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魔女?いいえ錬金術師です  作者: 東風になりきれない春
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選択できないフラグ回収

念のためグロ注意です

最初はボロきれが転がっていると思った。


エレオノーラがいつものように食料と薬草を狩っていると、しげみの中に黒ずんだ布に包まれた何かが見えた。

近づいてみると、つんと鼻の奥を鉄さびた匂いが貫く。

よくよく見ると、血まみれのマントにくるまった人間のようだった。

かすかに上下するところから、まだかろうじて生きているらしい。


「え、なにこのフラグっぽいものは?」

豆腐メンタルを自覚するエレオノーラにとって、やっかいごとは避けて逃げて見ぬふりをするものだ。

だというのに、目の前には訳ありそうな生死の境をさまよう不審者。

この状況で放置すると確実に死ぬだろう。

翌朝にはそのあたりの獣のおいしいご飯になっているに違いない。


それはそれで後味が悪いと、切り捨てられない。

甘いとわかっていても、道徳観念はそうそう変わらない。

仕方なくエレオノーラはそっと近づいてボロきれ同然の人間に手のひらをかざした。


「透視」

イメージするだけで発動する魔法だが、言葉にしたほうが簡単なので囁くように唱えた。

元ネタはオタク知識を駆使してゲームから。

作用は対象者の状態を、ゲームのステータス画面のように知覚できること。

そのなかには対象者の名前も入っている。

わりとプライバシーを無視した魔法なので、診療以外では使わないようにしていた。


脳裏に浮かびあがった情報を分析する。

「ふむ。十代前半の男でー・・・腹部からの出血多量で意識不明の重体っと。視覚がやられているっぽいのは、目をえぐられたか、切られたか・・・って、えぐいえぐい。えーと。それから全身打撲と肋骨の骨折。足も折れてるのか。どうやってここまで来たんだか」


考えられるのは罪人か奴隷が逃亡の果てに行き倒れたか、不幸にも何者かに拉致され暴行のうえ捨てられたか。

「可能性が高いのは足の骨折からして、後者。やっぱり訳ありっぽいよねぇ・・・でも・・・仕方ないよねぇ」

エレオノーラは腰にさげた袋から液体瓶を三本取り出した。


一本目の無色透明な液体瓶の中身を適当に地面にまく。

獣や悪意ある魔法を退ける効果がある代物だが、一時間くらいしか効果はない。


ひとまず周囲の安全を確保してから、二本目の薄い青色をした液体が入った瓶のふたを取り少年に近づいた。

傷に響かないよう細心の注意を払って、マントを剥ぐと赤茶けた鉄色の血に染まった顔が見えた。

先ほど魔法で見た通り、まぶたが落ちくぼんで、本来そこにある眼球が抉り取られたのがわかる。


日常的に狩りをしていても、人間の虐待または拷問後の姿など見たことはない。そして一生お目にかかりたくなかった。

喉元までせり上がった酸っぱい唾液を飲み下して、スプラッタな光景にくらくらしながらも、エレオノーラは少年の口元に瓶のふちをあてがった。

「これは手間暇かかってる薬品なんだから、ちゃんと漏らさず飲みなさいよ。聞こえてないと思うけど」

様子を見ながら、少しずつ液体を流し込むと反射で吐き出す力もないのか、液体は少年の咽喉を通ってすんなり体の中へ入っていった。


飲み干させたあと、しばらくすると少年のまぶたがけいれんし始めた。

状態異常の無効化、体力の全回復の効果がある薬品。

その中には肉体の欠損も含まれている。

おそらくまぶたの下では急激に少年の眼球が再形成されているはずだ。同時に骨折や傷も癒えていっているはず。

・・・そんなスプラッタ見えないけど。見たくないけど。


やがて容体が落ち着いたのか、呼吸が一定になった少年に最後の瓶の中身を飲ませた。

内容は眠り薬だ。

ここ下手に意識を取り戻されるより、家に連れ帰ってきちんと清潔な状態にしたい。

眠っていてもらった方が好都合だった。


エレオノーラの魔法と錬成は、ゲームや漫画をもとにイメージして具現化するため、不可能を可能にする。

ゲームなんだから傷を負っても体力が回復して傷が治るのは当たり前なのだ。

ただ、これがこの世界にとっても異常だというのはエレオノーラだって理解していた。

だから普段の医療行為や薬には使っていない。

創り出したのだって、自分の技術の向上のためだ。使う予定はなかった。


「ほんとに何のフラグかってくらい、予定調和のように薬を消費するなんて。魔法で治してもよかったけど、それだと元々のからだの回復力が落ちるしさぁ」

医学の発達していない世界で免疫力の低下は、すなわち生存率の低下だ。

免疫力を低下させずに、瀕死の人間を救うには世界にもともと自生しているものを利用して創り出したアイテムでなければならないようだった。

あとでどうやって治したのか問われるだろうけど。


ため息をかくせない。

それでもやっぱり見捨てるより、今のほうが自分の精神的に楽なのは確かだったので、エレオノーラは現状を受け入れることにした。




少年を浮遊魔法で数メートル浮かせ、そのまま自分を追尾させて帰宅する。

ソファ代わりの大きなクッションの上に寝かせると、狩りの獲物を炊事場へ運んだ。

薬草類はまとめて籠に入れ、あとで干すことにする。


クッションに血がつくだろうが、これはあとで洗えばいい。

ひとまずやらねばならないことは、昼餉のための食事作りだ。

目を覚ました少年用の病人食も作らねばならないだろう。


「病人食っておかゆでいいよねぇ?雑穀茹でて、薬草と薄味調味料でいいっしょ。無理そうなら薬草スープとか?」

鍋の中身をぐるぐるかき回しながら、エレオノーラは滋養にいい薬草を思い浮かべた。


「それにしても・・・少年の名前って・・・」

透視で視た情報を思い出す。


キール=フォント=クレセント=デューク。

家名があるのは貴族の証拠。

フォンがつくのは王族につらなる一族。そのなかでもフォントは王弟や王妃の直系一族にのみ許された称号。

そしてデュークは公爵位をあらわす。


この世界を分析したときの知識を引っ張り出すと、この少年は王族関係者のクレセント公爵の当主様ということになる。


さすがにどこの国の公爵様かまではわからないが、少なくともこんな辺境の森で転がっていていい人間ではない。


「精神年齢三十超えたおばさんには、このフラグは辛いわぁ」

エレオノーラは遠い目をしながら、完成したスープを椀に盛り付けた。


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