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従者と記憶

「……どうぞ」

「失礼します」


 ゆっくりと扉を開けて入ってきたのは声の通り幼い少女だった。年齢は5、6歳だろうか。限りなく黒に近い紺色の目でじっとこちらを見ている。


「これはいったい……」


 ほんの少しだけ怪訝そうな顔を見せて、キリーヌはおれとホワイトレースさんを見比べる。膝をついていたホワイトレースさんが涙をぐっと拭いて立ち上がった。


「なんでもありませんよ、キリーヌ」

「……それならいいのですが」


 まるで納得していないようにキリーヌが顔をそらす。背中までまっすぐ伸ばされた銀色の髪がひらりと舞い、腰に携えられた剣が音を鳴らした。


  ……剣!?


 剣なんてテレビとかでしか見たことがない。剣といえば刃物だ。紙を切ることはもちろん人を殺すことだってできる。なんでこんな小さな子がそんな危ないものを持ってるんだ。


「……王子、顔色がよろしくないようですが、大丈夫ですか?」

「あ、ああ。問題ない」


 本当はわけのわからないことだらけで全然大丈夫じゃない。見透かされているのか、キリーヌにため息をつかれた。

 しかしこの子大人びてるな。子供らしさをまったく感じない。小さいのに凛とした雰囲気がある。言葉遣いも子供にしてはあり得ないぐらい丁寧だ。できる限り丁寧に取り繕ったおれより丁寧だ。間違いない。この子の親はどれだけ厳しい教育をしてきたのだろうか。


「あの、王子。いまの状況は大問題です」ホワイトレースさんがこめかみを押さえて小さく首をふった。まだ目が赤いけど、どうやら落ち着きを取り戻したみたいだ。「キリーヌ、大切な話があります。王子はベッドに座ってください」




「王子が記憶喪失……?」


 キリーヌが疑いの目をおれに向ける。そんなわけないでしょう、と思っているに違いない。

 実際記憶喪失ではないけど、目を腫らしたホワイトレースさんを見ていてその反応は酷くない? なにかあったぐらいは思うでしょ。相当疑り深い子なのか、それともこの子に相当信用されていないのか。


「医者の診断もありますし、さすがの王子もここまで悪質な悪戯はしませんよ」


 ……クライブ王子は信用がなかったのかもしれない。


「……そうですね。王子、申し訳ありませんでした」


 イスに座っていたキリーヌが、突然床に片膝をついて跪く。

 見慣れない仕草と光景にぎょっとする。そこまで失礼なことをこの子はしただろうか。していたとしても、ここまでするようなほどでもないだろうに。


「いや、いいよいいよ。気にしてないから」


 気分を害してないとアピールするために体の前で両手をふると、キリーヌが「信じられない」といいたげな表情で顔を上げ、ホワイトレースさんが瞳をぱちぱちさせた。


「気にして、ないのですか?」とホワイトレースさん。

「え、あっ、はい。目くじらを立てるほどのことでしたか……?」


 気まずい沈黙。暖炉のばちばちという音がやけに大きく聞こえる。

なんかじっとしていられなくて周りを見る。あらためて見るとこの部屋は広い。おれの部屋は六畳だったけど、それとは比較にもならない。こんな広い部屋に三人しかいないなんてスペースがもったいない。たぶん普段は一人で使う部屋なんだろうと思う。ベッドが一つしかない。さすが王子と呼ばれる子の部屋だ。

 大きな窓が三つもあるが、そのどれもから暢気な陽の光が差し込んでいて、見たことのない花を照らしていた。立派な花だ。部屋の広さや清潔さから考えると、高級なものに違いない。

 視線を戻すとキリーヌと目が合った。キリーヌはすぐさま下を向いた。


「お目こぼし感謝いたします」

「もういいって、ホント……」


 王子だから気を遣われてるんだろうけど過剰過ぎない? これがこれからつづくのは嫌だなあ。

 ひとつ名案が浮かんだ。ぽんと手を叩く。命令すればいいんじゃないか? これまでのやり取りを見るに、おれの方が立場が上なのは間違いないんだ。命令さえしてしまえばこっちのものだろう。

 上の立場として命令するのだから、それっぽくいわないといけない。わざと咳払いをして気合いを入れる。


「キリーヌとホワイトレースさんに伝えておくことがある。これからおれに謝らなきゃいけないことがあっても跪くのはやめるように。これは命令だ」

「聞けません」

「……どうしてですか? ホワイトレースさん」

「わたしたちは主従関係にあります。互いに一線を引き、礼儀を忘れないのは当然ではありませんか」

 厳しすぎないか? と思っていると、キリーヌが会話に入ってきた。「主である王子が望むことをこなすのが従者としての在り方でしょう? ですから公の場でなければいいのではないでしょうか?」

「いけませんっ! なにをいっているのですか!? 普段気を抜いていたら公の場で失敗してしまいますよ。もしそうなった場合、恥をかくのはわたしたち全員なんですからね!」

「……そうですね。ホワイトレースのいう通りだと思います」

「……わかればいいんですよ」


 キリーヌは納得してないと思うんだけど。だってホワイトレースさんに気づかれないようにため息ついてるし。

 それにホワイトレースさんもキリーヌが納得してないことに気づいてるでしょ。答えるまでの間と攻撃的な視線はなんですか。


 ……この二人、仲悪いのか?


「それと王子」

 急に話をふられて、おれは体をびくっとさせる。「は、はいっ」

「わたしに対して丁寧な言葉で話してはなりませんよ」

「ぼくが主で、ホワイトレースさんが従者だからですか?」

「その通りです。ある程度の丁寧さは忘れずに、もっと上からお願いします」


 ……そんなこといわれもなあ。


 だってホワイトレースさん間違いなくおれより年上じゃん。二十代前半ぐらいでしょ? おれ、まだ高校生なんだけど。

 部活の後輩みたいに接すればいいのかな? それを年上のお姉さんにやれと? 心理的抵抗がすごいんだけど。


 ……でも、やらなきゃいけないんだろう。おれは柏床勝也だけど、周りから見れば小さな王子様。どれだけクライブ王子として過ごさなきゃいけないのかはわからないけど、王子でいる間だけは、そういうふる舞いをしなければ生き辛くなるはずだ。


「……わかった、ホワイトレース。……こんな感じでいいか?」

「結構です」


 満足したようにも、ほっとしたようにも見える笑みをホワイトレースが浮かべた。そして息を一つ吐くと、真剣な表情になった。


「王子。かなり多くの記憶を失くしてしまったようですが、どれだけのことを覚えていますか?」

「……本当になにも覚えていないんだ。自分の名前も呼ばれるまでわからなかったし、二人の名前も聞くまでわからなかった。そもそもここがどこなのかもわからない」


 おれの答えを聞くと、ホワイトレースは口をひとつに結んでこめかみを押さえ、キリーヌはなにかを考えるように口元に手を当てた。

明日も更新予定です。

日付を超えないよう頑張ります。

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