第七話 魔女として
リーゼはネネの許しを得て、トボトボと森を歩いていた。
行く先は決まっている。実家へ向かっていたのだ。
半場、実家を追い出された身ではあるものの、魔女となって塔に暮らす許可はとらなければならない。
許可? 否、報告をするだけだ。
リーゼロッテは列記とした火の魔女なのだから。
それでも、足取りは重い。
森を抜け、市街地を抜ければすぐに住み慣れた家は見えてきた。
一番広い敷地で、大きな建物だからだ。嫌でも目に入る。
リーゼは玄関の門の前で溜息をついた。
幸いなことに、誰の姿もない。
「どうやって入ろう……」
リーゼが手をこまねいていると、話し声が聞こえてきた。リーゼが話の方向へ向かおうとしたとき、体がふわりと宙に浮いた。
「え…………」
いとも簡単に門を潜り抜けてしまった。
「箒に跨るとかじゃなくて、普通に飛べちゃうんだ……」
リーゼが驚いていた時だった。
その声は甲高く響いて聞こえた。
「申し訳ありませんでした!」
声の方を見ると、舞踏会でリーゼを糾弾していたカタリナと、その両親が頭を下げていた。
目の前にいるのは、父親のヴァイスブルク伯爵だ。
「娘のカタリナが、勝手にやったことです!」
「本当に申し訳ありませんでした! 偽りで糾弾するなど、あってはならないことです!」
父親は何も言わず、顎鬚を撫でていた。
「カタリナも頭を下げなさい!」
カタリナの母親はヒステリックになっているようだった。
「だ、誰が……‼」
カタリナが母親に向かった瞬間だった、パチンという軽い音が響いた。
カタリナの母親が、カタリナの頬を叩いたのだ。
「この子は本当に……‼」
「娘がとんだ失礼を…………‼ 申し訳ありません!」
「それで」
父親の声が静かに響いた。
「それで、どう落とし前を付ける気ですか? うちの娘は、ショックで行方不明なんですよ」
「そ、それは……」
「それなのに、金を貸してほしい? どういう頭のつくりをなさっているのか。ローゼンフェルトの名が泣きますよ」
リーゼは物陰に身を隠しながら、今聞いた話を考え込んでいた。
「どういうこと? 謝罪に来たんじゃなくて、お金を借りに来たってこと?」
それに、父親の言った言葉。娘が行方不明だという。
その言葉に、チクリと胸の奥が痛む。
「なんて傲慢なのかしら……」
リーゼが呆れていると、父親は言い放った。
「とにかく金輪際、金銭を貸すようなことはありませんので。お引き取りを」
「そんな……。ヴァイスブルク伯爵! お願いします!」
「どうか、どうか……」
「ッ……‼」
聞くに堪えなかったのか、カタリナは駆け出していた。
カタリナはあろうことか、リーゼの方へ走ってきた。
リーゼが身構えた瞬間、カタリナはリーゼの目の前で転倒した。
「きゃあ! ……もうなんなの、草が絡みついてきて‼」
「…………」
「な、リーゼロッテ⁉ あんた、行方不明なんじゃ……」
カタリナはリーゼロッテの顔をまじまじと見ると、驚いて声を上げた。
「な、何その姿……。あんた、本当にリーゼロッテなの?」
カタリナは腰を地面につけたままで、悔しそうにリーゼを見上げた。
リーゼは見姿が魔女よりの美女になっていることを思い出した。
腰に手を当てると、リーゼは自信をもって答えた。
「今帰ってきたところよ。私、魔女になったの。家には帰らないわ」
「…………。もうちょっと、上手い嘘をつくことね」
笑い出すカタリナの言葉に、リーゼは目を閉じて唱えた。
すぐにカタリナの足元の草が巨大化し、カタリナを縛り付けた。
「な⁉」
「言ったでしょ。魔女になったの。私の名は、火の魔女リーゼロッテよ」
リーゼはそういうと、手元に炎を灯して見せた。宙に浮く炎は滑らかに揺らいだ。
火を揺らすだけの魔法。
そう単純な魔法でも、使い方によっては恐ろしく映るだろう。
現に、カタリナはカタカタと震えている。
「それで、何でお金が必要なの? そんな貧乏じゃないでしょ?」
「……訴えられたのよ」
「は?」
「あんたの元婚約者。ハインリヒ・フォン・ノイマンに、嘘だってバレて……」
呆れた。リーゼはすぐにカタリナを縛っていた草を元に戻した。
「自業自得じゃない」
「…………」
「それで私の家に来て、お金を借りたいって? どういう神経してるのよ」
「う、煩いわよ!」
そういうカタリナの細腕には、何かで傷つけられた傷跡があった。
「その傷どうしたの?」
「こ、これは……」
「まさか」
想像したくはなかった。しかし、先ほどのカタリナの母親を見ていれば、安易に想像できた。
「母親に? それとも、父親に?」
「言わないで! お母さまには言わないで!」
「…………」
リーゼはカタリナの両親の方へ振り返った。両親はまだ、父親に頭を下げている。
「それにしても、今頃になって訴えるなんて。ハインリヒもどうかしているわ」
今更。婚約破棄を取り消すとでも言ってきそうだ。それだけは絶対に無理だ。
しかし、あの父親のことだ。すぐに許可するだろう。それだけは絶対に阻止したい。
元々、パッとしない人だったのが、ハインリヒだ。
時間を作って会いに行ったというのに、約束を忘れられていることが何度もあった。
それだけではない。
成金で駆け上がった男爵のノイマン家は傲慢で、何よりすぐ鼻にかける癖があった。
後から後から、ハインリヒへの怒りが込み上げてくる。
「ねえ、カタリナ」
「何よ」
「あなたのためじゃないけれど、一つ手を打ってあげるわ」
「ど、どうして……。私はあんたに酷いことを……」
狼狽えるカタリナを前に、リーゼは胸に手を当てた。
「親に虐げられる気持ちは、わからなくもないからね」
そういうと、リーゼはその場から姿を消した。




