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エピローグ

「スークリーリとキリーヌ以外の者は席を外してちょうだい」


 ミルリア様の言葉にスークリーリ以外の側近たちが抗議をしたが、ミルリア様に聞き入れるつもりがないとわかって仕方なく応接間から出ていった。


 あの戦いから二日経つ。


 ホワイトレースの体から悪魔を追い出してすぐに、ローリッシュが城で待機していた騎士たちを引き連れてレブアマッチの森に戻ってきた。すでに戦いが終結したと聞かされた姉上が真っ先に心配したのはミルリア様の父親であるガッシュルヴォダ国王のお体で、ミルリア様、自身の父親――スオーロテッラ国王――とつづき、その後でおれたちに「……無事だったみたいね」と心配していたのかしていなかったのか微妙な言葉をくれた。


 ローリッシュが心配する順番に思うところはなかったが、両国の国王が戦いに赴いていて、しかもほかの騎士といっしょにやられてしまっていたとは思ってみなかったからすごく驚いた。

 身分が高いおれたちはすぐに城に戻って医者の診察を受けた。おれ以外の三人は戦いの途中でおれが癒しを施したから健康体と判断されたけど、神々による影響を受けまくったおれは医者も頭を抱えたくなるほど理解できない状態だったらしい。

 おれ自身は疲れていたけど痛い場所もなかったし、心配しなくてもいいと思っていたが、「念のために安静にしてください」と医者とキリーヌにいわれたからその日は体を休めることに努めた。


 翌日は亡くなった騎士たちの追悼の儀式が行われた。なんでも、公務の最中に亡くなった者が出てしまった場合、その翌日は必ず儀式を行うらしい。本来は王子という身分であるおれも儀式における役割があったらしいが、医者から「魔力の使用は控えてください」といわれていたため、胸の前で手を組んでひたすら騎士たちが安らかに眠れるように祈った。


 儀式が終わって部屋に戻ると、医務室でずっと眠っていたはずのホワイトレースが姿をくらましたと聞いた。現在も捜索がつづけられている。キリーヌが「死に場所を探しに行ったのでしょう」といった。悪魔に憑りつかれたら一年以内に死んでしまうらしい。しかもその間、倦怠感と吐き気が付いて回り、時折鈍器で殴られたような痛みが頭に走るそうだ。


 ……『おれの側近をつづけてくれるかどうかはわからないけど、普通の生活ならできるはずです』とオルディネル様に伝えたら、『あなたがそう思うなら、そうかもしれませんね』と返ってきた理由はこれか。


 そんな状態になってしまうのなら、普通の生活なんてできっこない。


 ……だからといって悪魔を追い払った意味がないとは思わないけどね。


 おれたちが悪魔を追い出すのに失敗していたら、もっと多くの人が亡くなっただろうし、ホワイトレースも死に場所を自由に選ぶなんてことはできなかった。生をあきらめることがいいこととは思わないが、少しでも納得できる死に方を彼女が選べるのなら、意味はあったと思う。


 ……正直悲しいけど。


 できることなら苦しみながらでも一年間生きてほしい。でもきっと、それはエゴだ。生き死にを選ぶ権利はだれにでもあるはずだから……。


 そして今日。医者からようやく休まなくてもいいといわれた。すでにミルリア様や、そのお父様とは挨拶を済ませていたけど、安静を願われていた立場だったから会話らしい会話をしていない。やっとゆったりと話ができる。

 朝食後にミルリア様のお父様との会話をさっくり終え、ミルリア様と和やかな雰囲気で挨拶をして、リーテンライアーの弾き方を教わりながらの至福の時間を過ごした。

 昼ご飯を食べ終えて子供四人だけになった。ミルリア様が音漏れ防止の魔法具をスークリーリに使わせる。


 ……人払いまでしてなにを話そうとしているんだろう?


 疑問を漂わせていると、ミルリア様がにこりと笑った。


「あなたの方こそバカではありませんか」


 静寂が訪れた。ミルリア様の隣に立つスークリーリが目を見開いてく後ろで、外の強風が窓を叩いた。

 どうやらお姫様はおれにバカと怒鳴られたことを根に持っていたらしい。笑顔は本来攻撃的なものというが、いまのミルリア様の顔はまさにそれだった。


 ミルリア様がテーブルに手を下ろして立ち上がる。「なんですかあの歌詞はッ!? あ、あんな破廉恥なものを人前で――」

「クライブ王子!!」スークリーリが慌てたように声を上げた。その勢いに押されたのか、ミルリア様は自分の騎士を見て言葉を止めた。「わたしに発言する許可と、少々お見苦しいところをみせてしまう許可をいただけませんか?」


 ……きょ、許可……?


 いまひとつ意味を呑み込めなくて隣に立つキリーヌに視線で助けを求める。さっきまでのスークリーリと同じように目を見開いていたキリーヌが、おれの視線に気がついてはっとしたようにこっちを見て、こくこくとうなずいた。


「……許可する」


 スークリーリは「ありがとうございます」と頭を垂れてミルリア様をキッと睨んだ。スークリーリと目が合ったミルリア様はきまりが悪そうに顔をそらした。


「ミルリア」主を呼び捨てにした騎士が主のほっぺたをぎゅっとつまんだ。

「いひゃい! いひゃい!」

「わたしいったよね? そのことでクライブ王子を責めないようにって。『わかった』っていったくせに約束を守らないってどういうこと?」


 ……なーんか喧嘩になってない喧嘩が勃発してますけど?


「キリーヌ」困ったおれはまた助けを求めた。「なにがどうなってんの? まあ平和的でいいとは思うけどさ」

「えっと……」


 キリーヌは動揺しているのか、おれとミルリア様を交互に見てあたふたしている。


「キリーヌの発言はわたしが許可します」


 こちらの様子をうかがっていたのか、スークリーリの声が飛んできた。

 その声を聞いたキリーヌはさらに動揺が大きくなったのか、苦笑いを浮かべた。


「ああそうか。身分が上の者が話をする場だから、下の者は許可がないと口を開くことも許されないのか」

「……はい」キリーヌが遠慮がちに返事をする。「王子のいう通りです。……ですが、ミルリア様の許可をもらってないわたしがいまこうして話をしているのは本当にいいんでしょうか……?」

「気にしなくていいだろ。あれを見ろよ」


 肩を竦めてミルリア様たちに視線を向ける。最初は片方のほっぺたしかつまんでいなかったスークリーリがもう片方もキャッチしていた。ミルリア様は潤んだ瞳で騎士を見ている。


「あんな態度を取ってる人たちがいまさらそんなことを気にするとは思えん」

「そ、そうですね……」


 キリーヌの説明によると、『少々お見苦しいところ』というのは『この場にふさわしくない姿』と同じような意味を持つらしい。ただ、いまみたいな光景を見せられるとは思ってなかったので驚いてしまったようだ。いくら親しくても、親子や配偶者でもない限り、身分的に劣る者がほっぺたをつねるなんて暴挙に出ることはあり得ないそうだ。


 当然ながら、従者である立場の者が主に代わって許可を出すというのもあり得ないことらしい。キリーヌ曰く、「ミルリア様とスークリーリはこちらを婚約者として歓迎しているみたいですね」だそうだ。でなければ、こんな常識外れの対応はとらないと自信ありげだった。

 まあ、『少々お見苦しいところ』を見せてもいいとおれの言質を取ったというのも大きく影響しているみたいだけど……。


「はい、謝る」


 キリーヌがおれに説明し終わるのを待っていたかのようなタイミングで、スークリーリがミルリア様のほっぺたから手を離した。

 かなり強くつねられていたのか、ミルリア様のほっぺたは赤くなっていた。やっぱり痛いのか、ミルリア様はほっぺたを手でさすった。


「……申し訳ありませんでした」

「別に気にしてないから」


 ミルリア様はあまり納得していないような表情だけど、スークリーリは主が謝罪したことに満足しているのか、うんうんとうなずいた。


 ミルリア様が頬から手を離して姿勢を正した。「でも、あのときあなたが思い描いていた歌詞が破廉恥なのはたしかなのです。人前で披露する歌はちゃんと選んでくださいね?」


 わたしだけでなく、お互いの側近や国の評判をも傷つけることなりますから、といわれては、「わかりました」と答えるしかない。


「ところで、あなたのことはどのようにお呼びすればいいのでしょう? あなたは別の世界からやってきた人で、変わったお名前をお持ちでしたよね?」


 公の場ではなく、私的な場では、ということだろう。さすがに事情を知らない人の前で『クライブ王子』以外の呼び方をするのはまずい。

 スークリーリはおれが別世界の人間だと知ってたっけ? と思ったが、ミルリア様から聞いたのだろうとすぐに想像がついた。少なくとも全然驚いた様子を見せないから、事前に知ってたのは間違いない。


「『クライブ王子』、あるいは単に『クライブ』と呼んでいただいて構いません」

「わかりました。ではこの四人しかいない場では『クライブ』とお呼びします。クライブもわたしのことは『ミルリア』お呼びくださいな」


 ……四人のときだけ? いや、それもだけど――


「公の場で呼び捨てにするのってまずいんですか?」

「はい。敬称を付けないと最低限の教養もないと侮られてしまいますから」

「そうなんですか」

「ああ、それと」ミルリアが小さく息を吐いた。「あまり丁寧にしゃべらなくてもいいでしょう? わたしたちは現在婚約者同士で、将来を共にする間柄なんだから」


 おれの返事を聞く前に言葉を崩したのは断られると思ってないからだろう。


 実際、断る理由がない。「そうしよう。肩肘張りっぱなしは疲れるもんな」

 ミルリアが表情を柔らかくする横で、スークリーリが表情を硬くした。「念のために申しておきますが、公の場ではいけませんよ」

「それぐらいわかってるよ。ねえクライブ」


 おれは「ああ」とうなずいた。

 スークリーリは心配性なのか、「大丈夫かな?」という顔でミルリアを見ている。


 当のミルリアは優雅にカップを口に運び、そっと置いた。キリーヌを見て、「あなたも楽にしても大丈夫よ」

「よろしいのですか……?」

「もちろん。これからわたしたちはずっと一緒です。楽しいときも辛いときもずっと。なのに顔を合わせるたびに緊張していては心が持たないわ」


 ちらりとキリーヌを見やると、花が咲いたようなと笑みを浮かべていた。


「ではお言葉に甘えさせてもらいます。よろしく、ミルリア」


「こちらこそ」


 気品がありながらも可愛らしく笑うミルリアを見ると、育ちのいいお姫様なんだなと実感する。


「和やかな雰囲気のところ悪いのですが、ひとつよろしいですか? クライブ王子」

 急に話をふられて声のトーンが上がった。「え、なに?」

「クライブ王子はこちらの世界の知識が、その、あまり豊富ではないとお聞きしています。もう少しすればわたしたちは小学院に入ることになりますが、当然、ガッシュルヴォダとスオーロテッラ以外の国からも王子や王女がやってきます。いらぬ騒ぎを起こさぬよう、知識を身に着けていただきたいと、切に願っております」


 ……要するに、『お前常識ねえから勉強しろ。いまのままだと国際問題を起こしそうで怖いんだよ』ってことだよな。

 間違ってないだけにショックである。


「……その、絶対大丈夫、とはいえない。でもできる限り頑張るから、スークリーリも手助けしてくれないかな」


 柏床勝也として生きてきた十五年間、なにかに本気を出して取り組んだことはなかった。なにをやってもほどほどでいいと考えてきた。

 でもこれからは王子として生きていく。おれについてきてくれる部下だっている。その部下は一生懸命だ。命を懸けてまでおれを守ってくれようとしてくれる。そんな子が身近にいながら『なにごともほどほどでいい』なんて思えるほど、おれは腐ってないつもりだ。


 これからは、人生まじめに生きるんだ。


 スークリーリがふっと笑った。「もちろんです。可能な限り、お手伝いさせていただきます」

「その前にひとついい?」

「なんでしょうか?」

「キリーヌもミルリアを呼び捨てにしたし、スークリーリもクライブって呼んでいいぞ」


 スークリーリが手を中途半端に上げて身を引き、ミルリアが息を飲んで口を半開きにする。なんかやっちゃったかな、と心のなかでつぶやいてキリーヌを見ると、おれを凝視していた。


「……あの、ごめん。おれ、なんか変なこといった……?」

 答えたのはミルリアだった。「…………まあ、そう、だね。クライブとわたしたちでは常識の基盤となっているものが違うから、こういうこともあるよね」


 これから大変だと思うけど、三人で力を合わせて頑張ろうね、とミルリアが言葉をつづけると、スークリーリとキリーヌが大きくうなずいた。三人の心が一つになったのを感じる。


 キリーヌがちょっと怖さを感じる笑顔でいった。「では、まずはいまの発言の意味からですね」


 きっとこれからもこっちの常識から外れる発言や行動をして、その度に周囲の心臓にダメージを与えていくのだろう。


 だけど頑張れる。味方になってくれる人がいるから。元の世界に帰りたいという気持ちも、いつの間にか消えている。

 未来が明るいものかはわからない。

 でも、きっといいものであると、そう思えた。

完結です。最後までお付き合いくださり、ありがとうございました。


次の長編は青春ものっぽいものをやろうと思ってます。

今月の中旬辺りに第一話を投稿予定です。よろしければ見に来てください。

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