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癒しの演奏

 幻想的な青いオーラがオルディネル様を中心に広がり、辺り一帯が青に染まったかと思うと、夜空に浮かぶ星のような小さな光が無数に表れた。光はネズミ算式に増えていき、青色を完全に埋め尽くす。ふわあっ、と柔らかく膨れ上がるような感覚がして、元の森に戻った。

 キリーヌたちのいる方から大きな音が鳴って、体を風が叩く。いつの間にか心を奪われていたおれは聞かなきゃいけないことを思いだした。


「オルディネル様。どうやって騎士たちを癒してやればいいんですか? やり方がわかりません」

「神殿の上空でやったように、魔力を放出しながら演奏すれば大丈夫です。私があなたから放出された魔力を治癒の力に変換されるようにしましたから」

「いえ、その、魔力を放出しながら演奏ってやつができないです」


 オルディネル様が軽く目を見開いて、ぱちぱちと瞬きした。どうやら予想外のことらしい。

 全部見た。といってたのに、知らないこともあるんですね。……見ただけだから、実態まではわからないのかもしれない。


「一度やったでしょう? あのときはサウンソニードが操ってたはずですが、それでも感覚はわかったでしょう?」


 オルディネル様は心底不思議そうな顔をしている。

 たぶんこの神様は、どんなことでもすぐにできるようになる天才肌なのだろう。あのサウンソニード曰く『優秀』なのだから。


「あのときは演奏と変わっていく景色に見とれていたので、魔力が外に出ていることにすら気づいていませんでした」


 オルディネル様がため息をついてかぶりをふった。


「さらにいえば、私はリーテンライアーを演奏できません」

「なにか一曲ぐらい弾けるでしょう? こちらの世界に来てから何日も経っているのですから」

「碌に練習もしてないのに無理ですよ」


 オルディネル様が口をひくっと動かして、少し細めた目でおれを見つめた。ふっと息を吐いて、苦笑いされた。


「……見落としていました。そうですか、ホワイトレースは教える時間を作れず、キリーヌは女性なのに演奏できなかったのですね……」

「まあそんなわけなので……、どうしましょう?」

「どうもなにも、私がなんとかする以外の選択肢があるのですか?」


 ないです。頑張ってください。

 投げやりな心の内を吐露するわけにもいかず、目をそらして下を見る。ミルリア様が見えた。小さな騎士であるスークリーリに寄り添って上空のおれたちを見上げている。


 ……なんであの子ここにいるんだ? ホワイトレースに安全なところまで連れていかれたんじゃなかったっけ?


 様子がおかしくなったホワイトレースが戻ってきたとき、キリーヌが『ずいぶん早く帰ってきたみたいですが』っていってたけど、もしかして、そもそも安全なところまで連れてってなかったんじゃ……。


 ……あれ? それってまずくないか? ミルリア様は隣の国のお姫様で、特別な配慮をしなくちゃいけない存在で、そんな人の安全を無視したってことであって……、しかもそれをやったのはおれの側近じゃん? やばい。よくわからんけど、やばいってことだけはわかる。


「オルディネル様。私も精一杯頑張るのでなんとかしてください。お願いします」


 ここでできるだけ失態を挽回しておかないと、これから先がまずいと思う。


「あなたが頑張るのは当たり前です。そろそろ騎士たちが目覚めますよ」


 オルディネル様のいう通りに騎士たちがのそのそと起き上がり始めた。自分が倒れたときの状況を思い出したのか忙しく首を回す者もいるし、近くにいた騎士と情報を交換する騎士もいる。倒れたままの騎士の体を揺すっている者もいた。


「起きない人もいるみたいですが……」

「さすがに死者を起こすことはできません」

「え……」

「生き返らせてくれ、なんて無茶をいわないでくださいよ? できないものはできません。それとも死者なんていないと思ってましたか? もしそうならこの世界に対する認識を改め直してください。あなたがいた世界――国といった方がいいでしょうか。そちらとは違って、こちらの世界では簡単に人間は死にます」


 あなたも気をつけてくださいね、とオルディネル様が言葉を結んだ。

 体を揺すられても起きない騎士も、皆から離れたところで動かない騎士も死んでいる……。騎士たちはあの魔物に吹っ飛ばされていた。なら、ダンゴ虫が殺したに違いない。そして、あのダンゴ虫はおれが大量に魔力を送り込んだとオルディネル様が説明してくれた。


 つまり、おれ自身も殺人の片棒を担いでる……?


「――ッ!? 落ち着きなさい!?」


 落ち着け? 落ち着くって何だっけ?

 殺した。

 殺したんだ。

 おれが殺した。

 おれは仲間だ。

 サウンソニードの仲間。

 人殺しの仲間。

 大罪人の仲間。

 生きる価値なんて――






 ――あれ、いつの間にか寝てたみたいだ。頭が痛い。


 もぞもぞ動いて頭を抑える。体をやさしく締め付けられた。そして顔の上から大声が聞こえてきた。


「其方らの作り上げた世界を身勝手な理由で襲い掛かった悪魔が憎かろう! 仲間を亡き者にした悪魔が憎かろう! ならばいますぐ跪き、私に祈りなさい!」


 ……うるさいなあ!


 顔をしかめて目を開ける。オルディネル様が視線の先で真剣な顔をしていた。


「クライブ王子、大丈夫ですか?」


 幼い声がして首を動かす。


「……ミルリア様?」

「気分はよろしいですか? 痛いところはございませんか?」

「特にはないですけど……」


 いったいなにがどうなってこうなってるんだ?


「ほら、しっかりしなさい」


 オルディネル様のお姫様抱っこから解放される。心臓が飛び出そうになった。空中にいたからだ。大きく一呼吸する。


 ……そうだ。オルディネル様に協力してもらって騎士たちを癒すんだったっけ。


 視線を下に落とすと、騎士たちの集団が一斉に跪きだした。正直気持ち悪い。キリーヌも混ざっていたらするんだろうけど、その姿を見たら引いちゃうと思う。


 オルディネル様がおれを見て、ほっと息を吐いた。「なぜこのような状況になったのか覚えていますか? できるだけ簡潔に、そして詳細に答えなさい」


「えっ、はい」返事をしたもののどこから話せばいいのやら。全部話せばいいのだろうか。「この森で悪魔に操られたサウンソニード様がスオーロテッラとガッシュルヴォダの騎士たちを襲ってしまい、ミルリア様も巻き込まれてしまいました。サウンソニード様からセクトリットを授かっていた私は、オルディネル様からサウンソニード様の危機を知り急行。オルディネル様の協力を得、サウンソニード様を正気に戻すことに成功しましたが、今度はホワイトレースが悪魔の手に落ちてしまいました。いまは戦いに巻き込まれて傷ついた騎士たちを癒そうとしていたはずです。ホワイトレースに憑りついた悪魔はキリーヌとサウンソニード様が足止めしています」


 オルディネル様が「……うまくいきましたね」とあごに手を当て、ミルリア様は両眉を上げて目をぱちぱちさせた。


「ミルリア、そういうことになりましたから」


 ミルリア様が一瞬引きつった笑みを浮かべたあと、「承知いたしました」と子供らしくない言葉を遣い、これまた子供に似つかわしくない作り笑顔を浮かべた。


「……そういうことになった、とは?」

 オルディネル様はおれの質問に答えない。「なんでもありませんよ。そろそろ騎士たちの祈りが私に届きます。そうしたらあなたの出番です」


 祈っている騎士たちを見下ろす。騎士たちの体が淡く光って、シャボン玉のようなものがオルディネル様に向かって飛んでいく。それはオルディネル様に当たっても弾けることなく、身体のなかに入っていく。


「無事に魔力を集めるところまで来れましたか……」


 ずいぶんとオルディネル様はお疲れのようだ。しみじみとため息をついた。


「ミルリアもお疲れさまでした。まだ働いてもらいますが、頼みますよ」


 オルディネル様がミルリア様に手のひらをゆっくり突き出す。ふわりとした柔らかい風がミルリア様の髪の毛を揺らした。気持ちいいのか、表情がとてもやさしいものになっていく。「おまかせください」と答えた声も穏やかだ。


 ……おれが寝ている間になにかあったんだろう。……ん? なんで寝てたんだっけ……?


 ついさっきのことのはずなのに思い出せない。えーっと、確か――


「――あ痛ッ!」


 頭に鋭い痛みが生じた。指の腹で頭を抑え込む。

 即座にオルディネル様がおれの頭に触れる。痛みが飛んでいった。


「……余計なことは考えないように」

「クライブ王子、いまは目の前の問題に集中しましょう」

「……そうですね」

「わかったのならセクトリットを出しなさい」


 セクトリットを出すとミルリア様が「失礼します」とおれの隣にぴたりとついて、背中と肩に手を当てた。体温が伝わってくる。


「ミルリア様?」

「どんな曲でもいいので頭に思い浮かべてください。私が補助します」


 本当にどんな曲でもいいの? エロい歌詞が出てくるやつでも――


 ――あっやばい。体が勝手に動き出した。待って! これはこの場で演奏するにはふさわしくないんだけど!


 おれの願いは身体のなかでむなしくこだまするだけでなんの効果も発揮しない。リーテンライアーの弦が楽しそうに揺れて笑っている。


 ……お願いミルリア様。演奏をやめたいです。おれの気持ちに気づいて。補助をやめて。表情筋まで操られてるからすごくいい笑顔だと思うけど、内心焦ってるから!


 もう嫌だ勘弁してくれ、と思っているうちに二十秒弱ぐらいのイントロが終わりそうになる。いままでも歌うことはなかったし、そこは大丈夫だよな……? と戦々恐々としていると、口が動いて歌い始めた。


 ……くそうッ!!


 ああもう嫌だ。ちょっと髪をなでただけで破廉恥っていわれたのに『おっぱい』なんて単語を声たかだかに歌ったらどう思われるか……、想像したくない!

 もう終わった。すべてが無駄になったんだ。神に対抗して仏になって悟りでも開きたい気分になってきたとき、背中と肩をぐっとつかまれた。

 すると口の動きが止まって、歌が途中で途切れた。


 ……た、助かった!!


 なんか知らんけど助かった。ミルリア様が止めてくれたのだろうか。もしそうなら感謝しても感謝し足りない。あなた様こそ、おれの神です。

 大きな憂いさえなくなれば演奏自体は楽しい。音が耳に届くのは心地いい。

 楽しい時間はあっという間に過ぎる。幾度となく経験してきたことだけど、本当に時間が経つのが早い。心が充実した演奏が終わった。


 吐息を漏らす。ミルリア様がおれからパッと離れた。


 ……密着してたのが恥ずかしかったんだと思う。髪を触るだけでも破廉恥な世界だし。


 騎士たちを見ると、不思議そうに自分の体をつついたり動かしたりして怪我が治っているか確認しているところだった。どの騎士からも驚いたり安堵している表情を確認できるから、大きな成功を収めたに違いない。


 ……いやあ、よかったよかった!


 口の両端がニッと上がる。演奏中の作らされた笑顔より、きっといまの方がいい顔をしているはずだ。


「上出来ですね」オルディネルさまがうなずきながらいった。「これであなた個人の功績は十分でしょう。あとは悪魔を追い払うだけです」


 オルディネル様がミルリア様を地上に下ろした。なぜかと聞くと、「彼女の役目は終わりました」だそうだ。演奏を手伝ってくれたお礼は後回しになってしまった。

 おれの頭のてっぺんにオルディネル様の手が乗った。


「いまから私の魔力と騎士たちから集めた魔力を送ります。あなたのなかに残っている魔力と合わせれて攻撃すれば、ホワイトレースから悪魔を追い出すことも可能かもしれません」

「でしたら私から魔力を吸い取って悪魔に一撃を入れてくだされば解決しませんか?」

「私は力を貸すだけです。あなたがやりなさい」

「わかりました」

「よろしい」


 頭から腹の底に向かって暖かいものがすとんと落ちた。

 身体中に力がみなぎる。なんでもできるような錯覚さえ感じる。


「さあ、武器を頭のなかで想像しなさい。あの悪魔を追い払う武器を」


 ……武器か。武器といえばあれだな。


 頭のなかで形を思い描いた。

次回もできるだけ早く投稿できるよう頑張ります。

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