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魔物に聴かせる演奏

 格好つけたまではよかった。けど、急に頭がくらっとしてうずくまる羽目になった。


「あれっ……?」


 体に力が入らない。頭が痛い。ちょっと寒い。吹雪いてもないのに。


「大丈夫ですか!?」


 ホワイトレースがおれの手を取る。わずかに体が温かくなって、頭の痛みが和らいだ。


「助かる」

「これを飲んでください」ホワイトレースがポケットに入れてあった袋から小さな錠剤を三つ取り出しておれに見せる。「魔力が回復します」


 無言で錠剤をつかんで口に入れる。飲みやすいようにはできてないようで、気合を入れないと飲み込めなかった。ざらっとしたのど越しが過ぎるとすぐに腹から熱が体に広がっていき、力が入るようになった。


「魔力を使いすぎるとこうなるのか」


 つぶやいてゆっくりと立つ。ミルリア様を見る。涙を頬につたわせて、それでいてしっかりとおれのことを見ていた。


「お怪我はありませんか?」

「は、はい。わたしは大丈夫です」ミルリア様が目を伏せた。「でも、みんなが……」


 お姫様は王子様と同じく、格差社会の頂点に限りなく近い。周囲に命令する立場であり、守られる立場だ。

 だからといって自分のためにだれかが怪我をしたり、命を散らすことに慣れているわけではない。覚悟はできているかもしれないが、心にダメージは残る。立場が上であっても人間としての弱い部分はある。

 そんな当たり前のことに、いまさらながら気づかされた。


「……傷ついてでも守ってくれた人たちに報いるためにも、いまは逃げましょう」

 おれの言葉にお姫様はふるふると首をふって抵抗した。「で、できません。みんなを置いてなんて……」


 ミルリア様が、守るように抱いていた騎士の子をぎゅっと抱き寄せる。


 世界を揺らすような叫び声が聞こえた。心臓が跳ねる。反射的にばっと体を向けた。魔物が勢いよく立ち上がり、天を見上げてまた咆哮を上げる。

 心臓がドクドク音を立てる。カタッと奥歯が鳴ったけど、力を入れて震えを止めた。


「王子、わたしとキリーヌで時間を稼ぎます。その隙にミルリア様と逃げてください」

「おいっ! ホワイトレース!」


 おれの静止を聞かず、ホワイトレースがキリーヌに駆け寄る。足取りに淀みがない。


 キリーヌが背中を向けたまま声を張った。「王子! 逃げてください!」


 二人はおれを守る側近だ。おれがなんといおうとも、職務を全うしようとするだろう。いっしょに逃げよう、といっても断られるだけだ。命令したところで、反故されるに決まってる。


「……くそっ!」


 ミルリア様に駆け寄って、「さあ、早く!」と強引に立たせようとする。


「いや! 離して!」


 ミルリア様は固く目を閉ざして、おれから逃げるように顔をそらしながら抵抗する。


「逃げなきゃダメなんだ!」苛立ったおれは怒鳴らずにはいられなかった。「部下を失ってでも、胸が痛くなっても生き延びる! それが、上に立つ者の義務だろ!」


 ミルリア様が鼻をすすっておれに視線を移す。いい返したいけど、相手のいい分もわかるから睨むことしかできない。そんなように見えた。


「……ク、クラ、イブ、王、子……」


 途切れ途切れに名前を呼ぶ苦しそうな声。ミルリア様が抱いている女の子からだった。


「スークリーリ!? しっかりして!」


 ミルリア様が負傷した騎士の体を揺らす。


 スークリーリと呼ばれた小さな騎士は、主に応えるより先に、おれに声をかけた。震える口先で、言葉を絞り出す。「ミルリア様を、お……、お願い、します」


 強い、と思った。六歳ぐらいの小さな女の子が、自らの身の安全を考慮せず、だれかのために尽くそうとしている姿。儚くも美しく、それでいて正しい行為に思えた。


「そ、そんな……」愕然とした顔になったミルリア様がスークリーリの顔に手を添えた。「そんなこといわないで……。いっしょに逃げようよ」


 婚約者とはいえ、他国の王子様が目の前にいるというのに、ミルリア様の言葉遣いは幼い子供そのものだ。平時であれば威厳ある対応ができるのかもしれないけど、いまここにいるお姫様は、普通の子供だった。


 スークリーリがおれを見据えた。「お願い、します」


 覚悟の宿った目に突き動かされるようにして、おれはミルリア様の体に腕を巻き、力づくで右に左に何度か体をふって、ミルリア様の手をスークリーリから離させることに成功した。小さくも勇敢な騎士が音もなく地面に横たわった。


「いやだ。いやだよ……。離して! 離してよ! バカあ!」


 足をふって抵抗する幼子は重く、なかなかその場を離れられない。がしがしと足を蹴られて痛くなってきた。


「バカはお前だ! いい加減にしろ!」


 耳元で大声を出すと、ミルリア様が体を小さくした。悔しそうに震えながら、「うっ……うう……」と泣き出した。


 ……もう足をばたつかせることはないだろう。


 うなだれているため、首筋がはっきり見える。二つ結びの間にある細い首は、頭の重みに引っ張られている。力のなさを嘆くように。

 ミルリア様を抱く手にぐっと力を入れる。体を反転させ、一歩踏み出した。すぐ前に人影があった。


「止まれ」


 静かな命令口調。

 声の主は、暗い森を照らす金色の髪とだれよりも落ち着いた目を携えていた。


「……サウンソニード様」


 不思議と驚きはなかった。動きを止めて神を見る。ミルリア様が「うそ……」とぼそっといったのが耳に届いた。


 サウンソニード様はミルリア様に見向きもしない。視線はおれをロックオンしている。「セクトリットを出すのじゃ」


 どうしてですか? と尋ねても教えてくれるとは思えない。

 でも、助けに来てくれたのだとは思う。神託を授かったおれは『才能や能力を、偉大なる神々に認められた特別な人物』だ。それもサウンソニード様に認められた人間だ。自分が才能も能力もないと思っていても、神が認めたのならそうなのだろう。少なくともこの世界では。


 そんな人間が魔物に襲われて傷つくことを、サウンソニード様が許すはずがない。おれが悪くいわれていたことや、処分されそうな状態から助けてくれたのだから。

 ミルリア様をゆっくり下ろす。彼女は足に力が入ってないのか、へたんとしゃがみ込んだ。

 いざセクトリットを出そうとした。けど……、


「……どうやって出せばいいのでしょう?」


 そもそも出す出さない以前に、あの演奏以来セクトリットを見ていない。


「……利き腕に魔力を集中させ、『セクトリット』と言葉にせよ」


 そんなことでいいのか。たぶん部屋にあるであろうセクトリットがひとりでに動いてやってくるのだろう。

 魔力を右手に動かす。熱が十分伝わって、よしやるぞ! と腹を膨らませた瞬間、白い大砲が発射される音がした。


 背筋がぞくっとした。


「キリーヌ! ホワイトレース!」


 叫びながらふり返る。

 ちょうど大砲と防御の模様がぶつかるところで、大きな音が鳴った。さっきは大砲がすぐに魔物に向かっていったのに、今度はなかなか跳ね返らない。破滅的な音を鳴らしながら、白い大砲が宙に描かれた模様にめり込んでいく。


「ほれ、早くせぬとあの二人が死ぬぞ。あの二人では魔力が足りぬ」


 まるで人ごとのように神様がいい放つ。

 気持ち悪いまだら模様の巨大ダンゴムシが口を開け、白い大砲を口のなかで蓄え出した。


 ……急がないと!


「セクトリット!」


 叫ぶと右手が淡い金色の光に覆われ、それが細長い形を作り、色をだんだんと白に変えていって、セクトリットになった。


 サウンソニード様が口角を上げた。「では、始めるとしようかの」


 体が勝手に動く感じがして、セクトリットがリーテンライアーに。魔物の方に向きを変えさせられ、演奏が始まった。


 テンポの速い曲。最初から全力で走る短距離走のような忙しい演奏。おれの焦りをそのまま音で表現している。低い音が中心で、ズンッズンッズンッと体の奥底が揺らされる。

 一番揺らされているのは魔物のようで、声も上げずに土煙を上げたかと思うと、打ち上げられた魚のように苦しく体を動かした。その衝撃で地面が揺れる。ミルリア様がときたま小さく悲鳴を上げるのが聞こえた。


 いつの間にか白い大砲は姿を消していて、キリーヌとホワイトレースは胸を押さえて呼吸を荒くしていた。魔力を回復させる薬を飲めてるといいけど。

 親指で最後の一番低い音を響かせると、演奏の途中からほとんど動かなくなっていたダンゴムシを黒い光が包み込んだ。持ち上げようと思ったら人間がどれだけ必要かわからない巨体が宙に浮いていく。

 突然魔物が咆哮を上げた。思わず耳をふさぐ。体の自由が戻っている。


 ……終わったんだな。


 安堵の息を吐く。

 ミルリア様たちを襲い、多くの人を傷つけ、たくさんの木々を破壊した魔物は、サウンソニード様によって葬られる。平和が戻って皆の傷が癒えたら、キリーヌと練習した挨拶を披露してミルリア様と演奏する。そして政略結婚でも幸せに過ごせるようにお互いのことをよく知って、仲良くなるんだ。それが、おれの役割だから。


 体の力が、体の穴というすべての穴から吐き出されていく。地面に尻を付き、後ろ手に支える格好になる。

 魔物の咆哮がひと際大きくなった。黒い光が完全な闇になり、なにも見えなくなった。

 あとはこの闇が消えて、そうすれば魔物も消えている。平和が戻る。


 そう、思った。

 思ったのに。

 そう、思ったのに。


 頭上の闇が一気に消し飛び、大きさが倍以上になった魔物が現れた。


「………………えっ…………?」


 信じられなかった。目の前の光景を信じられなかった。信じたくなかった。信じられない。信じたくない。信じてなるものか。

 魔物が吠える。耳をふさぐ気にもならなかった。


「ふふっ」背後から、サウンソニード様の笑い声。「ははははは! 完璧じゃ! 最高の出来じゃ!」


 自由なはずなのに不自由な全身を、どう動かしたのかもわからない。気がついたら、目がサウンソニード様を捕らえていた。


 そこにいた神は、神らしからぬ邪悪な笑みを浮かべていた。

 今日更新する予定なのを忘れていたため遅くなりました。ごめんなさい。


 ミルリアはポンコツなわけじゃないんです。覚悟の足りない幼女なんです。仕方ないんです。


 次回は明後日を予定しています。あと三話ぐらいでしょうか。

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