中学生のとき
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あれから広樹は、極端な女嫌いになった。
女子に話しかけられると露骨に会話を終わらせようとするし、体が触れるのを過剰に避けるようになった。
その反面、男子とはますます仲良くなり、中学校にあがっても、新しい男友達を誰よりも多く作っていた。
雨野くんへの想いを私たち以外に話したことはなさそうだけれど、多分広樹はまだ、雨野くんのことが好きなままだろう。
それが分かるくらいには、中学生の私は、広樹のことを目で追っていた。
私も私で、依然として広樹のことが好きだった。その上、どうしようもない申し訳なさも感じていて……でも、ただ彼を見ていることしかできなかった。
あのリレーの日、話を聞いてもらえず……「触んな!」とまで言われた私は、彼に話しかけることすらできないでいた。その台詞も恐らく、梨々香にそう言われたのが発端だろうと思うと、何故あの時彼の味方をせず、流されるままだったのかと悔やみきれないほど悔やまれる。
そんな感情を抱えたまま、それでも友達の輪の中では輝かしい笑顔を見せる広樹を気にしながら、私の中学校生活は過ぎていった。
因みに、梨々香も紗菜も、アウティング──つまり、広樹の許可を得ずに彼のセクシュアリティを暴露すること──はしていないようで、彼がゲイであることは、私たち以外に知られていない。
それもあって、広樹には親友ができていた。
浅間志貴くん。小学校は別のところに通っていて、中1から3年間、広樹と同じクラスだった男子だ。ちょっと鈍いところのある人だけれど、広樹とは頻繁に遊びに出掛けるようだった。
私が浅間くんと同じクラスになったのは3年生の時だった。当然、広樹とも同じクラスだったが、ある一度の機会を除いて、私は広樹と話すことはなかった。代わりに私は浅間くんとできるだけ話すようにして、どんどん自分から遠ざかっていくように感じられる広樹のことを、間接的に知っていった。
そして私はある夏の日……意を決して、浅間くんに訊くことにした。
***
期末テストが終わって短縮日課となった昼。既に放課後だったが、私は一人教室に残って窓の外を見ていた。この教室は2階にあるので、それほど綺麗な景色は見られない。
クラスの他の人たちは帰ったか部活に行ったかで、教室にいるのは私だけだった。
そこに、ガラガラと音をたてて扉を開け、教室に浅間くんが入ってきた。
「ごめん、おまたせ」
「ううん。面談、早かったね」
「僕がちょっと相談したかっただけだしね。わざわざ進路相談室まで行ったのに、5分で終わっちゃった」
はは、と笑って、浅間くんは適当な席に腰を下ろした。
「それで、聞きたいことがあるんだよね?」
「……うん」
彼を呼び出したのは私だ。もし、浅間くんが気にしないなら……自分でも何様だよとは思うけれど、広樹を、これからもよろしくと言うつもりだった。それが私なりの、せめてもの罪滅ぼしとなればいいと思っていた。
「あのさ……同性愛って、どう思う?」
「うん?」
聞き方が唐突だったからか、浅間くんは首を傾げた。
「同性愛って、男が男を好きになったり、女が女を好きになったりするあれだよね?」
「……そうだよ」
「どう、って、なにが?」
浅間くんは、まだ要領を得ないといった様子で、腕組みしている。
私はもう少し踏み込むことにした。
「あのね、例えば……もし身近な友達に、ゲイの人がいたとしたら──」
「何やってんだよ」
その声を聞いた途端、私は震え上がった。
浅間くんが開けたままにしていた扉から──広樹が、こちらを見ていた。
「あっ……」
広樹は物凄い形相で私を睨んでいる。
「あの、これは──」
大股でこちらに歩いてきた広樹は、バン、と机を叩いた。
「お前、そんなことこいつに訊いて、どうするつもりなんだよ!」
「……ごめん」
広樹は、本気で怒っていた。やはり、まだ怖いのだろう。あの時広樹は、「全部否定されたみたい」だと言っていた。その傷がまだ、癒えていない。
「広樹? そんなに怒んなくても……」
浅間くんは広樹の憤怒の理由がわからず、困った顔をしている。
「……帰れよ」
「広樹、聞いて──」
「帰れよ!」
広樹が辺りの机を蹴り飛ばした。
──もう、駄目だ。
「うん……ごめん、広樹……ごめんなさい……」
それだけ言って、私は教室を出た。
***
教室の扉を閉めたところで、私はしゃがみこんだ。
──もう決定的に、嫌われた。どうして、浅はかだと思わなかったのだろう。もしも広樹に聞かれたら、こうなることくらいわかったはずなのに。
私は立ち上がれず、暫くそこに座り込んでいた。
数分経った頃、そういえば広樹と浅間くんがまだ出てきていないということに気が付いた。何か二人で話しているのだろうか──
『志貴、俺のこと、気持ち悪いと、思うか?』
はっとした。広樹は、浅間くんに……一番の男友達に、この問いかけをしている。
『は? 何で? めっちゃ怒ってたから?』
それに対して、浅間くんは……見当外れの答えをしている。
『いや、分かってないなら……いい』
広樹はどこか安心したようにそう言った。
『ええー……何だよ気になるな……』
それから二人は、またいくらかの間黙った。
『……さっきの話、どう思った?』
ふと、広樹の声が聞こえてきた。
『さっきの話って……何が?』
『だから、さっき日和が──佐藤が言ってたことだ』
扉を隔てて、二人の会話が聞こえてくる。
私はどうしてもそれが気になって、その場を離れることができなかった。
『ああ、同性愛がってやつ。うーん……』
暫く考えた後、浅間くんはこう言った。
『女の子だったらあれだけど、友達がゲイだったら協力できるかもしれないよね』
『……は?』
広樹は、頓狂な声をあげた。
『いや、僕女子にはモテないけど、男の友達は普通にいるし、仲を取り持つとかできそうじゃん……何でそんなアホみたいな顔してんの広樹。僕にだって友達くらいいっぱいいるよ』
『いや……そうか……』
広樹は考え込むように沈黙した。
私は立ち上がり、帰途についた。
***
それからの中学校生活には、特に変わったことはなかった。
相変わらず私は広樹を意識していたけれど、会話をすることはなかった。梨々香や紗菜とはあのマック会以来疎遠になっていたし、定期的に浅間くんから広樹と遊んだ話を聞くのも前と同じだった。
全部以前と同じ──つまり私は、以前と同じで、広樹と過去に囚われたままだった。将来のことなんて考えられず、受験が迫っても志望校を決められずにいた。
受験といえば、噂で聞いたところによると、広樹は県で最難関の公立の男子校を受けるらしい。この辺りからだと電車でけっこうかかるけれど、広樹の意志は固く、日々勉強に勤しんでいるようだ。
結局、梨々香とも、紗菜とも、広樹とも、浅間くんとも高校は別々になったが、中学卒業を間近に控えた頃、一度だけ梨々香とお喋りをしたことがある。その頃の梨々香は気の強さと容姿に磨きがかかり、女子の中ではガキ大将のような位置にいて、私には少し近づきづらかった。
私がその時彼女と話した中でよく覚えているのが、こんな話だ。
「アニオタって本っ当キモいよね。触ることも、会話もできない女の子にマジで恋してるとか、吐き気がする」
私はアニメオタクではないけれど、高校2年生になった今でもこの言葉をしばしば思い出す。




