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世界間ギャップ

 リーテンライアーの練習はなかなか捗らなかった。


 ……キリーヌさん、女性であればある程度弾けなきゃいけないんじゃなかったの?


 本の図解を見ながらキリーヌに教えてもらうつもりだったのに期待外れもいいところだ。だってドレミファソラシドをゆっくり鳴らすのが精一杯なんて思わないじゃん。しっかりした子なんだし、この世界の女性はある程度音楽の教養が必要みたいな口ぶりだったから、一曲ぐらいは弾けると思うじゃん。


 ……がっかりだよ!


 そのことをやんわりいったら「……まだ入学までには時間がありますから」ですって。本当に大丈夫?

 入学について聞いたところ、この世界にも学校があるらしい。いま六歳のおれとキリーヌは他の国が春になったら『小学院』に六年通い、卒業したら『大学院』に四年通うそうだ。


 話もそこそこにリーテンライアーに二人して苦戦していると、すぐに朝食が運ばれてきた。突然キリーヌがリーテンライアーを置いて警戒態勢になったときは驚いたが、扉の向こうからだれかが近づいてくるのを察知していたらしい。コンッココンッコンッみたいな変なリズムのノックが聞こえるとキリーヌが「入りなさい」と警戒態勢を解いて料理人を招き、テーブルに料理を並べさせた。

 一人分しかなかったから「キリーヌは食べないのか?」尋ねると、「仕事中ですから王子と共に食事なんてできません」と寂しいことをいわれた。


 この世界ではまず一番身分の高い人が側仕え――おれの側近でいうホワイトレース――に給仕させ、護衛騎士――おれの側近でいうキリーヌ――を側に立たせて、必要があれば文官に頼んでいたことなどを報告させながら食事をとる。その人の食事が終わったら側近が交代しながら別室で急ぎながら食事をとるそうだ。


 ……面倒すぎる。


 なので食事も「ホワイトレースがいなければいっしょに食べようよ。だれかといっしょに食べたほうが美味しいし」と頼んでみると、渋々ながら許可してくれた。


 ……キリーヌって頼まれると断れない女の子なのか?


 いままでもできるだけおれの意に添うようにしてくれてるし、その可能性は高そうだ。ちょっと意外。つり気味の目とどこか冷たさそうな雰囲気からは想像できない部分だ。まあ喋ってみると感情が結構表に出てくる子だったけれど。

 すぐにキリーヌの分の食事を用意してもらって、向かい合うように座る。

 メニューは堅そうなパンに赤色のドレッシングがかかっているサラダ。それと目玉焼きだった。キリーヌ曰く、「十日間も眠っていたので少なめに用意させました」だそうけど、いつも朝食を食パンにマーガリンを塗って砂糖をかけるだけのもので済ませているおれには十分豪華だ。文句なんてあるわけない。


 ……っていうか。


「おれ、十日間も眠ってたの!?」

「はい。サウンソニード様から聞かされていたとはいえ、もしかしたらもうお目覚めになられないかと思うほど静かに眠ってらっしゃいました」

「マジかよ……」パンを一口食べる。堅そう、じゃなくて堅かった。次からは、……次があるのなら柔らかいのにしてもらおう。「そういえば、あのあとどうなったんだ? おれが気を失ってから……」

「……大変な騒ぎでした」


 一気に年老いたようなため息をついて、キリーヌが説明を始めた。

 おれの演奏は、それはもう神秘的だったそうだ。神の作りし光のなかから響く音はやさしく、心を浄化するようにスオーロテッラ中に広がり、空も大地をも癒し、空は冷たい悲しみから解放され、大地は活気を取り戻して恵みを実らせた。

 春にならなければ実らない果実や野菜が最高品質で出来上がり、寒さに苦しんでいた平民は暖かい気候に解き放たれ、演奏の素晴らしさもあってだれもがおれに感謝してるらしい。

 演奏が終わったあと、サウンソニード様が「この演奏を行ったクライブの才能と能力を目の当たりにしてもなお不当な扱いをするようであれば、わらわ自らがスオーロテッラ全体に神罰を与える」と大声で宣言され、それを耳にした平民の一部が「おれたちの救いの神であるクライブ王子が不当な扱いをされていたなんて、いったいどういうことなんだ!?」と恐れ知らずにも城に集結してきたそうだ。


 本来ならそんな身の程知らずはその場で切り伏せられる運命だが、それはできなかった。サウンソニード様が平民にも演奏を聞かせ、おれの功績であると知らせた以上、おれのためを思って行動した平民を切ってしまうとそれこそ神罰の対象になってしまう恐れがあったからだ。最終的には国王様が自分たちの過ちを国民に謝罪し、おれがガッシュルヴォダに婿入りするまでの間、大切に育てていくと約束をしてその場を収めたらしい。


「ちょ、ちょっと待った! おれが婿入りするってどういうことだ!?」

「……それは、その」キリーヌが髪の毛をいじる。「王子はミルリア様とご結婚され、ガッシュルヴォダで共に暮らすことが決まっていますから……」

 目が見開いていくのをはっきりと感じる。「そんなの聞いてないぞ!? だいたいいまどき結婚相手を決められてるっておかしくない!?」


 キリーヌが首を傾けて「いまどき、ですか?」怪訝そうな表情をする。


「いや、混乱してて変なことをいったみたいだ」咳払いして、「それは置いといて、結婚相手が決められてるなんて酷くない!?」

「どうしてですか?」


 キリーヌが心底不思議そうに尋ねる。もしやこの世界では当たり前のことなのか……?


「どうしてって……。キリーヌはちゃんと恋愛して、お互いのことを好きになってから結婚したいって思わないのか? おれは、それが当然だと思ってるんだけど……」

「……恋愛なら第二婦人でするのが普通ですよ?」

「第二婦人!?」


 うっそだろ!? この世界、一夫多妻制!?


 キリーヌが顔を伏せる。「……申し訳ないのですが、わたしにはどうして王子がそこまで取り乱すのかがわかりません」


 おれは歯を食いしばるだけでキリーヌの疑問に答えれない。「生きてる世界が違うから常識が違う」といえれば楽なのだが、できない。頭が狂ったと思われてしまう。

 いつおれが元の世界に戻れるか不明な以上、立場を悪いものにしたくない。いつ戻れるか不明な以上、理不尽だと思うことには抵抗したい。


「……だってさ、愛情はひとりの人に目一杯注ぐものじゃないのか?」

「それが一番だと、わたしも思います」いったんは同意してくれたけど、次に来たのは否定だった。「ですが、国の状況や国家間の関係のために我慢することは、上に立つ者の義務ですよ、王子」


 ……王子だから、王子だからしょうがないのか!? 中身は一般市民の柏床勝也だけど、見た目が王子様だからしょうがないのか……?


 なにもいえずにいるおれに、キリーヌが強めにいった。「ミルリア様とのご結婚を破棄することは絶対に許されません」励ますようにふっと笑って、「ですが、王子がミルリア様のことをどうしても愛することができなければ、義務的な関係でもいいのですよ? その分第二婦人を愛していただければ……」

 ダメだ。考え方が違いすぎる。「……おれは第二婦人なんて娶るつもりはないんだ。結婚相手はひとりだけだろ? 普通……」


 キリーヌが口元を歪ませた。嫌な予感がして耳を塞ぎたくなった。思わず顔をそらす。嫌な予感は的中した。


「……申し訳ないのですが、少なくとも第二婦人までは迎えていただかないといけません」

 特大の息が漏れた。「……理由を聞いてもいいか?」

「国の発展のためです。詳しい説明はいまは省きますが、魔力の多さが国の豊かさに直結しますから、血筋がよく魔力の多い王子にはたくさん子供を作ってもらわないといけないのです。……ムエルトート様――お亡くなりになられてしまった王子のお兄様のように、魔力の多い子供は幼くして旅立ってしまいやすいものですし、一人の女性が生むことのできる数が限られていますから」


 よくわからないけど、なんとなく理解はできる。だからといって感情が追い付くかどうかは別の問題だ。

 頭をごしごし掻いて窓の方を見る。まだ外は曇っているのか、光が入ってきていない。


「……いまは受け入れることができないかもしれません」キリーヌがいい聞かせるように語りかけてきた。「ですが、時間が経てば考え方がお変わりになられるかもしれません。……ですから、いまは朝食を済ませてしまいましょう」


 そういわれてテーブルに視線を落とす。ほとんど手の付けられてない朝食が哀愁を漂わせていた。

 目玉焼きを一口食べる。冷たかった。

ミルリアが登場しませんでした。次こそは……。

次回は明後日になります。

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