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【番外編】好きのその先。その1

私はあなたと一緒にいたい。

けれどそれでいいのかしら。

私はあなたを縛っている。

あなたはそうではないと笑うかしら。

毎日はいつかまた泡のように消えてしまうかもしれない。

そうなったら私は、その次をどうやって生きればいいのだろう。

怖い。

想像も出来なかった世界が、目の前に広がっている。

私は、守る事にばかり必死だったから。

きっと本質はなんにも変わらない。

今から失うときのことばかり考えて。

そうでなくともあなたがここにいる事が間違っているように思えて。

私って、駄目ね。

しょうがないなあ、って、あなたが苦笑いしている姿が瞼の裏に浮かぶ。


好きなのに、大人ってままならないものよね。



―――――――――――――





「ねえ深咲さーん、やっぱり新しいベッド買おうよう。」

「必要ないでしょ。」


清々しい朝。

いつも通り新の美味しい朝御飯を咀嚼しながら私は淡々と彼の言葉を一蹴する。


新が成島家に戻ってきてから早一週間。

姿を消してしまった時にはあんなに長く感じられたのに

彼の存在は日常で当たり前なものになりつつある。

本当、私の体内時計は現金なものだ。


しかし問題がひとつ。

なんだか前よりも彼の甘さっぷりに磨きがかかったような、気が、

しないでもない。


なんせ再会した日から同じ事ずーっと繰り返してるんだから。

その執念がすごいわよね、新って。


「だから何度も言うけど、新のベッドが欲しいんなら工面してあげなくもないわよ。」


新の部屋は元々物置部屋みたいなものだったし

彼はいまだにベッドではなく布団で寝ているから

私は自分がベッドを使っていることもあって多少、罪悪感があったのだ。


まあ、彼がそういうことが言いたいわけではないってわかってるんだけど。

案の定、目の前の新はむう、と顔を顰めて抗議の声をあげる。


「そうじゃなくてえ!僕はふたりで眠れるベッドがほしいのー!」


……そうなのだ。

晴れて恋人同士になった私達はまあ、はっきり言ってしまえば

男女の関係になったわけで。

お互いにいい大人だったわけだし、そう恥ずかしがる事もない。

まあ、多少怖気づいたりもしたんだけど、

結局は気持ちが通じ合ったその日に繋がりを持ったのだ。


で、それはいいんだけど。


新は若さゆえなのかなんなのか知らないけれど

毎日毎晩のように行為を求めてくるのでさすがに私は体力が持たない。

しかも前と同じように一緒のベッドで眠りたがるから

朝起きたらそのまま行為になだれこまれそうになることもしばしば。

はっきり言ってもう若くはない私。

というかいくら若い男でもここまで求める奴そうそういないだろう。

……って話が逸れたわ。


だからなんというか、決まり事じゃないけれど

せめて安眠の為にも寝るのは別々の部屋で、

せめて週の半分は休ませろ、と私は言ったのだけれども。

いかんせん私のベッドはシングルなので、

ふたりで寝ると身体があちこち痛くなるのだ。


前、新と一緒に住んでいた時はそこまでの頻度じゃなかったから

次の日彼が身体をほぐしてくれたりして騙し騙しやっていたんだけれど

さすがに毎日となるとそれも辛い。


「なんで同じ家に住んでて寂しく独り寝しなきゃなんないのさー。」

「何度も言うけど朝からあんたが元気すぎるからよ。」

「だってそういうお年頃なんだもん。」

「開き直るんじゃないの!ったく冗談じゃないわよ。

ただでさえ机仕事で体力ないっつーのに……。」


ぶつぶつと呟く私に新が妙な微笑みを浮かべてこちらをみつめてくる。

……なんだ?


「毎日一緒に運動してればそのうち基礎体力つくから大丈夫だよ。」

「あんたいつからセクハラがデフォルトになったのよ……。」


どっかの脂ぎった中年親父か、と私が呆れのため息を吐くと

新がええー?と声を上げる。


「僕は運動って言っただけだよ。ウォーキングとか色々あるじゃない。

深咲さんてばなに考えてたのお?」


にやにやとした笑みを浮かべたまま言われた言葉に私はぐ、と詰まる。

さっきの話の流れで健全な運動が思い浮かぶか!と怒鳴りたかったけれど

言うとやぶへびな気がして私はもう無視することにした。

黙々とごはんを口に運ぶ。


「……まあ、僕としては深咲さんとしか出来ない運動毎日したいけどね。」

「…………今度はジョギングとか言い出さないでよね。」

「やだな、深咲さんでば。セックスだって立派な運動じゃないか。」


無視すると決めた傍からそれをすることもかなわずに、

私はとうとう飲んでいた緑茶を噴出した。

新がうわ、と声をあげたがそんなこたどうだっていい。


げほげほと咽て暫く声をあげられなかったけれど

なんとか収まった頃には目の前の新をき、と睨み付けた。


「あんたはあああ!いきなり直球を投げてくるんじゃないわよ!!

反応に困るでしょうが!朝の食卓囲んでする会話じゃないわよそもそも!!」


私が真っ赤な顔をして喚き散らすと、新がきょとん、と首を傾げる。

またそれか、ええい、憎たらしい!


「じゃあ晩御飯のときに言えばいいの?」


どう考えてもそういう問題ではない。

私は呆れて何を発するのもなんだか面倒になってきた。

というか、毎日この話題を口にするのに疲れてきました、いいかげん。


「……新。」

「ん?」

「そんっなに、一緒に寝たいの?抱き枕とかじゃ駄目なわけ?」

「深咲さんが抱き枕になってくれるんならいいよ。」


またそういう事を言うー……。

なんなのかしらこいつ。頭にお花でも咲いちゃってんの?

呆れも怒りも通り越し若干泣きたくなった私はなんとか堪えて

彼の顔をじ、とみつめた。


「……いくつか条件があるわ。それを受け入れるというんなら、

ふたりで眠れるベッドを新の部屋に置きましょう。」

「え、本当!?」

「だから、新が私の提示する条件を呑めば、の話よ。」

「なに?」


前のめりになって焦ったように訊いてくる新に私はため息を吐く。

この男は、本当に。自分の欲望に素直なやつだ。


「執筆中は一緒に眠らずに私は私の部屋で眠る事。

それ以外は毎日同じベッドで眠るけれど、週四日は純粋に睡眠だけを摂ること。」

「え、それって、毎週三日間しかしちゃ駄目って事!!?」

「あんたね、ぼかしてるんだからそう明け透けに言うのよしなさいよ。」

「僕らしかいないんだからいいじゃない。」

「羞恥心を保つっていうのは男女間の付き合いにおいて案外大切なものよ。」

「確かに、恥ずかしがる深咲さんが見れなくなるのは嫌だなー……って

そうじゃないよ、なにその一方的な条件は!」


ばん、と食卓を力強く叩いて立ち上がると、何をするのかと思えば

新はささっと食器類を片付けていった。

とっくにふたりともご飯は食べ終わっていたので気になったのだろう。

前に湯呑みをそのままにしておいたら「茶渋が付く!」と怒られたことがある。

うーん、主夫の鏡だ。


私はというと座ったままごちそうさま、と両手を合わせて立ち上がる。

特に何を手伝うわけでもなく、洗面所に向かって歯を磨くのが通例。

女としてどうなんだって話にもなるけれど私達はこれが普通なのでそこは考えない。

前よりも格段に生活力が落ちたと感じる今、

新がいなくなったら私はどうなってしまうのか考えると若干どころではなく

かなり恐ろしい。


……本気で誰か雇わないと生活できない身体になってるかもなあ。

苦笑してこきこき、と首を回して私は茶の間へと戻る。


「新ー、今日は誰か打ち合わせ来るって言ってたっけ?」

「……今日は冴島が来るけど。」

「ああ、装丁の確認だって言ってたっけ。」

「深咲さん。」

「ん?」

「条件を守ればベッド許可してくれるんだよね?」

「え?ええ、まあ。」

「じゃあ、明日見に行こう。」


唐突な彼の言葉にどきりとする。


「え、でも……今日も明日もバイトだって言ってなかった?」

「今日は夕方からだけど、明日は深夜だから大丈夫だよ。」

「でもそのまま仕事に行くわけでしょ?身体辛いんじゃないの?」

「深咲さんたら心配性なんだから!だーいじょうぶ、体力には自信あるから。」


そう言って笑う彼に、私も曖昧な笑顔を向ける。

本当は家事に専念してほしい、なんて思った。

復帰というのも変だけど、雑務処理も再開した新はやっぱりよく働いてくれる。

執筆以外にあまりかまいたくない私はかなり助かっているし

なにより精神的に彼がいて安心できるのだ。

けれども。


外に出る新の背中を見ていると、感じる。

あなたは、きちんと働きたいんじゃないの?

こうやって私の身の回りの世話を押し付けられて同棲して。

かつてとは違って、和解した彼にはもうひとつの居場所がきちんとある。

そちらに帰れば今みたいにすることはないし、

きちんと就職活動もできる。


時代錯誤だとか、我が家の両親を散々けなしてきたけれど

私も結局、自分の中の常識を覆せないんだな。


きっと私が男で、新が女の子だったらこんな悩みを抱きはしない。

それこそさっさと入籍してしまえば済む話だ。

けれどそれを躊躇うのは、結局。


私が女で、彼が男だから。


本当にいいの?だってあなたはまだ若い。

きっと多くの可能性を秘めているのに。


いいのかな、私の我儘で一緒に居て。

彼と過ごしたこの一週間は本当に幸せだったけれど。

生い立ちを知って、進藤新という人間を知って、ますます不安になる。


『……やっぱり一度、むこうの方とも話をした方がいいわよね。』


コネって言っちゃったらそれまでだけれど。

望めば祖父の系列の会社に入る事だって可能なのだし。

身分を明かさずに入社してしまえばいいのだから、問題ない。

どうしても嫌だというのなら、きちんと就職活動をすればいいんだ。

不況の波は衰えるどころか激しさを増す一方だけれど

かといってこの状態がベストなのか私にはわからなかった。


こんな事を考えていたら、彼は呆れるのかな、怒るのかな。

それとも……?


堂々巡りになったところで、私はため息を吐いて書斎への扉を開いた。









ノック音で意識を覚醒させる。

時計を見れば現在時刻は午後一時。もう約束の時間か。


立ち上がって書斎の扉を開いた。


「!?あ、あれ、一哉?」


驚いて私が目を見開くと、目の前の男がくす、と微笑む。

てっきり新が呼びに来たと思っていたのに違ったらしい。


「進藤君なら姿が見えないけれど。どこか行ってるのかな?」

「ああ……そういえばコーヒー豆切らしたとかなんとか言ってたような……

あれ、でもまだ帰ってないって珍しいわね。」


私が首を傾げると、一哉がああ、と悪戯が成功した子どものような顔をする。


「約束の時間、進藤君に伝えたのは午後二時だったからね。」

「え、そうだったの!?」

「深咲は把握してなかったの?」

「最近は新にすっかり任せっきりだったから……そう。

あ、じゃあとりあえず始めちゃいましょうか。」


言って私が書斎の扉を閉めて廊下に出ると一哉がじ、と私の顔を見てくる。

なんだろう、と私も無言で彼をみつめた。


「……まだ、一哉って呼ぶんだ?」

「え、あ!ごめんなさい、なんか最近の癖で……冴島さん。」

「俺としては嬉しいけれどね。まだみっともなく機会を窺ってるし。」

「な、なに言ってるの?」


さすがにそんな事を言われたら狼狽する。

私はどう対処すればいいのかわからずに一歩彼から距離を取ったけれど

彼はそんな私の態度を意に介する事もなく、

先程よりも更に距離を縮めて廊下の壁際へじりじりと私を追い込んだ。


おいおい、私なんで彼に壁に押し付けられてるんだ。

真昼間だぞ、しかも担当だぞ、冴島は!

抗議の声をあげたくともうまく口が開かない。

私はなんとかその意思だけでも伝えようと彼をじろ、と睨み付けた。

けれどもやっぱり冴島は気にする様子がない。


「執筆中って眼鏡かけて髪結んでるだ?

付き合ってる頃は確か視力悪くはなかったよな?」

「……ずっとパソコンと向き合って仕事してるからかしらね。

軽い乱視だから、普段は裸眼で問題ないわよ。髪は邪魔だから。」


淡々と答えれば何が楽しいのか、ふぅん、と呟いて冴島はにっこりと微笑む。

……キャラ変わりすぎな気がするんだけど!


「いいかげん、どいてよ。」

「せっかく進藤君に嘘吐いてまで時間作ったのに、何も出来ないのは悔しいな。」

「もう十分してるじゃないの!」

「こんなの、何かしたうちに入らないだろう?」

「あんたね!仕事しにここに来たんじゃないの!!?」

「二時からは先生の担当である冴島として仕事するけれど

今は深咲を口説くただの男としてしか存在してないから。」


なんて屁理屈!!?

いよいよもってして彼がわからない。

あのときは、一週間前は……諦めるような口調だったのに、どうして。


「深咲、迷ってない?」

「え……?」


彼の言葉に、私はどきり、とする。


「君は幸せそうに笑っている半面、時折どこか遠くを見ている。

彼との関係で、なにか引っかかる事があるんじゃないか?」

「それは……。」


まさか、見抜かれているとは思ってもいなくて私は誤魔化す事も出来ない。

情けない程わかりやすい表情をしているんだろう。

一哉は射抜くような強い双眸で、私を捉える。


「彼が若いから?」

「そう、いうわけではないけど。」


いや、それもちょっとあるけど。でも一応それは直接的な理由じゃない。


「それとも、彼を家に縛り付けているのが心苦しい?」

「!!!」


今度こそ真ん中に刺されて、私は目を見開いてしまった。

体も少し竦んだから、きっと思い切り図星を突かれたとばれてるだろう。

ああ、いつから超能力者になったんだ、この男。


「やっぱり、そうなんだ。

……深咲、そんな感情を抱いたまま彼と一緒に居れるのか?この先、一生。」

「やっぱり、って。」

「見てればわかるよ。進藤君に申し訳なさそうな顔してる君を。

それに俺も、深咲の立場だったら似たようなこと思うだろうから。

進藤君、今外に働きに出ているわけじゃないんだろう?」

「一応、アルバイトはしてるけど……。」

「それだと余計心苦しいんじゃないのか?やっぱり外に出たいのかも、とか。」

「……いちいち的を射た事言うのやめてよ。」


いいかげんこの態勢にも焦れてきて、私は彼を突き飛ばす。

そのままずんずんと茶の間へ歩を進めようとしたけれど彼が私の腕を後ろから掴んだ。


「ちょっと、一哉!」

「……彼のほうは、あまり迷っていないみたいだけどな。」

「え?なに?」


呟いた言葉が聞こえなくて私が訊き返すと、彼はふ、と息を吐いた。


「妬けるね。……まさかこんな所にまでマーキングするとは。」


言って、一哉がつ、と私のうなじを撫でて来る。

……マーキング、って言った?今。


私は意味を理解した瞬間、急速に羞恥心に襲われた。

まさか、まさかまさか!


慌てて髪の毛をほどけば、先ほど触れられた場所は見えなくなる。


「…………あ、の、ええーと。」


キスマーク?って確認したかったけれどさすがに恥ずかしくて訊けない。

ていうかそんなんこの男に訊けるか!

でも絶対そういう意味だ。新のヤロウ、何を考えている。

あれほどやめろと言ったはずなのに!!


「深咲は、想われている実感がないの?」

「え?そ、そんなことないわよ。」


だって新はいつだって言葉でも態度でも、嫌というほど示してくれるし。

あれで伝わらなかったらおかしい。


「でも、縛ってると思うんだろう?だったら実感がないのと同じじゃないか。」

「…………。」


そうなのかな。……そうかもしれない。

なんでだろう。

私はいつだってその好意に甘えてしまっていると感じるから。

いつか、私に愛想を尽かして遠くに行ってしまうんじゃないかって。


「深咲。」

「!」

「今からでも、俺にしておかない?」

「え、」

「俺だったら、深咲に心苦しい思いをさせなくて済むし

結婚をするのだってそう煩わしくはないだろう。」

「何言ってるの、一哉。それじゃ条件だけであなたを選ぶみたいじゃないの。」

「いいよ?それでも。ずっと一緒にいればきっとそのうち情もわく。」

「一哉……。」


彼の言い切りに呆然としていたその時。

急に視界を塞がれて、何事かと驚いた。


「随分せこい真似するね、冴島さん。」

「もう帰って来たのかい、進藤君。

もっとゆっくり買い物してくれれば良かったのに。」


いつの間に帰っていたのか、話に夢中で気付かなかった。

一哉からは真正面に玄関が見えたから、きっとすぐにわかったんだろう。

なぜか肩に手が置かれていたからおかしいと思った。

きっと新を挑発したかったに違いない。


今はその手も引き剥がされて、視界に映るのは新の背中だけだ。


「……いいかげん、諦めたらどうです?しつこい男は嫌われますよ?」

「どうせ諦めるとなったら好かれようが嫌われようが関係ないだろう?

可能性がゼロではない限り俺は好きにさせてもらう。」

「言っておくけど。深咲さんを手放すつもりは今後一切ないよ。」

「君がそうだとしても、深咲はどうかな。」


くつ、と笑った一哉の顔がひどく酷薄に思えた。

相対する新は、一体どんな表情をしているのだろう。


わからなかったけれど、その日の彼は朝まで私を放さなかった。





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