最終話 永遠の時を生きるということ
火の魔女リーゼロッテの噂はすぐに広まった。
今日も、塔の前に人が並んでいる。
人々の望みを叶えるため、奮闘しているリーゼの姿を一目見ようという者も多かった。
リーゼは変わった代償を頂くことでも有名だった。
今日は飼い猫が亡くなって悲しんでいる老婆を相手にしている。
リーゼは言った。
「魔法で、命を生き返らせることは出来ない。魔法は万能ではないの。でも、貴女に出来ることが一つだけあるわ」
「…………」
「大切な思い出と共に生きていくということ、です」
リーゼは、老婆が見つめる暖炉の火を優しく揺らした。
最初は猫の蘇生を熱く語っていた老婆だが、今は何とか落ち着いている。
「永遠の命も大事だけど、それよりも大切なのは思い出。そうでしょう?」
「そうね……。そうだったわ」
懐かしそうに目を細める老婆は、癖毛の黒髪を撫でた。
まるで、飼い猫の感触を思い出そうとしているかのように。
「それじゃあ、改めて聞くわ。……望みは何?」
「あなたに感謝を伝えたいの」
「……感謝?」
老婆はそういうと、暖炉の前に立った。
老婆を歓迎するかのように、暖炉の火は優しく揺れた。
「リーゼはいい魔女で、リーゼはいい友人として、私の支えになってくれた。本当のところ、今日は猫の蘇生を望んできたわけじゃないの」
「……カタリナ…………」
老婆、カタリナは細い腕を撫でた。
今は傷一つない腕だ。
「望みは叶った。いつも望みを叶えてくれる、貴女の存在を忘れたことはないわ」
「…………」
「酷い目に合わせてしまったというのに。本当にごめんなさい」
「いいのよ、カタリナ。おかげで私も魔女になれたわ」
カタリナは小さく頷くと、リーゼを見上げた。
リーゼは美しい。プラチナブロンドの髪は太陽の光を浴びると煌めいた。
まつげは長く、妖艶な唇。
それだけではなく、単純にスタイルもいい。
リーゼの印象によって、魔女への恐怖心は完全に取り除かれていた。
他の魔女たちの評判も、良いものしかない。
「私も感謝しているの。カタリナに」
「それは魔女になるきっかけを作ったから?」
「それもあるけれど……」
リーゼはカタリナの横に立った。
しかし、視線は暖炉の火へ向けている。カタリナはリーゼに習い、火を見つめた。
「私の事を、覚えていてくれるから。ただの伯爵令嬢だった、リーゼを」
「リーゼ……」
カタリナはリーゼを見上げた。今では背の高さも負けている。彼女は美しくなったが、元の彼女を忘れたことはない。
「カタリナ、ありがとう。こんな私の、友達になってくれて……」
「それはこっちの台詞だわ……」
リーゼはカタリナを抱き寄せた。
カタリナはもう長くない。
薬で無駄に命を伸ばすことも出来るだろう。しかし、カタリナはそれを拒んだ。
飼い猫のように、静かに息を引き取ることを望んでいる。
今のリーゼにとって、死とは恐怖であった。
不死身のリーゼの死ではない。
友人や、親しくなった依頼者たちの死が怖いのだ。
それは、かつて魔女だったエレオノーラにとっての恐怖であった。
エレは何度も塔を訪れてくれた。
そんなエレも、何年か前に亡くなったという。
「永遠って何のためにあるのかしら」
リーゼはポツリと零した。
カタリナは頬を濡らしている。
リーゼはカタリナを見送るために、塔の玄関までやってきた。
入口には、黒猫ネネが佇んでいた。
猫の存在に、カタリナの表情が綻んだ。
「それじゃあ、元気でね。リーゼ」
「カタリナも」
元気で、と言葉を続けることは出来なかった。
死へ向かうだけの彼女を見送ることが出来る。それだけで、涙があふれそうになった。
しかし、リーゼが泣くことはない。
魔女になってから、リーゼが泣いたことは一度もないからだ。
「さようなら、魔女さん」
カタリナは言った。
「さようなら、カタリナ」
静かな言葉だった。
カタリナは振り向くことなく、塔を後にした。
残されたリーゼは、自室へ戻ると暖炉の火を眺めながら、薬草茶を淹れた。
エレから教わった薬草茶は人気だ。
金銭を持って買いに来る客も出来た。
決まって頂く代償は、時間だ。
お茶会を共にするのが、火の魔女リーゼロッテの頂く代償であった。
リーゼは思い返した。
舞踏会での断罪、家族との決別。
全ては祝福だったのだと。
神のもたらした、奇跡――。今はそう思えている。
あのまま結婚していれば、幸せにはなれなかっただろう。
やはり、祝福であったのだ。
ちりんちりん。
ネネの鈴の音が聞こえだした。
また訪問客だ。
訪問客が出会える魔女は、一人だけ。
どの魔女が選ばれるのかは、ネネにしかわからない。
運良く会える魔女がリーゼロッテなら、それは幸運と言えるだろう。
塔の魔女は、これからも永遠の時間を生きていくのだ。
リーゼロッテが火の魔女ではなく、
白き魔女と呼ばれるのは、もう少し先の話である――。
―黒猫とちいさな魔法 完―




