0-1 生まれる前のエトセトラ
====ゼント通信 皇歴236年4月号====
<新王子、誕生>
皇歴236年4月、ゼント王国に新たな王子が誕生する。父はゼント王ハリマ=アカシ3世陛下、母は側室の付き人の妹の友人で城下の食堂の看板娘さやか。お忍びで遊んでいるうちに手がついた、とのこと。4月中にも出産する予定。王は認知する方針。
・正室カエデさま、側室アカネさまはご立腹の様子
側室側仕の一女史によれば、王が外に子を作ったのはこれで3人目。一昨年の2人目の時にはこれで最後と言ったのに、と大層立腹の様子。最初は母子ともに処刑を要求し聞き入れなければ二人とも里に帰ると言っていたが、王が土下座してこれを止め、王の庶子として王位継承権なし、認知と捨扶持だけの待遇にした模様。
なお、王はさやか嬢と二度と会わないことを約束させられたという。
=========
正室はゼント王国の東で国境を接する大国ノブナ公国の前宰相タンゴの娘で、正室との間に二男一女をもうけている。一方でゼント王国の伯爵位をもつクシナダ家が側室を送り込んでおり、一男一女をもうけている。
本来なら正室に男子がいれば王太子が確定するが、第一王子セヴェは側室アカネの子、第二王子ズショは正室カエデの子であり、奇しくも同じ日に生まれた。ただし、セヴェは朝、ズショは夜に生まれたから、セヴェが兄だ。
いずれ、いずれかを立太子して世継ぎを決めなければならないが、それは15才の成人の儀で明らかにされるはずだ。二人ともまだ11才だから、決めるまでにはあと4年近い時間がある。だが、いずれを立てても問題が起こることが見えていた。表向きはともかく、裏に回れば既に派閥が組まれ両派ともに激しくやり合っていた。
その動きに最も心を痛めていたのは、ほかならぬ正室カエデ、側室アカネの二人だった。派閥に担ぎあげられぬよう、アカネの産んだ第一王子セヴェはノブナ公国の勢力下に近いナーラ自治区に、第二王子ズショは西のアキツ侯爵領に、それぞれ留学させていた。第三王子はまだ幼いため手元においていたが、そのうちにアワ辺りに留学させることになるだろう。
普通は王子の一人は王都で育てるのが当たり前だが、権力抗争に巻き込まれるよりはよいだろう、というのが二人の一致した意見だった。
「ということで、お前が無事に生まれることになった」
いや、トール神さま、何しているの? というか、いまどうなっているの? 苦しくはないけれども、何かに包まれていて動けない。声も出ない。
「実はまだ生まれていないなのれす。あと10日くらいかかるれす。あう」
いや、生まれてから魂を入れてくれよ。
「生まれる前から魂がこもるものだからな。そうでもなければ生まれては来ぬ。大体、本来なら生まれなかったはずだが生まれるようにしたのだが、今度はすぐに殺されるようになってな」
え?
「本来なら王宮で王さまに母親を斬首させる話だったからな。少し変えたのだ」
「探索者に加護を与えてあの老婆を探し出したり、あの老婆に加護を与えて病気を治したり、色々やったです。えへん」
……なんだそれ。甚だ方向性が間違っている気がするが。
「その様子を少し見せてやろう」
時は少し遡る。
「で、新たな子ですか」冷ややかな目で正室カエデが言う。
「町娘ですか。それも身分を隠してお忍びで、ねぇ」側室アカネが続ける。
場所は王の私室ともいえる、奥の院である。カエデとアカネは柔らかい椅子に座っている。周りには三人の他、召使いが数人いるが、全員壁際に立ち、直立不動で命令を待っている。
王だけは床に正座である。
周囲は絨毯が敷き詰められていたが、王の座る周囲だけは、どこから持ち込んだのか50cm四方ほどの石板がおこかれており、その上に正座させられていた。実はこの石板は微妙な凹凸が付けられており、座っていると容赦なく足に痛みを与える仕組みが付けられていた。
「身分を隠していたのにばれた、ですか。看板娘に手を出しておいて、更に看板娘に手を出してその上にその店の仕入れ先の娘に手を出そうとして、看板娘にばれて、修羅場になったのを納めようとして、ねぇ」アカネがあきれたように続ける。「ばっかじゃないの」
「前の時にお懲りになったと思いましたのに。とても残念ですわ」
「前の時は酒によってついぽろりと、でしたっけねぇ」
王は既に何も言えず、ただただ言われるがままで正座を続けていた。大体口げんかで勝てる見込みなんてないし、言い返しても碌な事がない。しかも実のところ真相は更に酷いのだ。
「ま、やってしまったことは仕方がありませんわ。アカネ、それよりも今後のことです」
「はい。カエデさま。世継は既におりますから、これ以上の子は不要ですわよね」
王は耳を疑った。まさか……。
「前の子のようにはしませんわ。王も懲りたみたいですぐに身を隠させたようですが、それよりも既に庶民に知れ渡ってしまいましたもの。庶子が連続で死産、なんて、ねぇ。外聞が悪くって」
「もっとも、変なのに担がれるのは避けたいので、探させてはいるんですけれどもね」
ということは、当面は二人とも無事か。王は安堵のため息をついた。
「ですが、王様、今後もこのようなことでは困りますわ。前の時も申しましたけれども、後継ぎは充分いますから、これ以上は騒動のもとですわ。充分にご存じだと思っておりましたのに」
「やっぱり日頃から気にいった女性と戯れたいということね」
アカネは召使いの一人に目配せした。召使いに付き添われて50がらみの老女が入ってきた。
「ところで王さま、この女性を覚えていらっしゃいますか」
年相応に老けてはいるが、どことなく見覚えがある。といって貴族らしい物腰でもない。年齢の割には身綺麗だが、流石にしわも肌のたるみも年齢相応にはあるように見える。名を名乗っても聞き覚えがない。
「紅菊といえば思い出されましょうか」
そう言われて王は思い出した。当時の近習に筆おろしにと連れられて行った娼館でついた娼婦だ。その後一年位は彼女の下に通ったはずだ。父王に見つかって禁じられ、しばらく前線部隊に送りこまれたが。あれから20年近く経っているはずだから、彼女は50は越えているはずだ。
「やはり男性は最初の女性がよいとか聞くし、それに夜の技術も私たちでは不満なんでしょ?」
「その点、この女性は王の最初の女性ですし、本職だったそうですから技術もおありになるはずですわ。もう年齢からしても子は生まれないのでしょうし。あぁ、病気はありませんわ」
「流石に切り取るのは無理でしょうし、鍵をつけてもはずされるでしょうからね」
「毎日、朝晩と、その老女に絞り出してもらいます。その老女以外とは認めません。私たちにもです。大丈夫、娼館でNo1だったそうですわ」
15年以上前の話だろう、という言葉は、口から出さないだけの分別は流石に王にもあった。言えば多分タダでは済まない。
「二人でしているところを、そうですわね、毎日一回は見せてもらいましょうか」
「カエデさまが朝で、私が晩ね。ほら王さま、毎日2回ですわ。勿論、見るのは私たちだけではありませんよ」
「王子、いや今は王でしたな。また触れられるとは思ってもみませんでしたですじゃ」
王の表情は見えなかった。
「という話だ」
おおぅ。王さま、今後あの老婆と毎日、しかも衆人環視で羞恥プレイとか。でも、なんで俺に見せたんだ?
「あう、仕事をしているのを見せるためなのれす」シュピ、とセトが手を上げる。「ばんがったなのれす」
それはそれとして、時間を飛ばせるんじゃないのか?
「魂が定着した頃なのでな、本当はその使い方の説明で来た。定着前だと、はがれることがあるからな」
「セトのかみこーさくも、かわくまでまたずにうごかしたらのりづけが外れてちがうところにくっついて大変だったれす」
「セトや、今は真面目な話をしているのだから、その話は後でな。と」
トールが向き直って何やら調べているようだ。
「うん。これならよかろう。では教えよう」
<=スキップ=>について、突然使い方から制限から色々頭の中に入ってきた。
「とりあえず、使ってみるが良い。そうだな。生まれる直前、9日目の夜までは特に何もない。あってもこちらが何とかしよう」
わかった。では使ってみることにしよう。
<=スキップ=>生まれる前日まで。