愛と勇気と希望の冬物語
むかしむかし、あるところに世界を見渡せるほどに高い魔法の塔がありました。
その塔は王様が住んでいる大きなお城の隣に建てられており、国の象徴とも言えるその塔には春には春の、夏には夏の、秋には秋の、そして冬には冬の、それぞれ季節をつかさどる魔法使いの女王様が交代で住んでいました。
優しく、思いやりのある女王様の元で、人々はみんな笑顔で幸せに暮らしていました。
ところがある時、いつもは三ヵ月程で終わっていた冬の季節がいつまで経っても終わりを迎えません。
それどころかどんどん天候が酷くなっていき、世界は氷で包まれているかのように冷たくなってしまいました。
困った王様は魔法の塔を訪ねますが、扉が凍っていて開きません。
兵士たちに命じ、剣と魔法で頑丈な氷を壊しながら無理矢理塔へと入ると、ベッドの上に大量の毛布が奇妙に積み上げられている光景が目に入りました。
「レディの部屋に無理矢理入るなんて! アンタ達、失礼すぎるわよ! そこから先に足を踏み入れたら絶対に許さないんだから!」
何故か毛布の山に隠れながら、冬の女王様はそう叫びました。
「冬の女王よ、なぜ春の女王と交代しないのでしょうか。このまま冬が続いてしまえば、国は滅びてしまいます。今までこんな事、一度も無かったではありませんか。どうしてこのような事をなさっているのでしょうか」
「私はね、体調が悪いの! お腹が痛いの! 一歩も動けないの!」
そう言って、冬の女王様は聞く耳を持ちませんでした。
困った王様は、しかたなく他の女王様に助けを求めようとしました。
「ところで、他の女王は何処にいかれたかご存じですか」
「あいつらは長女の私に向かってガミガミうるさいから、薬の材料を取りに行かせたわ!」
材料の名前を聞いて、王様は驚きました。
見た者に春の訪れと幸運を知らせる光り輝く黄金のイチゴ。
灼熱の砂漠、温度が一番高くなるその中心にしか育つ事のない伝説のトウガラシ。
巨大な根を張りながらもたった1つしか育たない奇跡のじゃがいも。
王様でも見た事がない程に珍しく、更に季節外れである食材を探しに、一ヵ月も前に3人の女王様は旅立ったと言うのです。
非常に困った王様は、急いで国中にお触れを出しました。
――冬の女王を春の女王と交替させた者には好きな褒美を取らせよう。 ただし、冬の女王が次に廻って来られなくなる方法は認めない。季節を廻らせることを妨げてはならない。
それを聞いた人々は混乱しました。
「女王様にできなかったことが、我々にできる訳がない」
「このままずっと雪が降り続いてしまうのか。もう食料も底をついてしまう、この世のお終いだ」
地獄のような寒さが終わらず、二度と温かい春が訪れない事を知った人々は深く絶望しました。
そんな中、悲しみに包まれた世界を救おうと、3人の王子が立ち上がりました。
他国との交流を絶っていた小さな国の王子。
一触即発の状態だった敵国の王子。
そしてこれからの時代を築いていく自国の王子。
顔を合わせれば必ず喧嘩をするくらいに仲の悪い3人の王子は、このまま冬が続いてしまっては世界が滅んでしまうと思い、一時的に協力する事に決めました。
そして、それぞれが女王様が向かったであろう過酷の地へと向かいました。
◇◇◇◇◇
小さな国の王子は遠方の地でただ1人、白銀で染まった草原の上で、空を見つめ祈り続ける春の女王様を見つけました。
降り注ぐ雪だけが存在しているようなその空間で、桜色の衣装が白く染まろうとも他者を想い祈り続けるその姿に、王子は心を奪われました。
「ああ、美しい女王様、是非私にもお手伝いさせてください。たとえこの身体が凍りつけようとも、貴方のように心から祈り続けます」
「ありがとうございます。きっと貴方の慈愛に応え、この花もきっと芽吹いてくれる事でしょう」
◇◇◇◇◇
戦が大好きな敵国の王子は、この世界で一番大きな山の火口で祈り続ける夏の女王様を見つけました。
極寒に閉ざされたこの世界と相反し、灼熱のように燃えさかるこの場所で1人孤独に戦い続けるその姿に、王子は心と体を震わせました。
「気高き女王よ、是非俺にも手伝わせてくれ。この命が燃え尽きようと必ず貴方の隣で守り続ける事をここに誓おう」
「よかろう。そなたの勇気に感謝する」
◇◇◇◇◇
目に見えない何かが蠢きひしめき合う亡霊の住処と呼ばれている辺境、闇で覆われた見知らぬ土地で怯え続ける兵を導いていた王子は一寸の光を見つけました。
汚れた魂を浄化し、魂を天へと導くその姿に、王子をこの身を捧げる覚悟を決めました。
「秋の女王様、及ばずながら助力に参りました。この身を犠牲にしてでも必ずや貴方様の力になりましょう」
「ありがとう、光の騎士よ。貴公の持つ希望が必ずや未来を照らすだろう」
◇◇◇◇◇
3人の王子が女王様に巡り合った数日後、世界に奇跡が起きました。
雪で覆われ続けていた極寒の世界に、突如光が差し込み始めたのです。
それはまるで、神様から救いの手を差し伸べられたかのように温かいものでした。
光に呼応するように、隠れていた緑の自然が姿を現しだしました。
国の為、人々の為、そして愛する者の為に行動していた女王様、そして王子の前に、各々が探していた食材が目の前に現れました。
◇◇◇◇◇
依頼されていた物を持って塔に帰ると、まるまると豚のように太った冬の女王が布団から飛び出しながら姿を現しました。
その輝きを見ただけで幸せに、口に運べば昇天するほど美味しい黄金のイチゴ。
一口食べただけで体中から悪い物質が汗と共に吹き出し、瞬く間に健康体になれる伝説のトウガラシ。
食べるだけで全身に力がみなぎり、強靭な体を作り出してくれる奇跡のじゃがいも。
それら全部をガツガツと音を立てながら平らげると、あっという間に全身が痩せ始め、元の綺麗な女王様の姿へと戻りました。
「おかげで無事に痩せる事ができたわ。あんた達、ご苦労様ね」
「……ふ、冬の女王様。まさか太っていたという理由だけで、ずっと塔に居座り続けたのですか!?」
「十分な理由でしょ! レディに対して失礼ね! ほら、次はアンタの番でしょ、さっさと変わりなさいよ!」
そう言いながら冬の女王が塔から立ち去ると、空から光が差し込み、世界に春が訪れました。
◇◇◇◇◇
人々は当たり前のように訪れていた春に、改めて感謝しました。
そして世界を救った3人の女王様、そして王子に感謝しました。
鎖国状態だった国の王子と春の女王は結婚し、他の国と交流するようになり、世界はより豊かになりました。
敵国の王子と夏の女王も結婚、すぐに戦争を取りやめ、世界に平和が訪れました。
さらに自国の王子と秋の女王も結婚、天まで届く世界の象徴である塔をいつまでもいつまでも守り続けました。
各季節を代表するイチゴ、トウガラシ、じゃがいもは庶民でも食べられるようそれぞれの国で育てる事になりました。
人々は戦争や飢えへの恐怖に怯える事は無くなり、幸せに暮らす事ができるようになりました。
「あれは当たり前だった平和に感謝しなくなった人間に対しての、神罰だったんだ」
人々は二度と同じ過ちを繰り返さないように、そして絶望の淵に立たされても諦めなければ必ず救いの手がある事を、物語として後世に語り継ぐ事に決めました。
愛と勇気と希望の冬物語。
3人の王子様と3人の女王様が世界を救った物語。
この物語はすぐに世界中に知れ渡り、子供向けの本から大きな劇場の演目になるまで、幅広く人々から愛され続けましたとさ。
めでたし、めでたし。
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物語が作られて数百年後。
ある町の本屋さんに、1冊の本が並んでいました。
「愛と勇気と希望の冬物語? おかーさん、これってどんなお話なの?」
「これはね、とある女王様が一生懸命がんばった、とっても素敵な物語よ」