第一話 祝福
それは、祝福だった――。
「リーゼロッテ・フォン・ヴァイスブルク!」
艶やかな衣装を身にまとった、貴族の若い男女が集う舞踏会。
その会場で、招待客の目を釘付けにしていたのは、一人の伯爵令嬢だった。
十八歳になったばかりのリーゼこと、リーゼロッテ・フォン・ヴァイスブルクは、今まさに断罪の場面を迎えていた。
ハインリヒ・フォン・ノイマン男爵子息は、リーゼロッテを指さしたまま言い直った。肝心のリーゼロッテは綺麗に磨かれた床に腰を落としている。
ダンスのパートナーが腰をついてしまったにも関わらず、ハインリヒは手を差し伸べようとはしなかった。それどころか、汚物を見るかのような視線を送った。
「聞こえているのか⁉ リーゼロッテ・フォン・ヴァイスブルク!」
「…………」
黙り込むリーゼを前に、ハインリヒに抱き寄せられたのは子爵令嬢のカタリナ・フォン・ローゼンフェルトだ。ストレートなプラチナブロンドのリーゼとは対照的に、黒い髪で癖毛のカタリナは口元に扇子を当てると、目を細めた。
「ハインリヒ様、酷いのです! リーゼロッテは、ずっと私を虐げていたのですわ!」
見下ろすように笑みを浮かべているのが明らかなカタリナは、扇子でリーゼを指した。
おかしいと思ったのは、会場に到着したときからだった。
クスクスと笑う招待客たち、仲のいい令嬢たちはリーゼを無視していた。その違和感の正体は、ハインリヒとのダンス中に明らかになった。ダンス中、ハインリヒは語りかけた。
そう。カタリナへの嫌がらせについて、リーゼを問いただしたのだ。すぐに否定したリーゼだったが、買ったばかりのヒールが壊れてしまい、床に投げ出されたのだ。
「素直に認め、頭を下げれば許してやろうにも、否定するなどとは……。伯爵令嬢が、呆れたものだな」
「…………」
「ヴァイスブルク伯爵様は、このことをご存じなのでしょうか。……ほんと。下劣なことをなさるのですから」
突然出された父親の名前。伯爵として領地を束ねるだけではなく、政治にも口利きをしている立場だ。陛下の信頼も厚い。
リーゼにとって、この断罪は予測できたものではなかった。
友人であると思っていたカタリナの笑みは、とても令嬢の者とは思えぬ笑みだ。
「……証拠は?」
「何?」
「証拠はあるのですか。私がやったという証拠です」
「カタリナが涙ながらに語ったことが、真実だ!」
辛うじて出来た反論だったが、ハインリヒによってすぐに一蹴された。
そんなことがあり得るのだろうか。夢ではないだろうか。
空虚で殴られた気分である。
ハインリヒとは十歳を迎える前からの仲だった。身分違いの婚約がなされたのは、親同士の絆によるものだった。それだけ、ヴァイスブルク家とノイマン家の繋がりは深い。
繋がりだけでいえば、カタリナのローゼンフェルト家だってそうだ。母方の家系の親戚という間柄であった。
「呆れた行いだよ、リーゼ……。そんな低俗なことをする君とは婚約などしていられない!」
「そんな……」
「今すぐ、婚約を破棄させていただく!」
伯爵家が子爵家から婚約を破棄される。普通ではありえない構図が、この場では成立してしまっていた。
クスクスと笑う声が聞こえてくる。扇子で口元を隠しながら、見下すように笑っている。
仲のいい令嬢たちは視線を外したまま、扇子で口元を隠してお喋りを始めた。
この場に、リーゼにとっての味方は存在していなかった。




