上空での演奏
「祈りが足りない……、ですか?」
「そうじゃ」
いわれた通りにやったつもりだったけどまずかったのだろうか。
「お祈りの仕方が間違っていましたか?」
「そうではない。ただ、お主の場合、魔力が足りぬ」
「……申し訳ありませんが、よくわかりません」
「面倒じゃのう……」サウンソニード様がため息をついた。「お主が普通ではないからじゃ」
……全然説明になってません。
神様はそれで説明し終わったと沈黙で示した。
神々というのは全部こうなのだろうか? 詳しい説明をせず、『いわなくてもわかるでしょ?』と自らの怠慢を正当化する面倒な存在なのだろうか。
「普通ではない、とはどういうことでしょう?」
サウンソニード様が不満を腕組で表した。「なぜわからぬ。どう考えてもお主の置かれている状況は普通ではないじゃろうに」
「……処分が近い……、近かった? ことですか?」
「お主、頭悪いのう」
……いまのやり取りで正解を導き出せる人がいるんですかねえ。
まあ本来の世界でも成績がよかったわけじゃないから、面倒な金髪さんの言葉がまるで的外れというわけでもない。
幼馴染の女の子と同じ高校に行きたくて頑張ったつもりだったけど、結局は違う制服を着ることが決定した瞬間の記憶が頭をよぎった。まだ肌寒さの残る日、「あった!」と歓喜の声を上げた女の子横で、おれは自分の番号のない掲示板を見つめていた……。
ふうっ、と小さく息を吐いた。「……ご教授いただけませんか?」
「ではまず……、キリーヌ、といったな」
サウンソニード様の視線につかまったキリーヌが体をびくっとさせた。「は、はい!」
「神託を授かるとはどういうことか述べよ」
キリーヌが唾を飲み込んで、「……才能や能力を、偉大なる神々に認められた特別な人物、ということです」と強張った面持ちで答えた。
「ふむ、よい」サウンソニード様がうなずいて、ホワイトレースに目を移した。「では、ホワイトレース、じゃったな。わらわが認めたクライブが貶められているという事実は、わらわの人を見る目の否定につながるとは思わんか?」
ホワイトレースが即答する。「サウンソニード様のおっしゃる通りです」
「そうじゃろうそうじゃろう」サウンソニード様が二回うなずいた。目にカッと力を入れて、「クライブが貶められるのはわらわが貶められるのと同じこと。わらわは人間より遥かなる高みに位置する神として、神託を与えたクライブがその他諸々有象無象に見下されている現実を、見過ごすことができぬ」
……別におれ、間違ってなくない?
まず勉強ができないクライブ王子がいる。王子として、なのかは知らないけど、合格点に達していないから処分されそうになっている。だから周りに見下されている。それが気に入らないんでしょ?
「……なんじゃ? クライブよ」
疑問が顔に出てたのかもしれない。「いえ、なんでもありません」
「……まあいいじゃろう」サウンソニード様が首の後ろを掻いた。「というわけじゃから、お主の魔力をいただくぞ」
……なにが『というわけ』なんですか? わかりませんよ。
でも逆らってはいけないことはわかる。サウンソニード様曰く『遥かなる高みに位置する』神々の力が働いているのか、その言葉にはいいようのない重みがあったからだ。
サウンソニード様が斜め上空を指差す。指先からビームのような光が出た。目で追うと、ぽっこりと膨らんでいるドーム状の部分にビームが当たって、そこから真下のカーペットに向かってまっすぐに円柱状の青白い光の柱が立っていた。
「さあクライブ。光のなかに入れ」
告げられたおれは、体の向きを光の柱に向けたまま側近たちを交互に見る。キリーヌは力強くうなずくことで、ホワイトレースは微笑むことでおれの背中を押した。
足が重かったけど、一歩目を踏み出したら案外二歩目は簡単に出た。どんなことが起こるんだろう? 不安と高揚感が胸をどっくんどっくん叩く。
光り越しに、さっきからずっと黙ってるローリッシュたちが見えた。側近たちは心ここにあらずといった感じで口を半開きにしていたり、目を見開いて光の柱を見ている。だけれども、ローリッシュだけは目に力を入れておれを見ていた。
目が合ってもローリッシュの視線はそれない。真剣だった。気迫に押されて、やや視線を落として光のなかに入った。
「セクトリットを掲げよ」
なぜか真上からサウンソニード様の声が聞こえてきた。目薬を差すときみたいに上を見るけど姿は見えなかった。後ろを向くと、サウンソニード様は銅像の前に陣取ったままだった。
「早くせよ」
苛立った声に従って、セクトリットを掲げた。
セクトリットの先から純白の光が飛び出す。それがてっぺんにある青いドームに当たる。するとふわっと体が浮いた。
「おおぉっ!?」
足をバタバタさせて左手でなにかをつかもうとする。どこを見てもなにもないから体はどんどん上へ上へ。右手はセクトリットを掲げた状態から動かせない。
抵抗は無駄だな、と諦めたとき、真下に人が集まっていることに気がついた。キリーヌとホワイトレースがなにやら声を上げているみたいだけど、なにも聞こえない。光の柱を叩いたり揺らしたりしているけどびくともしていない。
「大丈夫。心配ないよ」
一応声を出しておいたけど聞こえてないだろう。相変わらずおれを見て口を動かしている。必死になってる表情が、おれの心を温めた。
こつんとドームのところにセクトリットが当たった。少しの間、時が止まったかのように変化がない時間が過ぎる。
前触れもなくドームの青色が薄い金色に変わってドキリとする。金色になったところが、花弁が散るときのように静かに天井を離れ、おれの体を包んだ。
金色の光をまとったおれはまだまだ上昇する。神殿を通り越し、吹雪いている空の下へ。風の音が聞こえないばかりか、雪が体に当たることもない。
神殿から結構離れて、人の顔の判断がまったくつかなくなったぐらいで体が止まった。
一瞬だけ金縛りにあった。この感覚は知ってる。体が勝手に動き出すやつだ。
「見ておれ、神の力を」
声と共に視線が上がる。セクトリットがうにょうにょと動いてリーテンライアーになった。
「うっそぉ……」
苦笑いが出た。頭にゴンッと殴られたような衝撃が走る。
「痛って!」
「黙って身を預けておれ」
……はいはい。見た目と喋り方に似合わず、ずいぶんと子供っぽいことで。
見えない椅子に腰かけているような格好になり、セクトリット製リーテンライアーを引く体制を整えさせられる。
指が弦を弾く。
……いい音だ。
ああ素晴らしい。自らの意思で演奏しているわけじゃないのが残念だけど、この音は素晴らしい。鼓膜の揺れが全身に行き渡り、感動で震えさせる。頭から足元までのすべての感動が脳に伝わって、すべてに感謝したくなる。
自然と口角が上がって幸せな気分になる。質量のある息をどっぷりと吐いたとき、異変に気がついた。
……晴れてる。
さっきまで吹雪いてたのにこれはおかしい。優しげな陽光が辺り一面を包み込んでいた。演奏が空をも幸せにしたのだろうか?
さらに異変が起こる。葉を落としていた木々が色づいた。目を凝らすと、驚くことに視線がズームした。声を上げることができなかった。驚きすぎて。ズームした視線の先、クマのような生き物がのっしのっしと歩いていた。たぶん冬眠していたけど出てきたんだ。
……おおう、季節が春になっちゃった?
あ然としていると、大量のなにかが神殿に向かって移動しているのが見て取れた。馬に乗ってる人だった。だれもがキリーヌと同じ格好をしている。騎士の人たちだろう。難しい顔をしていたり、光の柱を見て顔を高揚させていたり、表情は様々だ。
……やっぱりこれって異常現象だよね。
真下に視線を落とす。キリーヌもホワイトレースも、ローリッシュもその側近もみんなおれを見上げるように上を見ていた。ホワイトレースがなかなか豊満な胸元をぱたぱたさせた。見えちゃいけないところが見えそうになって、慌てて目をそらす。
「……いまなら見ても気づかれんというのに」
「うるさい、ですよ」
サウンソニード様のため息が聞こえた。「せっかくある程度自由を与えてやっとるというのに……」
「……自由?」
「首から上は好きに動かせるじゃろう?」
……たしかに。さっきから自由に顔を動かしてるわ。演奏はしてるけど。
「気づきませんでした」
「にぶいのう……」またため息。次に聞こえたのは事務的な声だった。「さて、もうすぐ演奏が終わる。そうしたらお主はしばらく眠りにつくことになる」
……はい?
いわれた言葉を理解したところで演奏が終わるという直感があった。最後の音を人差し指が奏でると、おれを包んでいた薄い金色の輝きが一気に広がっていった。
それらが見えなくなって、急激に力が抜けていくのを感じながら、おれの意識がプツンと切れた。
次回は明後日になります。
次かその次ぐらいで名前だけ出ていたミルリアが出ます。
そしてそろそろ柏床勝也さんが現実を知るときが来ます。