君がくれた永遠
親が夜勤のため、毎日スーパーの半額弁当を買うのが日課になっている。
「成宮じゃん、あんたも買い物?」
今日もスーパーの閉店間際、半額弁当を狙って店内を徘徊していると、声を掛けられた。
「宮島⋯⋯麻里奈さん?」
クラスで素行が悪く評判の良くない女子だ。金髪の髪を指先で触り、僕に近づいてくる。制服のスカートを折ってぎりぎりまで短くしている。僕は、目のやり場に困ってしまった。
「なになに、あんたも半額弁当狙いなの? あたしもー」
麻里奈は、屈託のない笑顔を僕に向ける。クラスでは一度も見たことのない笑顔。
──こんな顔、今まで一度も見たこともない。
「成宮んちも親が帰り遅いの?」
「うん、夜勤なんだよ」
「あたしんちもだよ、同じだね」
「う、うん」
麻里奈とはクラスで会話したことないので緊張してしまう。
「よかったらあたしが晩飯作ってやろうか? 簡単なものしかできないけど」
「え? 悪いよ」
「なんだよ、なにか裏でもあるとか思ってんのかよ? そんなんじゃねーよ。たまには誰かと晩飯食いたくなっただけだよ」
「そう⋯⋯ならご馳走になろうかな」
「じゃ、食材買って行こっか!」
麻里奈の家は、閑静な住宅街にある一軒家だった。
「あたしの部屋ここだから。適当にくつろいでて」
部屋の中は、きちんと整理されている。
「ねえ、宮島さん」
「麻里奈でいいよ」
「麻里奈⋯⋯さん」
「麻里奈って呼び捨てでいいよ」
「わかった。どうしてクラスで親しくもない僕を家に入れたの?」
「なんていうかあたしと同じような気がしたからかな。親とかさ」
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「それだけ?」
「それだけじゃ悪いのかよー?」
口を尖らせる麻里奈が可愛い。
「わ、悪くないよ」
スカートから覗く足に自然と視線がいってしまう。
「じゃ、あたし作ってくるから」
そう言って、麻里奈は部屋から出て行った。残された僕は、スマホをいじっていたがどうも落ち着かなく、視線が泳いでしまう。
勉強机の端に立てかけられた写真立てがある。写真には、麻里奈と同い年くらいの日に焼けた男性が写っている。
「出来たよ」
麻里奈は、皿に生姜焼きや野菜炒めを乗せて運んできた。
「ご飯よそってくるから待ってね」
「あの、その写真」
僕は机の上にある写真立てを指差した。
「ああ、これか。私の元彼だよ。事故で死んじゃったんだ」
「ごめん、悪いこと聞いたね」
「ぜんぜん、もう気にしてないし。あたしは前向きな女だからさ」
麻里奈はそう言ったものの、表情が暗い。
開けた窓からは、夜風が部屋の中に入り込む。
食事が済むと、麻里奈の家を後にした。
──あの写真立てには触れないほうがよかった。
僕は、夜空を眺めて麻里奈の顔を思い出した。
朝、登校するとクラスが騒がしいのに気付いた。どうやら麻里奈がその輪の中心にいるようだ。
「ねえ麻里奈、昨日成宮と二人で仲良くデートしてたの見た人いるんだけど」
クラスの女子たちが麻里奈を囲んでいる。麻里奈は、自分の席に座り頬杖を付いている。
「なんとかいいなよ麻里奈!」
クラスの女子が声を荒らげる。
「うるさい」
麻里奈の呟きに静まり返る教室。
僕は、教室の入口の前で立ち尽くしていた。
「成宮⋯⋯」
麻里奈は、僕がいることに気付いたようだ。席を立ち、僕のほうに向かって来る。
「成宮、少しいい?」
麻里奈が僕の手を握って教室の外に駆け出した。
「成宮、クラスのみんなにあたしたちが二人でいたところ見られてたみたい」
「なんか、その⋯⋯ごめん」
「謝らなくていいよ。あたしたち付き合ってるように見えるらしいよ」
「ごめん」
「謝りすぎだよ」
麻里奈は僕の手を握ったままだ。それに気付くと頬を染めた。
「ば、馬鹿。手を握ったままなの忘れてた」
「麻里奈から握ってきたんだけど?」
「うるさいなぁ、もう。勢いだよ勢い」
顔が赤い麻里奈。なぜか、胸の奥が締め付けられる。
「あたしさ、クラスで嫌われているから友達いないんだよね。よかったら休み時間にあたしの相手してくれないかな?」
「いいよ」
僕も友達がいない。ちょうどよかった。
それから僕らは学校の休み時間によく話すようになった。他愛もない内容だけど、麻里奈の話が上手くて飽きることはなかった。
「連絡先交換しよ」
麻里奈と僕は連絡先を交換した。毎日、スマホでの連絡も絶えなかった。
そんな日が続いたある日だった。
「元彼の墓参りに行こうと思うんだけど、成宮も一緒にいかない? 来週の日曜日」
麻里奈は、元彼を今でも愛しているのだろう。直感的にそう感じた。
日曜日が訪れる。
僕は、待ち合わせの場所に来ていた。麻里奈は、指定の時間になってもまだ来ない。
雨が振り始める。
スマホが鳴り、メッセージが届いた。
『宮島麻里奈を誘拐した。お前が宮島麻里奈の彼氏だな。指定の場所まで来い。警察に通報したら宮島麻里奈の命はないと思え』
指定された場所は、今いる場所から近い廃病院だった。
警察に通報しようか迷ったが、僕の足はいつのまにか廃病院へ向かっていた。
雨の中、僕は歩き続けた。考えるよりも、行動が先に出てしまう。
今は、麻里奈が心配だった。
──この行動は、愚かなのかもしれない。
僕一人で向かっても、解決するのか問題だ。
廃病院に着き、中に入ると誰かの足跡があった。
「約束通り、来たぞ⋯⋯」
声が震えているのがわかる。
背後で物音がした。
「あなたが麻里奈の彼氏?」
振り向くと、全身黒ずくめでマスクをした少女が僕を睨んでいた。右手にはスプレー缶、左手にはナイフが握られている。
「僕は⋯⋯」
僕が口ごもっていると、少女がスプレー缶を僕に向けた。
「この催涙スプレーをかけられたくなければ大人しくして」
「君が麻里奈を誘拐したのか?」
「そう」
「⋯⋯どうしてそんなことを?」
「あなたに言ってもわからないでしょうね」
「そんなことはない。話を聞かせてくれ」
僕と対峙する少女。
「あなたたちが幸せそうにしているのが許せない。麻里奈と前に付き合っていて事故死した高野駿也を知っているでしょ?」
高野駿也は、麻里奈の元彼だろう。
少女は、高野駿也の関係者なのか?
「名前は初めて聞いた。付き合っていたのは知っている。事故死したのも」
「高野駿也は、私の兄だったのよ。兄は、麻里奈を庇って死んだの」
雨の音が大きさを増していく。
「兄は、麻里奈が交差点で信号無視した車にはねられようとしたところを庇って亡くなった。私は、恨んだよ。車の運転手も麻里奈も」
少女の声が建物内に響く。
「運転手は警察に捕まっている。残りは麻里奈だ。麻里奈がいなければ兄は死ななかった」
「麻里奈は⋯⋯悪くないだろ?」
「悪くない? 麻里奈さえいなければあんなことにならなかった。しかも、今はあなたという彼氏とぬくぬく幸せそうに暮らしている」
「麻里奈は⋯⋯」
「うるさい!」
少女は、ぶつぶつなにかを言い始めた。正気ではない。
「──あなたたちが幸せそうに歩いているのを見かけたあの日から、憎しみの対象になった。二人が並んで歩く姿を見かけたあの日から、あなたたちの幸せをぶち壊してやろうと思った!」
「待ってくれ! 麻里奈は無事なのか?」
「さあ?」
「まさか⋯⋯お前。麻里奈になにをした?」
「麻里奈麻里奈麻里奈、うるさいなぁ。それよりも、今は自分の心配をしたほうがいいよ」
少女のナイフが光っている。
頭で考えるよりも、体が動いていた。
僕は、少女の左手にあるナイフに飛びかかると、そのまま彼女の体を組み敷いた。衝撃で彼女の右手にあるスプレー缶は、建物の奥に転がって行った。
「⋯⋯形成逆転だ」
少女は、もがきながら抵抗してくる。
「やめようよ。麻里奈が悪いわけじゃない」
「うる⋯⋯さい。あなたに私の気持ちなんてわからないでしょ」
少女の嗚咽が耳元で聞こえる。
「君の気持ちもわかるから。大切な人を失ったとき、どうしていいかわからなくなる。麻里奈はどこにいるんだ?」
「この先の奥でロープで手足を巻かれてる」
僕は、スマホで警察に電話した。すぐ来てくれるようだ。
「麻里奈は、君の兄さんを今でも愛してる。今日だって君の兄さんの墓参りに行こうとしていたんだ。そして今も、麻里奈の部屋の机の上には、君の兄さんの写真がある」
「嘘だ⋯⋯そんなの嘘だ」
「本当だよ」
遠くでパトカーのサイレンが聞こえる。少女は、僕の腕の中で目を閉じた。
事件の一ヶ月後、僕と麻里奈は川べりを歩いていた。
「ねえ、成宮」
「どうしたの?」
「あたしだけ幸せになろうなんて最低だよね?」
麻里奈の表情が曇る。
「あたし、誘拐犯に言われたんだ。お前だけ幸せになるなんて許せないって」
「そんなことはないよ。麻里奈は幸せになってもいいんだ」
僕らの横を小学生数人が通り過ぎて行く。
「成宮、永遠って信じる?」
「永遠?」
「あたしは、元彼と一緒にいるとすべてが永遠に感じたんだ」
風が吹き、麻里奈はスカートを押さえた。
「永遠はあるのかな?」
「あるよ、永遠は」
目の前の風景が涙で歪んだ。
「君が教えてくれたんだよ、永遠はあると」
麻里奈の頬から涙がこぼれ落ちた。
風が僕らを包む。
僕は、麻里奈の手を握った。
「君が僕に教えてくれたんだ。この時間、このすべてを──永遠をくれたんだ」
夕陽が辺りを茜色に染め上げていく。
「そうだ。僕が君のそばを離れないように、おまじないをかけるよ」
僕は、麻里奈に近づき耳元で囁く。
麻里奈は、頬を赤くした。そして静かに頷き、手の甲で涙を拭った。
君がくれたものは、かけがえのない永遠。
──終わりのない未来。




