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豹変

 うんうんとうなずいて、おれを取り巻いていた状況を思い出した。キリーヌとのやり取りに夢中になっていたから忘れていたけど、こういう話ができるような状況じゃなかったはずだ。


「そうだキリーヌ、オルディネル様たちはどうなったんだ?」

 キリーヌがばっとふり返る。「そうですよ! このようなことをしている場合ではありません!」


 突然、すぐそばに雷が落ちたかのような音が響いてきた。地面が揺れて体がよろめく。


「なんだ!?」

「オルディネル様が戦い始めたみたいです!」


 そうだ。いまさら過ぎるけど、ここにはおれとキリーヌしかいない。神々もホワイトレースも、それからミルリア様もいない。


「いまってどういう状況なんだ!?」


 また大きな音。今度は和太鼓を連続でたたいてるような音とガラスが割れたような音。堪えないと吹き飛びそうな風と眩しい赤の光がおれたちに襲いかかってくる。


 光と風が止んでからキリーヌが早口で喋る。「まず王子が気絶していたのはほんの数秒のことです。オルディネル様のおかげで旅立つことはありませんでした。王子を助けてすぐオルディネル様はサウンソニード様たちに攻撃をして、わたしたちから離れていきました。わたしが王子の安否を確認し、ホワイトレースがミルリア様を安全なところまで非難させることになりました」


 ……おれって死ぬところだったのか。オルディネル様、ありがとうございます。


「なるほど。それで、神たちはたったいま戦闘を開始して、ホワイトレースとミルリア様は姿が見えないのか」

「いまのいままでオルディネル様が戦っていなかったのは説得していたからかもしれません」


 キリーヌのいう通りかもしれない。

 でもいまはそれよりも、


「おれたちも安全なところへ行こう! ここにいたら危険だ!」

 キリーヌの鋭い声が飛んでくる。「いけません! 目が覚めたら戦いに赴けとオルディネル様がおっしゃっておりました」

「なんでだよ!? 行ったところで役に立たないだろ、おれは!」

「わたしに怒鳴らないでください!」

「じゃあオルディネル様に怒鳴ればいいのか!?」

「いいわけありません!」


 ……クソッ! 不満は胸に閉まっとけってことかよ!


 苛立ちながら神々が戦っている方を見る。おれたちに配慮したのか結構遠い位置で戦っている。宙に浮く影が四つ。バリエーションに富んだ破壊的な音がやかましい。突然空が赤く光ったと思ったら、姿を消していた気持ち悪いダンゴムシが降ってきた。地面が大きく揺れてドタッと倒れてしまう。


 行きたくないが行かなくちゃいけない。神には逆らえない。神の力は嫌というほど見せつけられてる。神秘的な演奏。季節を進める力。渇を入れるだけで命を奪える力。

 サウンソニードも最初は友好的だった。たぶん。そして裏切った。オルディネル様だってそうかもしれない。でもそれは行かなくていい理由にならない。従っていても不利益を被るかもしれないが、従わなければ被害を受ける危険が高い。加えて、人間に対抗するのは不可能と来てる。


「……行くか」


 おれのつぶやきを拾ったキリーヌが走り出そうとしたとき、不気味な声が聞こえてきた。


「待ちなさい」


 ホワイトレースだった。うなだれるように立っている。キリーヌが俊敏な動きでおれとホワイトレースの間に入って棘のある声を出した。


「……ホワイトレース、ミルリア様はどうしたのですか?」

「どうだっていいでしょう、そんなこと」

「そんなこと、だと……?」


 いいながらおれは体を震わせた。ホワイトレースの声と言葉には突き放すような冷たさがある。


「ミルリア様を安全なところまで連れて行ったのですか?」


 ずいぶん早く帰ってきたみたいですが、と不信感を隠さないキリーヌをホワイトレースは見ようともしない。下を見たまま体をふらっと揺らした。「さあ。とりあえず道は教えました。あとはあの人次第です」

「ふざけてるんですか?」


 キリーヌが剣に手を添える。放っておいたら切りかかりそうな気がして、慌てて肩に手を乗せる。

 そうするとキリーヌが息を吐いて力を抜いた。おれも肩の力を抜く。


「ホワイトレース、なにを考えてる? ミルリア様は守らなくてはならない大切な来賓だろ。いまからでも戻って」

 ホワイトレースがおれの言葉を遮る。「黙ってくれません?」べったりくっついたシールが剥がれるときのようにゆっくり顔を上げる。思わずキリーヌの肩に乗せている手に力を入れた。顔がこわばっていく。ホワイトレースは明らかな敵意をおれに向けていた。「どこのだれかも知らない輩に命令される筋合いはありません」


 いい終わるや否や、剣が鞘から抜ける音が神々の戦っている音と混ざる。キリーヌが抜いた剣の先は、ホワイトレースを確実にとらえている。


「……あなたは王子を王子と認めない、ということですか」

「当たり前でしょう」ホワイトレースの目が鋭くなる。「わたしはクライブ王子に忠誠を誓ったのであって、そこの偽物ではありません」


 ……たぶんホワイトレースは当然のことをいっている。キリーヌが特別なんだ。それなのに胸に来る痛みはなんだろう。


「わかりませんね。クライブ王子より、いまの王子の方がずっと仕えるに値すると思いますが」

「……あなたにとってはそうかもしれませんね」

「もちろんですとも」キリーヌが肩を竦めた。「怠惰で無能で愚か。気性は荒く仕事をこなしてる人間を信用しない。そんな人物についていくなんて、嫌で嫌で――」


 たぶんキリーヌは「仕方なかったです」とか、そんな台詞をつづけたかったんだと思う。だけどホワイトレースが急接近してきたからそれは叶わず、剣と剣が交わるキンッと澄んだ音になって変わった。

 ホワイトレースは普段剣を携帯していない。魔力を流すと剣になる魔石をポケットに忍ばせている……ように見えた。接近してくるときに魔石を取り出すのが見えたから。


「あなた、いま自分がなにをしたかわかってるんですか!?」


 キリーヌの怒りの感情が爆発する。

 両者は鍔迫り合いで互角の勝負を数秒繰り広げ、キリーヌが勝った。ホワイトレース押し出し、ホワイトレースに向かって剣先からビームのようなものを出した。

 ホワイトレースは乱暴に剣を地面に突き刺し、体をこちらに向けたまま飛ぶように一歩下がる。彼女が手を突き出すと、地面に刺さった剣を中心にして、大人の肩幅ぐらいの光が上空に伸びた。ビームと光が当たって火花が散るような音が鳴る。すぐに煙が上がり、両方とも消えた。


「……腕を上げましたね」

「真面目に訓練してますから。……クライブ王子とは違います」


 ホワイトレースが「この……」と歯を噛みしめて体勢を低くする。こっちに飛び掛かってくる前に声を出して止めることができた。


「待てよ二人とも! 仲間割れしてる場合じゃないだろ!?」


 神々が戦闘中で怪我人が山ほどいて、しかもおれはオルディネル様に呼ばれている。


「ここにわたしの仲間はいませんが」

「ホワイトレース……」

「軽々しく名前を呼ばないでもらえます? 偽物の分際が」


 ホワイトレースの視線は内臓の飛び出したネズミを見るかのごとく。ここまで嫌悪感を持たれるのはショックだ。いまのいままで優しかっただけに。


「王子、ホワイトレースは諦めましょう。もう無理です」


 キリーヌの冷静に諭す声もまたショックだ。仲が悪いのかもしれないけど仮にも仕事仲間なのに。


 ホワイトレースがくつくつと笑いだした。「無理、ですか」

「なにがおかしいのですか?」

「いえ、本物のクライブ王子があなたに下していた評価が『無理』でしたから」


 キリーヌが両脇を締めた。背中越しに複雑な感情が伝わってくる気がした。


「あら、傷心ですか? それともご立腹?」

「……」

 ホワイトレースがわざとらしい溜息をついた。「まったく、本来はあなたみたいな落ちこぼれが王家の側近に取り立てられたら、絶対の忠誠を誓うはずなのですけれどね」

「……それに見合った行動はしていましたけど?」


 様々な気持ちを押しとどめるように、キリーヌが体の中心に向かってぐっと全身を縮めた。


 ホワイトレースはその様子を嘲笑うかのように表情を歪めた。「ええそうですね。あなたはよく働いていましたよ。……きっと両親をはじめとした周りの評価を覆したかったのでしょうねえ。無駄なこととも知らずにまあ健気なことでした」


 疑問が浮かんで、確信に変わる。明確な根拠はないけど、感覚がそう告げていた。


「おいお前、キリーヌがクライブ王子に信用されなかったのは、お前の口添えがあったからだろ」


 キリーヌが肩越しにふり返る。目が見開かれていた。


「……ばれましたか」

「隠す気もねえくせに」

 キリーヌが口を真横にしてホワイトレースと向き合った。「どうしてそんなことを?」


 キリーヌからしたら理解不能だろう。同じ主に仕える側近同士。しかも『よく働いていましたよ』と本心かどうかは知らないが、ある程度の評価はしているはず。主に悪意ある口添えする理由が見当たらない。


「気に入らなかったんですよ」ホワイトレースが皮肉めいた笑みを浮かべる。「わたしの王子を利用して己の名を上げようとするあなたがね」


 ……なんてくだらない理由なんだ。『わたしの王子』とは、主従関係以上の感情が芽生えていたのか? だとしてもくだらないことに変わりはない。


「わからねえな。クライブ王子は仲間が全然いなかったはずだ。真面目に働くキリーヌの存在は、お前にとっても有り難かったはずだろ」


 キリーヌとクライブ王子は同い年。ホワイトレースの口添えがなければ仲良くなれたかもしれないのに。


「……女でなければ、ね」

「はっ、気持ち悪りい女」

「なんとでもいいなさい」


 ホワイトレースの体から黒い煙とも光ともとれるものが出てきた。いまにも割れそうな風船よりもずっと恐ろしい気配が漂っている。

 そう思ったのはキリーヌも同じようで、じりっと後ずさった。


「さて、そろそろ王子の体を返してもらいます」

「仮におれたちを殺したとしても、クライブ王子が生き返るわけじゃないんだぜ? 無駄なことはやめてくれねえかな。オルディネル様に呼ばれてるんだけど」

「王子は生き返ります」


 純度百パーセント信じて疑わない響きに、体の毛が逆立った。


 ……こいつはやべえ。キリーヌのいう通り、あきらめた方がよさそうだ。っていうか無理。


「わたしは王子のすべてを知ってます。体さえあれば、体さえあれば考え方も記憶も魔力もすべて詰め込める! 悪魔の力さえあれば!!」


 ホワイトレースが発していた黒いなにかが彼女を包み込み、ぐみゃぐみゃっと何度か音を立てて気持ち悪く動く。音が鳴りやむ。そういえば神々の戦いの音がだいぶ小さくなっていることに気がついた。

 黒いなにかが重力に負けて地面に消えるように飲まれていく。最初に出てきたのは黄色い角。たくましい牙と黒い羽根を背中に付けたホワイトレースは、もうおれの知っているホワイトレースではなかった。


「では」ホワイトレースの声は、彼女自身の声と何者かの声が混ざっている。「王子の体を返してもらいましょう!」

 お待たせしました。体調を崩していたこともあってずいぶんと日が経ってしまいました。

 前二話のタイトルを変更しました。

 次話は明後日の夜になります。

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