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今日も朝がきた。いつもどおり東から太陽が昇ってきやがった。その太陽の光がカーテンのない窓から俺の顔に当たる。まるで早く起きて働けとでもいうように。
ったく、早くカーテンつけろって頼んでのにここの宿主と来たら。お客様のご要望に答える気がまったくないらしい。よくそんなんで経営していけるな。
まぁ、俺みたいな底辺冒険者たちにはこういうぼろくて、サービスなにそれおいしいの状態の格安宿が必要だからありがたいといえばそうなんだどさ。
せめてカーテンはほしいよな。あとテーブル。あと風呂とトイレとキッチンと、などとほしいものをあげればきりがないほどこの部屋には何もない。
ただのでかい長方形の木箱にごく薄シーツをかぶせただけのベッドとも呼べない代物以外は。そして部屋の狭さである。このベッド(仮)を3つくらい入れたらもう床は見えなくなってしまうだろう。
起きてすぐにこの部屋を冷静に観察して改めてそのだめっぷりを認識してしまい軽く鬱になる。なんで俺はこんなところに寝泊まりしてるんだろうか。こんなはずじゃなかったんだがな。
冒険者学校に入りたてで自分の未来に夢と希望しかなかった過去の俺が今の俺を見たらきっとこういうだろう。
こんなの俺じゃない。
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そこらへんに脱ぎ散らかした洗濯もしてない冒険者用の服に着替え、洗顔と歯磨きをするため部屋を出る。この宿は3階建てで俺の部屋はその最上階の一番奥にある。
洗面台やトイレなどは1階にしかないため用を足すたびに俺は階段を降りなければならない。ほんと面倒な宿だ。階段を下り洗面台に向かった俺は顔を洗い、歯を磨く。
歯ブラシはもともと洗面台に置きっぱなしにしてある。わざわざ持ってたり持って帰ったりするの面倒なんだよな。俺と同じような考えのやつがこの宿には多いのだろう。
複数ある洗面台にはそれぞれ10個くらい歯ブラシが置いてある。そのせいでこの間寝ぼけて人の歯ブラシで歯磨きしちまったんだよな。その日は歯磨きだけで1日を終えてしまった。ほんとに気持ち悪かった。
歯磨きを終えたら早々に宿をでる。普通は朝飯を食べたりするのだろうが底辺冒険者に朝飯を食う余裕はない。まぁ、俺はもともと朝は腹が減らない質だから食べなくても問題はない。
宿を出て俺が向かうのは冒険者ギルドだ。ギルドはこの町のほぼ中心にある。俺が寝泊まりしている宿は町の一番北にあるのでギルドとはそこそこ距離がある。
ギルドがあるほうに近づくにつれ町並みも徐々にきれいなものへと変わっていく。というのも北はいわゆる貧民街と呼ばれるような場所でぶっちゃけかなり汚い。
こういう町のちょっとした部分に触れるだけで俺は自分がいかにダメでクズでカスなのかを再認識することになる。はぁ。
何度か深いため息をついていると俺はいつの間にか俺が所属している冒険者ギルド「トライレンジ」に着いていた。少々立て付けが悪くなったスイングドアを開けギルドの中に入る。
まだ朝早い時間だというのにギルド内は冒険者であふれかえっていた。冒険者ギルドなので冒険者がいるのは当たり前なのだがギルドに入りたてのころの俺はこれが意外だった。
なぜなら冒険者とは金持ちばかりだと思っていたからだ。冒険者はダンジョンと呼ばれる不思議洞窟に入り、そこに存在しているモンスターという不思議生物を倒し、魔石と呼ばれるこれまた不思議石を手に入れ、それを換金して生活している人達だ。
この魔石というものは人々の生活に使われているほとんどの道具のエネルギーを賄っている。つまり魔石は高く売れるため冒険者は金持ちでたまに気が向いた時に働くというイメージがあったのだ。
しかしそれは高く売れる魔石を手に入れられればの話だった。俺みたいな冒険者学校でも落ちこぼれだった底辺冒険者には一日の食事さえままならない。
だから少しでも稼ごうと朝早くから底辺冒険者たちはギルドへ来るのだ。つまり今このギルドにいる冒険者たちはみんな負け組というわけだ。
中には40歳を超えてる人もいる。俺も将来はあの人みたいなるんだろうな。あの生きているのか死んでいるのかわからない目に
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ギルドに来てまずすることは魔石の相場の確認だ。魔石には様々な種類がありそれにより使用用途も多種多様である。それため魔石の価値は毎日変化する。
まぁ、ぶっちゃけ魔石の相場なんて底辺冒険者にはあまり関係ないことなんだけどな。なぜなら底辺冒険者は雑魚モンスターしか倒せない。価値が変わるのはだいたい強力なモンスターからドロップする魔石ばかりだ。
いつかは俺も高ランク冒険者になる予定だったので、新人冒険者のころから俺は毎朝相場ボードの確認をしていた。だからこれはもう癖になったしまったんだ。今じゃ高ランクどころか冒険者を続けられるかどうかもあやしいのにな。
本日の魔石の相場の確認をし、俺は受付へ重くなった足を運ぶ。わかりきっていたことだが俺が倒せるモンスターの魔石の価値はびた一文も変わっちゃいなかった。はぁ。
受付は複数あり可愛くて若い女性が担当しているところはなかなか長い列ができている。逆に中年のおばちゃんが担当しているところは2,3人にしかいない。
このスケベおやじどもが。俺もスケベおやじ(おやじという年でもないが)なので長い行列に並ぶことにする。30分くらいたって俺の番がきた。
「おはようございます。ギルドカードの提示をお願いします」
そういわれて俺は軽く会釈をしながら胸ポケットからギルドカードを取り出しカウンターにおく。このギルドカードには氏名、生年月日、住所、所属ギルド、冒険者ランクなど様々な個人情報が記載されている。
そのため身分証にもなる便利な代物だ。ただランクを記載するのはやめてほしいものだ。これは底辺冒険者全員が思っていることだろう。
「ユラン・リーベルさんですね。では本日の要件を承ります」
「これからダンジョンに行きます。戻るのは午後8時くらいになると思います」
冒険者はダンジョンに行く前にギルドでダンジョンに向かうことと戻ってくる時間を伝えることを義務付けられている。もし伝えた時間になってもギルドに戻らなかった場合は何か不測の事態に陥ったと判断され場合によっては救助隊が派遣されることもある。
まぁ、そういった手厚い対処をするのは新人冒険者に対してだけだ。ある程度経験を積んだ冒険者に対してはほっとかれることの方が多い。そして俺は一応冒険者歴3年というそこそこ経験を積んだ冒険者になってしまっている。
実力はともかくとして。きっと俺はもうすでにギルドにとって危機に陥っても放置する冒険者となっていることだろう。だがそのことに対して別に怒りも悲しみも感じない。
ダンジョンで危機に陥ろうともそれは自分のせいで自分で乗り越えなければならないことなのだから。それが冒険者というものだ。冒険者になると決めたころからそれくらいの覚悟はあるつもりだ。まぁ、こんなことを底辺冒険者が言っても笑われるだけだけどな。
「午後8時ですね。少々お持ちください」
受付嬢は俺が伝えた時間をマソコンと呼ばれる機械に入力していく。確かこれも魔石を動力にして動くものだっけ。このマソコンというものが発明されてからジフノンというモンスターがドロップする魔石の価値が大幅に上がったらしい。
というか今でも上がり続けてる。今じゃマソコンなしに世界は回らないといわれているくらいだからな。その唯一の動力となる魔石がジフノンがドロップする魔石なのだとか。
他にもマソコンの動力となる魔石はあるにはあるのだがマソコンの性能をすべて引き出せないらしい。そして驚いたことにジフノンしか狩らない冒険者ギルドも都会のほうにはあるみたいだ。
「お待たせしました。登録が完了しました。お気を付けていってらっしゃいませ」
若くてかわいい受付嬢が冒険者カードを丁寧な手つきで俺に返しながら言う。
「ありがとうございます」
きっと社交辞令というかマニュアルにそう書いてあるから言ってるだけなんだろうけど「いってらっしゃい」って言われると不思議とうれしい気持ちになるものだよな。家族のもとを離れてそういう日常のちょっとした気遣いのありがたみが分かった気がするよ。
冒険者の義務を果たした俺は次にロッカールームへと向かう。このロッカーは大体武器をしまっておくために使われている。というのも今は武器を持った人の入店を断る店がかなり多い。
俺が寝泊まりしている宿も武器の持ち込みを禁止しているのだ。客へのサービスはないのに禁止事項だけはたくさんあるんだよな、むかつく。
ロッカールームに入り自分の武器がしまってあるロッカーに向かう。いつもポケットにいれっぱにしてある鍵を取り出しロッカーを開ける。
中には冒険者ならば安物だと一目で分かる剣が収納されている。その剣を腰にぶら下げロッカーを施錠し、ロッカールームを出る。正直ここのロッカールームの防犯レベルは低いのであまり使いたくないんだけどな。
持ち家があればいいのだがそんなもの底辺冒険者の俺に買えるわけもない。なら武器の持ち込み可のアパートやマンションにでも住むかと思ったこともあったのだが俺の収入ではそれすらもできなかった。
ギルドでの用をすべて済ませた俺はダンジョンへと向かった。