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高校生のとき


   ***


 「夏休みの間に志望大学の候補くらい考えてこい」と担任に言われた私は、似たようなことが中学でもあったな、と思い出し、あの頃のことを考えながら駅に向かっていた。最終的に私が選んだ高校は、家から電車で何駅も離れた場所にあった。

 ホームにやって来た列車に乗り込み、吊革を握る……と、

「あれ、日和?」

 すぐ左から名前を呼ばれた。見ると、高校の制服に身を包んだ……紗菜がいた。

「あ、紗菜。久し振り」

「久し振り」

 そう言って紗菜は微笑んだ。なんだか少し、前より可愛くなっている気がする。

「紗菜と電車で会うのって、初めてだよね?」

「うん、今日は部活が早く終わったの。日和は?」

「私は、部活はやってないけど。今日はちょっと、担任に呼び出されて……」

「え、日和って不良だったの?」

「違うって。進路のことでね……」

 私は久々に会う紗菜との距離を掴めずにいたけれど、紗菜はそんなことは気にもせずに陽気に話した。お陰で私も、数分後には楽しく会話をできていた。

 そして自宅の最寄り駅まであと半分くらいまで来た辺りで、紗菜がぶっちゃけた。

「実は私、高校入ってから彼氏ができまして……」

「えーっ!?」

 柄にもなく大声で驚いてしまった。周りに迷惑だし、紗菜にも失礼な反応だったので、頭を下げておいた。

「どんな人?」

「他校の人なんだけど」

「えー、どこ?」

「……王帝」

「……凄い」

 今度は控えめにびっくりできた。

 王帝高校というのは、広樹が通うことになった高校に並ぶ高偏差値の共学校だ。因みに、「王帝」とは何故か「おおみかど」と読む。

「なんか、凄い人と付き合ってるんだね」

「まあ、頭いいしイケメンだし、当たり引いたかな」

 私たちはしばらく紗菜の恋人についての話題で盛り上がった。

 ひとしきりその彼氏について聞いた後、紗菜は私に尋ねてきた。

「日和は? ロマンスないの?」

 私は一瞬、言葉に詰まった。でも、何故か話す気になれたので、思い切って明かすことにした。

「……私、ずっと前から好きな人いるんだよね」

 おおー! と、紗菜はテンションを上げていた。上品に手で口元をおさえている。

「誰? ずっと前ってことは、私も知ってる?」

「……うん」

 キャー! と、どこかで聞いたことのあるトーンで、紗菜は黄色い声をあげる。

「あ、そういえばいつか恋バナした時、日和の好きな人だけ聞けなかったんだよね! 誰なの? 誰なの?」

「……金崎広樹」

 えっ、と呟いて、紗菜は固まった。

 私は紗菜に、今まで広樹に抱いていた想いと、中学での会話を語った。紗菜は、今度は拒絶せずに、最後まで話を聞いてくれた。

「そっかぁ……そうだったんだ」

 当時を思い出すように、紗菜は視線を網棚の辺りに上げた。

「ごめんね、日和。広樹にあの時……」

「……いいの。どうせ私にはチャンスなかったんだし、もう、終わったことだし」

 そう、あれはもう過去だ。悔いても、どうしようもない。

「終わったことじゃないよ」

 しかし、紗菜は私にそう言った。

「……え?」

「だって、まだ好きなんでしょ?」

「……」

 私は咄嗟に何も言えなかった。

 確かに、そういう意味では終わっていない……。

「広樹って、えーっと……私は知らないけど、中3の時同じクラスだったんなら、日和は広樹がどの高校行ったか、知ってるんじゃない?」

「……うん。知ってる」

「じゃあ、駅とかで待ち伏せしちゃいなよ! どうせまた陸上部入ったんだろうし、夏休みも学校行くと思うよ」

「えーそんな……ストーカーみたいな……」

「いいじゃんそれくらい!」

 私は笑って受け流したが、内心穏やかではなかった。

 何故なら……。


   ***


 もう少し涼しくてもいいじゃないかと思うけれど、やはり夏は毎日嫌になるくらい暑い。特にこの駅にはエアコンのある待合室なんて気の利いたものはないので、いつもペッボトルを何本も持ってこなければならない。

 夏休みに入って数日が経っていた。最初は紗菜の言った待ち伏せなんてするわけないと思っていたのに、今私は、駅のホームでボーッとしている。

 どうせ自分の予定なんてないのだからと、この数日間、学校の最寄り駅に通っている。定期券があるのでお金は心配ないし、家の最寄り駅は人が多いので、彼がいても見つけられないかもしれないからだ。

 私が受験し通うことになった高校は、この駅から徒歩で10分ほどの距離にある。更に30分ほど歩くと──学生たちは自転車を使っているが──広樹の通う高校がある。

 紗菜の言った通り、私は広樹に未練タラタラで、受験間際に決めた志望校は、「広樹の志望校に近いところ」ということで決めたのだった。

 だから、最寄り駅も同じだ。

「……」

 今は午後17時。もう一時間くらいここにいる。部活が終わる時間なんて知らないので、当てずっぽうで来る時間と帰る時間を決めている。

 更に一時間半が経過して、そろそろ帰ろうかと思い始めた頃……

 私は、待ちに待った彼を見つけた。部活の仲間はみんな徒歩圏内なのか、一人で階段を降りてくる広樹の方へ……私は、近付く。

 そして、目があった。

 階段の途中から、広樹は言った。

「……日和?」


   ***


「広樹……」

 まさか話しかけてくれるなんて思っていなかった私は、それだけで言葉を詰まらせてしまう。

 階段を降りて私と並んだ広樹は……前よりもっと、背が伸びていた。

 彼は、私を見下ろしながら言う。

「……久し振り」

「……うん」

「……何してんの、こんな時間に」

 広樹は当然の疑問をぶつけてくる。

 私は一度深呼吸して、彼の目を見た。

「……話を、したくて」

 電車が来た。

「……乗るだろ?」

「うん。中で話す」

 私たちは電車に乗り込み、丁度空いていたボックス席に座った。

広樹が荷物を置いたところで、私は口を開いた。

「あのね、広樹」

「待って」

 広樹は右手の掌をこちらに向けてた。

「俺から、言わせてくれ……ごめん。小学校と、中学の時」

 彼は、私が言おうとしていたことを、先に言ってしまった。

「え、広樹、あの……」

「今思うと俺、ひでえ当たり方しちまったなって……悪かった」

 そう言って広樹は、頭を下げた。

 私も……彼に倣って、

「私も、ごめんなさい。小学校と、中学の時。軽率だったと思う」

 謝罪の言葉とともに、頭を下げた。

 そして二人で顔を上げ……なんとなく、二人で微笑んだ。

 私は小6のリレーの日、言いたかったことを言った。私は、気持ち悪いだなんて思っていないと。

 広樹は笑って「ありがとう」と言い、それからどんなことを思っていたのか話した。

 中学生の広樹は、女嫌いというより、女性が怖かったらしい。言われてみれば、あのマック会には女性しかいなかったし、加えて私たちと対照的に彼の父親とお兄さんは、広樹のことを受け入れてくれたらしい。それなら、中学で男子とはとても良好な関係を築きながら、女子を避けていたのもより納得できる。

 受験に関しては、男子校を選ぶのは当然として、頭の良い人が多ければ、もし自分のセクシュアリティがバレても、露骨に偏見の眼差しを向けてくる人は少ないのではと考え、志望校を決めたらしい。

「まあ、男子校って本当皆女女言っててさ……調子合わせて俺も『女欲しい』とか言ってたら、なんか、もう怖くはなくなった」

「そうなんだ」

 広樹自身の性指向は変わらず、今は前とは別の恋を秘めているらしい。

 電車を降りて、改札を抜ける。私たちの家は遠くはないが、この駅からだと反対方向だ。

「日和、どっちだっけ?」

「東口。広樹は、西口方面だよね」

「ああ。じゃあ、ここでバイバイだな。それじゃ……」

「待って」

 電車の中とは反対に、今度は私が広樹を止めた。

「何だ?」

「私ね、まだ広樹に言ってないことがあるの」

 広樹がこちらに向き直る。

「何だよ、聞くぜ」

「……うん」

 私は深く息を吸って、告げた。

「私、ずっと、広樹のことが好きだったの。小学生の頃から、今までずっと」

 ……言い切った。

 無意識のうちに俯いてしまっていた顔を上げると、広樹が……とても間抜けな顔をしていた。

「……は!? そうなの!?」

 私はなんだかそんな広樹が笑えてしまい、そのお陰で、緊張がほぐれた。

「ほら、ちゃんと返事、聞かせてよ」

 もう、答えは分かっている。でも、けじめをつけたかった。

 広樹は居住まいを正して、真剣な表情になって、言った。

「俺、日和のこと、そういう風には見れない……だから、ごめん」

「……うん」

 私は鼻をすすって、強がりの微笑みを見せてやった。

「聞いてくれてありがとう。言えて、すっきりした」

「……そっか」

 ──さて、早いうちに帰ろう。

「じゃあね、広樹。頑張ってね」

「ああ、じゃあ……またな」

 ──泣き顔を見せないうちに。

「さよなら、広樹」

物語はこれで完結ですが、この後におまけが続きます。

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