神様続々
「ど、どういうことですか……? 魔物を倒してくれるんじゃ……」
意味がわからないながらもなんとか口を動かす。ぼそぼそっとしか毛声が出なかったが、笑っている神様には聞こえたみたいだ。興味のないものを見るような目でおれを見下ろした。
「そんなことをいった覚えはない」
目が見開いていく。たしかにそんなことはいってない。おれが勝手に期待して、裏切られただけ。だけど、
「普通はそう思うじゃないですか!」勝手に声が大きくなった。「戦えないおれをこの森に向かわせても意味がないのはあなたもわかっていたはず! それなのに向かわせたってことは、助けてくれるってことだと思うじゃないですか!」
一気に吐き出して肩で息をする。そんなおれを援護するように、ミルリア様が遠慮がちにサウンソニード様を見つめた。
「……サウンソニード様は、わたしたちを助けてはくださらないのですか?」
その言葉には非難のニュアンスがたしかにある。
そうだ。普通なら助けてくれる。だってサウンソニード様は神様だ。ローリッシュがしていたように、祈りを捧げるのは必ずしも神託を授かった人間とは限らない。たぶんこの世界の人類はキリーヌのように信心深い。定期的に神に祈りを捧げている。魔力を捧げている。敬われている。
神様ならば、そんな人間を見捨てて凶悪な魔物を助けるなんて、普通に考えてありえない!
「……そんなつもりはない。わらわはわらわの目的のために動いているにすぎぬ」
おれの普通は簡単に裏切られた。神の顔が嘲笑めいている。
胸が締め付けられる感覚がした。服の胸のあたりを力の限り握る。手が震えていた。
なにを考えているのかわからないサウンソニードを避けるように後ろを見る。魔物がパワーアップした喜びを表現するように周りの木を倒し始めたところだった。丸まって無造作に転がる。視界の奥にある木が無残にも倒されていく。倒れた木と葉っぱの悲鳴が聞こえる。でも、もうどうすることもできない。
頼りにしていたサウンソニードは魔物の味方。戦える人間はキリーヌとホワイトレースだけ。他の騎士が姿を見せない。全滅していたみたいだ。
……もうダメだ。
さらに巨大になる前の攻撃でも、キリーヌとホワイトレースは防ぎきれなかった。次の攻撃をどうにもできないのは明らかだ。
絶望が胸から広がり、体を支配する。脳みそが暗黒一色に染まろうかというとき、何者かの声が聞こえてきた。
「そこまでです! サウンソニードッ!!」
おれとサウンソニードの間に、上からなにかが落ちてきた。深緑の長髪が特徴の女性。サウンソニードを平気で呼び捨てにしたのだから神様のはずだ。
「やっと来たか、オルディネル」
サウンソニードが攻撃的な声を出す。
ミルリア様が神々から逃げるように移動し、おれに近寄った。
小声で聞く。「ミルリア様、あの方は?」
「秩序の神、オルディネル様です」
やっぱり神様だった。
オルディネル様はサウンソニードに向かって溜息を吐いた。「サウンソニード、これはどういうことかしら? 私の目には、あなたの力によって作られた魔物が、自然の理に逆らうことなく生きている人間や植物を傷つけているように見えるのですが」
「よかったのうオルディネル」サウンソニードがニタッと笑う。「ずいぶんと年を取ったとはいえ、まだ老眼にはなってないようじゃぞ」
「……覚悟は、できているんでしょうね」
オルディネル様が殺気を放つ。自分に向けたれたわけでもないのに肺が絞られる感じがして冷汗が出てくる。ミルリア様も恐怖を感じたのか、おれの背中に隠れて、おれの服をぎゅっとした。
「もちろんできておるぞ」サウンソニードは動じない。「其方を殺す覚悟がなッ!!」
サウンソニードの宣言と同時、オルディネル様が登場したときと同じように、上空からなにかが二つ落ちてきた。神と思しき二つの男の人影は、サウンソニードの背後に立った。
オルディネル様が一歩後ずさった。「……ラッツァイトにハイレーヴェン」
立ち位置とオルディネル様の反応からして、あの二人の神はサウンソニードの味方だろう。つまり、おれたちの敵だ。
「……どうして時空の神ラッツァイト様と命の神ハイレーヴェン様も、サウンソニード様の味方に立ってしまったのでしょう?」
聞いてもいないのにミルリア様が新たに出てきた神が何の神かいってくれた。そして言葉からサウンソニードを敵だと考えていることがわかる。
「聞きたいか? ミルリアよ」
ミルリア様は小声でいったのに、サウンソニードに聞こえていたらしい。声をかけられたミルリア様はおれの体を後ろから抱きしめた。
お姫様をかばったのか、オルディネル様が代わりにいった。「ええ、是非とも聞きたいわ。返答によっては、罪に課せられるのが三人になるのですから」
「……ラッツァイトについてはいうまでもなかろう」
オルディネル様が額に手を当てる。「……恋慕の情というものは厄介ですね」気を取り直すようにかぶりをふって、「では、ハイレーヴェンは?」
サウンソニードではなく、ハイレーヴェンが答える。「私はあなたが嫌いだ。それだけで十分だろう」
オルディネル様が固まった。理解が追い付かないのかもしれない。
人間だれでも好き嫌いがある。別に神にあったって不思議ではない。だからといって殺そうとするのはおかしい。間違っている。
オルディネル様がはっとしたように体をピクッとさせた。「待ちなさい、ハイレーヴェン。あなた、そんなくだらない理由で大罪を犯すつもりですか?」
考え直しなさい、いまならまだ間に合います、とつづけた常識的な神様に、ハイレーヴェンが不愉快そうな顔を見せる。「くだらなくなどない。それに、私はもう大罪を犯している」
「……どういうことでしょう?」
今度はサウンソニードが返事をする。バカにするような笑みを浮かべ、おれを指差した。「そこにいるクライブという男はな、本来ならここにいるはずがないのじゃよ」
オルディネル様が驚愕の表情でふり返る。初めて顔を見た。話の流れから見てサウンソニードより年上みたいだけど、断然オルディネル様の方が若い。
オルディネル様はおれを観察するように覗き込む。全部見られているような気になって、胸が苦しくなってきた。
「……まさか」何らかの結論を出したオルディネル様がサウンソニードに向き合った。「この幼子を旅立たせたのですか?」
旅立たせる。ここでいう旅立たせるは、以前にキリーヌが使っていた意味と同じだろう。つまり――
「――おれが、死んでる……?」
そういうことのはずだ。キリーヌはおれの兄が一人亡くなっていると教えてくれたときに旅立つという表現を使っていた。
ミルリア様がおれの服から手を離した。後ろを向く。後進するミルリア様と、いつの間にか近くにやってきていたキリーヌとホワイトレースが見えた。側近二人は目を見張っている。魔物の姿は見えなくなっていた。遠くへ行ってしまったのだろうか?
「その通りじゃ。正確にいえば、本物のクライブじゃがな」
邪な笑みを浮かべるサウンソニード。罪の意識や罪悪感はまるで感じられない。
オルディネル様は大して驚いていないのか、それとも平静を装っているのか、落ち着きのある声を出した。「では、この幼子の体に入っている魂は、どこから調達したのかしら?」
「別の世界からだ」と時空の神。
……魂を調達? 時空の神?
一つの考えが頭をよぎる。平行世界というものが本当にあって、おれはこいつらに連れてこられてしまったのか……?
オルディネル様が深い息を吐いて、「あなたたちはなんという、なんということを……」と嘆きながらゆっくりとかぶりをふる。
「ま、待てよ」おれはサウンソニードを睨みつけた。「じゃあなんだ。おれがこの世界にいるのはお前たちのせいなのか!?」
疲れてるわけでもないのに息が荒い。体が熱い。力が入る。
「なにか不満かの?」
「不満しかねえよ! このババアッ! さっさとおれを元の世界に戻せ! おれは柏床勝也であってクライブ王子じゃねえんだよ!」
静寂におれの怒声が溶けて消える。魔物が暴れていたときの騒がしさが嘘のようだ。おれの乱雑な息遣いしか耳に届かない。
その状態をサウンソニードが鼻息で打破して、「……まったく、恩知らずとはこのことじゃな。便宜を図ってやったというのに」
「……便宜だと?」
サウンソニードが腕を組んだ。「言葉に苦労しないようにしてやったこと。神秘的な演奏をさせてやったこと。悪評を抑えてやったこと。……ずいぶん助かったのではないか?」
「ハンッ、ざけんじゃねえよ。お前らが余計なことをしなければ、そんな必要はなかっただろうが」
サウンソニードとその仲間の男が怪訝そうな表情を浮かべる。サウンソニードがすぐに「ああ」とひとりでに納得したような声を上げた。
「そうか、そういうことじゃったのか」
うんうんとうなずく姿が鬱陶しい。「もったいぶってないでさっさといえよ」
「お主は死んだ記憶がないのじゃろう?」
次回は明日です。夜10時ごろになると思います。




