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まだ夢のなか

 知ってる世界に戻ってきた。

 目を開けると木の天井が広がっていて、頭を後ろにそらすと読みかけの漫画や文庫本が雑多に積まれた本棚がある。枕元に置いてある携帯電話のアラームが鳴った。すぐに切る。むくりと体を起こすと地味な緑の壁紙が目に入る。左を見れば適当に物を押し込んである押し入れを隠す薄汚れたふすまが、右を見れば小さいこたつと飲みかけのお茶がおれを出迎える。

 日本人を見たい。

 布団も畳まずに部屋を出る。姉の部屋の扉が半開きになっていて明かりが消えていた。階段を急ぎ足で降りて扉のノブをガゴンと下げ、音と共に明かりの点いたリビングへ入る。


「なにをそんな慌ててんの?」


 たった一日聞かなかっただけなのに懐かしさを感じる姉の声。片眉を上げた姉の奥では、掃き出し窓越しに見える母さんが庭で洗濯物を干している。当たり前の光景が心を温かくする。


「……なんでもない」

「なに笑ってんの?」


 気持ち悪いんだけど、とつづけて朝の情報番組に視線を移す姉の姿がうれしい。日常に戻ってきたんだ。

 電気ケトルで湯を沸かし、その間にパンを焼く。カップにインスタントコーヒーと砂糖を入れて置いておき、新聞のテレビ欄を開いてスタンバイ。

 一通り見たところでパンが焼けた。マーガリンを塗って砂糖をかける。沸いた湯をカップに入れて牛乳を加え、さっとかき混ぜる。

 適当に新聞を読み進めながら軽い朝食をいただく。いつも通りだ。父さんが仕事に出ていて顔を見れないのが残念だけど、夜には見れるはずだ。

 コーヒーを飲み干し、新聞を畳む。窓の開く音がした。


「母さん、おはよう」

 空の洗濯籠を持った母さんが笑みを浮かべた。「お祈りの時間になってしまいますよ」


 馴染みのない言葉に目を瞬く。母さんは困り顔になった。


「起きてください。お祈りの時間になってしまいます」


 ……なにいってんだよ、母さん。おれはもう起きてるし、お祈りなんてしたことないだろ? なのに、なんでそんな言葉が当たり前のようにすらすらといえるんだよ!? おかしいだろ!?

 理解不能なことをいう母さんの表情は穏やかだ。疑問などかけらもない。怖い。見たくない。見れない。歯を強く噛みしめて固く目を閉じた。


「王子。……王子! 朝になりましたよ」






「おれは王子じゃない!!」


 怒鳴った直後、なにか鈍い音が耳元で鳴った。瞬時に脳まで刺激が届いたのか、すぐに目が開いた。上から覗き込むようにしておれを見下ろす外国人がきょとんとした表情を見せていた。


「……お目覚めになられましたか?」


 穢れがなく癖のある短い白髪。澄んだ碧眼。黒と白のメイド服。


「……ホワイトレース……?」

「はい。ホワイトレースです。おはようございます」


 むくりと体を起こす。少しひりひりする右手の甲をさすりながら首を回す。レンガのような壁にアンティークのみたいな暖炉。見たことのない花と触ろうとも思わない剣。

 目を伏せると子供の手が痛みを和らげようと奮闘していた。


 ……またこの夢か。


「さあお召替えを。時間がないので素早くやらせていただきます」


 返事も聞かずにホワイトレースはおれの身体を持ち上げて床に立たせた。「手を上げてください」「動かないでください」などの言葉に従っているとあっという間に着替えさせられた。

 鏡の前に立たされる。上下漆黒の服に赤いコートを羽織らされ、胸元には白いフリフリがつけられていた。


 ……うわあ。かっこいー……。


 王子様っちゃあ王子様なんだろうけど、コスプレさせられている気にしかならない。ところどころ金色の装飾がついているのが高貴の証なのかもしれないけど、正直なところ恥ずかしいだけだ。


「王子、ぼおっとしてないで向かいますよ!」


 鏡の前で固まっていたおれに、ホワイトレースが焦りを含んだ声を扉前からかける。視線が「早くしてください」と訴えている。

 気が進まないけど逆らうのは得策ではなさそうだ。かすかに音が出るようにため息をついた。おれが扉に足を進めるのを確認して、ホワイトレースが先に部屋を出る。追うようにおれも部屋を出る。


「寒ッ!」


 部屋から出た瞬間、体験したことのない冷えが細胞を震え上がらせた。

 そういえばここはめちゃくちゃ寒いんだった。昨日も吹雪いてたし。


「王子、こちらを」


 ホワイトレースが石を渡してくれる。

 説明はないがおそらく魔石だろう。キリーヌが教えてくれたように魔力を流し込んでみると、体温がぐっと上がった。咄嗟に魔力を流し込むのをやめる。それでも体温は下がらない。たぶん魔石の効果だと思う。


「……温かい」

「当たり前では」そこまでいってホワイトレースがかぶりをふった。「ああ、そうでした。すみません」


 一人で納得したホワイトレースがおれに背を向けて歩き出した。まっすぐ背筋が伸びている後姿は見ていて気持ちがいい。つられたおれも背筋を伸ばして後ろにつづく。

 廊下には赤いカーペットがぎっしりと敷かれていて、美術質にあるような人の彫刻がぽつぽつと並んでいる。扉がいくつもあるけどホワイトレースは見向きもせずに足を進めていく。

 まだ時間が早いのか人が少ない。すれ違う人たちはホワイトレースのようにメイド服を着ていたり、黒を基調とした紳士服だったり、昨日のキリーヌのように明るい茶色の羽織ものを着て剣を携えていた。そしてそのだれもが道を開けるようにさっと壁際に引いて跪く。


 ……参勤交代かよ。


 しかし、しかしだ。時折小バカにするような笑い声が聞こえるのはなんでだ?

 いまのおれは王子だぞ。見た目は。跪いてるところを見てもおれより身分が下のはずなのに、おれのことを笑うのはおかしいと思う。スオーロテッラは国民を『平民』と『貴族』という言葉で分けている国だ。身分差のある社会のはず。そんな社会で王子様が跪かれる身分の者に笑われるなんてあってもいいのか? 不敬罪とかに当たらないの? 大丈夫?

 何度目かの笑い声が聞こえ、笑った人からだいぶ離れたであろうところでホワイトレースが歩きながらふり返った。


「王子、気にしてはいけませんよ」


 ホワイトレースはにこりと笑ったが、作っていることがわかる顔だった。


「ああ、大丈夫だ」


 立ち止まらないし、いらいらしてるし急いでるし、なんで笑われるのか聞くのは後でもいいだろう。

 一際大きな扉の前に来るとホワイトレースがコンコンとノックする。重々しい扉がぎいっと音を立てながら開く。開いた隙間から刺すような冷たい風が吹いた。急いで魔石に魔力を込めて体温を上げる。


「吹雪いてるじゃん……」


 朝なのに暗く、横殴りに吹く雪のせいで遠くが見えない。

 こんなときに外に出るの? やめようよ。

 おれのつぶやきを拾ったホワイトレースがこっちを見た。「大丈夫ですよ。ついてきてください」

 臆することなくホワイトレースが外に出る。離れるとすぐに姿が見えなくなる気がして、慌てて後を追う。外に出たタイミングで気がついた。両脇にだれかいる。左右に素早く注目すると、どちらにも剣を携えた人が立っていた。見張りだと思う。


 ……しかし寒そうな格好をしているなあ。人のこといえないけど。


 彼らの格好は昨日のキリーヌといっしょだ。あれが騎士の正装なんだろう。この世界の人たちは服装で寒さや暑さに備えるのではなく、魔石と魔力によって対策を講じているのだろう。

 笛が鳴るようにも、花火が上がるようにも聞こえる風が吹く。だけど魔石のおかげで体が冷えない。ホワイトレースをはじめとしたおれ以外の人からすれば当たり前かもしれないが、おれには違和感しかない。ちょっと気持ち悪い。

 大きな門をくぐって、「門番もいるのか」とにうなずいたときに気がついた。


 ……雪が積もってない!


 前が見にくいほど降ってるのになんで? この世界の雪は積もんないの? それとも雪はいま降り始めたばっかなの?

 理解できないことが多すぎる。頭が痛くなってきた。こういうときはなにも考えないに限る。

 門から少し歩みを進めるとキリーヌがいて、奥には馬車が見えた。


「王子、おはようございます」

「……もしかして待ってたの? この吹雪のなか」

「はい。わたしもお供しなければいけませんから」


 ……そうなんだ、よくわからんけど。


「キリーヌ、乗ってください」


 ホワイトレースに促されて、キリーヌが馬車に乗る。次にホワイトレースが乗るかと思いきや、「王子、どうぞ」と勧められたのでおれが、最後にホワイトレースが乗る。おれは両サイドを固められるように座ることになった。


「出しなさい」


 ホワイトレースが少し張った声を出すと、焦げ茶色の毛にうっすらと雪を乗せた馬が駆け出した。


「それで、いまからどこに行くんだ?」


 おれが尋ねると二人が目を見張って同じことをいった。


「神殿に決まっているではありませんか」

 遅くなりました。この言葉があいさつになりつつありますね。すみません。

 もう深夜に更新すると宣言するのはやめます。もう昔ほど体力がないことに気がつきました。

 明日もこのぐらいの時間に投稿できるよう頑張ります。

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