「だから物理的に殺されるのは嫌なんだ」
烏の鳴く夕刻。金髪を一つに結んだ青年が河川で佇んでいた。青年は地面の草を抜き、ばらまく。青年――ゼウスは昼頃、とても憂鬱になる出来事に見舞われた。
彼がアテナに誘われたお茶会で城に行った時の事だった。お茶会にはアテナだけでなく戦場を共にした仲間もいた。アテナと戦場を共にした仲間の一人であるアイロウは仲が良いのでいてもおかしくない、と椅子に座った時だった。
ドゴンッという鈍い音と共に破片が部屋中に飛び、ある人物が宙を舞って現れた。そして、その人物を追いかけるある人物が木造の扉をけ破って走ってきた。
仲が悪いことで有名な王子二人組である。何故仲が悪いかと言うと…。
「レンガ! 今日こそ、俺と“虹登る滝”に行こう!」
「嫌だ」
にこやかな笑顔でデートのお誘いをするユーラスと真顔で断るレンガ。二人は手持ちの大剣と片手剣をぶつからせながら、城の大広間を動き回る。
ゼウスはため息をついた。今日は大好きなアテナと月に一回のお茶会の日なのだ。それを邪魔されるとは。
レンガは全力で逃げながら、時たま、ユーラスを攻撃する。ユーラスはそれをよけながら、どんどんレンガに近づいていく。ユーラスのデートが成立する方法は、逃げるレンガにタッチするという何ともバカなことだった。
少しずつ少しずつ崩壊する城にアテナの笑みが咲き誇る。
「……」
無言の笑顔。そのこめかみには青筋が浮き立っていた。
先程からこの争いを止めようとアイロウはうろうろしている。彼女の彼氏は慣れ過ぎて興味が無いのか、ゼルダが淹れた紅茶をすすっていた。
ゼウスはアテナの怒りに気付く。だが、それを止めることはできない。
「…二人とも」
アテナが静かに口を開いた。
「いい加減にしてください!」
ユーラスの腹に蹴りを入れた。ユーラスは軽く血を吐き、その場にうずくまる。ユーラスがうずくまったのをレンガは確認すると大剣を背中に収めた。ゼウスはああ…とまたため息をつく。
それでその場は幕を閉じた。
この出来事が彼を憂鬱にさせている。
せっかくのお茶会を潰されたのだ。あの後アテナは部屋に戻ると片づけをレンガとユーラスに任せ、大広間から出て行ってしまった。残されたゼウスは涙を流しながら、城を後にした。
家に戻る気もなく、こうやって河川で佇んでいる。
「あーあ…」
ゼウスは近くにあった石を掴み、川に投げ込んだ。
「来月まで、一ヶ月もある…」
悲しそうに呟くと、また石を投げた。その時。
「ああああああああああああああああああああ‼」
鋭い叫び声。
声が空から聞こえた気がして、上を見た。すると、すごい勢いでヒトと思われる物が落ちてきた。
「…ふっ」
素早くその位置を離れる。
そのまま落下してきた物が鈍い音を立てて、地面に叩き付けられた。
ゼウスはそれを見つめる。白髪の青少年。どこか王子を思わせるその服装とは裏腹に顔は何処か荒々しい。大丈夫だろうか、と危機感を心に持ちながら剣の柄でちょんちょんと突いた。
突かれた青少年はカッと目を見開くと大きく口を開け、圧迫された肺に息を吸い込んだ。
「…だから、物理的は嫌なんだあ――――!」
虚をつかれたゼウスは後ずさる。。
叫んだ勢いで青少年は起き上がると虚をつかれて固まっているゼウスに気が付いた。
「あんた、さっきまで俺が落ちた位置にいなかった?」
睨むように聞かれて、返答に困る。そう、ゼウスはいたのだ。ぶつかりたくなくて避けたのだ。
「…ああ、いた」
気まずそうに返す。
ふーんとあまり興味なさそうに青少年は答えた。応えながらあたりをきょろきょろ見廻し、首をひねる。その後、手をクロスさせ動き始めた。足を上げたり、曲げたりした後、二・三回飛び跳ねた。
「よし」
自分の体調を理解したようで服装の埃を落とす。
意外とそういうものを気にするようだ。
青少年の一部始終を見届けたゼウスはあることに気が付いた。どこも痛くないのだろうか。空から落ちてきたということはそれなりのところから落ちたという訳で、普通は何処か折れているはずである。それに胸は圧迫されなかったのだろうか。
そんなことを気にしていると、青少年が口を開いた。
「まあ、何かの縁だ。俺はルゥロ。よろしく」
ニコッと人のいい笑顔で自己紹介をしてきた。ゼウスは何が何かの縁なんだろうと考えながら、自分も自己紹介をする。
「俺はゼウスだ。ところで、どこも折れてないのか…?」
尋ねるように聞くと、さっきの笑顔とは大分変ったニカッという楽しそうな笑顔で返された。
「ああ、俺、この思考回路と物理的に殺されたせいか、外的の痛みに強いんだ。その代り、内的な痛みには吐き気を催すけど」
彼はルゥロの言葉に驚き、最後のほうはほとんど聞こえてなかったようだ。
ルゥロの言葉を心の中で復唱する。
(物理的に殺された…)
それは一度、死んだということで。
ゼウスは思わず走り出した。彼をおいて。
「おい、ゼウス!」
ルゥロが呼びかけるのを無視して疾走する。
彼は非科学的なものが大の苦手なのだ。