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レブアマッチの森

 部屋を出て最初の曲がり角を曲がる。前を走っていたキリーヌが曲がったところで止まっていたせいでぶつかってしまった。


「痛てっ」


 なんで止まるんだ。止まってる場合じゃないだろう。


「おい、キリーヌ!」

 呼びかけて気がついた。息を切らしたホワイトレースがすぐ前で膝を抑えていた。「お、王子。大変です。ミルリア様が」

「話は聞いてる!」

「ホワイトレースもついてきてください!」


 キリーヌが走る。おれも走る。ホワイトレースも「えっ!? ちょっと!?」と驚いた後についてきた。足音でわかる。


 城内はざわざわとていた。ホワイトレースが知ってたのだから、ミルリア様の危機が全体に伝わっているのだろう。

 前にここを歩いたときは静けさに足音が溶けていくような気がした。いまは違う。どよめきにおれたちの大きな足音が重なって、大きく膨れ上がっている。


 扉を出て門を出る。

 もう雪はない。

 キリーヌが忙しなく首を動かして、「こっちです!」と走る。追うと、前方に馬車があった。こっちに向かってぱっかぱっかと歩いている。


「止まりなさい!」


 声を張ると同時、キリーヌが音を立てて剣を抜き、切っ先を馬に向けた。


 迫力に驚いたのか、馬は鳴きながら前足を上げる。御者が必死で宥め、馬が落ち着きを取り戻した直後に、客が「なんの騒ぎだ!」と声を荒げて出てきた。


 キリーヌが客に顔を向けた。「降りなさい。この馬車はいまからクライブ王子が使います」


 客は「うっ」と顔を引きつらせ、馬車のなかに戻ったかと思うとすぐに荷物を抱えて出てきた。おれたちを見向きもせず、一目散に去って行った。


「乗りましょう」


 ちらりとおれを見たキリーヌが馬車に乗った。横暴さに口を半開きにしていたが、ホワイトレースに「王子」と背中を押されて馬車に乗り込んだ。呆気に取られてる場合じゃない。

 合流時から疲れていたホワイトレースが優雅さのかけらもなくどさっと座るのを確認して、キリーヌが御者に命じた。


「レブアマッチの森へ急ぎなさい」

 御者が体を震わせた。「は、は、はい! 仰せの通りに!」


 大の大人が六歳の女の子にいいようにされる。なんともいえないもやもやが胸に渦巻いた。


 この世界に来てから何度か『平民』という言葉が出てきている。それは『貴族』と呼ばれる身分の高い者がいるということに他ならない。

 おれは間違いなく貴族だ。王子様なんだから当然だ。その側近であるキリーヌとホワイトレースもそうだ。王子様の側近が平民といわれる身分のはずがない。

 この御者とさっきの客は平民に違いない。でなければ、キリーヌが躊躇なく横暴なまねをするとは思えない。同じ貴族ならしないだろう。


 身分差があるのは、別にいい。社長と平社員。警官とニート。クラスの人気者と存在感のない男。おれがいるべき本来の世界にだって、多かれ少なかれ差はある。

 だけどいまのような横暴が許されるほどの差はそうそうない。でもこの世界にはそれがまかり通る身分差が当然のように駐在している。キリーヌの涼しい顔が物語っている。


 ……間違ってるよな?


「王子」キリーヌがおれの手に、温かい手を重ねた。「大丈夫ですよ。わたしたちがお守りしますから」

「はい。この命に代えても、必ずお守りいたします」


 違う。そうじゃない。……違わないけど、そうじゃない。

 思考が顔に出ていたのだろう。きっと、暗い顔色をしていたはずだ。


 二人がおれを気遣ったのは、おれが戦いに赴くことに不安を感じていると勘違いしたからだ。

 いま王子として考えるべきはミルリア様の安否です。平民など、気に留める必要もないですよ。そういわれた気がした。


「……頼りにしてるよ」






 遠くから背の高い木々よりもでかい化け物――あれが魔物だろう――が見えたところで馬車が動きを止める。

 当然だろう。赤と緑のまだら模様の、人間の何倍もあるダンゴムシのような魔物に近づこうだなんて普通は思わない。


「行きなさい」


 幼女は容赦がない。簡単にいってのける。

 御者は一呼吸して、それから馬を進めた。魔物より、貴族の命に反することの方が恐ろしいのかもしれない。

 木々が倒され、負傷した騎士も倒れている森。そのなかを馬車は進む。おれたちは辺りを見渡している。おれは倒れている騎士たちを見て息を飲んでいるけど、側近たちは多分違う。


「ここで結構です。あなたは早く帰りなさい」


 魔物の鳴き声が間近で聞こえ、戦っている騎士たちの声も聞こえる近い位置でキリーヌが馬車を止める。止まった瞬間にホワイトレースが馬車を出る。おれもキリーヌに急かされて出た。

 御者は「こんなところいわれないでも去ってやる」と顔に刻んで逃げていった。


「とにかくミルリア様を探しましょう!」


 キリーヌとホワイトレースは平然としているようだけど、おれの心中は穏やかじゃない。

 怖い。怖い怖い怖い。

 怪我した人がたくさんいて、見たことのない化け物がいる。鳴き声だけで獰猛さがわかる。あれに近づくなんて無理。いますぐ逃げたい。ミルリア様を探してる場合じゃない。

 歯がカタカタ音を鳴らす。キリーヌがおれの手をつかんだ。


「しっかりしてください、王子!」


 そんなこといわれたって無理だ。要望を拒否するように手を払いのけようとしたけど、手に力を込めたキリーヌによって阻まれる。


「うっ……」


 キリーヌの射抜かんばかりの視線に思わず声が漏れる。顔をそらして唾を飲んで、また逃げようとしたとき、聞いたことのある声がした。


「なんであんたがここにいるのよ!?」


 救いを求めて声の主を見る。オレンジ色の瞳を見開いていたのはローリッシュだった。側近を一人だけ連れている。


「姉上……」


 そのまま言葉を返したかったが、そんなことはどうでもいい。

 この際だれでもいい。ここからおれを逃がしてくれ。

 おれの言葉にできない願いはだれにも届かない。


 キリーヌが応対する。「サウンソニード様の神託があったのです。王子にレブアマッチの森に急行し、ミルリア様をお助けしなさいと」

「ローリッシュ様」ホワイトレースが問う。「ミルリア様はどちらに?」

 ローリッシュは素直に答えた。「この奥よ」

「行きましょう」


 キリーヌがおれの手を強く引っ張る。強制的に何歩か進まされたところで、ローリッシュがおれたちを止めた。


「待ちなさい! あなたたちどうするつもり!? スオーロテッラの精鋭とガッシュルヴォダの精鋭が束になっても敵わない相手なのよ!?」

 キリーヌが一瞬溜を作った。「……それでも、それでも行かなくちゃいけないんです! 神託なんですよ!? ローリッシュ様もおわかりでしょう!?」


 息を全部吐き出すようにしていったキリーヌの表情に恐れが出た。

 見た途端、気がついた。なんでもないようにふるまっていたこの子も、実は不安だったのだと。怖いと思っていたんだと。


 恐ろしいと思っていたのが自分だけじゃないと知って、少しほっとした。


「……これを使いなさい」


 ローリッシュがなにかをキリーヌに投げた。

 キリーヌは大事に受け取って、「これは……!」とつぶやいた。


「……よろしいのですか? ローリッシュ様」


 尋ねてきた自分の側近に、「問題ないわ」とローリッシュが告げる。


「それがあれば、何回かは攻撃を防ぐことができるはずよ」


 そういってローリッシュが去っていく。「あの、」とキリーヌが背中に声をかけたけど、ふり向くことはなかった。


「キリーヌ、それは?」ホワイトレースが眉をハの字にした。


「……防御の魔法具です」


 ホワイトレースが目をカッと開く。おれにはわからないけど、他人に渡すようなものではないんだろう。


「王子」キリーヌがじっとおれを見た。「行きましょう」


 怖い。逃げたい。帰りたい。

 キリーヌもそう思ってる。だけどこの子は立ち向かう姿勢を見せる。

 小さな少女。六歳の幼女。そんな子が立ち向かおうとしているのに、おれだけ尻尾を巻いて逃げれない。

 仮に逃げて逃げて逃げ切ったとして、その先にあるのはきっと後悔だけだ。


「……ああ!」


 キリーヌが満足そうにうなずいて魔物の方へ走っていく。おれも足を動かした。足が重いし、うまく動いてない気もするけど、それでも進む。ホワイトレースが、おれの前に出た。敵は前にしかいない。

 暴れている魔物に気づかれないよう、それでいて足早に近づいていく。だいぶ近くに来た。魔物の足元で攻撃をしている騎士が何人も見える。


「あっ! あそこです!」


 ホワイトレースが魔物の視線の先を指さした。

 そこには木を背中にし、体の前に傷ついた護衛と思しき小さな少女を守るように抱いている女の子がいた。


「あの子がミルリア様か!?」

「はい! 間違いありません!」


 ものすごくまずい状況だ。キリーヌと同じ格好をしているのはもちろんスオーロテッラの騎士で、ミルリア様に抱かれている少女と同じ格好をしているのがガッシュルヴォダの騎士のはず。

 ミルリア様の近くにはガッシュルヴォダの騎士が抱かれている女の子しかいない。他の人は倒れている。もうあの魔物に蹴散らかされてしまっていた。守りが薄すぎる。


「とりあえずミルリア様と合流しましょう!」


 キリーヌが肩越しにおれにいったときだった。魔物がボール状に丸まって、その場で体をコマのように回転させた。発生した風のせいで立ち留まらざるを得なかった。


「うわあ!」

「ぐっ!」


 声を上げて魔物の近くにいた騎士たちが吹っ飛んでいく。おれたちの前方に二人転がってきたけど、両者とも気を失っていてピクリともしない。

 魔物がすうっと立って、ミルリア様を見下ろした。けたたましい咆哮を上げて、それから口を開いた。白いなにかが見え、キーンと高い音が聞こえる。


「王子!」キリーヌが切羽詰まったようにおれの手首をつかんで走り出した。「魔力をこっちの手に込めてください! ありったけです!」


 足を動かしながら意識を手に集中させる。余計なものを見て失敗しないように足元に目を落とす。

 魔力が手に集まる感覚がして顔を上げる。


「できたぞ!」

「わたしの手首をつかんでください!」


 力強くガシッと掴む。直後にホワイトレースもつかんだ。

 もうすぐミルリア様の前に出れる。

 ミルリア様はおれたちに気づいていない。騎士の女の子を抱きながら、涙を浮かべて魔物を見上げている。


 魔物の方から轟音。口から白いなにかが大砲のように発射された。ミルリア様に向かってまっすぐに。あれに当たったらひとたまりもないとわかる。

 ぎりぎりのところで白い大砲とミルリア様の前に出ることができた。


「はあっ!!」


 キリーヌが白い大砲に向かって防御の魔法具を突き出した。

 空中に模様が広がり、それに大砲が当たる。ボンッと音がして、大砲は魔物に跳ね返り、命中した。後ろに倒れて土煙を上げた。


「よしっ!」


 うまくいったことを見届けて、後ろに体を向けた。


「あ、あなたは……?」


 弱々しく尋ねる青髪のお姫様に、おれは笑いかけた。


「クライブです。サウンソニード様の神託を受け、あなたをお救いに参りました」

 ミルリア登場。やっとですね。おめでとうございます。

 次回は明後日になると思います。

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