見えるだけだと判断して、彼は再び走り出す構え。
儀式場に向かう自分をブロックする敵。
まるで今の状況は儀攻戦のようだと思い、ならばそれらしく動こうと思った。
(相手の動きをよく見て)
■走り出すマサル■
(抜き去る)
バリアの横を走り抜けるように動き。
そこで急速反転してロボットの背後に回る。
(そう背中側にはバリアがない)
がら空きの背中目掛けて突進するマサル。
ロボットは反応して振り返ろうとしたが、僅かに遅かった。
マサルの右腕が勢い良く振り抜かれ、ロボットの頭部が打ち砕かれる。
(もろい)
自身の力を改めて再確認しながら、なんとなく相手の抜き方を掴んだ気がするマサル。
これを儀攻戦で活かせるかは分からないが、何となく満足したような気持ちになった。
倒れた敵の残骸を見遣りながら、どこか悲しい心を疑問に思った――。
(なんだったんだ? これは)
■そんな風に思う彼■
■その耳にとどかないほど小さく■
■か細い声が、残骸からひびく■
「――PY――、―――」
●■▲
「クライス様! ごごごご無事ですかー!? そ、そしてわたしはしにそうですー!! こわいぃいいいい!!」
背後の扉を開けて入ってきたのは、俺の嫁!
すでに特急イノシシの体は消滅したので、合図を出したのだ。
なぜか、戦闘してないのに俺より消耗してる……かわいそうに。めちゃくちゃふるえていて、いまにも失神しそう。
……彼女はとことん、こういうのには向かない性格のようだ。
「サーシャちゃ……」
と。
「ちっ、生き残ったわね……なんてこと……」
「ジャスミンちゃん。右手に持ったナイフはなに?」
こちらを睨み殺気を向ける、恐ろしき暗殺者。
何フードで顔隠してんだよっ。
ばればれだ。
「……」
あ、背中にナイフ隠しやがった。しかし本当にバレバレ過ぎる。
俺はもうつかれてるんで、これ以上のやっかいごとは勘弁してほしいんだが?
「刺し違えてでも……やってやるわっ。サーシャを守らないとっ」
変な誓いを立てないで。
また新たな面倒要因が……。
なんで暗殺の危険に怯えなくてはいけないのか……。はぁ。
「……は~、くそめちゃ疲れた……」
終わってみればほぼ無傷の勝利ではあるが、疲労はある。
外出というのは、それだけ体力と精神を削るものなんだ……。
さっさと家に帰って寝たい。
なので、もうよけいなことはやりたくない。
「お疲れ様です。クライス様……。完全にやくたたずで、すいません……はい……」
「いや、そんなことは」
俺の背後に颯爽と回り、肩を優しくもんでくれる女神……。
パーフェクトな気づかいだ。彼女がいてくれて本当にたすかった……まあ、ある意味つれてこないべきだったのかもしれないが。
いまだにビクビクしてるのが発する気配からわかる。
……とことん、【冒険譚】向きの女性ではない。
「疲れているようね……今なら……」
やめて。
本当にやめて。
ジャスミンやめろおまえ。空気読めおまえ。
「……あ。あいつの武器」
あのいけすかない野郎の死体は消え去り、残っているのは奴の装備品のみ。
戦斧の勇士(笑)が持っていた、銀色に輝く大きな片刃の斧……。所々に宝石が埋め込まれていて、拾っていきたくなってしまうなぁ。ははは。
「……」
周囲を見渡して、確認。
「良いかな?」
ぽつりと一言。
慎重に近づく。
「これは、落とし物だ」
そう落とし物。
奴が現れるまで、厳重に保管しておかないと。
消えたやつ……がな。くく。
くくく、持ち主が死んだなら……仕方ないよなぁっ。
「くくく……魔導具、ゲットだぜ」
「――?」
何だ……これは。
「クライス様? 何か? というよりも、その斧は?」
「いや……なんでも。ないない」
「あ! 困りますよ~それは!」
「え?」
聞き覚えのない声がっ。
「あ、びっくりさせちゃいましたかー」
「……誰だよっ」
いつの間にか入口付近に立っている三つ編みポニテの赤髪女性。
漆黒のスーツに身を包んだ……かなりナイスバディなお姉さんだ……。大きな胸がすこし目立つ……かもしれない。
めちゃくちゃ美人で、若干緊張してしまうな。
「わたくし、装備回収サービスの……」
なに? 装備回収?
「【お助け! 就職者!】の者でしてー」
「就職者……だと」
俺をイラつかせてくれる言葉を……ッ。
ステータスが発生した者のことだがっ。
どうにもすこし反応してしまう。
「顔怖いですけど……」
「あん? 切れてないよ? あん?」
「ならいいんですがー」
……こいつは強いな。
ステータスが軒並み高い……勇士より上かよ。
エレジーほどではないが、まともに戦ったらすこしはてこずるかもしれない。
「ではその斧……返して頂けますかね?」
「なんやって……?」
こいつ、俺の斧を奪う気か……!
なんて悪党だ、信じられん。
「返さないと言ったら?」
「こちらもその方に依頼されているので、力ずくでー」
……あいつの依頼か。
発言からすると、死亡した際に残ったモノを代わりに回収してくれる……といった感じの組織なんだろう。
「回収してどうする」
「当然、後で【本人】に渡しますが? 連絡先も知っているので~」
「本人て」
「なんなら証拠もみせますかー?」
「……」
負ける気はまるでしない。が。
「はいどうも。素直ですね~」
彼女の両手に手渡した。
めんどうごとはさけたいので、まあこれが最善か。
「ところで……あの斧を確保しておいたことに対する報酬は……」
「ではまたどうも~。御用がおありでしたら、【遊興の都】の方までー」
逃げられた。くそったれ。
とはいえ、これ以上なんかむずかしい会話するのもつかれるな。
「まあ何にしても……目的は達成できたな」
「まだですよ! 力を解放しないと!」
サーシャちゃんがキラキラした目で見ている。
そんなに嬉しいのか。
「当たり前です! 大好きな勇士の進化の時ですから!」
「……」
ジャスミンちゃん……いや悪魔ジャスミンは、今の内に仕留めなければといった顔している。
もうスルーするーことにしたよ。
やはり平穏な人生にはスルースキルが大事だ。うん。
「よし……」
進むとするか。
奥にある儀式場とやらに。
「あとは、ぐうたら過ごす」
意気揚々と進む足は、怠惰なる日々を歓迎しているかのようだ。
もう目的を達成してしまうとは……もうやることがなくなってしまうな。
ぶっちゃけ、元の世界に帰らなくても良いやとつよく思っているし。
(帰る意味があるか?)
帰ったって、クソステータスのハードプレイが待っているのみだ……。
(……アニメとかは惜しいかな)
●■▲
「ここが儀式場……」
地面に描かれた陣は、如何にもといった感じの神秘を秘めてそうで。
その陣の一番外側に沿うように配置された複数の像からは、今にも動き出しそうな気配を感じる。
「陣の中心……小さい円の中に!」
サーシャちゃんが言った通り、俺は手順を踏んでいく。
「……」
「おお……!」
円の中に入った瞬間、凄まじい力が俺の中を駆け巡った。
(これは鍵だ)
分かる。間違いなく無職の勇士を強化するものだと。
今なら、いつでも力を解放させることが出来ると。
【大勇士になれるのは……一人だけなんです】
(たった一つの貴重な席を俺が?)
だが、その先にあるものに興味はあった。
(どんな乱れも排除できる力。すなわち――ぐうたら生活絶対保守領域)
乱れはいつだって襲ってくる。
それに対処するには能力がいる。
(ならば)
心の中に矛がイメージできる。
俺はその矛を手に取り、引き抜いた。
(ああ…………サーシャちゃんのモフモフ尻尾に埋もれて、昼寝したい)




