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第三話:交錯した道の果てに

 ……

 …………

 ………………どれだけの時が過ぎたんだろう。

「――あの、或華さん?」

「何?」

「……いえ、なんでも」

「そう」

 無明の校舎を、二人きりで歩くという特異な状況。もしかすると喜ぶべきシチュエーションなのかも知れないが、残念ながら今の俺にそんな余裕はなかった。

 前方には深い闇。ただの学び舎であるはずのこの場所が、明度が変わるだけで町外れにある幽霊屋敷となんら遜色ないおどろおどろしさを纏った空間になるのはなんの嫌がらせか。

 んで、後方には白い或華さん。相変わらずの真っ黒な衣装で身を包んでいるせいで、振り向けば雪のように白い顔と、暗中にあってなお光沢を放つ長髪だけが見えて、必然的に首だけが宙を浮いて彷徨ってるような構図になる。割と冗談抜きで怖い。

 しかも、彼女は俺の袖を指で掴んでいる。まるで普通の女子生徒みたいな仕草だ。しかも彼女のトレードマーク(?)である鼻歌も聞こえてこない。心なしか、表情が強張っているような気もする……もしかして、幽霊の類は苦手なんだろうか、この人。意外だ。果てしなく意外だ。

 というか、なんでユーレイとやらの居場所がわかってるっぽい或華さんじゃなく、ロクに事情を説明されていない俺が先頭なんだろうか。屈強な戦士の前にか弱い白魔道士を配置するくらい間違ってるぜ。

 しかし、人間はどんな環境にいてもある程度時間が経てば慣れてしまうものらしい。研ぎ澄まされた五感が、平時と同じ、いやそれ以上の外部情報をひっきりなしに送信してくる。

 所々木製の古式ゆかしい建物。三日経ったパンのそれに似た廊下の臭い。突然の呼び出しの内容が気になったせいでほとんど食べられなかったハンバーグの風味がほのかに残る唾液の味。ひんやりと体を撫ぜる、隙間風の冷たさ。そして、背後から規則正しく聞こえてくる、或華さんの息遣い。今の俺は、彼女の心臓の鼓動すら幻聴している。

 

 ――いヤ、それがドうシタ。


「……イカン。まずは落ち着け、俺」

「……何か言った?」

 ――――――ガ。

 話すな、このアホ女。その声を俺に届けるな。

「別に、何も」

 途切れそうになる理性を総動員して答えた。

 なんで今まで考えもしなかったのか、あるいは無意識で無視していたのか。

 よく考えてみろ。後ろにいるのは、性格に目を瞑れば客観的に見て他に類を見ないレベルの美少女。状態は一対一。場所は他の要素の邪魔が入りようのない隔離地帯。いかに彼女がスポーツ万能と言えど所詮女子。本気で組み伏せれば五分とかからず、彼女は、


 ――ドクン。

 ―――ド それは、

 ――――ドク まるで蜘蛛の巣に掛かった蝶。


 ――かたん。


「っ!?」

 或華さんは僅かに目を見開いた。

 無理もない。突然振り向いた俺は、さぞかし飢えた獣のような血走った視線で彼女を凝視しているだろうから。

 そのまま、俺は、

「あなたにも聞こえた? 今の音」

「……は?」

 オト、おと、尾と、音。……あぁ、やたらと脳髄に響く、伝達手段の一種の、アレか。

「音が、どうしたって?」

「……呆れたわね。まぁいいわ、元々あなたには存在以上の役割を求めていないもの」

 いつも通りのその傲慢なセリフが、心地よく鼓膜に、その奥に届く。これを歪めさせられるのかと考えただけで目の前が真紅に染まりかける。


 ――迷うことはない。/遠い日のデジャヴ。

 ――事は一息で終決する。/事実、そうだったように。

 ――誰にも咎められず。/輪郭のぼやけた泣き顔。

 ――セカイに支障はない。/ココロが壊れている。


「――ハッ。ありえ、ねぇ」

「え?」

 幻視から還る。

 ……悪いな。あの時とはもう違うんだ。もう二度と、他人のセカイを自分から傷つけないって、決めたんだ。

「――うし。それじゃ行くか、或華」

「な――……『さん』が抜けてるわよ?」

 いきなりぞんざいになった俺の口調に閉口した或華は、しかし強気を装って三日月の形をした目で睨みつけてくる。ホントは嬉しいクセに、天邪鬼なヤツだ。

「だったらまず俺を名前で呼ぶんだな。俺は神斜大地だ」

「……は、笑わせてくれるわね。あなたは、叩き落としたハエにいちいち名前を付けるっていうの?」

 確信する。コイツ、間違いなく盛大に勘違いしてやがる。


 他人を陥れることによって、己の価値を高めようとする倒錯。

 他人に罪を被せることによって、正義であろうとする倒錯。 

 

 還界或華。

 神斜大地。 


 変わらない。変わらない。

 そんなことしたって。――誰一人として、救われやしないのに!


 ――駄目だ。これ以上、昔の俺を見たくない。


「いい加減にしろ、或華。他人けなした所で、お前が偉くなる訳じゃねえ」

 むしろ卑しく見えるぞ。

「! ……何を、突然」

 意識的か無意識的か、どちらにせよ図星だったらしい。平静を装っちゃいるが、夜目に見ても動揺しているのは明らかだ。

 もしかしなくても、これは彼女を傷つけることになるだろう。一年もしない内に、俺は自分を律する為に誓った戒めを破ることになる。

 それでも。

 それで彼女が、救われるなら。

 あるいは俺が、救われるなら。

 だからこれは――自分勝手で独りよがりな、俺の最後の償いだ。

「お喋りな神父野郎先輩が教えてくれた」


 ――今思えば。予感は、初めて会った時からあった。

 人が、人を(あざけ)るのには大きくわけて二つの場合がある。単に人の価値を理解できない馬鹿か――そうでもしないと、自分の価値を見出せない馬鹿。そして彼女の場合は、後者だった。

 

 

 ――それは、少し昔の滑稽な話。

 両親の不和、及び離縁の責任は自分にあると信じ込んだ少女。あまりにも幼く脆かった彼女の心は、そうしなくては唯一の拠り所となる過去(シアワセ)を繋ぎ止められなかった。 


 私がいけない子だったから。私が悪い子だったから。私が弱い子だったから。私が強くなかったから。私が、私が。


 そうして彼女は自らを漂白した。

 かのマリー・アントワネットのように、短期間にして純白と化した長髪がその証。

 強く在ることを決意した彼女は、その戒めだけを残して、昔の自分を綺麗に放棄した。

 なんて、皮肉。

 これを(わら)わずして何を哂おうか。

 (かこ)を否定し、未来(いま)を強く生きることを契約した彼女は。

 結局のところ、遠い日の残滓に囚われているに過ぎないんだから。

 

 それは、誰に宛てられたものでもない静謐な黙祷。

 織り重ねられた鉄檻の中で、白い少女は供物(みずから)を捧げる。



 「……俺は、お前の境遇やら心情やらは知ったこっちゃない。黙祷でも懺悔でも、やりたきゃ勝手にやってくれ。――そう思ってた」 

 だけど、放っておけなくなってしまった。このたかが数日間の交流で、こんなことを思うのはおかしいかも知れないが、

「待ちなさい。……あなたには、関係のない話よ」

「分かってる。――でも、言わせてくれ」

 ―――いや。いい加減、自分を偽るのは止めにしよう。彼女の矛盾を指摘するなら、その前に、俺自身が素直にならなくちゃ。

「――悪い。俺、お前に惚れちまったみたいだ。だから、そんな悲しい生き方しないでくれ」

 今更だけど、白状しよう。

 あの日、銀色に輝くお前を一目見た時から。

 もう――心は、決まっていたみたいだ。

 だからこそ、言わせてくれ。

 お前が望む、自己犠牲のカタチは。

 他人をも犠牲にしてまで、自分の心を偽るやり方は。

 お前自身にとっても、お前を大事に思うヤツにとっても、ひどく辛いものなんだ、ということを。

 

 俺の告白が、安普請の建物に僅かに響き、消えた。

「………」

 或華さんは、俺の一世一代の爆弾発言の途中で俯き、そのまま動きがない。握り合わせた指と指がぎゅっ、と絡みつく様は、自分の寄る辺を必死で探しているようにしか見えなかった。

「……あなたは、本当に」

 やがて、彼女は小さく呟いた。

「ん」

「……本当に、……TPOを(わきま)えない、()れ者です。しかも、今回は特段と意味不明です」

「……そ、そうか?」

 ……そんなバッサリ切らなくても、いいんじゃないだろうか。正直、凹むから。

「……そろそろ帰りましょう。天文学部には幽霊は退治したと伝えておきます」

 くるっ、と踵を返して歩き出す少女。……そんなんでいいなら、そもそも律儀に校舎を探索する必要なかったんじゃないか?

「りょーかい」

 まぁ、特に言うべきことも、言いたいこともない。……そういや返事を聞いていないが、改めて問い掛ける気力は勿論残っちゃいなかった。俺は、黙って彼女の後に続いた。

 

 ……今思えば。振り向きざま、彼女の口が音もなく文字を紡いだような気もする。

 ――感謝の意を表す、「あ」から始まる素っ気ない五文字の定型句を。



 

 ――とまぁ、そんなこともあった。

 時の流れは早いもので、あれだけ満開だった桜並木も、いつの間にか青々と生い茂る緑に追いやられてどこかへ行ってしまった。まぁ、きっとそれでいいんだろう。思い出は過去にあるからこそ美しいんだ。過去むかしを大事にするのはいいが、それで未来いまを縛っちまうのは少しもったいない。


「――お前は湖に小石を投じた。波紋が隅々まで行き渡るには少々時を必要とするが、必ずや終着点に辿り着くだろう。……どうやら、お前の深奥を見誤っていたようだが、何にせよ僥倖だ」

 夜の件について(と思われる)朽木先輩の台詞はこれだけだ。というか、或華さんの事情といいこの人は一体どこから情報を仕入れてくるんだろうか。或華さんが話したとは思えないし。


「……ち」

 表面上、或華さんの「世界は私の周りを回っている」的尊大な態度は相変わらずだ。俺の称号は足やら家畜やら奴隷一号から大地に昇格したが、基本的人権を尊重されただけなのでイマイチ喜べない。

「……いち」

 やってることも変わらない。どこかの部活のSOSを片っ端から受信し、暴力恐喝決闘その他の穏便な方法で颯爽と解決し、それ以外の日は聖書(エロ本)を呼んで日々を謳歌している。

「…だいち」

 んでもって俺はと言えば、ちゃっかり黙祷部に正式入部しちゃってたりする。

 特に理由はない。……いや、さすがにそれはウソだ。単純に言おう。――惚れた女の行く場所なら、地獄にだってお供しよう、ってな心意気だ。……むぅ、改めて口にしてみると恥ずかしいことこの上ない。

 と――

「大地!」

「いだぁああっ!?」

 ――耳たぶを掴まれ、容赦なく捩じ上げられた。痛覚を持って生まれてきたことを後悔するぐらいの痛みが奔る……が、或華さんは数秒で離してくれた。

「ってぇ……何すんだよ、或華さん」

「当然の報いです。使えない耳を付けていても邪魔なだけでしょう?」

 フフン、と悪魔的に笑う性悪女。

「単に或華さんの話が長くて飽きただけ――いや、ジョークジョーク。イッツアメリカンジョーク」

「……まぁいいわ。それじゃ行くわよ、大地」

 両の拳に早くもグローブ装着、まさに殺る気マンマン、戦闘態勢といったところか。


 あの天文部の一件から、黙祷部(そうそう、この部活名は、朽木先輩が考えたらしい。こんな名前にしたら入る部員も入らないだろうに、何考えてるんだかあの人)は積極的に『対部戦』を申し込むようになった。要は人助けだけでポイントを稼ぐのは面倒だ、いっそ他の全部活を活動不能になるまで叩きのめしてやれ――或華さんの現在の行動を簡潔に文章化するとこんな感じだ。サド度が大幅UPしてやがる。

 ……まぁ、個人的には。

 誰かの為にひたすら贖い続けていた当時の彼女よりも、

 自分の為にひたすら走り続けてる今現在の彼女の方が、よっぽど好感を持てるんだが。


「そういえばさ。あの時の幽霊って、結局天文部の人の勘違いか何かだったのか?」

 ふと、気になっていたことを聞いてみる。というのも、ここ一ヶ月付き合って(いや、恋人として、って意味じゃあないが)みて分かったのだが、或華さんは依頼されたことに対しては確実に結果を出すまで途中で投げ出さない、いわゆる完璧主義者だったので、あの依頼だけあんな適当な終わらせ方をしたことに、ずっと違和感があったのだ。

「……また昔の話を持ち出したわね。別に、いいじゃない」

 微妙に歯切れが悪かった。これも彼女らしくない。……何か、隠してるのか?

 疑惑の視線を彼女に向ける。相手も相手で譲る気はないらしく、真っ向から俺を見返す。

 奇妙な沈黙が続くこと約三分。

「……はぁ。分かったわよ、言えばいいんでしょう?」

 半ばヤケっぱち気味に、或華さんが先に折れた。おお、意地の張り合いで勝ったのは久しぶりだ。良くやった、感動した、俺! ……そこ、哀れとか言わない。

「……あれは、あなたが来る前に既に解決しておいたの。それだけ」

 やがて、なんでもないことのように、或華さんは言った。

「え?」

 いや。それは、明らかにおかしい気が。

「解決した、って。……幽霊って、ホントにいるのか?」

 いや。そこじゃないだろ、俺。何、今更聞くのを躊躇ためらってるんだ、アホ!

「いるわよ?」

 ――って、マジか!? 思わぬ所から衝撃の新事実発覚。

「なんなら、話してみる?」

 友達を紹介するわ、と言わんばかりの軽さで、或華さんは言い放った。

「え……あ、ああ。じゃあ、話させてくれ」

 なんだか変な流れになってしまったが、これはこれで非常に興味がある。まさか或華さん、祈祷術とかイタコとか、そんな怪しげな分野にまで精通してるのか……?

 果たして、彼女は目を瞑って何やらボソボソと呟き、

「――――ン、は、ァ――――」

 聞き方によっては、その、凄くアレな悩ましげな声を上げて、身をよじらせた。

「お、おい……大丈夫か?」

 不安になって、彼女に近寄る俺。

『……ン、あ、はい。大丈夫です』

 小首を傾げて、鈴のような声で、少女は答えた。

「――はい?」

 思考停止。

 なんだか――或華さんの雰囲気が、一気に様変わりした。まるで、彼女の双子の妹を見ているような、いや違う、彼女と同じカタチをした、全く別のモノを見ているような、違和感。

『あ、あの……わたし、変ですか?』

 ちょいちょい、と髪を直し、黒服のロングスカート(?)の裾を気にする或華(誰か)さん。それも、彼女らしからぬ仕草だ。彼女は、いつでもどこでも堂々としている。

 ええと、混乱するな、俺。話の流れからするとだ、今俺の目の前にいるのは、或華さんの中にいるのは、幽霊さんって理屈になるんだが、それは、その……どうなんだ?

「えーっと……お前、名前は?」

 既に知っている人に改めて名前を聞くというのもおかしな話だが。

『あ、わたし、ミチルって言います。初めまして大地さん、じゃなかった、お久しぶりです、大地さん』

 ペコリ、とカワイらしく頭を下げる或華ミチルさん。……とてもじゃないが、これが演技とは思えない。第一、或華さんに俺を騙す理由なんて――いや、彼女が理由なしに俺を苛めることなんてしょっちゅうだが、今回は訳が違うと思う――ないし。

 よし。とりあえず、彼女がミチルさんであることを前提に話してみよう。

「お久しぶり?」

 って、会ったこと、あるのか?

『あ、ごめんなさい。実は私、あの日……だ、大地さんがアルカに告白した時に、その場にいたんです』

「はぁ。そ、そうなんすか」

 本当だとしたら赤面の至りなんだが、告白した相手にそう言われても、どう反応すればいいものやら。

『ご、ごめんなさいっ! わたし、アルカがこんな遅くに来るから、どうしたんだろうって気になって、それで』

 心底申し訳なさげに、何度も頭を下げる或華ミチルさん。……或華さんの方にも、この人の十分の一の慎みがあればなぁ、と思ってしまったのは秘密だ。

 ん――? そういえば、この声、どこかで聞いたような……?


“「……忘れなさい。あなたには関係のない歌です」”


「あ! あの時の歌声って、まさか」

『あ、はい。あれ、わたしです』

 そうか。妙な言い回しをしたと思ったら、そんな裏事情があったのか。

 いや待てよ? だとすると、いつもの彼女の鼻歌もまさか……?

「なぁ。それじゃ、彼女の鼻歌って、全部?」

『はい♪ わたしがせかいに意思を伝えるのって、彼女を介してしか出来ないんです。でも、お話するわけにはいかないじゃないですか?』

 そりゃそうだろう。間違いなく、二重人格者だと思われる。

「な、なるほど、ね」

 確かに、或華さんが歌好きってのも微妙に似合わない気がするし。

 ――ええと。なんの話を、してたんだっけ?

「――ああそうだ、幽霊の話だった。その、それじゃ……ミチルさんが、天文学部に何かした、ってことか?」

 俺の問いに、或華ミチルさんは驚きに目を見開き、それから困ったように目を逸らし、

『そ、それは……まぁ、そうなんですけど』

 曖昧に答えた。あからさまに怪しい。

「なんで、そんなことを?」

 突っ込んで聞いてみる。

『う……その、あの……た、頼まれちゃって』

「頼まれた?」

 一体、誰に? 

 あ、そうか……もしかして、

「或華さんに?」

『う』

 図星だった。この人、或華さんと違って分かりやすい。

「でも、なんで?」

 そう、理由がいまいち分からない。仮に黙祷部の功績を増やしたいだけだったなら、わざわざあの場所に出向く必要はないわけだし。

『んー……ごめん、アルカ。わたしには誤魔化しきれないよぉ』

 或華さんのカタチをした或華ミチルさんは、或華さんに向かってか、そう言った(ええい、ややこしい!)。

『あの、ですね。実は、彼女がわたしに言って来たんです。「彼と話がしたいから、ちょっと手伝ってくれないか」、って』

「?」

 話だって? 別に、昼間の時点で機会なんて何度もあったと思うが。

『あ、あのっ! それじゃわたし、戻りますね! どどど、どうもありがとうございましたっ……すいませんっ!』

「あ、ちょっと――」

 言うが早いか、或華ミチルさんは固く目を閉じてしまった。ややあって、また例の寝起きめいた悩ましげな声がして、

「……あの、バカ」

 或華さんが、或華ミチルさんを罵倒した。

「ええ、っと。その、或華さん?」

「ええ。おかげさまでね」

 チッ、と大きく舌打ちする。なるほど、確かに或華さんだった。

「――それじゃ、行きましょう。もう約束の時刻になるわ」

 そう言われて気づいたが、確かに結構な時間を消費してしまっている。

「っておい、まだ質問の答えを――」

 言いかけて、


「――どうしたの、大地?」


 ふと気づくと、心持ち柔らかな表情で俺を見据える白い少女がいた。

 校舎を茜色に染め上げる夕陽を受けて、燦然と輝く銀色のヒカリ

 ――ああ。なんだかもう、いいや。

 

「いや。……よし、行こう」

 気持ちを切り替えて、前に進む。さっきの話は、またいつか聞かせてもらおう。過去にこだわり過ぎて歩みを止めるなんて、俺たちらしくないし、な。

 今日の相手(ギセイシャ)はボクシング部。女が相手ということで二つ返事で『対部戦』を承諾した彼らだったが、後一時間もすればその浅はかさを心から後悔しているだろう。安心しろ、お前達の亡骸に向けて俺が黙祷を捧げてやるから。十秒くらい。


 そうして、俺と或華さんは並んで決戦の地へと向かう。

 二人の関係は不明。何も始まっていないような気もするし、普通とは何か一味違うような気が、しないでもない。

 

 まぁ、どちらにせよ結論を急ぐ必要はないだろう。

 あの日の答えも、さっきの答えも、きっと聞ける。不思議と、そんな確信があった。


 だから。

 とりあえず、少なくともその時までは――こいつと一緒に、走り続けたいと思う。


終わったー。

最後の方は結構楽しく書けました。

それしてもこの話のジャンルはなんなのか、という(笑)。最後の方は恋愛っぽかったけど、前半は全然だしなぁ……うーん。

まぁそんな訳で、ここまで読んでくれた方々、拙い作品でしたが、どうもありがとうございました!

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