0-4 続・離宮への旅
里についてすぐに、まずは村長の家に挨拶に行った。勿論俺も一緒だ。
村長は、ジョンという50近い男性だったが、特徴的な顔だちをしていた。一通り紹介が終わった後、俺は聞いてみた。
「お顔、どうしてわんこなの?」
これ、というイオの声に
「良いのですよ。王都辺りではここまで獣人族の特徴が出ている顔も珍しいでしょうからね。……ジュザ王子、この里の住人の半分位は獣人族、特に狼人族で、残りもほとんどが獣人族と人間族とのハーフです。私もハーフの一人ですが、獣人族の一つ、狼人族の血が濃く出ています」
後で知ったことだが、獣人族の一つ狼人族はこのサヨの里を更に北へ抜け山を越えた大森林地域に国があるため昔から交流があり、移住者たちも時折いるようだった。村長の母親は純血の狼人族らしく、濃い体毛に突き出た鼻、当然犬耳がピコピコと動いていた。村長は頭だけだったが、後で会った村長の母親は全身がケモノだ。ケモナーレベルでいえば4くらいだ。どう○つの森のし○えさんレベルだ。二次元ならともかくリアルでこのレベルのケモナーとか、前の村長は地味にレベルが高い。
因みにゼント王国は獣人を特に差別してはいないが、王家も一伯四子爵家も全て人間族で人間族至上主義的な雰囲気があり、獣人族やその血が濃く出た人間は王都周辺には住みにくいそうだ。
とはいえ、軍をはじめとする公的機関にも獣人族やハーフは普通にいるし、それなりに高い地位にいるものも少なくはないが。
この里のはずれに西の離宮が、正確に言えばかつて西の離宮だった敷地に瓦礫の山が残っていた。人間が住める建物は2軒だけ。その他に地下室が一つ残っているだけだった。
「西の離宮の現状は報告書の通りです。すぐに入ることもできますが、もう日も暮れますし、今夜は我が家に泊っていただき、明日入るということではいかがでしょうか」
という村長の提案により、その夜は村長宅に泊ることになった。
村長の家は村の中心部にあり他の建物よりも大きかったが、それでも田舎だからか茅葺屋根に土壁と豪華とはいえないような建物だった。王都の屋敷のように、練塀もなければ壁も漆喰ではなかった。とはいえ、昔ながらの古民家というたたずまいはどこかほっとする風情があった。
その夕、夕食会というよりもちょっとした宴が催され、さやか、イオ、レイゼイ子爵、ニハチ、それから俺も、村の主だった人に紹介された。20人程度来ていたが、名前はほとんど覚えられない。子供相手にまともに自己紹介もないだろうし、大体の顔を覚えれば良いだろう。どうせ村に住むのだから、おいおい覚えていけば良いだろう。
驚いたことに、ほとんど全員が多少なりとも獣人の特徴を備えていた。といっても獣人の半分位はネコ耳・犬耳程度で、笠や帽子をかぶったりすれば普通の人間と見分けがつかない程度だ。多分、街道沿いで見た笠をかぶった人の中にも獣人はいたのだろう。顔まで完全な獣のということで特徴的だったのは、豚人族の2人(後から聞いたことだが、駆け落ちしてこの村に住んでいるらしい)位で、あとはほとんど見分けがつかなかった。
子供は村長の息子が14ではあるが後継ぎということで座っていたが、他の子供たちは村長宅の宴には来ていなかった。子供には子供の挨拶がある、というやつだろう。
勿論こういった場では子供に発言権などあるはずもないので、大人たちは紹介されたにしてもほとんど見分けなど付かず、黙って食べて飲み、食事が終わるとさやかとレイゼイ子爵を残して離れに移った。二人は村長と少し話をしてから、ということだった。
離れではすぐに床に着き、やはり旅の疲れもあったのだろう、二人が離れに来る頃には、既に俺は眠ってしまっていた。
翌朝、王都を出て10日目、いよいよ目的地の西の離宮に到着した。
こちらでございます、と村長に指さされた場所が西の離宮だった。
……離宮?
塀、というよりも塀だったものとでもいうべきあちこち崩れ毀れたレンガの山に、かつて門だったことを示す門柱の残骸。その向こうには瓦礫の山。ジュザは思わず母であるさやかを見た。さやかも茫然とした顔で瓦礫の山を見ていた。
「この西の離宮は、先々代陛下がお忍びで狩りをするために使われていたものでございますが、今から9年半前に焼けおちました。その際には1棟の離れと使用人用の小屋が焼け残るだけでした。その後、復旧も行われず朽ちるままにされております。それでも離宮として記録にとどめられておりますし、下賜もされませんでしたから、今でも離宮であります。二棟の建物については最低限の管理だけは行っております。また、1年半前に地下室が発見されました。先々代陛下が存命中当時にはワインセラーとして使われていたようですが、発見当時は既にワインは運び出された後で、当時より書庫になっております。書物の内容については、我々は把握しておりません。
ともあれ、この瓦礫の山の向こうに離れが残っており、その離れにさやか様、イオ様、ジュザ様をお入れするようにとの指示でございます。……レイゼイ子爵と従者のニハチ様については特に指示を受けておりません」
村長、ありがとう、とレイゼイ子爵が答えた。
「離れの他にもう一棟使用人の小屋があるとか。我らはまだ見ていないがそこに住むつもりだ。御者! 荷物を離れへ」
はっ、御者が答えて荷物を馬車から下ろしたのを見たが、荷物といってもさして多くはなく、大きめのカバンが二つと行李が二つだけだった。
離れは古風な民家といえば良いだろうか、かなり古いながらも茅葺の屋根に土塗りの壁、生垣をもつ建物であった。中は6畳ほどの土間と囲炉裏のある8畳間が一間、6畳間と4畳半間に押し入れなどがあり、囲炉裏の間以外の部屋は全て畳敷きであった。畳はこの際に全て入れ替えたのか、新品のように見えた。この村の状況からいえば、かなりの出費であっただろう。庭も雑草の類はなく、手入れはされているようであった。庭の奥が竹やぶになっており、庭の池といい、離れの一つとして考えると当時はそれなりに立派だったのだろうと思われた。
「離れと申しますが、昔は茶室だったものを改造したものです。調度品は特には入れておりません。もし必要であれば、田舎作りで良ければなんなりとお申し付けください。布団の類は押し入れに入れてあります。何か必要なことがあったらお伝え下さい」
「水場はどこに?」
「後ほど案内いたします。後ほど下働きの女を一人こちらに来させますゆえ、よしなに」
そういう村長にさやかは礼を言い、御者の荷物を8畳間に運び入れさせたレイゼイが、村長に使用人用の小屋へ案内するように促して出ていった。さやかとイオもジュザを連れて後に続いていった。使用人小屋を確認するためだ。
使用人小屋は離れからは歩いて数分、竹やぶの裏に隠れるように使用人小屋があった。使用人小屋は、質素というより粗末な造りであった。
板壁は何箇所か明らかな隙間があったし、板葺きの屋根も傷んでいるように見えた。内部も、6畳ほどの土間の奥に同じく6畳ほどの板の間があるだけと、簡素そのものだった。
「子爵様ですから、このような小屋ではなく我が家にお泊まりいただいた方が……」
と村長が言ったが、ここにて結構、とレイゼイが言って、それで決まりだった。
「修繕はおいおいやっていくつもりですから、その際には手を借りるかもしれません」
とニハチが村長に頼んでいた。
そういえば、レイゼイ子爵達は手ぶらだ。荷物らしい荷物は持っていない。と思っていたらいつの間にかニハチが行李を一つ運び込んでいた。馬車に運び込んでいたのかもしれない。
その日の午後、御者は確かに無事に届けたという書類にレイゼイのサインを確認して王都に帰っていった。
御者と入れ替わるように下働きという女性が来た。聞けば、この村には珍しい純粋な人間で、ただし死別しているが夫が獣人族だという。名前はしのといった。
「下働きのしのでございます。こちらは同じくみこでございます。ジュザ様、さやか様、イオ様の身の回りのお世話をし、レイゼイ子爵、ニハチ様のお世話もするよう、村長から言いつかっております。……これは村長から預かってきた山菜でございます。米や薪炭の類は物置にございます」
しのとみこは年の頃20台後半だろうか、さやかやイオよりも年上に見えた。少しやぼったいが化粧をした顔に黒い長髪を後ろで縛り、服装は粗末ではあるが和服であった。さやかが返して言った。
「しのとやら。それからみことやら。大儀である。……というような言葉づかいは止めにしましょう。なにより口が回りませんから。服も、多分晴れ着でしょう? そういう格式ばったことは必要ないわ。対等というのは難しいかもしれないけれど、私はこの間まで町娘、そんなに偉くないもの」
続いてレイゼイも言った。
「私もだ。私は、有体に言えば島流しでな。爵位はあるがさして偉くはない。そのつもりでな。あぁ、身の回りの世話は、炊事と洗濯だけで良いぞ。掃除は、するほどの広さもない故にな」
は? としのは困惑顔になった後、妙なことを言った。
「子爵様は夜はどちらでお休みですか?」
裏の使用人小屋だが、そちらはよい、とレイゼイ子爵が言うと更にしのは言った。
「では、夜は家で寝て良いので?」
……子供の前でなんてことを言うんだ。いや、気がつかないふりをしておこう。
「おばちゃん、夜はおうちで寝るんだよ?」
イオが「おばちゃんじゃなくてお姉ちゃんでしょ」というのに苦笑しながらも、
下働きの人は今日は顔見せだけということにして明日からということにした。晴れ着が汚れても、というさやかの気遣いのようだ。ただ、帰りがけにイオが水場には案内してもらっていた。
夕食はさやかとイオが作った。さやかが、久しぶりだから腕が落ちているわ、などと言っていたが、なかなかどうして美味しいご飯だ。勿論食材は村長からの差し入れの山菜と米の炊き込みご飯と粥の相の子のようなもので、どこから持ってきたのか干し肉が入っていた。
その席でレイゼイ子爵が言った。
「ところでジュザさま、明日からは少し早起きをして体を動かしましょう。なに、私と共に周囲を歩く程度です」
続けてさやかが言った。
「そうね。それからジュザ、これからは少しお勉強もしましょうね。字を読めないと色々と不便だし、足し算や引き算位は出来ないとこまるからね。それから、そうね、少しお友達も作りましょうか。今までは同じくらいの年のお友達はいなかったものね」
夕食後に今後について話をしていると、犬耳を持つ獣人族の少女を連れて村長が来た。犬耳以外はごく普通の人間族の少女に見えるその少女は、茶色い髪に白いワンピースが似合っていた。二人を見るとすぐにレイゼイが立ちあがり、外へ出て話をしていた。
しのが気に入らなかったようで、とか、若い女性は獣人族の血が、とか、男性の方がよかったので、とか聞こえてきていたが、なんというか、人身御供とは。レイゼイが一生懸命婉曲に断っていた。
このやり取りにさやかもイオも全く動揺をしていなかったので、この国ではそういう接待が普通なのかとも思ったが、良く考えてみれば中世頃であれば大体ある話であり、そういえば現代日本でも時々あると聞くのを思い出した。
どの世界も、人間の根っこはそんなに変わらない、ということか。