2Eギフテッド 指に目があるとはどういう事だろう
娘は、自分には指にも目があると言った。
それは、情報量の多い楽譜の音符が読み辛く、ピアノを弾きながら1音1音、耳で音符を探している時だった。
そういえば娘の困った特性に、スーパーで商品をやたら触るというものがあった。
小さい頃、ビニール越しに肉や魚を触っていた。あれは、手が知りたがっていたのか。
あの頃、私は娘を連れてスーパーに行かないようにしていた。
物を触る、踊る、走る、ばら撒く。なので、夫が帰宅してから一人でスーパーに行った。
今思えば、知らないものがあれば触って知りたくなる娘にとって、好きなものと未知のものがたくさんあるスーパーは、刺激的すぎたのだと思う。
私が娘の発達障害を疑ったきっかけも、スーパーで暴走するからだった。
2歳の時、80ピースのパズルをした。あの時も、描かれた絵ではなく、指でピースの形を探っていたのを思い出した。
幼い頃から何時間も遊んでいた、砂場や水遊び、粘土、ブロック、全て同じことが起きていた。娘はずっと、指で見ていた。そして、彼女が指で見る時、大人顔負けの集中力を発揮していた。
確かに、彼女の指には目があるのかもしれない。
娘は動画を見ていない日は、決まって工作を始める。まれに絵を描くこともある。絵本だったり、工作の設計図だったりする。けれど、LEGOか工作をすることが多い。
紙を切る。テープを貼る。箱を繋げる。思いついたまま、手を動かす。
なかなかやめられない。次々とアイディアを思いつく。脳の回転が止まらない。
ある日、工作中の娘をじっと見ていて、気づいた。
ちっ、ちっ、ちっ、ちっ…
舌打ちでメトロノームのようにリズムを取りながら作っている。嫌な癖だと思ってやめさせようとした事もあったけれど、今は、あれは彼女の脳がノっているサインだとわかったので放置している。
手だけでは足りない。頭だけでも足りない。工作しながら増やせる刺激を自分で作りながら、どんどん増やしている。
娘の頭の中には、常に完成形がある。でもそれを外に出す手段が、言葉では追いつかない。絵では思ったように描けない。けれど工作は、思ったままの形になる。頭の中のイメージを、あっという間に三次元に再現できる。
言葉や視覚的な記号を介すると脳の処理が渋滞してしまうけれど、指先からダイナミックに入ってくる情報なら、彼女の高速な脳は渋滞せず、ダイレクトに処理できるのだと思う。
なので、処理速度が速すぎる娘にとって、工作は、自分の速度に世界が追いつき、ストレスを感じずにすむ数少ない行動なのかもしれない。
早口のYouTuberの実況動画も、娘の世界のスピードと近いのだと思う。
動画も、強いリズム刺激の塊だ。映像。音。テンポ。次々切り替わる場面。
動画が娘に与えるものがある。知識。手順。アイデアの種。見たらダメなわけではない。見すぎなければいいと思う。
世界が自分のスピードと合わないというのは、一体、どんな感覚なのだろうか。
以前、情報量が多いことが娘にはつらいのかと思っていた。けれど、違うのかもしれない。
娘には、処理できる情報と、できない情報がある。
余白の少ない本、雑踏の音、春の桜と青空の眩しさ。それは後者だった。合う情報なら、たくさんあればあるほどいいのではないかと、最近思う。
娘の処理速度についていける動画と工作。この二つには決定的な違いがある。
動画の時、娘は刺激を受け取っている。
工作の時、娘は刺激を生み出している。
そしてもう一つ。
夜遅くなり、もうやめようねと言った時の、反応が違う。
動画は癇癪を起こす。工作はピタリとやめる。
途中の作品が、そこに残っているからだと思う。続きを目で確認できる。娘の中で終わりではなく、一時停止にできた。
動画も、消すと怒る。トイレの時などの一時停止なら納得する。けれど、消すともうそこに自分が戻れないのを知っているので、癇癪を起こす。
視聴履歴で見るときには、もう、その動画のことはどうでもいいのだ。
工作は経過が残る。頭にも残る。だから続きからできる。動画は頭に残らない。だからはじめからになる。
ある日、娘は工作でできたものを並べて、小物屋さんを開きたいと言った。
けれどその日は忙しかったので、作れたのは棚が2つだけだった。
「家具屋さんです!今だけ5%OFF、支払いはペイペイです!」
菓子箱で作った棚を2つ並べ、売り場を作り、娘は家具屋さんを開いた。客はソフビ人形と夫。棚をプレゼンし、売り始めた。
本当は小物屋さんのはずだった。けれど、日中遊びに行ったために、作れたのは棚が二個だけだった。だから、仕方なく家具屋さんになった。
「明日は半額なので、また明日来てください」
自分図書館の時は、来年リニューアルと言った。娘は、準備にかかる時間を自分で把握しているのか。
自分図書館の時、私は、娘はどうせ途中で忘れてやめると思った。けれど、娘は完成させた。なので、今回はどんな小物屋さんになるのかなと、ワクワクして待った。
次の日、娘は手作りをやめた。ハンカチ、スライドパズル、自分の持っている小物を並べて、小物屋さんにした。
作るより、あるものを並べた方が早いと気が付いたのだろう。彼女らしいなと思った。
小物屋さんが、ちゃんと開いた。私はもう、娘がやり切れるのを知っている。




