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届け物

「おお……なんだか神秘的な……」 


■無職の勇士――その果てには、夢のような怠惰が待っているらしい■


「えへへ……よろこんでくれるならうれしいです! はい!」


■一日中ごろごろしていても文句を言われず、ただ静かな時を過ごすことが出来るとか■


「きれいな洞窟だ……」


■その話を聞いて、俺のやる気が上がったのは言うまでもない■

■まあ、0が2になった程度だが■


「【輝きの石】……村では高く売れるんですよ。ここはちょっと有名な産地なんです」

 

 洞窟中で黄色く光るそれに、現在俺は目を奪われていた。

 俺たちはワーク山の洞窟にいる。

 すこしうす暗い気もするが、進むには問題ないぐらいの明るさはあった。


「おっ」

 

 足元に転がる石を拾い、ズボンの右ポケットに突っ込む。

 これこそが、ニート生活の布石となる品かもしれない……石だけに。


「ふふふ……何をするにしても、資金は集めとかないとな」

 

 手触りもとても良く、ポケットの中でそれを弄る。

 さて、これをだれに売ろうか。あのおバカ二人か?

 交渉とかするのは正直めんどうだな。まあ、あのアホふたりなら余裕で売りつけられそうだ。


「それにしても……戦斧の勇士は、やはり強いですね。……くやしいですけど」


「ああ。この倒れているモンスター達か」

 

 洞窟の地面に多数倒れているのは、キノコのような頭を持った人型モンスター。

 どうやら、先刻のナルシスト風な勇士(笑)におそいかかって、返り討ちにされたようだ。意外とあいつやるじゃないか。楽にすすめていい。


「【歩キノコ】……」


「まじでそんな名前なの?」


「まじです。ちなみに等級は【C級】、上から四番目です!」


「へー、さっきの【強そうな】百足っぽいやつは?」


「あれは【B級】! 名前はモグモグです!」

 

 モグモグって……。

 力がぬけそうな名前ばかりだな。モンスター。

 まあ、おぼえやすそうではある……か?


「でも、C級ならそんなに強くないんじゃ……」


「とんでもない! 【人属性】を持たない大の男を、投げ飛ばせる強さですよ!」

 

 人属性……色々な能力が強化される、特別な状態だったか。その状態の者を【就職者】と呼ぶらしい。

 つまり人属性とは……。前に言ってた【造物主】や【戦士】などの職業のことで、それをもっていると特殊な力が付与されるって感じか。本当にRPGみたいだなぁ。

 さらに、就職者はステータスが発生する。……しかし、そうなるとおかしいことがひとつ。


(俺も就職者ってことになるが……。ステータス画面の職業欄に【なにもない】)


 どういうことだ?

 ジンのを見たときは、たしかに職業が表示されていた。前に確認したサーシャちゃんのもそうだ。

 ……なにもないということは、つまり――。


「しかも、歩キノコは洞窟内だと苦戦する場合が多いんですよ……私の魔導がどこまで通用するかなぁ」


「……」

 

 サーシャちゃんの説明を聞きながら、俺は考えていた。

 とにかく、自身に特殊な力が宿っているのはまちがいない。

 これをうまく使えれば……夢の【ぐうたら生活】も現実のものにできるかもしれぬのだ。そのための計画を考えていこうとして……めんどうくさくてやめたのだ。

 やっぱりめんどうくさい・だるい。

 この世界にきてもそれは変わらない。


(……洞窟の奥にいる、儀式場の守護者……それも【自然】のか)

 

 人為的なものではない天然の怪物。

 A級モンスターに分類されるらしいそれは、儀式場に挑んだ者達を、悉く葬ってきたらしい……。

 つよくてめんどうなモンスター退治、ってことになるのか?


「……」

 

 いやだな。本当に。

 なんで異世界にきてまで、わざわざ血生臭いバトル展開に突入しなくてはならないのか。

 家でねたい。ごろごろしたい。

 もううんざりなんだよそういうの。


「……あいつは……ジンは、そんなに勇士の力を解放したいのか。つよいモンスターと戦ってでも」


「それはそうですよ。そうすれば莫大な能力が手に入りますし……勇士の種類によって、手にはいる能力の違いはありますけど」


「……」

 

 悪辣王を打倒した者には莫大な報酬が与えられるって言うし、そうでなくても強力な力は欲しいものだろう。


「その力を開放しないと、悪辣王っていう……そいつには勝てないの」


「勝てないとは言われてません……。ですが、勝ち目はないだろうというのがだいたいの意見ですね。はい」


「まあ、なるべく強くなってから挑みたいよね。ラスボスには……」

 

 現実はゲームとは違う。ギリギリの戦いを楽しみたいなんてこと、言ってられるか。

 負けたら当然、シャレにならない代償を支払うことになるだろう。


「で……伝説によると、この先の儀式場に行けばOK?」


「該当する勇士なら。力の解放条件は、勇士によって違うので!」


「条件か……」


■さっき聞いた、「あの話」と合わせて考えるとやばいかもしれない■


(……方針は決まったが……あいつは……)

 

 得意気に洞窟の奥へと進んで行ったであろう、いけ好かない軽薄野郎。

 もうすでに洞窟の主と交戦してるか?


(儀式場は……一回使うと、その使用者以外に恩恵をもたらさない。か)

 

「急がなくていいのですか……? 勇士様……」 


「ああ。構わないよ。ゆっくり行こう」

 

 漁夫の利というやつだ(あんまり伝説を信じてないのもある)。

 あいつが必死こいて弱らせた敵を、横から掻っ攫う……なんてのが最高の展開なんだが(ラクできて)。


(さーて、そう上手くは行くかね?)

 

 ただひたすらに一本道が続く洞窟内部を、俺達は進んで行く。

 もうすでにつかれてきた。

 休みたい・やすみたい・ヤスミタイ。


「……」

 

 遠くで、剣戟のようなものが聞こえた気がした。


●■▲


「――悪辣王様、こちらがお土産でございます」


■その場には漆黒のマグマが煮え立ち、凄まじい高温によって、あらゆるモノが溶けてしまいそうな……異常領域■


「……」


■灼熱の地獄の中でも、涼しい顔をして佇む二人■


「喜んでいただけたら嬉しいです……」


■頬を赤く染める、邪悪の体現のような大きな両翼を生やした、銀の長髪の少女。両手には大きな四角い箱を抱えている■


「……」

 

 ただ無言で己の前に立つ少女を見ている、漆黒のフードで顔を隠した人物。

 彼が腰かける椅子は、奇妙なほどに【生物的】な気配を持っている。


「――」

 

 声こそ発しないものの、常にグネグネと動くそれは非常に薄気味悪く、点滅するかのように出現を繰り返す多数の目は、まるでバラバラの視線を向けていた。

 なにもかもが乱れ・異常・混沌。


「ど、どうでしょうか……貴方様のご期待に添えるかと……」

 

 少し不安そうに相手の反応を伺う少女は、悪辣王の動作、その全てに注意を払う。

 もしかしたら……つぎの瞬間には殺されているかもしれない。

 もしそうなったら、ああ・ああ・ああ・ああ――――なんて至福だろう、と。


「――」


 悪辣王の右手(赤い包帯に包まれた)が、一つの言葉と共に動いた。


「◆」

 

 いや、言葉すらなく、人差し指を少し動かす。


「あ……」

 

 少女が持つ木箱が浮かび上がり、彼の下へと飛んでいく。

 それは魔導にちがいなく・そんなものが無価値に思えるほど、彼自身が秘めた力は強大だった。


「……」

 

 箱を受け取った悪辣王は、その蓋を開けた。


「……」

 

 中に入っているモノを確認する為に動く眼球すら、少女には知ることが出来ない。


「……そうですかっ。喜んでもらって良かったです!」


 突然、少女の歓喜の声が上がった。


「です! です! そっちの【目玉】と【舌】は、同一のもので……【耳】は仲間の女勇士の……」

 

 興奮した様子で己の土産を語る彼女は、とても楽しそうだ。


「あまりに抵抗されるので、少し傷ついてしまいましたけど、【パーツ】の組み合わせは中々でしょう?」

 

とても・とても・とても。


「――楽しかった」 

 

 口端から血を垂らしながら、笑う、白眼の女・それは怪物じみた存在。


「……ええ、【彼等】も勇士狩りに勤しんでいるようで」

 

 退廃と灼熱の間にて、人外と人外の会話は続く。

 それは、とても日常からはかけ離れた、常人では不快に過ぎる内容だ。


「はい。【魔剣の勇士】は取り逃がしてしまいました……しぶといっ。そして北の氷結領域では、いまだに交戦がつづいています……。東の大陸の勇士はだいたい狩りました、ね。首を■■して■■■します」

 

 まともな会話ではなく、聞いているだけで正気を失いかねない。

 つむぐ言葉に躊躇はない。


「……【キルシュ】が向かいました、【例の島】には」


「【無職の勇士】。見つかると良いですね――」


■灼熱の部屋は形を変え、魂まで凍るような凍土領域へと変化した■

■異形の二人は、なんら変わることなく会話をつづける……■


●■▲


「ぶえっくしょん!」


「噂されてますね! 勇士様!」


「まさか悪辣王か? 俺を消そうと……くそ、レベル1の時に消そうとするタイプかよ」


 洞窟の中を進むこと10分といったところだが、ようやく儀式場の入口らしき通路が見えてきた。

 はぁ。ようやくか。

 コスパを考えると最悪だ。本当につかれる。サーシャちゃんという天使がいなければ、とっくに帰っている。


「儀式場って感じだな」

 

 鉄のような扉で塞がれた通路前には、両脇にとても鋭そうな槍が立てられている……。

 おいおい。

 ずいぶんとつよそうなBOSSが、待ちかまえていそうじゃないか?

 ……戦いたくない。


「さあ! 行きましょう、クライス様!」


「それは良いけど……なんでそんなに遠いの? サーシャちゃん」

 

 何故か俺の背後・三十メートル程の地点に立っている彼女……。足が震えまくっとるがな。

 あきらかにビビっている。

 いまにも泣きだしそうな表情だ。


「怖いからに決まっているでしょう! 私、基本的にとても臆病なんです! ぶっちゃけ戦闘に入るとまるで戦えません! 役立たずです!! はい!!」


「ええ~?」


「でも勇士様の道案内をしないと行けないから我慢して……うう、帰りたい……。こわいよぉおお」

 

 何しに来たんだこの娘。

 なんですでに死にそうになっているんだ。まだBOSSの姿すら見えていないのに。


「道案内って……わざわざ付いてこなくても、迷うような道じゃないだろ」


「そ、そう言われると……! 不覚……! 不覚……!」


「はあぁ……」

 

 ドジすぎるというか、何というか……。

 ステータスを見る限り、結構強いと思ったから同行を許したというのに……。

 ……でもまあ、彼女のいやし力がなければすでに心折れて帰っていたなぁ。


「……わかったよ。俺が守るから、後ろで安心して見ててくれ」


「うう……申し訳ない……です。うっぷ、吐きそう……!!」


「突入する。中の安全を確保したら、大声で伝えるから。あと、できれば吐かないでっ」


 覚悟を決めて、扉の向こうへと飛び出した。

 青ざめてたおれそうなサーシャちゃんは心配だが、目的も彼女の願いだ。

 ここで引き返すわけにはいかない。めんどうだし。

 

「――あっ。アンタっ」

 

 扉はきしみを上げながらひらいた。

 その先に広がるのは広い空間、とても眩く輝く輝きの石の群れ、そして。


「戦斧の勇士っ」

 

 空間の中心に立った一人の男が、おれにどや顔を向けながら、親指を立てていた。


「先をこされた……」

 

 そのまま奴は宙に浮かび。


「か?」

 

 よく見ると、その頭上には虹色に輝く輪っかがあり。


「え?」


 半透明の戦斧の勇士が、洞窟の天井を突き抜け、消えた。

 ……いまのはなんだ? ジンの魂?


「……」

 

 後に残ったのは、無傷の【猪】のような巨大モンスターのみ。

 よくみると、地面に倒れ伏したジン(本体)の体が消滅しかけている。というか消滅した。


「死んでるゥッ」

 

 思わず大声で突っ込んでしまった。

 俺の中で勇士の格が大幅に下がる――。

 

●■▲


「この世界では……行動不能になると煙を発しながら、肉体が完全に消滅する、ね。なるほどー」


■得た知識を復唱し、さっきのなさけなさすぎる勇士の姿から若干逃避する■

■……あの金ぴかの鎧とかだけ残ってるな■


「それはともかく……こいつがA級モンスター……」


 体長十メートルはあるだろう怪物。強靭そうな牙。

 吐き出す息はおどろおどろしい紫色で、まともに触れてはいけないのだと思わせる。

 赤・黒・黄色が混ざり合った毛色は、尋常ではない存在感を増すものになっていた。


(めちゃくちゃ強そう……)

 

 倒せるのかこれ?

 そう不安になる理由は、モンスターのステータスが見えないことにある。


(ステータスが見えるようになる魔導もあるらしい、が)

 

 ただし、魔導がまったく使えない風の俺には無理だろうな……。

 村人のだれかが使えたりしないだろうか?

 それをマスターできれば、結構BATTLEの処理が楽になったりしそうなのにな。


「ブオオオオオッ!!」


「やかましいんだよ」


 俺は背中のスコップを引き抜き、かまえた。

 こんなものでどうにかなるとは思えないが、勇士のもつ魔導具は特別らしいからな……さて?


「……」

 

 絵面が間抜け過ぎて、うんざりもしてしまうが……。

 しっかりとスコップをにぎり、前を見すえる。

 

「うおお!」

 

 巨体の相手に向かっていく。

 心臓が鳴りまくっているが、なんとか一歩を踏み出して。


「ブオオー!!」


「!」


 それを迎え撃つとでも言いたげに、突進してくる猪。

 その速度はなかなかのものだ。


(特急イノシシ――って言うらしいな)

 

「まずは一撃っ!」

 

 右手に持った得物を、勢いよく敵の脳天に叩きつけた。


「ぐお!?」

 

 ガギンと響かせ、弾かれるスコップ。

 両手がすこしシビれる程度の衝撃。


「固いなッ!?」

 

 さすがは序盤のボス敵ってところかっ。

 まるで鉄を叩いたみたいな感覚で、びくともしていない。


「ブオッ!!」

 

 体勢を崩した俺に、容赦なく頭突きを食らわせるイノシシ。

 それなりの衝撃が、腹から背中へと突き抜けていく。


「うおっ」

 

 弾き飛ばされて、右後方の石壁に激突した。

 ……それなりに痛かった、かな。


「ブオオオッ!!」


「……くそ……ッ。なんでスコップっ。もっとこうすごい武器なら……ラクにたおせるのにっ」

 

 石壁に当たった背中・なんともない。

 突進を食らった腹・無傷だ。

 こいつ、あまり攻撃はたいしたことないようだな。それはそうとして、防御をつらぬくほどの武器がないのだが。


「もっと格好いい武器でも、良いじゃんかよー……はぁ」

 

【希望の勇士や雷鳴の勇士……他には、勇士最強と謳われる……】


「……」

 

 勇士オタクであるサーシャちゃんから聞いた情報によると、他の勇士はもっと格好いい武器を持っているらしい。

 ずるい。

 チートだ。

 らくちんできるじゃないか。


(剣か槍……いや弓矢でも良いかな……)

 

 絶対に敵に命中する弓矢とか……。

 全てを切り裂く剣とか……。

 なんかそんな感じのあれば、楽勝で勝てるのになぁ。


「ブオオオ!!」


「やば。もうきた」


 妄想している内にやられたらたまったもんじゃない!

 俺は華麗にダッシュし、イノシシの突進を右に避けた。


「ブオっ!?」

 

 ばかめ。

 石壁にぶつかったっ。


「この隙に……」

 

 俺はスコップを【消し】。


(—――試してやる)

 

 無職の勇士――その真価を。


(集中しろっ、そして手に入れるんだっ。俺の本当の武器をっ)

 

 右手に意識を集中させて、見えない武器をつかもうとする。


(うおおおおお)


【無職の勇士は、複数の魔導具を所持していると言います】


(スコップだけじゃないっ俺の武器はっ)

 

 俺はそれを既に出せるようになっている。

 

【装備型に分類される魔導具は、持ち主に設定された人の手によって出し入れできます】


(確かに感じるぞ。俺の内にある力っ)

 

 右手から青い輝きが噴出し、その武器が片鱗を見せる。

 なんかいま、俺は主人公のような気分だ。

 ちょっとかっこういい。


(もう少し……もう少しで)

 

「ブオオオオオオ!!」


「おおおおおお!!」

 

 こちらに向かってくる敵。

 重なる咆哮と共に、俺はそれを出現させた。


「――終わりだ。イノシシ野郎」


 両手にしっかりと持ったそれは、赤いフォルムを輝かせている。


(伸びたホースから伝わる、力強い鼓動)

 

 これは正に邪を払う・整理の化身。


「――ノズル噴射!!」


 必須家庭道具・邪悪滅殺槍(ジャスティス・グレイブ)*掃除機から、【胞子】を特急イノシシの顔面に吹きかけた。


(格好つけても、やっぱアレだなっ)


「ブオお!?」

 

 体勢を崩し、のたうち回る特急イノシシ。


「どうだっ。歩キノコから回収した、毒の胞子」

 

 あの珍妙な奴等が使うという厄介な技を利用できないもんかと、掃除機で吸い込んだら、あら不思議っ。

 それが必殺の攻撃へと変わった。

 やったぜ。


「ぶ、お……」


「ひとたまりもないか……ふ」

 

 どうやらこの毒は特急イノシシに対して効果抜群だったようで、敵は倒れたまま動かない。

 状態異常系によわい敵だったのかもしれない。

 めんどうくさがらずに、ちゃんと対策を用意しておいてよかった……。


「ふう……面倒かけさせやがって」

 

 これで一件落着……。

 戦闘自体はやっぱり好きになれない……疲れるし。騒がしいし。ほんと不毛やで。

 バトル漫画のキャラとかって、よく精神がもつよなぁ……。発狂するぞ俺だったら。

 

「お、さらに奥があるのか」

 

 よく見ると奥の方に穴が空いている。

 めんどうくさいが、いってみるか。

 せっかくたおした報酬……しょぼかったら、ショックだな……。


●■▲


■マサル……そう、彼はマサル■

■マサルが一歩その穴に近づくと■


「!」


■地面の中から人型の物体が出現した■


「なんだ……?」


 前方に立ちふさがるロボット風の物体に、マサルは警戒心を強めた。

 それは顔の中心の光る赤い点を彼に向け、錆びついたボディをぎしぎしと動かす。

 かなりの年月を感じさせる劣化具合に一瞬油断したマサル。


「うおっ」


 しかしロボットの拳が射出されて、自分の方へと飛んできたことで驚いて回避。

 ロケットパンチとは中々すごいなと思いながら、無力化のために動き出す。

 ロボットの頭を破壊するために速度を上げて突撃した。


「ぐッ!?」


■前方にバリアのようなものが発生し■

■マサルの突進は弾かれる■


「おいおい……」


 マサルは苦笑いのような顔で少し後退して仕切り直した。

 バリアはロボットの残った掌から発生していて、一見隙がなさそうに見える。

 そう見えるだけだと判断して、彼は再び走り出す構え。

 儀式場に向かう自分をブロックする敵。

 まるで今の状況は儀攻戦のようだと思い、ならばそれらしく動こうと思った。


(相手の動きをよく見て)


■走り出すマサル■


(抜き去る)


 バリアの横を走り抜けるように動き。

 そこで急速反転してロボットの背後に回る。

 

(そう背中側にはバリアがない)


 がら空きの背中目掛けて突進するマサル。

 ロボットは反応して振り返ろうとしたが、僅かに遅かった。

 マサルの右腕が勢い良く振り抜かれ、ロボットの頭部が打ち砕かれる。


(もろい)


 自身の力を改めて再確認しながら、なんとなく相手の抜き方を掴んだ気がするマサル。

 これを儀攻戦で活かせるかは分からないが、何となく満足したような気持ちになった。

 倒れた敵の残骸を見遣りながら、どこか悲しい心を疑問に思った――。


(なんだったんだ? これは)


■そんな風に思う彼■

■その耳にとどかないほど小さく■

■か細い声が、残骸からひびく■


「――PY――、―――」


●■▲

 

「クライス様! ごごごご無事ですかー!? そ、そしてわたしはしにそうですー!! こわいぃいいいい!!」

 

 背後の扉を開けて入ってきたのは、俺の嫁!

 すでに特急イノシシの体は消滅したので、合図を出したのだ。

 なぜか、戦闘してないのに俺より消耗してる……かわいそうに。めちゃくちゃふるえていて、いまにも失神しそう。

 ……彼女はとことん、こういうのには向かない性格のようだ。


「サーシャちゃ……」

 

 と。


「ちっ、生き残ったわね……なんてこと……」

 

「ジャスミンちゃん。右手に持ったナイフはなに?」

 

 こちらを睨み殺気を向ける、恐ろしき暗殺者。

 何フードで顔隠してんだよっ。

 ばればれだ。


「……」

 

 あ、背中にナイフ隠しやがった。しかし本当にバレバレ過ぎる。

 俺はもうつかれてるんで、これ以上のやっかいごとは勘弁してほしいんだが?


「刺し違えてでも……やってやるわっ。サーシャを守らないとっ」

 

 変な誓いを立てないで。

 また新たな面倒要因が……。

 なんで暗殺の危険に怯えなくてはいけないのか……。はぁ。


「……は~、くそめちゃ疲れた……」


 終わってみればほぼ無傷の勝利ではあるが、疲労はある。

 外出というのは、それだけ体力と精神を削るものなんだ……。

 さっさと家に帰って寝たい。

 なので、もうよけいなことはやりたくない。


「お疲れ様です。クライス様……。完全にやくたたずで、すいません……はい……」


「いや、そんなことは」

 

 俺の背後に颯爽と回り、肩を優しくもんでくれる女神……。

 パーフェクトな気づかいだ。彼女がいてくれて本当にたすかった……まあ、ある意味つれてこないべきだったのかもしれないが。

 いまだにビクビクしてるのが発する気配からわかる。

 ……とことん、【冒険譚】向きの女性ではない。


「疲れているようね……今なら……」

 

 やめて。

 本当にやめて。

 ジャスミンやめろおまえ。空気読めおまえ。


「……あ。あいつの武器」


 あのいけすかない野郎の死体は消え去り、残っているのは奴の装備品のみ。

 戦斧の勇士(笑)が持っていた、銀色に輝く大きな片刃の斧……。所々に宝石が埋め込まれていて、拾っていきたくなってしまうなぁ。ははは。


「……」

 

 周囲を見渡して、確認。


「良いかな?」


 ぽつりと一言。

 慎重に近づく。


「これは、落とし物だ」


 そう落とし物。

 奴が現れるまで、厳重に保管しておかないと。

 消えたやつ……がな。くく。

 くくく、持ち主が死んだなら……仕方ないよなぁっ。


「くくく……魔導具、ゲットだぜ」


「――?」

 

 何だ……これは。


「クライス様? 何か? というよりも、その斧は?」


「いや……なんでも。ないない」

 

「あ! 困りますよ~それは!」


「え?」

 

 聞き覚えのない声がっ。


「あ、びっくりさせちゃいましたかー」


「……誰だよっ」

 

 いつの間にか入口付近に立っている三つ編みポニテの赤髪女性。

 漆黒のスーツに身を包んだ……かなりナイスバディなお姉さんだ……。大きな胸がすこし目立つ……かもしれない。

 めちゃくちゃ美人で、若干緊張してしまうな。


「わたくし、装備回収サービスの……」

 

 なに? 装備回収?


「【お助け! 就職者!】の者でしてー」


「就職者……だと」

 

 俺をイラつかせてくれる言葉を……ッ。

 ステータスが発生した者のことだがっ。

 どうにもすこし反応してしまう。


「顔怖いですけど……」


「あん? 切れてないよ? あん?」


「ならいいんですがー」

 

 ……こいつは強いな。

 ステータスが軒並み高い……勇士より上かよ。

 エレジーほどではないが、まともに戦ったらすこしはてこずるかもしれない。


「ではその斧……返して頂けますかね?」


「なんやって……?」

 

 こいつ、俺の斧を奪う気か……!

 なんて悪党だ、信じられん。


「返さないと言ったら?」


「こちらもその方に依頼されているので、力ずくでー」

 

 ……あいつの依頼か。

 発言からすると、死亡した際に残ったモノを代わりに回収してくれる……といった感じの組織なんだろう。

 

「回収してどうする」


「当然、後で【本人】に渡しますが? 連絡先も知っているので~」


「本人て」


「なんなら証拠もみせますかー?」


「……」

 

 負ける気はまるでしない。が。


「はいどうも。素直ですね~」

 

 彼女の両手に手渡した。

 めんどうごとはさけたいので、まあこれが最善か。


「ところで……あの斧を確保しておいたことに対する報酬は……」


「ではまたどうも~。御用がおありでしたら、【遊興の都】の方までー」

 

 逃げられた。くそったれ。

 とはいえ、これ以上なんかむずかしい会話するのもつかれるな。


「まあ何にしても……目的は達成できたな」


「まだですよ! 力を解放しないと!」

 

 サーシャちゃんがキラキラした目で見ている。

 そんなに嬉しいのか。


「当たり前です! 大好きな勇士の進化の時ですから!」


「……」

 

 ジャスミンちゃん……いや悪魔ジャスミンは、今の内に仕留めなければといった顔している。

もうスルーするーことにしたよ。

 やはり平穏な人生にはスルースキルが大事だ。うん。


「よし……」

 

 進むとするか。

 奥にある儀式場とやらに。


「あとは、ぐうたら過ごす」

 

 意気揚々と進む足は、怠惰なる日々を歓迎しているかのようだ。

 もう目的を達成してしまうとは……もうやることがなくなってしまうな。

 ぶっちゃけ、元の世界に帰らなくても良いやとつよく思っているし。


(帰る意味があるか?)

 

 帰ったって、クソステータスのハードプレイが待っているのみだ……。


(……アニメとかは惜しいかな)


●■▲


「ここが儀式場……」

 

 地面に描かれた陣は、如何にもといった感じの神秘を秘めてそうで。

 その陣の一番外側に沿うように配置された複数の像からは、今にも動き出しそうな気配を感じる。

 

「陣の中心……小さい円の中に!」

 

 サーシャちゃんが言った通り、俺は手順を踏んでいく。


「……」


「おお……!」

 

 円の中に入った瞬間、凄まじい力が俺の中を駆け巡った。


(これは鍵だ)

 

 分かる。間違いなく無職の勇士を強化するものだと。

 今なら、いつでも力を解放させることが出来ると。


【大勇士になれるのは……一人だけなんです】


(たった一つの貴重な席を俺が?)

 

 だが、その先にあるものに興味はあった。


(どんな乱れも排除できる力。すなわち――ぐうたら生活絶対保守領域)

 

 乱れはいつだって襲ってくる。

 それに対処するには能力がいる。


(ならば)


 心の中に矛がイメージできる。

 俺はその矛を手に取り、引き抜いた。


(ああ…………サーシャちゃんのモフモフ尻尾に埋もれて、昼寝したい)

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