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アイドルを定年退職した大森瑠衣は幸せそうに見られたい  作者: 武田花梨
第五章 お姫様の願い

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5-1

 アイドルでいる以上、ファンの人の前ではいつも笑顔を絶やさずにいた。どんなに体がしんどくても、心に不安を抱えていても。


 そのせいだろうか。「幸せそうでいいね」「人生イージーモードって感じ?」なんて言われることもあった。こっちだっていろいろ大変だよ、と心の中で反発していた。表面だけを見て幸せそうだなんて言われたくはなかった。


 けれど、今は幸せそうに見られたくて仕方ない。


 すみれドロップスの卒業の際、ファンの人から言われた言葉は「るいるい、幸せになってね」だった。ブログのコメント欄でも、イベントでも、ファンの人は「幸せになってね」と声をかけてくれる。


 瑠衣にとって、その声かけは驚きだった。


 すみれドロップスを卒業したらきっともう会わないであろう人たちは、瑠衣に幸せになってほしいと願ってくれている。


 瑠衣が幸せであれば、あの時応援してくれていたファンの人たちはきっと喜んでくれる。「るいるいを応援していたあの時の自分は間違っていなかった」と思ってくれる。お金を使ってグッズを買い、ライブに行き、SNSにコメントしていた時間が報われる。でも、瑠衣が落ちぶれてしまったら、きっと「なんでるいるいなんて応援していたんだろう」ってがっかりされる。


 ソロ活動をして、売れなかったら、ファンの人に失望されてしまう。




   *




「ほんとダサい。恥ずかしい」


 失望を瞳に浮かべて、亜未が瑠衣を見降ろしていた。


 社長との面談が迫っていた瑠衣は、自宅のリビングで母と遊びに来ていた光弦に進路相談をしていた。自分のやりたいことがわからない、と。


 自分の活動で誰かを笑顔にしたいこと。歌い続けたいけれど、ソロ歌手として活躍できる気がしないこと。いろいろな思いを吐露する。母も光弦も、うんうんとうなずいて聞いてくれた。


 その話をいつから聞いていたのか、帰宅した亜未がスーツ姿のままリビングに入ってきて、ソファに座る瑠衣に冷めた瞳を向けていた。


「ど、どうしたのよ亜未ィ」


 おどけた口調で光弦が言うが、亜未は反応せず瑠衣を見ていた。瑠衣は、これまで見たことのない亜未の顔を見て、体が動かなくなってしまった。目をそらすことも、立ち上がることもできず、ただ一身に失望を浴びる。


「いい年して親に進路相談? 馬鹿じゃないの。10代からアイドルやってるとそんなこともわからなくなるの?」


 甲高い声に、母が立ち上がる。


「亜未ちゃん、そんな言い方……」


 やはり母のほうは見ずに、亜未はただ、瑠衣を見る。だんだんと、瞳は怒りに濡れていく。子どもの頃、亜未のおもちゃを奪ったときに見た顔だなと、瑠衣はどこか他人事のように見ていた。


「一生、何したらいいかわかんなーい、って言ってれば?」


 亜未は言い捨てると、大きな足音を立てて2階にあがっていった。


 シンとした空気がリビングを凍らせる。


「や、やぁねぇ亜未ったら、会社で嫌なことでもあったのかしらね? 普段の亜未はとってもいい子だものね?」


 沈黙に耐えかねた光弦が、瑠衣の母と瑠衣を見ながら言う。母は「そりゃ、もちろん」と頷く。瑠衣はそれには答えず、うつむいて声を絞り出す。


「私のせいだよ。全部、私が悪い」


 亜未があんなふうに嫌味を言うのも、瑠衣と口を利かないのも、全部瑠衣のせいだ。


 でも、と瑠衣は内心で反論する。じゃあ売れないソロ歌手になってみじめな姿を晒せばいい? そうなったら結局はまた進路に悩むことになるじゃない。簡単に言わないで。


 大学を出て会社勤めをしている亜未に、何が分かるというのだ。アリからしたら、キリギリスの人生なんて適当で楽だと思っているんだろう。



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