CRON: CLONISTER;Sea
――私ね、海を旅して見たかったの。
大きく広い青空の下、
白雲とカモメを暇そうに数えては、
ため息を吐く姿が空から見て、一つ小さくある。
暇そうにしているのもザザンと大海が波音を響かせるだけで、辺りには海以外何も無いからだ。
あるとしたら、鳥の数を数え、ため息を吐く者が大勢と乗っている、大きな一隻の船が一つだけ。
その中で、鋭く貫く太陽の陽を面倒そうに浴び、
またカモメや白雲を数える一人の女は、不機嫌な表情をしながら刺すような暑さを、
これまた面倒な表情をしたまま乗り切ろうとする。
この女こそ船乗りで有りこの船の船長だ。
普段なら船の上にはたくさんの乗組員が居るはずだが、
今はアタシ以外誰もいない。
理由は簡単だ。暑すぎて腹が空き過ぎて、
地に伏せた奴が多すぎるというなんともくだらない話である。
「まったく……だらしないねえ。 」
船の長であるというのにその言葉は厳つくも鋭くもない。
鋭いのはいつだって己の眼だけだと言わんばかりに、
空や鳥や海に眼光を突きつける。
これは、今は亡き母親から覚えた船乗りの心得とも言える。
照らしつける陽の光が海面に強く刺さる感じがするおかげで、
魚も光の反射で取りにくくなっているのが無性に腹立たしい。
けど、一番に腹立たしいのは、乗組員の殆どがいまだ寝伏せっている事だ。
こっちはいつものお宝探しのついでに、
陸地に不審者が入らない様にもう何日も監視と船を置きっぱなしというのに。
――――はあ。
もう何度ついただろうため息は、陽の光にかき消されるように余韻も残さずただ消えていく。
あーたまには甘いものが食べたいねえ。
何度吐いたか分からないため息の後に、
「アネゴ!!左砲の方向に木の板にもたれながら漂っている、
人間の姿らしきモノを見つけましたぜ!!」
ひ弱なヤツらの中で、うんと働き者であるアッシュが、
少しばかり青い顔をしたまま、大急ぎでアタシにそう伝えてきた。
何だって……アタシたちが今いるこの海域は、
【関係者】以外が通れない様に各国に広まっているハズ。
という事は――!!
「アッシュ!!急ぎ足でかつ慎重にその人間を介抱するための部屋を用意しな。
ソレが澄んだら近づき過ぎないようにおいで。アタシは先に浮かんでいるやつを掬いに行くからね!!」
そう言って私はアッシュの返事や顔を見ずに走って船の外、大海へ飛び込む。
ドボンと言う音の後にアタシの身体が海に触れた。
焼けた肌が海水に染みて一つのうちに瞬と痛む。
けど、そんなことでいちいち動きを遅くする暇なんてありゃしない。
アタシは海賊、母親の観たかった、海のオンナなんだからね。
そう意思を太陽の光のように熱く鋭くした後、海水に沈むはずだったアタシの身体、肌が。
少しだけ固いナニカに触れた。
肌に触れたのはどうやら膜のようなもので、
機械も何もついていないハズなのにドンドンと速く海を進んでいく。
唐突に変な変なモノが出てきた理由はアタシの持つ暫定深層度数、
第四複製干渉深層度【開拓】ソレがアタシの、目的のモノや場所の遂行のために近づくという願いに反応して、
その願いや行動に関して比較的効果のあるモノを手当たり次第に付与する力。
今回は、変な膜かい……。
でも、陸地で開発されている燃料投入型の機械式小舟より速いかもしれないねえ。
それじゃあ――行くとしようかっ。
熱を入れるように。ぷかぷかと浮き沈みをしている人間を掬い上げる想像をした。
すると、途端に燃料をくべたように肌に近づいて離れない膜が、速度を上げて目標へと走る。
速くなるにつれて、鋭く弾く波が肌に触れる度に薄い刃で傷をつけるように痛みが増していく。
もうすこし、
もう少しで――――。
ってーーーー!!
眼と鼻の先に見えた人間を掬い上げようと手を伸ばしたが、
アタシの意を大きく外して、アタシは速度をそのままに、
その人間から通り過ぎて行ってしまう。
……これだから気まぐれな能力は大嫌いなのさ。
ええい、まどろっこしい。こっちはこの板が消えるまで海を泳いでる訳にはいかないんだよ!!
肌に近づいて離れない膜を腕で取り外す事なんて出来やしない。
なら、こうするしかないだろう。
アタシはそう思って、思い切り頭を振りかぶって。
――板に目掛けて頭突きをした。
「いい加減使用者の言う事ぐらい聞いたらどうなんだい!! 」
どれくらい進んだのかはわからないが、
――頭突きが、膜に触れようか。というところで静かに消えて行った。
よって、今まで得ていなかった海水が肌全体に沈み込むような感覚を覚えると同時に、
海に浮かぶことになったアタシは、ふう。と一息つきながら来た路を振り返るように泳ぎだした。
海を泳ぐなんざ、最近は無かったなあと思いながら、
段々と近くに見えてきた一葉の小舟、船の中にはアタシに向かって手を振った後、
その手で丸を形作るアッシュの姿があった。
どうやら、人掬いはアッシュが終わらせちまったみたいだねえ。
慌ててやってくれただろうに、笑顔を浮かべるアッシュに対して、
アタシは出来るだけ大きく手を振って同じように笑顔を浮かべた。
我ながら――良い、部下をもったもんだ。
――――その後、アッシュの乗って来た小舟に乗って、
船へ戻ったアタシは、海に漂っていたヤツの回復を待つべく、
ソイツを第二救護部屋へ運ぶと、昔なじみのメイド長へと連絡を入れるために船長室へと戻った。
ジリリと音のなる電話機の後で、最初の言葉はなんて口にしようか考えながら。
「もう、あの場所はずいぶんと邪魔してないねえ」
そう呟いた視線の先には、白い外壁とキラキラとした明かりの中で、
浮かない顔をした白い肌の少女と、少女にそっくりで背の少しだけ高い女性が、
カチューシャと眼鏡をつけている一人の女の子を囲んで写っている一枚の写真があった。
その下には、優しい筆跡でうっすらと書かれた誰かの名前が一つ。