表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/9

第八話 カタルシス

 リーゼはノイマン家の前にいた。


 何度も訪れた、元婚約者の家の構造は、熟知している。

 リーゼは体を透明化し、人から見えなくする魔法をかけた。

 とはいえ、リーゼは自分の目でそれを確かめることは出来ない。


 その時、たまたま通りかかった使用人は、リーゼに気付くことなく前を通り過ぎていった。

 リーゼは頷くと、元婚約者であるハインリヒの部屋へやってきた。


 部屋を恐る恐る開けると、部屋には誰の姿もなかった。

 成金趣味の家具が立ち並んだ、居心地の悪そうな部屋だ。


 不意に目に飛び込んできたのは、リーゼとハインリヒの絵だ。二枚描かれ、一枚はリーゼが持っている。

 絵画は、リーゼの部分だけが雑に破かれていた。


「酷い……」


 絵画は最近破られたもののように見えた。

 破り捨てた絵画を部屋にそのまま置いておく感性が、リーゼには信じられなかった。


 足音が聞こえ、部屋のドアが開いた。

 ハインリヒだ。


 ハインリヒは何事もなかったかのようにソファーに座り込むと、溜息を吐いた。


「全く。ショックで行方不明だなんて。そんな細い神経の女じゃないだろ。リーゼは……」


 目の前で自身を侮辱するハインリヒは、あくどい笑みを浮かべていた。


「カタリナも馬鹿だな。こんな見え透いた嘘をつくだなんて……。これで金をもらえたら、何を買おうかな」


 そうか、とリーゼは納得した。

 舞踏会の会場でハインリヒが無条件にカタリナの味方をしたのは、後から賠償金を受け取る算段だったからだ。

 となれば、リーゼの存在はハインリヒにとっては何だったのだろうか。

 金になる駒に過ぎなかったというのだろうか。


 リーゼの握る手に力がこめられる。


 ハインリヒは賠償金の使い道を考えているようだった。

 両手を使い、指を折り曲げていく。


「しかし、リーゼはどこに行ったんだ? 全く、女っていうのは本当に馬鹿だな」


 リーゼは息を吸い込んだ。


「ハインリヒ」


 時が止まったかのようなハインリヒは、目を見開いた。


「だ、誰だ!」

「ハインリヒ……」


 リーゼは構わずその名を呼び続けた。

 ハインリヒは周囲を見渡すが、姿など見えるはずもない。


「り、リーゼの声? ……一体、どういうことだ。リーゼが部屋にいるはずがない」

「……もっと生きたかった」


 リーゼは胸に手を当てると、哀し気に呟いた。


「何を……」

「私、何も悪いことをしていないのに。虐げられて、馬鹿にされた……」

「…………」


 ハインリヒはオカルトな話題が苦手だ。

 些細な事にも怖気付く。

 ハインリヒは震えだすと、自らを抱きしめだした。


「許せない……」


 リーゼはもう一度言った。


「絶対に、許せない……」

「ぎゃあああ!」


 ハインリヒは暖炉の方へ駆け出した。そこで腰が抜けたのか、地べたを這っている。

 ハインリヒはオカルトな話題があると、決まって炎の前に逃げ出す。

 火が幽霊を遠ざけると信じているからだ。


 リーゼはエレからもらった一つの魔法を試した。

 暖炉の火は滑らかに揺れた。


「火が⁉ な、なんで……‼」


 リーゼは尚も暖炉の火を揺らした。

 リーゼから見れば、暖炉の火は心を照らすかのように灯り、安心できるものだ。

 しかし、恐怖にかられたハインリヒから見れば、それは幽霊の仕業に見えるだろう。


「ぎゃああああ」


 ハインリヒは部屋から抜け出し、屋敷の中を駆けていった。

 慌てて近寄ってきた母親に抱き着くと、わんわんと泣いた。


「お母さま! リーゼです! リーゼが化けて出たんです‼」

「またハインリヒったら、またオカルトな話を信じちゃったのね……」

「お母さーん‼ 怖いよおおお」

「もう、いい加減大人なんだから。しっかりなさい!」


 母親は、泣きながらしがみついてくるハインリヒを叱った。こんな間抜けなハインリヒを見るのは初めてだ。

 婚約破棄出来て良かった。心からそう思った。


「こんな子じゃあ、家名を継ぐのは無理ね」

「そんなあ! お母さまあ‼」

「弟のコンラートに託しましょう」

「うわあああ……‼」


 ハインリヒの断末魔は、情けなく響いていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ