決着
セクトリットがリーテンライアーから剣に変わる。
……おおー、すごい。
楽器にも剣にもなる神からの贈り物に感心していると、オルディネル様が呆れたような声を出した。
「あなた、悪魔に切りかかれるんですか? 戦闘経験がまるでないのでしょう? 弓のような遠距離から攻撃するものにしておきなさい」
戦闘経験がまるでないのに弓なんて撃てるわけがない。拳銃も同様だ。そもそも祭りの射的すら当てれたことがないのに。
「……遠くから攻撃できればいいんですよね? でしたらこれで大丈夫です」
「どうするつもりですか?」
「この剣の先からビームを出します」
「……びいむ?」
ビームじゃ伝わらないらしく、オルディネル様が不機嫌そうな表情になる。この分じゃレーザーといっても通じないだろう。どう説明すればわかるのかと思いながら、ふとキリーヌたちの方を見る。さっきは見えなかったのによく見えた。すぐにオルディネル様がそうしてくれたからだと気づく。
いろいろやっていたから、キリーヌがホワイトレースの足止めを始めてから結構な時間が経っている。服がボロボロになっているキリーヌを見て不安に襲われる。
ぶんぶんと首をふる。大丈夫。サウンソニード様もいらっしゃるし、もしまずい状況ならオルディネル様が放っておくはずがない。
それに、キリーヌは悪魔なんかに負けない。
騎士への信頼を心のなかでつぶやいたとき、ホワイトレースがサウンソニード様にレーザーを放った。
咄嗟に指差す。「あ、あれです! あれを剣から出します」
「できるんですか? 人間には結構難しいらしいですが」
「……頭のなかで思い描けばできませんか?」
返事を聞いたオルディネル様が落胆の息をつく。失敗したかなと目をそらした。
「私には切りかかるのも無理ですし、弓も撃ったことがないのです。はっきりいって攻撃する手段を持ってません」
ですから攻撃の手段をください、とやや早口でいい終えると、剣先に重みを感じた。オルディネル様がおれの持ってる剣の切っ先に触れていた。
剣先がぼんやりと光る。光は刀身から柄へと伸びていき、おれの手までやってきた。光には温かみがあった。熱が体全体にべったりと張り付くまでにそれほどの時間はかからなかった。
「魔力を放出しようとすると光線が出るようにしました。……さすがにそれぐらいはできますよね?」
「はい」
「よろしい」短く答えたオルディネル様が視線をキリーヌたちに向ける。目が細められて、力が入っている。本当に小さく息を吐いたのを、おれの耳は聞き逃さなかった。「ホワイトレースを救えるかどうか――いえ、この世界の人類がどうなるか、すべてはあなたの手に委ねられています」
いきなりスケールが大きくなりすぎて、心臓が「うっそでしょ!?」を音を立てる。咳払いをして、髪をかき上げた。「えっと……、なぜそのような事態に……? 理解が追い付かないのですが……」
オルディネル様が三人の方を見ながら返事をした。「いまこの場で悪魔を追い出したり倒したりできるほどの魔力を保有しているのは、あなたしかいません。失敗すれば終わりです。可能な限り成功するよう私も手を貸しますが、失敗したら私は即座に逃げます」
……何度も『手助けするだけ』っていってたもんね。
神々が起こした問題は神々が責任を取り、人間が起こした問題は人間が取って当たり前。そういうことだろうか。
緊張をどうにかしようと鼻から大きく息を吸って、口から細く長く吐き出した。シューッと流れる息が体の強張りをほぐしていく。そうした変化を読み取れるということは、案外おれは冷静さを保っているということだろう。いままでの人生にケンカのケの字もなかった平和主義のおれがこんな状態でもオルディネル様に「落ち着け」と怒られないなんて……。自分の順応力がこれほど高いとは思わなかった。人間変われば変わるものである。
「私はキリーヌとサウンソニードに加勢します。なんとか動きを止めるので、力いっぱい光線を当てなさい」
「わかりました」
いい終わった瞬間、オルディネル様が低い音を立てて矢のように飛んでいった。風が発生したので下を向いた短い間に、すでにキリーヌたちのもとに到着していた。身振り手振りでキリーヌとサウンソニード様になにかを説明しているように見える。
……おれも行かなくちゃ。
いろいろ手を貸してくれたオルディネル様のためにも、いまの戦ってくれているキリーヌのためにも、悪魔に操られたホワイトレースのためにも、亡くなってしまった騎士たちのような人を出さないためにも、おれは戦わなくてはならない。
「……よし」
鋭く息を吐く。眉をぎゅっと寄せて気合を入れる。
指示を受けたらしいキリーヌとサウンソニード様がアイコンタクトを取りながらホワイトレースに攻撃を繰り広げ出した。キリーヌが切りかかり、サウンソニード様がホワイトレースの死角になる位置から紐のようなものを出現させて、それで縛り上げようとしている。オルディネルさまは右手を胸に当てて佇んでいる。
もっと近づかないと当てるのも難しそうだし、タイミングがつかめない。近づくのは怖いけど、男にはやらなきゃいけないときがある。
近づくにつれてキリーヌが切りかかるときのかけ声や、悪魔の「しつこいガキめッ!」といった苛立ちの声、肩で息をしているサウンソニード様の姿、淡く光り出したと思ったらだんだんと光の色を強くするオルディネル様など、遠くから出はわからないものがはっきりとしてくる。
……もっと時間があって、もっと距離を近づけることができたなら、偽物でもホワイトレースに受け入れてもらうことができたかもしれない。
たらればに思いを馳せて、首をふってふり払う。時間は巻き戻らない。そんなことを考えたところで、目の前の光景は変わらない。いまのおれにできるのは、ホワイトレースを助けようとすることだけだ。
近過ぎず遠過ぎずの距離で止まる。両手でがっちりと剣を持った。緊張か恐怖か、ほかの感情か諸々全部か、剣が震える。発射口がこれではいかなる名人でも狙い通りに撃つのは不可能だ。
勝手に苦笑いが出た。心臓が暴走する。体温が上がる。口が渇いて唾を飲み込むと喉が痛い。
いやいやおかしいだろ。どうして笑ってんだよ、おれ。案外余裕なのか? いっぱいいっぱいか?
きつく脇を締めて体をガッチガチに固める。さっきよりはましだけど、力の入れすぎで小さく震える。
……前言撤回。人間、簡単には変わらない。
見た目は別人になっても、中身はやっぱ変わんないな。切羽詰まった状況でこそ人の本質がよく見えるそうだけど、覚悟もなにもできてないただの高校生だと思い知らされる。好きな人の近くにいたのに告白もできなかった小心者。勇敢さが足りないビビりが柏床勝也という人間だ。
ククッと笑う。人間、簡単には変わらない。だけど、いつかは変わらないとな。
――こんなおれに忠誠を誓ってくれた女の子のためにも。
決意をしたところで、人間、簡単には変わらない。震えが収まるわけじゃない。震えがピタッと止まって、心が平穏な状態でないとこの距離じゃ撃てない。絶対に外れる。ただの高校生から変わる前に悪魔にやられて終了だ。
……近づくぞ!
オルディネル様たちがホワイトレースの動きを止めてくれるなら、それから近づけばいい。たぶんそれは間違いだ。それをすると、きっとおれは『いましかない!』と気が逸って、高く飛びすぎて失敗したみたいに明後日の方向に飛んでいくことになる。未然に防ぐにはあらかじめ近づいておき、準備ができ次第、『あらかじめ近づいたからある程度余裕がある』といい聞かせながら落ち着いてさらに近づくしかない。そして至近距離でぶっ放すんだ。
胸を強めに叩いて、『やるぞ!』と心のなかで叫ぶ。じりじりと距離を詰める。こうして近づく余地がある、という事実が、近過ぎず遠過ぎずと思っていた場所が『小心者にとっての』ベストポジションだったと気づかせてくれた。
突然、オルディネル様がまとっている光が直視できないほど明るくなった。
「キリーヌ! サウンソニード!」
オルディネル様の声が、一瞬にして場を支配する。すべての注意がオルディネル様に向けられた気がした。刹那の間呑まれていたおれは、知識の神が投げるようにして放った光がキリーヌとサウンソニード様に渡ったところで近づくのを再開した。場面が動いたせいか、前髪がぺたりと額についていた。
オルディネル様から放たれた光は三人を結び付けて三角形になった。三角形の中心ではホワイトレースが焦ったように首を回している。
「ぐッ、なんだこれは!?」
「合わせなさいッ!」
オルディネル様が合図を出した。悪魔が危険を察知してか、キリーヌに突っ込んでいく。キリーヌが息を飲むのが見えたが、目はしっかり悪魔を捕らえたままで逃げる様子はまったくない。あごを引いて睨みつけていて、むしろ闘争心があふれているようだ。
もう少しでホワイトレースの魔の手がキリーヌに届くタイミングで轟音が鳴った。ウーファーなんて目じゃないほどに腹の底の底まで響く音。同時に三人を辺の端としたとした三角柱がそびえ立った。
柱に捕らえられた悪魔が苦しそうに顔を歪める。それを間近に見ていたキリーヌが力をすべて抜くようにうなだれた。
「柏床勝也」オルディネル様が親しいだれかに呼びかけられたかのようにゆっくりとふり返った。「あとはあなたの仕事です」
なんとなく別れの言葉に聞こえたけど帰るそぶりを見せないので、ことの顛末は見届けてくれるみたいだ。
「オルディネル、これでわらわは無罪放免じゃな?」
膝に手を乗せたサウンソニードに目をやらずに、オルディネル様は口元に手を当てた。「さあ、どうでしょう?」
「な、なんじゃと!?」
まだ悪魔を追い出したわけでもないのに、神々は口喧嘩を始めてしまった。これからおれが成功させようと失敗させてしまおうとも、自分たちの役割は果たしたし、そこに責任が発生しないと考えているから気楽なんだろうか。
「王子」
「キリーヌ……、大丈夫か?」
そろそろと側に来たキリーヌは明らかに疲れていた。息が熱を持っていて熱く、大粒の汗が顔中に点在していて、小さなあごから滴り落ちている。
「大丈夫です、とは、あまりいえないですね」
キリーヌは笑った。なにかをやり遂げた達成感に満ちている顔だった。
その表情が、おれの背中を押した。
「よし、行ってくるよ」
「お供いたします」
強い視線を感じた。キリーヌのものじゃない。半分だけ体を視線の方に向けて確認する。こっちを見ていたのはオルディネル様だった。キリーヌの声に反応したのだろうか。見ているだけでなにもいってこないから無視しても大丈夫だろう。
「疲れているところ悪いな」
「王子の手助けをするのがわたしの仕事であり、したいことですから」
行きましょう、とキリーヌが先導する。「ああ」とおれもつづいた。
悪魔と同じ高さまで上昇し、頭の高さを合わせた。がくがくと震えて動けない悪魔がなにかをいおうとしているみたいけど、口も動かしにくいようで、言葉といえるものは発せていない。至近距離にある的が完全に止まっている。外す要素はなに一つなかった。
柱ぎりぎりで切っ先を止めるようにして構える。キリーヌが「もっと近づけましょう」と後ろからおれの体を押した。剣が柱に吸い込まれ、切っ先が悪魔の目と鼻の先まで近づいた。
息を吸って、吐く。キリーヌの手がおれの手に触れた。背中にも腕にも少女の温かさが伝わってくる。
「すべてを終わらせましょう」
「……そうだな」
魔力を放出せんと意識を集中する。刀身が輝いて、剣先にも光が渡った。
「行けえッ!!」
身体中の中身を吐き出す勢いで力を込めた。三角柱には防音の効果があるのかなにも聞こえなかったけど、ビームを撃った反動がおれの体を襲う。背後のキリーヌが小さく呻いておれの体を押しとどめてくれた。
目を開けた。光線はホワイトレースの体を貫通していた。ぎょっとしたけど、悪魔がおれを睨みつけてきたから、ホワイトレースの体は無事らしい。とりあえず落ち着いた。
あとはもっと力を込めて、悪魔を完全に追い出してしまえばいい。
だけどそう簡単にはいかなかった。とどめを刺すつもりで悪魔を睨み返して視線が絡まったときだった。頭のなかに映像が押し寄せてきた。
『王子、お食事のご用意が整いました』
『王子、お勉強のお時間です』
『王子! 手が止まってますよ!』
『王子は必ずよくなります。そしたらまたご一緒に狩りに出かけましょうね』
……ホワイトレースと、本物のクライブ王子だ。
食事のとき、二人はにこやかだった。
勉強の時間が来たときはホワイトレースは笑っていたけど、クライブ王子は露骨に嫌な顔をしていた。
クライブ王子が窓の外を見てサボっているとホワイトレースが怒った。でも、すぐに手を動かし始めたクライブ王子を見て微笑んだ。
弱々しい息をしてベッドで寝転がっているクライブ王子。あまり力の入っていない小さな手を握っているホワイトレースが生みの親のように優しく寄り添っていた。
……これは、ホワイトレースの記憶……?
きっと何気ない日常風景なのだろう。しかしこれこそがホワイトレースの望んだ毎日だったのだと、締め付けられていく胸の痛みが訴えていた。
本物のクライブ王子との、何気ない毎日。
もうホワイトレースの手元に戻ってくることのない毎日。
おれにはいまもなお流れているホワイトレースにとっての幸せな毎日を返すことができない。
助けたところで、笑顔の彼女が戻ってくることは二度とないのかも――
「そんな人間を救う必要はないだろう?」
禍々しい声が聞こえた。
「……そんなはずはない」はっきりと否定する。「ホワイトレースに二度と笑顔が戻らないとしても、悪魔なんかに操られている状態で放っておいていいわけがない」
「その通りです、王子」
幼い声が聞こえ、頭のなかの映像が弾け飛んだ。
目の前では、おれの放ったビームに苦しむ悪魔が、おれを血走った目で見ていた。
「そんな悪魔の言葉、聞く必要はございません。ホワイトレースとクライブ王子がどれだけいい日々を過ごしていたとしても、王子が悪魔を追い払わない理由にはなりません」
キリーヌにもあの映像が見えていたのか。ということはたぶん、あれはこの悪魔が見せた最後の抵抗なのだろう。動揺を誘った、といったところか。
「ホワイトレースは返してもらうぞ」
「ぐがッ! ぐあ……ががア……!」
なにかいってるけどさっぱりわからない。聞きたいとも思わない。理解もしたくない。視界に納めておきたくない。
「うおおおおああああああッ!!」
目を閉じて叫ぶと同時、体の熱が全部剣に持っていかれた。
身体がビームの反動で徐々に後ろに下がっていく。背後のキリーヌも踏ん張ろうと力を込めてるみたいだけど、持ちこたえられていない。
ガラスが金属バットで割られたような音がした。驚いて目を開ける。ビームが三角柱を貫通していた。
「がああああああッ!」
そして断末魔。悪魔が耳障りな声を上げた。次第に声が小さくなって、消えた。
力を抜く。ビームが消え、ずいぶん遠くなった三角柱が空中に溶けるようにして消えていった。
「……終わったのかな……」
「……そうだと思います」
キリーヌと共に三角柱があった方を見ていると、サウンソニード様とオルディネル様がやってきた。オルディネル様の肩にはホワイトレースが担がれている。
「よくやり遂げましたね。悪魔は完全に消滅しました。ホワイトレースも生きてます」
オルディネル様が気を失っているホワイトレースをおれに向かって投げた。キリーヌと二人で何とか受け止める。
「ちょっ! 危ないじゃないですか!」
「運んできただけでも有り難く思ってもらいたいものですね」
まったくしょうがない神様だとため息をつくと、キリーヌに「王子」と小さな声で諫められた。
「おいクライブ! お主からもわらわの処分をなくすよう説得せい!」
「……さて、私たちはそろそろ暇をいただきますね」
「あっ、ちょっと……」
サウンソニードの「待て! 離さんか!」という抗議と共に、神々は姿を消してしまった。
……聞きたいことがあったんだけどな。
本当はオルディネル様だけでも悪魔を倒せたんじゃないか、とかいろいろ。
……まあいいか。たぶん答えてくれないだろうし。
「王子、ひとまず戻りましょうか」
「そうだな」
キリーヌに微笑んで、それからホワイトレースをおぶろうとしたけど、「わたしが背負います」と役目を取られてしまった。
これからミルリア様を始めとした貴族たちのもとに戻るのに、主であるおれに背負わせるわけにはいかない、ともっともなことをいわれてはしょうがない。
最期の最期でちょっと閉まらなかったけど、体の隅々まで行き渡る充足感がたしかにあった。
……とりあえずは、めでたしめでたしかな。
次が最終話です。
30日に投稿予定です。お待ちください。




