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魔女?いいえ錬金術師です  作者: 東風になりきれない春
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平凡女がチートになった訳

ただ呆然と無為に時間をすごした。


ただひたすら悲嘆にくれた。


ただ闇雲に世界を呪った。


けれど現実はなにひとつ変わらなかった。


気づけば、私が科学と歴史の積み重ねによって平穏を享受していた世界から、魔法と戦乱のうずまく世界へ堕ちて十年の歳月がすぎていた。




罠にかかった野兎の血抜きをしながら、かつて鈴木美鈴と呼ばれていた女――エレオノーラはぼんやりとこの世界に来たときのことを思い出していた。

ただ自宅で眠って、目が覚めたら所在地が大森林に様変わり。

空を見上げれば太陽のような輝く恒星ふたつ同時に沈んでいき、すぐに反対側から月のような蒼い恒星がふたつ昇ってきた。

二十代半ばとしては少々痛いオタクな知識があったので、いわゆる異世界トリップをしたのだという結論に至るのは早かったが、馴染むのはまた別の問題だった。


まず最初に困ったのは食事だった。

だれかに助けを求めようにも、歩けど歩けど人っ子一人見当たらない森。

食べていいのか判断に迷う雑草やキノコや木の実。もちろん毒にあたっては堪らないので口に入れなかった。

時折見かける小さな泉と小川は一見きれいに見えたが、現代日本人の胃腸が生水を受け入れるか不安があったので飲めなかった。


衣食住が確保されてない状況で病気になる原因は極力避けなければならない。

かといって、飲まず食わずでは生きていられない。

二日と半日がエレオノーラの限界だった。

どうせ餓死するのなら・・・と、目の前にあった椎茸によく似たキノコをむさぼるように食べた。ついで、その隣に生えていたヨモギのような雑草も、そのまま口の中へ。

結果、見事に毒を引いたのか、胃腸が軟弱だったのか・・・丸一日腹痛に苦しむことになった。


そんなことを繰り返しているうちにサバイバル生活に慣れた精神は、ようやく出来た余裕からか簡単にぐらつくようになった。

白昼夢は当たり前。

蒼い見慣れない月に照らされて、悪夢に飛び起きることも当たり前。

ふとした拍子に涙が止まらなくなることもあった。


そして・・・キレた。

「私がなにしたっていうの!?なんで私なの!?私は・・・私が・・・っ!!かえしてえええ!かえしてよぉおおおおお!!!!」


慟哭。


「あ゛ぁあ゛ぁぁあああああああああああああああああああああああ」


地面にこぶしを打ち付け、空を見上げて咆哮した。

見開いた目から涙がこぼれた。


そのときのエレオノーラは理性のたがが完全に外れた状態だった。

自己の認識もなにもなく、ただ丸裸な精神体が世界に晒された。

放り出された精神体は世界をありのままに俯瞰し、理解し、分析し、エレオノーラの中に戻った。




血抜きの終わった野兎を棒に手際よく縛りつけながら、エレオノーラの思考は回想から帰還した。

「精神だか魂だか知らないけど、元の体にほとんど時間差なく戻れたのは本当に運が良かったとしか思えないわ」

しみじみとため息とともにつぶやく。


精神体が肉体を離れて世界を視る―――それが異世界人ゆえに可能だったのかはわからないが、それ以降エレオノーラの認識する世界は劇的に変わった。


世界に魔法が満ちていることを理解した。

世界に嘆きと憎しみと癒しと憐みと混乱が生まれていることを把握した。

満ちた魔法を分析し、己の技術にした。

混乱から生き延びるために、魔法だけでなく元の世界の技術も分析した。

魔法と科学が決して反発しないことを実験して確証した。

魔法による事象を分解、科学によって再構築する錬成技法を創りだした。


その技術で森を突破し、町や村を発見して、最低限の衣食住を確保するために薬を錬成して医者の真似事を始めた。

チート技術だ!と浮かれていられたのは最初の数年間だけ。

ありがたいと感謝されることが少なくなり、人々に遠巻きに見られるようになったのだ。

感謝や畏怖の念ではなく、恐怖と嫌悪の目で。


理由は自分でもすぐに思い至った。

外見がいつまでたっても変わらなかったからだ。

トリップしてから数年たてば、二十代半ばから三十代になる。化粧水もない。アンチエイジングの観念も技術もない世界でなら、当然老化現象は免れない。

そのはずなのに、さらに数年経ってもエレオノーラの姿かたちは変わらなかった。


一度も染めたことがない黒々としたマッシュボブカットの髪。

化粧をするときつめに見えるけれど、ノーメイクだとやや童顔なこと以外平凡な顔立ち。

モデル体型ではないけれど、それなりに美容に気をつけてきた肉体。

身長も平均からはずれているわけではない、どこにでもいる普通の女は不老になっていた。


そのころには元の世界に変える方法をやりつくして、全敗したエレオノーラはすっかりこの異世界に骨を埋める気満々だったので途方に暮れた。

もう一度発狂して精神を飛ばせば、新たな心理を見ることができるかもしれないが、そんなリスクの高いことは気軽にできるものじゃない。

仕方なく今まで使っていた日本名を捨て、新しくこの世界に生を受けたのだと開き直ることにした。

名前は故郷の恒星から気に入った語感で、エレオノーラと名づけた。もうどんな星だったかも忘れてしまったけれど、名前だけは覚えていたのだ。

ただ、日本人ののっぺりした顔でカタカナの名前は違和感があったが、そんな齟齬は日本を知らない異世界人にはわかるまい。






体中の血液を抜かれて軽くなった野兎の耳を荒縄で縛って持ち上げる。

罠を仕掛け直して落ち葉をかけて、次の獲物はもう少し大型の獣がいいなとぼんやり考えた。

兎は食用に向いていても、革や毛がほとんど売れないのだ。

猪など皮膚の丈夫な獣なら、防具や装飾品の原料にできる。

この世界に来たばかりのときは、「大きな生き物なんて殺せない。魚なんて切り身しか見たことない。どうやって殺せばいいのかさえわからない!」とパニックを起こしていたが、今や慣れたものだ。


「人間の適応能力ってあなどれない・・・」

もくもくと住居へ戻りながら、エレオノーラはまたひとりごちた。

森に家を錬成したときは、周りに木材があって加工が楽だったことと、薬草最終に便利だったからだ。

それが今では人々の奇異の目から逃れるために理由が変わっている。

独りすごすうちに、独り言が多くなってしまうのが少し悲しいと思っているが、どうしようもなかった。


人々から遠巻きに陰口を叩かれ、恐怖の視線にさらされながら町や村で生活できるほどえレオノーラの精神は強くなかった。

「現代っ子のメンタルなんて豆腐並にもろいのよ。つつけば崩れちゃうのよ。でも薬の売れ行きはいいから負けない・・・うん」

ほんのちょっぴり泣いた。





エレオノーラは知らない。

たしかに人々は未知の技術と不老に見える彼女を恐れていたが、同時に敬っていたことを。

父を、母を、子を。

もう駄目だと、諦めて死を待つしかないと思っていた大切な身内に差し出された妙薬はまさに奇跡。

助けられた当人や家族のほとんどは恩を忘れなかった。

あくどい人間が得をする世の中で、生活出来るだけの報酬があればいいという姿勢がどれほど貴重か。


そんなエレオノーラのことを、近隣の人々は【蒼の森の魔女】と呼ぶ。


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