表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
白の王女、愛される  作者: 三日月
再会
2/3

白の王女、追憶する

決意から一週間、王城内はとても大騒ぎになっていた。

なぜかと言えば聞くまでもなく、わたしが三年近く久し振りに、部屋から出て来たからである。

しかも、出て来てすぐ王の元へ、王妃としての勉強を始めたい、と何の前置きなく申し出たからだ。


王はと言えば、何の報せもなく突然、部屋を訪ねて来たわたしに驚いた様だが、さすがは王をやっているだけあり、大した困惑もなく、二言の返事で了承してくれた。

そして、その次の日には、帝王学や歴史、領地や貴族の特色などの未来の王妃として必要な知識と、マナーやダンスレッスンなどの令嬢としての基本レッスンが始まった。


正直、少し意外だった。

わたしは飾りの王妃を望まれていると思っていたから、まさか何の文句もなく、王妃としての知識を学ばせてくれるなんて、思っても見なかったのだ。


どうやら、王の一存だったそうで、わたしには王の真意など分からない。

だけど、学ばせてくれるならば、お言葉に甘えさせて貰おう、と心に決めた。


周囲の者達はやはり、あの部屋で大人しくしていてくれた方が、都合が良かったのだと思う。

その証拠に、周囲も業務的にしか声を掛けて来ることはない。むしろ、距離を置いている節があった。

この容姿が気味悪くて仕方がないのだろう。

わたしと目を合わせようとする者はほとんどいなかった。


それでも、挨拶や謝罪や感謝などを伝えるわたしに、ようやく普通に接してくれる人が、ちらほらと出て来始めたところである。



そんな生活が一週間、元より知っているのではないかと思われた程の速さで、手習いごとをマスターしてしまったわたしは庭園で一人、お茶を嗜んで考察していた。


考えている内容。それは、前世の自分について、だ。

わたしが何者なのか、今更になって疑問になったのである。


この世界の知識は勿論、帝王学や語学や数術などの勉学、マナーやダンスレッスン、姿勢の類、あれは実を言うと実際に知っていた。正確には、思い出したのである。

今までは出来ないと思っていたが、少し習っただけで頭の中に次の動作が浮かび、簡単に再現してしまえたのだ。


正直、自分でも驚いた。だって、あの瞬間で思い出したのは、令嬢としての振る舞い方だけではない。

帝王学や勉学の際は、向こうの世界の発展した科学技術まで思い出した。

食事やお茶会のマナーレッスン時、紅茶の淹れ方やありとあらゆる紅茶の種類。それに合うお菓子やその作り方。様々な料理の作り方も、それこそ料理や食事関連の物凄い量の知識を思い出し、記憶の引き出しの中にしまわれたのだ。

姿勢やダンスレッスンの時は、女性側と男性側、どちらの振る舞いも完璧だった。言葉遣いも同様だ。

それ関連の豆知識や注意、必要なのかと思える知識まで、わたしの記憶に整理してしまわれている。


どうやら、わたしはとても優秀な頭をしているらしい。

多分、一度覚えたものは勿論、見たものは忘れない。

我ながら、凄い記憶力である。


そして、前世のわたしは様々なことを知っている様だ。

こんな風に、庭園の花壇に咲く美しい花々を眺めるだけで、どんな名前の花で咲く時期や花言葉、種の形やどんな仲間がいて、どうやって咲かせるのかが、頭の中で浮かんでは記憶に収まって行く。


王城内を少し歩くだけで、次々と知識が蘇り収まって行く。

その感覚が面白くて、わたしは初めて、もっと思い出したい。もっと知りたいと思った。

同時に、知識では足りないと感じたのだ。


思い出したい。前世の自分自身や、自分の周りの世界、自分が大事に思って来たもの、その理由、前世の記憶を思い出したかった。


分かっている。思い出しても、空しいだけだ。

もう戻れない。どれだけ望んでも、わたしは死んだのだ。わたしの世界はここ。

どんなにここが地獄だとしても、わたしはここで生きるしかない。ここで、一人で強くなるしかない。


それでも、わたしは思い出したかった。

大事なことを忘れている気がして、大事なものを落としてしまった気がして、わたしは取り戻したくて仕方がないのだ。


でも、それはどんなに考えても不可能で、わたしは深くため息を零した。


もっといろんなものを見たり体験すれば、いつかは思い出せるかもしれない。

少なくとも、今の状態ではどんなに考えても、思い出せない気がして、わたしは考えることを放棄した。

そして、現状の手習いごとは順調だから良いとして、次は何をしようかと思考を切り替える。


正直、知識があっても実際に再現できるかは、まだ不安だった。

体力をあまり使わないことは、簡単に再現できると思う。手先は器用で何でもそつなくこなせるからな。

けれど、長時間は体力が持たないので無理だ。


となるとやはり、まずは体力作りを第一の目標にすべきだろう。

王に剣術の先生でも呼んで貰うのも良いが、独学、と言う手もありだ。まだ思い出せていないだけで、前世のわたしが知っている可能性が大きいからな。

もしそうならば、少しやるだけでいろいろと分かって、自分のペースで実力をじっくりと分析出来るかもしれない。


「セレスティア様」


不意に名を呼ばれ、どうしたのかと視線を向ければ、下がっていた筈のメイドが前に出ていた。

紫色の短髪に同色の瞳。綺麗だが決して、表情豊かとは言えない彼女は、わたしの側仕えのエルサだ。


「どうしました?」

「側妃様方がいらっしゃったそうです。貴方様がよければ、お茶に同席したい、と申していらっしゃいます」


落ち着いた紫色に瞳を真っ直ぐとわたしに向けたその声は、微かに呆れが含まれたものだった。

彼女はこの一週間、彼女は誰よりもわたしと普通に接してくれる。それよりも今は……はぁ。


「側妃の誰が来たんですか?」

「全員です。王子殿下方もご一緒の様です。既に城内に上がった以上、追い返すのは不可能かと」

「……案内して下さい」

「畏まりました」


そろそろ、一斉に来るだろうな、とは思っていた。

エルサの指示で報せに来たと思われるメイドが、場を去って行く。

目の前では、わたしに許しを得てから、何人かの使用人達が来客を迎える準備がされ始めた。


それを横目に、わたしは紅茶を一口含み、強張った体の緊張を解く為に、フゥッと息を吐く。


正妃とその子どもしか住めない王宮。

側妃達にはそれぞれ、後宮が与えられて、実子と住まわされている。

後宮からほんの数時間しか掛からない筈だが、今まで来なかったのは、様子見でもしていたのだろう。

そして、他が動き出すのを知って、負けじと自分達もやってきて、鉢合わせしたと言う、三年前と同じ展開だ。

迎える側としては突然、そんなに一斉に来られて、迷惑この上ないのだが、向こうは必死なので何を言っても無駄だろう。


わたしが引き籠もり、誰にも会わなかった三年、彼女達が何をどう考えて行動していたかは知らないが、どうせ王子同士を競わせて、少しでも王に相応しくあらせようとしていたのだろう。


まぁ、結婚が許される十八の時までは、誰を夫として王として選ぶかは、わたしの意志を尊重されている。ただ、十八を過ぎると実力で強制されることになっている。

これも、王の手配だ。


側妃達はわたしに王子を薦めることは出来ても、十八を過ぎるまで強制は出来ない。他も同様だ。


……何度も言う様だが、王が分からない。


元は隣国の王子で、政略で結ばれた王と正妃。

ゲームでは忙しい人だとしか語られていない。だから、前世の記憶では分析できない。現実を見れば、謎は深まるばかり。


正妃との間に愛があったかは知らない。ただ、王はわたしが産まれる前に、側妃達を次々と取ったから、きっとないのだと思っている。

かと言って、側妃達の中で特別視している存在はいない。寧ろ、王子が産まれてからもその前も、仕事以外で会っているのかも怪しく、側妃、王子ともにとても興味があるとは思えなかった。


ただ、わたしのことはそれなりに気に掛けてくれている様だ

引き籠もり始める際、あの人はわたしを訪ねたのだ。

わたしは誰にも会いたくないと追い返してしまい、それからは一度も訪ねはしなかったけれど、あの人は確かに一度、わたしを気に掛けて会いに来てくれた。


そして、わたしの意志をいつだって、尊重してくれている。


理由は分からないけれど、それだけは事実だと思う。

だって、訪ねたわたしを見た彼の目は安堵した様に、けれど、申し訳無さそうに、心配そうに揺れていた。

その瞳がわたしを思ってくれている、と言う真実を語っている気がした。


だから、わたしは彼を信じようと思った。

少なくとも、現状で誰よりも頼れるのは王だ。

王が何を企んでいるかは分からないけれど、国を崩壊させる様なことはしないだろう。

きっと、これからも協力してくれる筈だ。


そんな思惑をしている内に、準備が整って行き、少し騒がしい集団がやってくる音が聞こえ出す。

いよいよだと、わたしは迎えるべく、席を立ち上がった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ