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まずくなっていた立場

 おれたちを守っていた白い光が消える。真っ先に飛んできたのはサウンソニードの怒声だった。


「なにをちんたら話をしておる! 二人がやられてしまったではないかッ!」

「キリーヌ、あなたは悪魔の足止めを! いまのあなたは空を飛ぼうと思えば飛べます。急いで!」

「わかりました!」


 サウンソニードが「無視するでないッ!」と吠えるのを気にも留めず、キリーヌが天からおれたちを見下ろすホワイトレースに向かっていった。

 剣をふりかぶったキリーヌが突っ込む勢いそのままに刀身をふりおろす。ホワイトレースは腕で受け止めた。大きな金属音が鳴る。キリーヌが連続で剣を繰り出し、ホワイトレースが受け止める。おれはその様を見上げることしかできなかった。


「柏床勝也! 呆けてないでセクトリットを出しなさい!」

「は、はい! セクトリット!」


 怒られて慌ててセクトリットを出す。


「サウンソニード」オルディネル様が目を吊り上げて睨んでいるサウンソニードに静かに命令をする。「柏床勝也を操って演奏させなさい。力の行先は柏床勝也です」


 やる気がなかったとは思えないほどテキパキ指示を出すオルディネル様を見て、サウンソニードが顔を歪めた。サウンソニードは悪魔と戦う気がなかったのを知らないだろうけど、自らの仲間が二人もやられてしまったのもあって、思うところがあるようだ。


「……それは構わぬが、お主はラッツァイトとハイレーヴェンが悪魔にやられたのを見てなんとも思わんのか?」

「思うとでも?」

「お主はそんなだからいつも独りなんじゃ……」


 サウンソニードが苦しそうな顔で嘆き終わると、セクトリットがリーテンライアーに変化して、指が弦を弾きだした。なにも考えなくても身体が動くから、キリーヌとホワイトレースを見る。首から上の自由は認められてるみたいだ。


 キリーヌがホワイトレースの周りをぎゅんぎゅん移動しながら切りかかり、ホワイトレースがそれを鬱陶しそうにレーザーを出して迎撃しようとしている。血を積極的に吸いに行く蚊とスプレーで退治しようとしている人みたいだ。

 忠誠を誓ってくれた騎士に対して失礼かと反省する。ホワイトレースが放ったレーザーがキリーヌに当たって爆発音がした。


「キリーヌ!」


 叫ぶと体から光が発射された。

 咄嗟に「えっ?」と困惑の言葉が出る。光は攻撃を受けてよろめいたキリーヌに向かって弧を描くように飛んでいく。光がキリーヌに当たって爆発した、なんてことはなく、彼女はなにもなかったかのようにまたホワイトレースに切りかかっていく。


「あまり感情的にならないように」

 ため息をついたオルディネル様に目を向ける。「……あの、いまのは?」

「あなたのキリーヌを心配する心が癒しの力を飛ばしたのです。いまあなたはサウンソニードの力で体内に魔力を蓄えている最中です。無駄に消費しないように心を落ち着かせなさい」


 無理だ。キリーヌの戦っている姿を見たら穏やかにいられるわけがない。自分を慕ってくれる小さな女の子の生きるか死ぬかの戦いを見て、なにも思わないような人生を歩んできていない。そんな育てられ方はされなかったし、育った覚えもない。常識的な精神を育んできた自負がある。


 ……だから、目を閉じよう。


 美しい旋律と戦闘音が混ざり合う。なるべく旋律だけに集中しよう。連続で鳴る金属音や時折鳴る轟音はおれを不安定にさせる。リーテンライアーの音に集中。集中。集中――


 ――できねえよ!


 人や物を攻撃してダメージを与え、場合によっては死に至る破壊音が響いている環境でそれを気にしないなんてできない。

 せいぜいできる抵抗は顔をしかめることぐらいだけど、神様からのお咎めがないからある程度は心を落ち着かせることができていると思う。

 やがて旋律が止んだ。


「ついてきなさい」


 言葉に目を開ける。オルディネル様の足が見えて視線を上げる。オルディネル様がどんどん上昇していくにつれて体が反っていく。サウンソニードがおれたちから離れてキリーヌの方を飛んでいくのが視界の隅に見えた。

 飛ぼうと思えば飛べる。キリーヌはそういわれて飛んだ。おれにもできるのか?

 浮け、浮け、飛べ。体に力を入れて念じると、抑え込まれていた力から解放されたバネのように一気に飛んだ。


「おわあっ!」

「なにをしているのです!」


 バランスを崩してくるくる回るおれをオルディネル様が空中でキャッチする。


「あ、ありがとうございます……」

「余計なことをしているとキリーヌが旅立ちかねませんよ?」


 釘を刺されて怖くなる。抱きしめられている体が少し震えた。


「少し降りますよ」


 よくよく辺りを見てみると相当高いところまで飛んでいた。キリーヌたちの顔が判断できなくなっている。

 降りていく勢いで服や髪が真上になびく。そしてキリーヌたちの状態が認識できるぐらいまで地面に近づいてきた。

 オルディネル様に目をふさがれた。


「見るのはおすすめしません」

「そんなことをいわれると不安になります」

「……我慢しなさい」


 破壊的な音から強制的に離れさせられる。胸が締め付けられるほどに心配だけどおれにはおれのやらなくちゃいけないことがあるだろうから、この気持ちは胃のなかにとどめておこう。願わくば消化してくれればありがたい。


「ここがいいですかね」


 オルディネル様の手が目から離れる。気になって音のする方を見る。キリーヌたちとはだいぶ離れていた。


「ここでなにを……? 特になにもないようですが……」


 森の上空ではあるけど木々がそびえ立っているだけで、目立つようなものは見当たらない。


「傷ついた騎士がたくさんいるではありませんか」


 オルディネル様の手がおれの目を一瞬塞ぐ。するとより遠くが見えるようになった。騎士たちが血を流して横たわってピクリともしない姿は、おれの気持ちを大きく揺さぶった。


「落ち着きなさい」


 後頭部を殴られた。頭のなかで火花が散る。強烈な痛みのおかげか、感情の高ぶりは収まったような気がする。


「……なにをするんですか」

「魔力の節約です。せっかく体内に大量の魔力を入れ込んだのに、無駄に使われてしまうのはもったいないですから」

「殴った方ではなく、ここでなにをするつもりなのかです」

「そっちですか。先にいいなさい。倒れている騎士たちにあなたの体内にある魔力を送り込んで怪我を治すのです」

「戦ってもらうんですか?」

「あなたはバカですか?」オルディネル様がため息をつく。「何年分ものあなたの魔力が詰め込まれていたとはいえ、あの程度の魔物に一掃される程度の戦力ではいない方がましです」


 あの程度の魔物って、あのでかいダンゴ虫のことだよな? いや、それよりも何年分ものおれの魔力が詰め込まれていたとか意味がわからない。


「……あのダンゴ虫に私の魔力が使われていたというのはどういうことですか? あんなのに魔力を流した覚えはないのですが」


 それどころか今日見たのが初めてだ。

 オルディネル様がなにか考えているのか言葉を詰まらせた。そして鼻から息を出すと、キリーヌたちの方に向かって手を横にふった。薄い黄色の光が飛んでいく。

 いまの行為については説明せず、おれの質問に答えだした。「……神殿の上空で演奏させられていたでしょう? あれがそうです。サウンソニードたちはあなたの演奏を通じて離れた位置にいる魔物に大量の魔力を送り込んだのですよ」


「あの演奏にそんな意味が……? いやそれよりも、なぜオルディネル様がそのことを知っているんですか?」

「私は全部見ましたから」

「それはどういう……」

「全部説明する気はありません」


 ……自分が必要だと思っていること以外は面倒、なんだろう。別に構わないけど。


「わかりました。それで、いまからどうするのですか?」

「まず私が騎士たちを起こします。その後にあなたの演奏で彼らの傷を癒します。そして私への信仰心を高めます」

「……はい? 騎士たちに恩を売って祈ってもらうだけなら、自分で全部やればいいじゃないですか」


 わざわざおれが演奏する必要はないだろう。


 オルディネル様が首をふった。「あなたの立場を考えると、こうせざるを得ないのです。あなたは――いえ、本物のクライブは側近がたった二人しかいないほど人望がありませんでした。それはあなたがクライブとして生活を始めてからも変わっていません。あなたの両親はあなたを処分するつもりでした。あまりにも出来が悪かったからです。そんな立場でしたが、サウンソニードからセクトリットを授かって事態が変わります。神々から認められたあなたを処分するわけにはいかなくなりました。これからも王子として生きていくことが決まったのです。しかし、このままではこの決定は覆されるでしょう」


 オルディネル様が一呼吸入れた。おれが「どうしてですか?」と先を促すとつづきの言葉を紡ぎ出した。


「サウンソニードが多くの人間を傷つけたからです。神々が人間を傷つけることは、神々の間では禁止されていることであり、本来なら問答無用で重罪です。……サウンソニードたちは刑罰を下す立場である私を亡き者にしてそれを回避しようとしましたが。話を戻します。重罪、ということはこの世界の人間ならだれでも知っています。重罪の、それもよりにもよって自分の国の騎士と友好国のガッシュルヴォダの重要人物たちを傷つけた神のセクトリットを授かった人間――つまりあなたですが、そんなあなたへの認識は『重罪者に認められた落ちこぼれ』といったところでしょう。そんな災厄にしかなりそうもない人間をのうのうと生かしておくとは思えません」


「……だからおれを助けるために手柄を分けてくれるということですか? なんのために?」

「これからあなたが毎日お祈りをしてくれるからです。あなたは将来的に魔力がかなり多くなる素質を秘めています。お祈りは魔力が多いほどこっちの利益が大きいのです」


 ……未来への投資みたいなものか。


 おれがなんとなく理解してうんうんとうなずいていると、オルディネル様が「では彼らを起こしますよ」と胸の前で手を合わせた。


 ……ちょっと待って! どうやって傷を治してあげればいいの!? 演奏するだけでいいの!? そこらへんなにも聞いてないですけど!?

いつも独りなオルディネル様は、これでも久方ぶりの会話を楽しんでいます。

次回もなるべく早く投稿できるよう頑張ります。

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