招集 前編
気まずい朝食を終え、神殿に行ってお祈りを終わらせた。その間、おれたちは碌に会話をしなかった。
部屋に戻ってくると、キリーヌが「あの、ひとつよろしいですか?」と遠慮がちに切り出してきた。
「……どうした?」
「急なお話で申し訳ないのですが、本日はミルリア様がご来訪される日です」
言葉をつづけたがるキリーヌを、おれは遮った。「本当に急だな」
「その、王子が十日間も眠ってしまうとは思っておりませんでしたから……。本来は朝食のときにお伝えしておくべきでしたが……」
……こんな小さな子に気を遣われたのか。
上の立場の人に「結婚相手が決められてるのは嫌だ」といわれたのに、「今日はその婚約者様とお会いする日ですよ」とはいいにくいよなあ。
情けない気分になってきた。普段は背筋をしゃんと伸ばしてかっこよさを感じるキリーヌの背中を丸めてしまっているのはおれだ。
ため息を小さく吐いてから、自分の頬をパーンッと挟み込むように叩いた。
「……お、王子……?」
目を皿のようにしたキリーヌに頭を下げる。「すまん。おれのわがままのせいで気を遣わせた」
キリーヌが首をふる。「そんな、王子は記憶を失われてしまってますから、戸惑うことが多いのは当たり前です。王子に配慮した説明ができなかったわたしが悪いんです」
「いや、キリーヌはおれに必要なことを教えてくれたに過ぎない。それを受け入れるのは王子として当たり前で、みんなのためになることなんだろ?」
国の状況や国家間の関係を、おれよりも上の大人の人たちが考えて出した結論だ。わざわざ自国を陥れる理由はないから、国全体のためになるはずだ。
キリーヌが「それは、そうですけれど……」とつぶやくようにいった。頭を下げているから顔は見えなけど、伏し目がちになってると思う。
「だったらキリーヌは悪くない。おれの役目だ。受け入れるしかない」
……それがこの世界の当たり前なのだから。
それを覆せるだけの力も知識もない。
ミルリア様がどんな子かほとんど知らないけど、政略結婚だからといって幸せになれないわけじゃない。最初が気まずくてもゆっくり仲良くなっていけばいい。どうしても無理だったそのときは、キリーヌのいう通り義務的な関係になればいい。
……不安は大きいけど。
キリーヌの安堵の息が聞こえた。「王子、顔を上げてください。王子とあろうものが、簡単に頭を下げるものじゃありませんよ」
髪の毛が動くのを感じながら頭を上げる。「自分が悪いと思ったときぐらい、謝らせてくれ」
キリーヌがくすっと笑った。「……公の場ではダメですよ?」
つられておれも笑みをこぼす。「二人のときならいいってことだな?」
「そういうことです」
ちょっとの間おれたちは笑いあった。別におかしいことはなにもないんだけど、それでも笑わずにはいられなかった。演奏以外のことで楽しいと感じたのは、この世界では初めてかもしれない。
キリーヌが鼻から息を吐いて笑うのをやめた。「それでですね、王子。ミルリア様がいらっしゃる以上、どうしてもできるようになってもらわなければならないことがあります」
……なんだろう?
少し考えて、おれはぽんっと手を叩いた。「演奏か!」
ミルリア様は音楽が好きらしいし、サウンソニード様の神託もあるから絶対に身につけないといけないことだ。
自信がある答えだったけど、キリーヌにバッサリと切られる。「違います。挨拶です」
「……挨拶? 普通に『はじめまして。これからよろしくお願いします』みたいな感じじゃダメなのか?」
キリーヌが小刻みに首をふる。「それは平民がする挨拶です。間違ってもそんな挨拶をしてはいけませんよ」
……だっておれ、平民だし。金持ちの家には生まれませんでした。
絶対にやめてください、と表情で訴えるキリーヌを見ながら、おれは首をかしげる。「じゃあどうすればいいんだ?」
キリーヌが「見ていてください」と胸を張って握った右手を左胸に当てた。それから片膝をついて、「神々のお導きによって我々はお会いすることが叶いました。この出会いがよりよいものとなるように、祝福をいただけませんか?」とすらすらと述べた。
「……それが挨拶?」
「はい。まだつづきがあります」
おれの挨拶が終わると、ミルリア様が「もちろんです」と祝福をくれるらしい。淡い光が顔の前に現れるので、セクトリットと同じように受け取らなければならないそうだ。
この挨拶は初めて会う人にするときの挨拶であって、どんな時でも使えるものではないらしい。その都度場面にあった挨拶をしなければならないそうだ。
……め、面倒くせえっ!
「……その言葉をいつまでにいえるようにならなきゃいけないんだ? いつミルリア様はこちらに……?」
キリーヌが瞳を閉じた。「昼食の前です」
思わずピクッと手が上がった。「ちょっと待って。そんないい慣れてない言葉を短期間に覚えれる気がしない」
「大丈夫です」キリーヌが自らにいい聞かせるようにうなずく。「勉強も碌にせず、脱走することばかり考え、気がついたら森で狩りをしていた王子とはもう違います。いまの王子なら、必ず成し遂げることができるはずです」
「くっ」期待が重い。「……やるよ。やらなきゃいけないんだろ?」
やけくそ気味に言葉にすると、キリーヌが口元に手を当てた。「王子は本当にお変わりになられましたね」
……中身がまったくの別人になったからね。
「……そうなのか?」
「はい。記憶を失くされる前の王子は義務を果たさず好き放題していて、まったく聞き分けのない人でした。それに、わたしとこうしてお話をしてくださるなんてありえないことでした」
「……前のおれはキリーヌと仲が悪かったのか?」
キリーヌが顔を伏せて前髪をいじる。「仲が悪いというよりも、信用されていませんでした」
どういうことだろう。おれが見る限りキリーヌは護衛としての役割はきちんと果たしている。仕事ぶりが原因で不信を買ってたわけじゃないと思う。
「……どうしてか、聞いていいか?」
正直聞きにくい。『なぜあなたは上司から嫌われていたのですか?』なんて答えにくいにもほどがある。酷いことを聞いてる自覚はあるけど、なかなかこの夢は冷めないし、情報を集めておきたい。
キリーヌはあまりためらうことなく告げる。「ホワイトレースが王子に『信用しないように』と伝えていたからです」
ホワイトレースだけは王子から信頼されていましたから、とつづけて、キリーヌがため息をつく。
キリーヌとホワイトレースは仲が悪いんじゃないかと思ったこともあったけど、神殿に行くときは普通に話してるみたいだったし、深刻に考えることもないかと思ってたのに。
「……どうしてホワイトレースはそんなことを?」
「……王子は覚えてますか? ローリッシュ様がわたしを見て『落ちこぼれ』とおっしゃっていたことを」
「ああ、覚えてる。おれのことを『一族の恥さらし』、ホワイトレースを『反逆者の一族』だといってたな」
あの嫌味ったらしい女の台詞を忘れやしない。衝撃的だったんだ。自分のことはともかく、おれのために動いてくれる二人がそんなふうに悪くいわれるなんて思ってもみなかったから。
キリーヌが元気なくいった。「……王子には申し訳ありませんが、ローリッシュ様の言葉は決して間違いではありません」
……おれが『一族の恥さらし』ということを否定しない、か。
ある程度は心を許してくれてるってことかな? 気安く話しかけてくれるぐらいまで、早く仲良くなれないかな。側近ということもあって、長い付き合いになるだろうし。
「……どうして笑っているのですか?」
おっといけない。表情が緩んでたらしい。首をふって表情を引き締める。「なんでもない。それで、間違いじゃないってどういうこと? おれから見て、キリーヌが落ちこぼれだなんて全然思えないんだけど」
「ありがとうございます。そのように思っていただけているならうれしいです」キリーヌは微笑んだあとに、目に影を落とした。「……しかしわたしは、魔力があまりにも少なすぎるのです」
おれが「少ないとダメなのか?」と聞くと、キリーヌが大きくうなずいた。
「はい。魔力が大きければ大きいほど、様々な点で有利です。質のいい薬を調合できたり、強力な魔方陣や魔法を発動できたりします。大人ならだれもが毎日しているお仕事でも大きく貢献できます。国全体に魔力を行き渡らせて、作物が実る状態を維持したり、冬であれば雪を溶かしたりなどですね」ため息をすることで間を作って、「魔力が少ないといい薬が作れない。強い魔法が使えないから弱い。大人になっても役に立たない。子供ができても魔力の低い子が生まれやすいなど、欠点にしかならないのです」
どうやらこの世界では魔法が生活の根底にあって、それを扱うための魔力量が評価の基準になっているようだ。
「魔力は増やせないのか?」
増やせるなら、魔力が低いらしいキリーヌも努力次第でどうにかなると思う。
「増やせます。が、そう簡単には増やせませんし、生まれ持った素質の差を覆せるほど増やした人物は、歴史上存在しません」
歴史が何年あるのか知らないけど、事実上不可能に近いってことだろう。そもそも考えてみれば、キリーヌが努力してないとは考えにくいじゃないか。
話の途中もいいところですが上げます。
ちゃんと一つの形になったらこの話を削除して、それから再度投稿します。このページ部分を前半部分として、後ほど書いた分を後半部分として。
後半部分を書いてちゃんと一つの形とするのを、明後日までにします。
4/4追記: 削除はあまりしないようにお願いします、との旨がサイトに記載されていたので、この話を前編として、後編を投稿しました。




