第二話 出会い
どうやって帰宅したのかは覚えていない。
馬車に揺られ、リーゼが自宅に戻ると、出迎えたのは父親だった。
「どうした、リーゼ。帰るには随分と早いではないか」
「…………」
「……顔を上げなさい。それでも伯爵令嬢かね」
父親は話を全て知っている。
傷心の娘を慰める優しい声色ではなく、呆れたように溜息をついた。玄関の奥からは、父親の再婚相手である継母が腕を組んで立っていた。
「リーゼ。私の再婚によって、継承問題は弟であるエミールに移った。自由になった矢先にこの問題。どう落とし前を付ける気だ」
「…………」
厳しくも、リーゼが幼い時は優しかった父親の面影はなかった。
いつの間にか父親の隣にやってきていた継母は、カタリナのように扇子でリーゼを突き立てた。
「汚らわしい子。子爵令嬢を虐げるだなんて。こんな子が、エミールの姉だなんて……」
「母親に似たのかもな」
平然と母を侮辱する父親。
娘を信じようともしない父親。
リーゼの味方は、家にも存在していなかった。
自分が何をしたというのだろうか。
平日は父の仕事を手伝い、休みの日には修道院でボランティアをして過ごしていただけだ。商家のハインリヒとは月に二度会う程度だったが、仲睦まじく過ごしていたはずであった。
――全てが崩れ落ちていく。足元から。
――何もかもが嫌になる。
(神様、教えて。私が何をしたというの? 教えてよ……。私が、何をした?)
ポツリポツリと、雨が滴り落ちてきた。
父親と継母は慌てて家へ入っていったが、振り返ることはなかった。
リーゼは泣くまいと、歯を食いしばった。それでも、雨が頬を伝っていく。
気が付けば、リーゼはトボトボと森を歩いていた。
ヴァイスブルク領の中でも、一際深い森だ。
名前は何だっただろうか。
ヒールが壊れてしまった靴を捨てさり、片方のヒールもその場に捨てた。ヒールが片方だけでは歩きにくい。
冷たく濡れた地面を歩くのは初めてだったが、小石が当たると痛みが走った。泥に滑り、膝をついた瞬間、体が急に重く感じられた。
ドレスの裾は泥で汚れ、更に重くなっていく。
生きている価値さえないのだろうか。
断罪されようが、その場で潔白を証明すればよかった。
悔しさは、後悔へと姿を変え。やがて怒りが湧いてきた。
信じようともしなかったハインリヒ。そして、カタリナだけではない。無視や嘲笑った友人たちも含めて。
――許せるものではない。
リーゼが我を忘れようとした時だった。
ちりん。
鈴の音が暗い闇の向こうから聞こえた気がした。
ちりんちりん。
また聞こえた。暗い雨降りの森で、リーゼが空を見上げた時。
木々の隙間に、一つの塔が見えた。
「魔女の塔……」
ヴァイスブルク領にある森に立つ、一つの塔。その名も魔女の塔。
塔には何人かの魔女が棲みついており、望みを叶えるという。
対価は何らかの代償であるとか。
魔女はリーゼを迎えてくれるだろうか。
話を聞いてくれるだろうか。
話を信じるだろうか。
悩みをかき消すように、その音は再び聞こえた。
ちりん。
はっきりとした音であった。
いつの間にか雨は上がっており、眩しい光がリーゼを照らした。
「何者かな?」
声は子供のようで、性別はわからなかった。眩しい光を遮るように、その光は一点に吸い込まれていく。
その一点とは、なんと黒猫であった。
「しゃべる猫は初めてかな? お嬢さん」
「……は、初めてです」
「結構結構。素直でよろしい」
猫はそういうと、得意げに胸元の鈴を鳴らした。
その瞬間だった。
リーゼは石造りの建物の中にいた。




