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忠誠

「……なにをいっている」


 おれが死んだ? なら、いまここにいるおれはなんなんだ。


「お主はお主の世界で死んでおるのじゃ」

「そんなはずはない!」


 訳のわからないことをいいやがって!


 上位の存在であるらしい神は、おれの怒鳴り声にも動じない。「あるのじゃよ。死んでもない人間の魂を別の世界に移すなど、神といえどもできぬからな」


 オルディネル様が「……ですね」とつぶやく。


 サウンソニードのいうことが正しいと認めるそぶり。唾を飲む。音がごくりと鳴った。

 そんなのありえない。おれが死んだなんてありえない。息は吸ってるし目は見えてる。嫌な汗が出てきたことだってわかるし、口のなかが渇いてきたことだって!


「でたらめなことをいうなッ!!」

「さきほどから口の利き方がなってないぞ小童がッ!!」


 心臓がドックンと低い音を出す。自らの意思とは関係なく、肩を押さえつけられたようにしゃがみ込む。震える視界がサウンソニードから離れない。


 サウンソニードのさらっとした前髪の下から発せられる、へばりつくような視線。殺気を超えたなにかが含まれているそれは、おれの身体を、いや、存在を丸ごと押しつぶしてしまいそうなおぞましさがある。

 オルディネル様がなにか喋った。聞き取れない。姿も見えない。周囲が暗くなってきて、なにも見えなくなってきた。一瞬宙に浮いたときのような不思議な感覚に襲われ、途切れた。


「――子!! 王子!!」


 声がした。体がピクッ跳ねる。視界が明るくなる。すぐ目の前になにかがある。なんだこれは? ……土だ。頭がズキッとした。苦しむ声が出て、頭を押さえずにはいられない。


「王子!?」


 声が上の方から聞こえる。おれは下を向いてるようだった。違う倒れてる。なんでだ? とりあえず、呼ぶ声に応えなきゃ。

 うつ伏せの状態から少しずつ顔を上げる。小さな膝、太もも、短いスカートの裾と見え、そこからさらに視線を上げると、顔を青白くしたキリーヌが泣きそうな顔でおれを心配そうに見つめていた。


「大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」

「ああ、大丈――」


 最後まで答えずに体を起こす。急に頭が回りだす。

 怪我はない。倒れていたみたいだけど、頭に鈍い痛みがあるぐらいで、動作に支障があるわけでもない。


 だけど大丈夫じゃない。

 おれがクライブ王子じゃないと、別世界の人間だと神にばらされた。しかもおれは自分で『クライブ王子じゃねえんだよ』といい切った。柏床勝也だともいった。


 ……これはまずい。


 キリーヌはクライブ王子に付き従ってくれる側近であって、おれを慕ってくれてるわけじゃない。ホワイトレースもそうだ。

 中身が違うと知られた。二人からすればどこのだれかもわからない得体のしれない人間だと知られてしまった。


 人は人を見た目で判断する。けど、外身と中身がまったくの別だと知ってしまったら? 普通ならこんなことだれも信じない。この世界でもそうだろう。だけど、おれの場合はオルディネル様のお墨付きがある。サウンソニードを肯定するつぶやきを聞けば、この世界の人はおれがクライブ王子じゃないと信じるに決まってる。この世界は信心深いのだから。


「……王子?」


 戸惑ったような声を出すキリーヌの顔を見れない。「……あのさ、どうしてきみはおれのことをまだ王子って呼ぶんだ? オルディネル……様の言葉を信じてないのか?」


 ついでにいえば、おれの言葉も。


 キリーヌはわずかに間を作ってから、おれと同じところまで顔を下げた。それからうつむいていたおれのあごを持ち上げる。力の入った瞳があった。「……オルディネル様のお言葉は真実でしょう。ですが、それがどうかしましたか?」

「……は?」


 どうかしましたか? この子はいったいなにをいっているんだ。


「そりゃ、どうかするだろ? だっておれは、二人が仕えたいと思った本物のクライブ王子じゃないんだ。この世界で、おれの味方に立ってくれる人は、もう……」


 もう、いない。得体のしれない人間のところに二人が留まってくれるとは思えないし、悪評が目立っていた王子様に従いたい奇特な人間もそうはいないだろう。神託を授かったことがプラスになるかもしれないが、おれに神託を下したのは人間を傷つけるサウンソニードだ。


「わたしが仕えたいのはあなたです」


 キリーヌの声を聞いた途端、世界が開けた気がした。

 真剣な言葉。まっすぐな眼差し。静かだけど勇気づけてくれる声。それらのすべてを作る幼女がとても強く見えた。いまのこの子は神をも凌駕している。


 キリーヌが小さな手をおれのあごから離した。「わたしは以前の王子からは信頼されておりませんでした。いくら仕事をしても心を開いてもらえなかったのです」息を吸って吐いた。「ですがあなたは違います。家族にさえ疎まれていたわたしを立派な騎士だと認めてくださいました。初めてだれかに認められて、生きててよかったと、心から思えたのです」


 キリーヌの口元が幸せを噛みしめるようになめらかな曲線を作った。

 自分のしたことが、励ますためにいった言葉がここまで喜ばれたのは、生まれて初めてだ。


 キリーヌの表情が引き締まった。「わたしに居場所をくださったあなたに、わたしは忠誠を尽くします。たとえあなたが別の世界から連れてこられた人であろうとも、周囲をすべて敵に回そうとも、わたしはあなたに従います。わたしの王子は、あなたしかいません」


 …………いままでだれかにここまで想われたことがあっただろうか。


 絶対にない。あなたに忠誠を誓いますだなんて、あっちじゃあり得ない。

 キリーヌの言葉をいいかえれば、『あなたを生きる理由にします』といったところだろうか。


 ……いかん、体が熱くなってきた。


 落ち着け。愛の告白じゃない。おれは六歳の子にときめくような変態じゃないはずだ。

 首を強くふる。気をしっかり保つために息を鋭く吐いた。

 なぜかキリーヌが愕然としていた。


「……わ、わたしの忠誠は不要ですか……?」

 消え入りそうな声と決壊しそうな涙を目にして、自分の仕草が誤解させるものだったと気がついた。「違う! そうじゃないんだ!」キリーヌの肩をつかんで顔を近づける。「おれにはきみが必要だ! ずっと近くにいてくれ!」


 キリーヌがぽかんとして、それからおれの胸をドンと押した。


「痛て」


 結構強い勢いで押された胸をさする。

 キリーヌと目が合う。素早く背中を向けられた。


「……王子がお望みでしたら、どこまでもお供します」


 おれは安堵の息を吐く。


 ……よかった。誤解は解けたみたいだ。

 お待たせしました。とても難産だったので時間がかかってしまいました。申し訳ない。

 次の難産になると思うので、しばしお待ちください。

 時間が経っても投稿をやめることはないです。もしやめるときはアナウンスします。


 なるべく早く次の話を投稿できるよう頑張ります。

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